ベルゼバブの孫への話(第一章分) 著者G.I.Gurdjieff

このページでは、第一章についてまとめていきます。
まず3シリーズある中のこの第1シリーズは非常に長く、とても難解なので大の人間は受け付けられないと思います。
第3シリーズでグルジェフ自身が記しているのですが、この著作は〈ある程度グルジェフのワークに慣れ親しんだ者でないと何一つ理解できない〉と、グルジェフ自身が判断を下していました。
グルジェフの著作に出会う前に、ある程度個人でワークに取り組んできた者ならその限りではないと思いますが。
理論的な部分はウスペンスキーの「奇蹟を求めて」が、ある程度の流れは「回想のグルジェフ」内のオレイジの解説が参考になると思います。

この本は、私にとっては、いわゆる「聖書」のように思っているのですが、その難解さ故に現代ではあまり周知されていないのがとても残念です。
まぁ、いずれにしてもその価値は〈それを受け取れた者〉にしかわからないのですが。

物語の流れとしては、〈全宇宙の中央〉から惑星地球に流刑されたベルゼバブが惑星地球のための運営に貢献し、再び宇宙の中心に戻る途中の宇宙船内での会話で、ベルゼバブとベルゼバブの孫ハセインと召使いのアフーンが主な登場人物です。

内容としては、グルジェフ自身が人生で学んだことのすべてをこの著書に詰め込んだようです。
グルジェフは自身の自動車事故の後、生徒の育成に失敗し、もしくは失敗したと感じ、著書を記すことがグルジェフの仕事となり、1924年12月16日のパリのペレール通り47番地のカフェ・ド・ラ・ペで第1シリーズが、最初から最後までド・ハルトマン夫人の口述で作られました。

わざと難解にしている主な理由は、それを紐解こうと努力することによって、それが「自発的な苦悩」となるからだと思います。
おそらくは、そのような努力がないと、グルジェフが本当に伝えたいことが受け取れないのかと。
主にわかりづらい部分は、所々出てくる話が、寓話なのか、何かの例えなのか、ストレートにそのまま受け取るべきなのか、何らかの比喩なのか、もしくはただ冗談なのか、でしょうか?
一体どこまでが真実として伝えたいのか? もしくは物語の上での創作なのか?
基本的なことですが、ものすごくわかりづらい文章が多々あります。
しかし、おそらくそういった部分にこそ熟慮すべき内容が含まれていると思うので、そういった部分は必ず取り上げていきます。
グルジェフの造語なのか、古代の言葉なのかわかりませんが、特殊な言葉やその意味を覚えておかなければならない言葉を
青色にしておきます。用語集も第一章の前に載せておきます。

下記にもあるように、ありきたりな信念や見解を情容赦なく駆逐する内容なので、本当はすべての人を対象にする著作ではないと思います。
ですので、自分には合わないと感じたら、遠慮なく「お好みの悪態をついて」、距離を置いてくれるよう、心から望みます。

とりあえずここまでで、また追記します。

森羅万象
(All and everything):3シリーズ10冊分

第1シ
リーズ:『人間の生に対する客観的かつ公平無私なる批判』、あるいは『ベルゼバブの孫への批判』、3冊分
第2シリーズ:『注目すべき人々との出会い』、3冊分
第3シリーズ:『生は「私が存在」して初めて真実となる』、4冊分

以上の著作は、以下の3つの大問題を解決するために、全く新しい論理的思考法の原理に基づいて書かれた。

第1シリーズ:何世紀にもわたって人間の中に根付いてきた、この宇宙に存在するすべてのものに関する信念や見解を、いかなる妥協も許さず、情容赦なく、読者の思考および感情の中から駆逐すること。
第2シリーズ:新たなる創造を始めるにあたって必要とされる素材を読者に提供し、それが健全かつ上質のものであることを証明すること。
第3シリーズ:現在人間が知覚している架空の世界ではなく、現実に存在している真の世界を、読者がその思考および感情の中で、幻想にとらわれずに真に理解するのを助けること。

親切な助言
これは著者自身が、すでに出版準備のできていたこの本の原稿を印刷にまわす際に、即興的に書いたものである。

現代人が聞いたり読んだりするものから新たに受け取る印象がいかなるものを生み出すかということに関して、私はいろいろと考え、様々な結論を引き出してきたが、それに従うならば、私はここである助言をしておかなくてはならない。それにまた、たった今思い出した古代の叡智、つまり遙か古代から現代に至るまで民間で伝承されている智恵の言葉に含まれている考えに従ってもやはり、これはぜひやっておかなくてはならない。その言葉というのは――

「どんな祈りでも、高次の力にまで届かせ、返答をもらおうと思うならば、3回唱えなければならない。すなわち、
 1回目は両親の魂の平安と幸福のために祈り、
 2回目は隣人の幸福のために祈り、
 そして3回目に初めて自分のために祈るのだ。」

そこで私も、すでに出版準備のできているこの本の最初のページに、次のような助言を載せる必要があると考える。

「私の書いたものを三回読みなさい。
 1回目は、少なくともあなた方が現代の本や新聞を読むのと同じように機械的に、
 2回目は、誰かに声を出して読んであげるようなつもりで、
 そして3回目に初めて、私の書いたものの要点を把握するつもりで読みなさい。」

以上のことをやりおえた時に初めてあなた方は、私の本に対して、あなた方独自の公平無私な判断を下せることを期待してよいだろう。そしてまた、その時にこそ、私が自己の全存在を賭けて望み、期待していること、すなわちあなた方が、それぞれの理解力に応じて、自分にとってかけがえのない恩恵をこの本から汲み取るという私の希望が叶えられるであろう。

用語集
アイエイオイウオア…生物が、絶対太陽あるいは他の太陽から発する放射物に直接ふれた時に生じる〈良心の呵責〉。聖トリアマジカムノの三源泉の一つの結果から生じた部分が、同じ法則の別の源泉が生み出したものから生じる部分の以前の活動に対して〈反抗〉し、〈批判〉する時に生じるプロセス。
アイエサカルダン…あるいくつかの惑星でのハンブレッドゾインの呼称。
アカルダン協会…アトランティス大陸に、ベルカルタッシを中心に創設された知識人の集団。人間が正常な生存をしていないことを認識し、それを可能にする能力を獲得することを目的とした。
アシャギプロトエハリー…ヘプタパラパーシノク、あるいはアンサンバルイアザールの最後のストッピンダー。
アシュハーク…現在のアジア大陸。
アスコキン…月とアヌリオスを維持するために、地球上に生存する生物が死ぬ時に生み出すよう自然が定めた振動。
アヌリオス…地球に生じた最初の大異変の際に、月とともに地球から分離した二つの塊の一つ。現代の人間には知られていない。アトランティス大陸の最後の時代の人間たちはこれを、〈安眠を絶対に許さないもの〉という意味である〈キメスパイ〉と呼んだ。
アファルカルナ…人間が手で作り出し、自分たちの日常生活で実際に使うさまざまなもの。グルジェフのいう〈客観芸術〉の重要な分野。
アブルストドニス…ヘルクドニスとともに、三脳生物のケスジャン体と魂体を形成し、完成させる聖なる物質。
アラ・アタパン…ヘプタパラパーシノクの法則を解明するために、中国のチョーン・キル・テズとチョーン・トロ・ペルの双子の兄弟が作った実験装置。
アルムアーノ…性交の最後に起こるプロセス。
アルムズノシノー…体内にケスジャン体を形成し、これを完全に機能させて理性をある確固たる段階にまで引き上げた人間は、死者の体内にケスジャン体を生み出し、これをある密度にまで高めて、死者の肉体が生前もっていた機能を死後一定の時間働かせることができる。こうして行なわれる生者と死者の交信プロセス。
アンサパルニアン・オクターヴ…太陽系内部の、七つの宇宙物質(活性元素)から構成されているオクターヴ。
アンサンバルイアザール…あらゆる宇宙源泉から発する放射物。客観科学の定義によれば、〈あらゆるものから発し、再びあらゆるものへと入っていくすべてのもの〉。宇宙的トロゴオートエゴクラットを実現させるもの。
アントコーアノ…三脳生物の客観理性が、〈時の流れ〉に従ってひとりでに完成していくプロセス。その惑星上のすべての生物がすべての宇宙的真理を知っている場合にのみ起こりうる。
アンドロペラスティ…ホモセクシュアル。
イアボリオーノザール…宗教的感情。客観理性の獲得という意味での自己完成をよりすみやかに達成したいという願望、およびそれに向かう努力の中に時おり現われる感情。
イクリルタズカクラ…人間の脳の中を流れている連想によってある時体内に引き起こされた衝動や刺激を、一定の限界内に抑制する能力を人間に与える特性。人間が奇妙な精神をもつに至った一因は、この特性の欠如にある。
イトクラノス…大自然が生物を創造する際の第二原理。一脳および二脳生物を創造する時に適用されるが、現在では地球の三脳生物はこの原理に従って創造されるようになっている。
イラニラヌマンジ…汎宇宙的な物質交替システム。一種の食物連鎖を形成することによって、トロゴオートエゴクラティック原理を実現させるプロセス。
イルノソパルノ…根源的宇宙法則、聖ヘプタパラパーシノクと聖トリアマジカムノが、宇宙凝集体の中で歪められ、その表面でそれぞれが独立して活動する状態。
インクリアザニクシャナス…血液循環。
インコザルノ…真空では存在できない身体。
インスティンクト・テレベルニアン理性…現代の人間がもっている、外部からそれ相応のショックが与えられた時だけ機能する理性。
インパルサクリ…オキダノタが生物の体内に入ってジャートクロムのプロセスが始まる時、オキダノクの根源的部分が、その時生物の体内に存在している知覚作用の中の、〈同種の振動〉に従ってこれと呼応するものと融合し、脳に凝集するプロセス。
ヴァリクリン…アルムズノシノーの儀式において、自分のハンブレッドゾインを、交信をもちたい相手の身体に意識的に注入すること。
ヴィエトロ・イエツネル…外面的なはかないものだけを基盤にして物事を見、評価すること。
ヴィブローチョニタンコ…〈悔恨〉という感覚。
エイムノフニアン思考活動…知覚可能な論理(的思考)。
エキシオエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第六のものであり、また最も聖なるもの。第一存在食物が変容する際、男性では睾丸、女性では卵巣に集中する。人間はテタートコスモスが生み出す活性元素のうち、これしか知らない。
エゴプラスティクーリ…霊的視覚化。客観理性を得るのに必要な全データを完全に把握し、肉化しようとする努力および能力。
エテログラム…電報に似たもの。耳にあてて聴く。
エテロクリルノ…宇宙的根源物質。
エルモーアルノ…種の存続のためにエキシオエハリーを放出する聖なるプロセス、およびそれに伴う受胎。
エレキルポマグティスツェン…遍在するオキダノクの二つの部分から成る統合体。
オキアータアイトクサ…ケスジャン体が完全に形成され、機能している三脳生物の体内に生じる第二種の存在理性。
オキダノク…宇宙に遍在する活性元素。聖テオマートマロゴスの三つの独立した力が一つに融合することによって誕生する。あらゆる生成物の形成にかかわり、ほとんどの宇宙現象の根源的な原因である。
オキプクハレヴニアン交換…以前のケスジャン体の交換。地球流にいえば、霊魂の再生または輪廻。
オクタトラルニアン生成物…イラニラヌマンジのプロセスが進行中に誕生する植物の第二類。その植物が誕生した惑星、その太陽、およびその太陽系の他の惑星によって変容した物質から生じる活性元素がこれを通して変容する。
オスキアーノ…教育。
オスキアノツネル…指導者、教師。
オスコルニコー…感謝、報恩の気持ち。
オーナストラルニアン生成物…イラニラヌマンジのプロセスが進行中に誕生する植物の第一類。その植物が誕生した惑星によって変容した物質から生じる活性元素がこれを通して変容する。
オブレキオーネリシュ…十二宮図。
オルーエステスノクニアン視覚…宇宙の全色調の三分の二、384万3200の色調を識別する視覚。
オルス…地球が属する太陽系。
カシレイトレール…羊皮紙に似ているが、ただし野牛の皮を使ったもの。
カラタス…ベルゼバブが生まれた銀河系宇宙の惑星。
カルターニ…ティクリアミッシュ時代のレストラン。
クスヴァズネル…ある者を他の者に対立させるようそそのかす力。
グラボンツィ…現在のアフリカ大陸。
クールカライ…ティクリアミッシュの首都。
クレントナルニアン回転…惑星の自転。
クレントナルニアン位置…惑星が自転する際に、太陽あるいは他の惑星に対してとる位置。
クンダバファー…遥か古代に、人間に自らの生存の真の理由を認識させないために、神聖個人たちが人間の体内に植えつけた器官。この器官が働くために、人間は現実を逆さまに知覚するようになり、また、外部から入ってくる印象が彼らの体内であるデータとなって結晶化し、それが彼らの内部に快楽とか愉快とかいった感覚を引き起こす要因を生み出す。この器官は後にやはり神聖個人によって人間の体内から除去されたが、その特性の諸結果だけはいまだに残り、人間の生を異常なものにしている。
ケスジャン体…パートクドルグ義務の遂行を通して、人間の体内に生まれる第二の体。聖なる物質アブルストドニスとヘルクドニスによって形成されるこの体は、肉体より高次ではあるが、第三の体である魂体あるいは高次存在体よりも低次で、肉体が消滅すると、その惑星の大気圏内に上昇するが、一定の時間が経つとそこで解体する。現代人はこれをアストラル体と呼んでいる。ペルシア語で〈魂の器〉の意。
ケスチャプマルトニアン生物…新しい生命を誕生させるためには二つの独立した性の体内で作られるエキシオエハリーが融合することが絶対に必要な三脳生物。
ケルコールノナルニアン実現…〈順応することによって必要な振動の総量を獲得する〉プロセス。
ゴブ…マラルプレイシーの首都。
コルカプティルニアン思考テープ…ある出来事に関する物質化された観念(テレオギノーラ)が一連の流れをもってつながったもの。
コルヒディアス…現在のカスピ海。
サクローピアクス…アトランティス時代のレストラン。
サムリオス…アトランティス大陸の首都。
サリアクーリアップ…水。
自己沈静…パートクドルグ義務を遂行しなくなった結果生じる、良心の呵責を全く感じない状態。白昼夢にふけるのと同様に、現実から完全に遊離した状態。
シャット・チャイ・メルニス…古代中国科学の一分野。ヘプタパラパーシノクに関する真の知識の断片。
ジャートクロム…オキダノクの特性の一つ。融合体としてのオキダノクが、新しく生まれた宇宙構成単位の中に入ると、オキダノクを生み出した三つの根源的な源泉へと分散し、そのそれぞれが独立して、この宇宙構成単位の中で、各源泉に呼応する三つの独立した凝集体を生み出すプロセス。これが聖トリアマジカムノの発現の基盤となる。
シルクリニアメン…〈機械的な苦しみ〉を伴う〈不機嫌な〉状態。
ジルリクナー…地球でいう医者。
進展(evolution)…退縮とともに、グルジェフの宇宙論の基本概念。グルジェフはこの語を、通常の意味とはほとんど正反対の意味で使っているようで、すなわち、中心からの展開・多様化ではなく、根源(絶対太陽、《永遠なる主》)への帰還プロセスを意味している.もっとも、通常の意味に付随する、内的組織の複雑化あるいは高次の次元への進化という含みはそのまま残している。
ズースタット…意識、あるいは〈霊的部分〉の機能。
ストッピンダー…意識、あるいは〈霊的部分〉の機能。 および二つの重心間の距離。
スヘツィートアリティヴィアン凝集体…人間の脳。
ソーニアト…割礼。
ソリオーネンシウス…惑星間に生じた緊張が各惑星に緊張を誘発し、それが惑星上の生物に影響を与えるという宇宙法則。この法則のおかげで、通常の惑星の生物の体内には、客観理性を獲得するという意味での進化に対する欲求が生まれるのに対し、惑星地球の人間の体内には、安定した生存状態を何としても変えたいという欲求、すなわち〈自由への欲求〉が生じる。
ソルジノーハ…何世紀にもわたって社会的にも家庭内にも定着した、世代から世代へと自動的に受け継がれているさまざまな儀式や作法。グルジェフのいう〈客観芸術〉の重要な分野。
退縮(involution)…進展とともに、グルジェフの宇宙論の基本概念。進展と同じく、通常の語義とはほとんど逆に、中心(絶対太陽、《永遠なる主)からの放出・展開・多様化を意味する。
チャイノニジロンネス…自分や他の人間に行為、思想、観念等を伝達するにあたって、以前彼らの間で起こった同種の行為に対する理解に関連づけて説明する方法。
チョート・ゴッド・リタニカル期…宇宙的大惨事。これ以後、高次存在体は至聖絶対太陽と直接交わる可能性を失ってしまい、そのためその居住地として聖なる惑星パーガトリーが作られた。
ティクリアミッシュ…アシュハーク(アジア)大陸に存在した文化の中心地。地球を襲った三度目の不幸である大嵐でマラルプレイシーともども地中に埋没し、南に移住したその住民は今のペルシアに、北に移住した者はキルキスチェリに定住した。グルジェフはこの文明を、アトランティスと並んで人間が生み出した最高の文明とみなし、J・G・ベネットはこれをシュメール文明と同一視している。
ディムツォネーロ…自分に誓った〈本質的言葉〉。
テオマートマロゴス…二つの根源的宇宙法則、トリアマジカムノとヘプタパラパーシノクの働きを至聖絶対太陽から宇宙空間に導き入れた結果生まれた、絶対太陽の放射物。〈言葉なる神〉とも呼ばれる。
テスコーアノ…望遠鏡。
テタートエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第四のもの。第一存在食物が変容する際、大脳半球に集中する。
テタートコスモス…ミクロコスモスの形成物で、〈類似物の相互誘引〉と呼ばれる第二等級の宇宙法則によって凝集した惑星上の凝集体。あるいは、〈ミクロコスモスの・集合から・成る・比較的・独立した・形成物〉。人間を含む全生物と考えられる。
テニクドア…重力の法則。
デフテロエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第二のもの。第一存在食物が変容する際、十二指腸の中で生じる。
デフテロコスモス…第二等級の太陽、およびそれからの派生物。
テレオギノーラ…物質化された観念、思考。体内で高次存在体を完成させ、それが有する理性を聖〈マルトフォタイ〉の段階にまで高めた者のみがこれを生み出せる。これはいったん生じると、それが生まれた惑星の大気圏内に永久に存在する。
トランサパルニアン大変動(震動)
第一大変動…彗星コンドールが地球に衝突し、その結果、地球から二つの大きな破片が分離し、空間に飛び散った。その一つが月、もう一つはアヌリオスである。
第二大変動…地殻の大変動の結果、アトランティス大陸が惑星中に陥没し、それとともに、それまでに生み出された全文明やよき慣習も失われてしまった。
第三大変動…大地殻変動のために、それまで肥沃であった陸地が砂におおわれ、砂漠化してしまった。
トリアマジカムノ…世界創造と世界維持に関する二つの根源的宇宙法則の第二のもの。〈聖・肯定〉〈聖・否定〉〈聖・調和〉の三つの独立した力から成る。常に結果の中に流れこんで次に生じる結果の原因となり、また、その中に隠れていて見ることも感じることもできない特性から生じる、三つの独立した、しかも全く相反する特徴を具えた発現力によって常に作用する法則。ギリシア語で、「私は三つを一緒にする」の意。
トリトエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第三のもの。第一存在食物が変容する際、肝臓の中で生じる。
トリトコスモス…第三等級の太陽、すなわち惑星。
卜ーリノーリノ…自らが誕生した惑星のいかなる圏内においても解体されないという特性。
トルンルヴァ…ヘプタパラパーシノクに従って第一存在食物が変容するプロセス。
トロゴオートエゴクラット、トロゴオートエゴクラティック・プロセス…至聖絶対太陽を維持する、汎宇宙的エネルギー変容システム、あるいは相互扶養システム。
ナルー・オスニアン衝動…人間がもつ利己主義的心理および欲求。七つの側面をもつ。
ニリオーノシアン世界音…チョーン・キル・テズとチョーン・トロ・ペルが、活性元素の比振動と比重を明らかにするために採用した標準単位。
ハヴァトヴェルノーニ…宗教。
パーガトリー…大宇宙全体の心臓のような存在である聖なる惑星。宇宙に生存する三脳生物が、生存中に自らの存在を完成の域にまで高めた結果生じる彼らの高次存在体が、それぞれ誕生した惑星上での肉体を伴った生存を終えた後にここに住むことを許される。
ハスナムス…惑星体だけから成る者たちのみならず、体内にすでに高次存在体が形成されているのに、どういうわけか〈客観的良心〉という聖なる衝動を生み出すデータがいまだ結晶化していない者たちをも含む三脳生物の、すでに〈凝り固まってしまった〉身体。
パートクドルグ義務…意識的努力と意図的苦悩。人間の体内に高次存在体を形成するのに必要な宇宙物質を同化吸収する唯一可能な手段。
ハーネル・アオート…ヘプタパラパーシノクの五番目のストッピンダーの調和が乱されたもの。
ハーネル・ミアツネル…高次のものが低次のものと融合して中間のものを生み出すプロセス.その結果生まれたものは、混合以前の低次のものにとって高次のものになるか、あるいは次に生まれる高次のものにとって低次のものとなる。
パパヴェルーン…ケシ。
パリジラハトナティオーズ…オキダノクの第三部分。
パールランド…現在のインド亜大陸。
ハンジアーノ…キング・トー・トズが作り出した装置、ラヴ・メルツ・ノクのすべての弦の協和音の総体。
パンデツノク…北極星を太陽とする太陽系。ベルゼバブは、パンデツノクで起こった重大事件を処理する会議に出席するため、惑星カラクスからパンデツノクの惑星レヴォツヴラデンドルヘ向かう。
ハンブレッドゾイン…生物のケスジャン体の〈血液〉。その生物が誕生し、生存している太陽系の他の惑星および太陽それ自体の諸成分が変容することから得られる。
ピアンジョエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第五のもの。第一存在食物が変容する際、小脳に集中する。
フーラスニタムニアン原理…大宇宙の全三脳生物の正常な生存を司る第一原理。この原理に従って生存する生物の根源的目的は、トロゴオートエゴタラティック・プロセスに必要な宇宙物質を体内で変容することである。
フリアンクツァナラーリ…現在のコーカサス。
プロスフォラ…パン。
フロディストマティキュールズ…脳神経節を含む脳の中の部分。
プロトエハリー…テタートコスモスの中で誕生する〈重心的役割を果たす活性元素〉の第一のもの。第一存在食物が変容する際、胃の中で生じる。
プロトコスモス…至聖絶対太陽。
ヘプタパラパーシノク…グルジェフの宇宙論の根幹を成す「世界創造」と「世界維持」を司る二大法則の一つ。七の法則あるいは七重性の法則とも呼ばれ、『奇蹟を求めて』の中ではオクターヴの法則とも呼ばれている。客観的宇宙科学はこれを、「法則に従って絶えず偏向し、そして最後にはまた合流する力の流れの進路」と定義している。ある根源的力によって始まった動きあるいは活動は、一定の時間が経過すると必然的にその進路を変更するが、その進路変更は厳密にこの法則に従って起きる。それゆえこの法則および第二の宇宙法則トリアマジカムノを理解すれば、宇宙の全現象が解明できるのみならず、その一部である人間という現象の全側面も理解できるという。
ヘルクドニス…アブルストドニスとともに、三脳生物のケスジャン体と魂体を形成し、完成させる聖なる物質。
ヘローパス…時の流れ。
ポドブニシルニアン…思想の隠喩的伝達形態。
ボビン・カンデルノスト…生物の脳の中にある一種のスプリングで、これが形成される時にその生物が一生の間にもつことのできる経験の総量が決定される。つまりこれが巻き戻る期間だけその生物は生存できる。
ポローメデクティアン生成物…イラニラヌマンジのプロセスが進行中に誕生する植物の第三類。その植物が誕生した惑星を含む太陽系のみならず、メガロコスモスの他の太陽系に属する種々の宇宙凝集体の物質の変容から生じる活性元素がこれを通して変容する。
ポローメデクティック生物…テタートコスモスから直接変容して生まれた初期の生物。
マラルプレイシー…アシュハーク大陸に存在した文化の中心地。地球を襲った三度目の不幸である大嵐でティクリアミッシュともども埋没し、東に移住した住民は今の中国に、西に移住した者は今のヨーロッパに定住した。
ミクロコスモス…惑星上の最小の〈比較的独立した形成物〉。
ムドネル・イン
①機械的に合致するムドネル・イン…ヘプタパラパーシノクの中の三番目と四番目の偏向の間で引きのばされたストッピンダー。
②意図的に生み出されたムドネル・イン…ヘプタパラパーシノクの中の最後(七番目)の偏向と、このプロセスの新たなサイクルとの間で短縮されたストッピンダー。
ムラー・ナスレッディン…「ムラー」とは、イスラーム教国での律法学者に対する敬称。ナスレッディンは、数々の格言や金言を残した伝説上の賢者とされているが、本書ではほぼグルジェフの代弁者と考えて間違いなかろう。
メガロコスモス…現存する世界を構成するすべてのコスモスの総称。
メンテキトゾイン…第二等級の各太陽からの放射物。
モアドールテン…オナニズム。
ラヴ・メルツ・ノク…キング・トー・トズが、自分が生み出した〈振動の進展と退縮〉という理論を立証するために作った装置。
ラスコーアルノ…死という聖なるプロセス。
ラストロプーニロ…匂い、臭い。
ラハラフル…土星の科学者ゴルナホール・ハルハルクが作ったオキダノクを解明するための実験装置。フルハハルフツァハ、ライフチャカン(クルフルルヒヒルヒ)、ソルーフノラフーナはその主要部分の名称。
リツヴルツィ…〈同種のものの集合〉を意味する第二等級の宇宙法則。
レイトーチャンブロス…特殊な金属板にエテログラムの本文が録音されたもので、耳にあてて聴く。
レゴミニズム…秘儀参入者を通して過去の出来事に関する情報を代々伝える方法。
レストリアル…オクターヴ内の重心音、あるいは全音。
ロジックネスタリアン…思考(知性)センターの、あるいはそれにかかわる、という意味だと思われる。
惑星体…肉体。


第一章 思考の覚醒
この章はいわばグルジェフの軽い紹介文みたいなものですが、グルジェフ特有の言い回しなので、それに馴染めるか否かは人によって分かれるかもしれません。

責任ある存在となってこのかた、私は極めて特異な人生を送ってきたが、そのうちに私の体内にはいくつかの確信が生じるに至った。その中でも特に疑う余地のない確信は次のようなものである。すなわち、地球上の人々は、いつでもどこでも、理解の深さがどの程度であれ、またその個々人が抱いている理想の要因となっているものをどのような形で外的に表現していようと、そのようなことには関係なく誰でもみな、何か新しいことを始める時にはあるはっきりした言葉を口にする、ということである。彼らはたとえ声には出さなくても、少なくとも心の中でその言葉、すなわちどんな人にでも、全くの文盲にさえ理解できる言葉を発する。その言葉は時代によって様々な形をとってきたが、現代では次のように定式化されている―「父と子と聖霊の御名において、アーメン」。
そんなわけで、著作という、自分にとって全く未知の領域に足を踏み入れようとしている私も、この言葉を発することから始めようと思う。それも、ただ大声で発するのではなく、極めて明瞭に、つまりいにしえのトゥールーズ人の言葉を借りるならば、〈完璧な抑揚〉をつけて発しようと思っている。もちろんそうした完璧さが私という人間全体の中に生じるのは、
このような表現ができるよう私の内部に形成され、すでに完全に根を張っているデータがあるからこそ可能なのである。つまりこのデータは一般的に、人間が成長の準備期間にある間に形成され、それに続く責任ある人生の中で自らの本性を体現し、活力ある抑揚でものを表現する能力を彼に与えるのである。
さて、以上のような具合にこの仕事を始めたおかげで、私は実に安らかな気持ちで仕事を進めていくことができそうだ。いや、それどころか、私のこの新たな冒険も、現代人が宗教道徳のことをそう考えているのと同様に、いわば〈自動ピアノのように〉進んでいくだろうと確信しているとさえいえるだろう。
ともかく私は、こんな具合にこの仕事を始めた。今後どのように進むかについては、今のところ、かつてある盲人が言ったように、〈まあ様子を見てみようではないか〉としか言えない。
まず何より先に、私は自分の手を、それも右手を私の心臓の上に置いて率直に告白しよう。―この右手は最近私に降りかかった災難のために少し傷ついてはいるが、まぎれもなく私の右手であり、生まれてこのかた一度として私を裏切ったことのないものである。心臓ももちろん私のものであり、それが規則的に鼓動しているかどうかはここで詳しく述べる必要はないであろう―私自身、こうしたものを書きたいという欲求は全くもっていないが、まわりの状況が私の意志とは無関係に書くことを強いるのである。しかもこの状況が偶然に生じたものなのか、それとも外的な力によって意図的に生み出されたものなのか、私には判断しかねる。今の私にわかるのは、この状況を目にした以上、私は、〈ほどほどの代物〉、つまり眠気を誘うような本ではなく、ずっしり重い大著を著さざるをえなくなったということだけである……。
何はともあれ始めよう……。
しかし何から始めようか?
ええい、畜生め。3週間ほど前のあの恐ろしく不快で奇妙きわまりない感覚がまた戻ってくるのだろうか? あの時私は、自分の思考をまとめて本にする必要に迫られてあれこれ思いを巡らせながら、どう書き始めたらいいのか迷っていたのだが……。
その時の感覚を言葉にするとすれば、このようになるだろう。
「自分の思考の洪水の中で溺れるのをひどく恐れていた」と。
私はこの不快な感覚を消すためなら、すべての現代人と同様に私も先祖から受け継いでいる悪しき特質、すなわち、いかなる良心の呵責も感じないで、やりたいと思っていることを〈明日まで〉延ばすという特質の力を借りることもできたであろう。
実際、そうするのはいとも簡単だったに違いない。というのも、実際に書き始める前には、時間はたっぷりあると錯覚していたからだ。しかし、もうそんなことはしておれない。私は断固として、〈たとえこの身が張り裂けようとも〉、この仕事を始めなければならないのだ。
とはいうものの、本当に何から始めたらいいだろう?
そうだ、わかったぞ!
私がこの世に生を享けて以来、読んだ本はほとんどすべて、前書きから始まっていた。だから私も、この際それと似たようなものから始めねばなるまい。
ここでわざわざ〈似たようなもの〉と言ったのには理由がある。つまり私はこれまでずっと、そう、男女というものを区別するようになってこのかたずっと、自然のすばらしさを破壊する他の二足生物(この点では私も同類だが)がやるのとは違ったやり方で文字通りあらゆることをやってきたからである。だから当然私は、この著作においても他の作家とは違った形で書き始めるべきであり、また恐らくは、私の主義に従えば、そうするのが義務でもあるだろう。
それでは、慣習的な前書きのかわりに、極めて単純に一つの警告から始めることにしよう。
この方法は実に賢明なやり方であるといえよう。なぜかというと、これは私の方針、すなわち、有機的、心霊的、さらには〈片意地な〉方針とも矛盾せず、また同時に全く正直な(もちろん客観的な意味でだが)やり方でもあるからだ。つまり、私自身も、私をよく知っている人たちもみな、いささかの疑いも抱かずあることを予期しているのであるが、そのあることというのは、私のこうした書き方のおかげで、たちまちのうちに、あるいはそれが無理でも遅かれ早かれ、大半の読者の中から、彼らの〈財産〉、つまり先天的なものであれ後天的なものであれ、彼らに無邪気な夢を見させたり、現在の生活や将来の見込みを美しく思い描いたりさせるしか能がない、彼らの心の奥底にひそんでいる観念が完全に消え失せるであろうということである
職業作家は普通こういった導入部を、ありとあらゆる大言壮語や、〈蜂蜜のように甘い〉〈誇張された〉言葉を読者に語りかけることから始める。
この点だけは私も彼らの例にならってそんな挨拶から始めることにしよう。もっとも彼らは普通、多少とも正常な読者の分別を浮き足立たせる悪質な知ったかぶりを利用してこれをめちゃくちゃに〈甘ったるい〉ものにするのであるが、私はその愚は犯さないつもりである。
では……。
我が栄誉ある、強靭な意志の持ち主であり、かつもちろんのこと非常に忍耐強い紳士の皆様、また我が深く尊敬する、みめうるわしく公明正大なる淑女の皆様。あいやご無礼、最も重要なことを忘れておりました、そう、ヒステリーなどには全く縁のない淑女の皆様。
私は皆様にこう公言する名誉を有するものであります。すなわち、私はこうして、わが人生の最終段階において起こった様々な事情のために本を書こうとしているのではありますが、実はこれまでの人生でただの一度も、本、あるいは〈教訓的論文〉なるものを書いたことがなく、そればかりか、〈文法的正確さ〉なるものを遵守しなくてはならない手紙さえ書いたことがないのです。したがって、今や職業作家になろうとしているとはいえ、この職業の中で決められている様々な規則や手順、あるいは〈お上品な文学用語〉と呼ばれているものなどには全く不案内で、それゆえ私には、普通の〈特許証持ち作家たち〉が書くように書くこと、すなわちあなた方が自分の体臭と同じくらい慣れっこになっておられるであろう彼らの文体にならって書くことはとても無理なのであります。
私の意見では、現時点であなた方が感じておられる困難は、恐らく主として、次の事実に帰因するものだと思います。それはつまり、ありとあらゆる新しい印象を受け取る際の華麗なまでの自動性が、すでに幼少時からあなた方の中に植えつけられており、そしてそれがあなた方の心理構造全体と理想的に調和するようになり、この〈天恵〉のおかげで、今やあなた方は責任ある人生の中で物事を判断するにあたっても、いかなる個人的努力も必要とされないということです。
率直にいえば、私がこの告白で最も言いたいことは、私が作家たちの使う規則や手順に不案内だということではなく、現代では作家だけでなく、普通の人間がみな使うことを強制されている、いわゆる〈お上品な文学用語〉なるものは、私は一切使う気がないということなのです。
それに私は、自分が、作家となるに当たって守るべき規則や手順に疎いということについては、ほとんど気にしていません。
なぜかといえば、この種の〈不案内〉は、現在では人々の生活のみならず物事の秩序においても生じているからです。今言った天恵は、今や地上のいたるところで全盛をきわめていますが、それというのも、ここ2、30年の間に、何らかの理由で、3つのどの性においても、特に半分目を閉じて眠り、ありとあらゆる吹き出物の生育にぴったりの顔をもっている多数の人間がかかるようになった異常な新種の病気のせいなのです。
この奇妙な病気の症状は、これにかかった者が一応読み書きができ、それに家賃が三ヵ月分前払いしてあれば、彼(彼女、あるいはそれ)は、必ずや〈教訓的論文〉ないしは本を書き始める、というものです。
私は人類に生じたこの新種の病気がいかに伝染性が強く、また現に地球上でどの程度広まっているかをよく知っているので、次のように推測する権利を有していると言っても決して不遜にはならないでしょう。つまり私は、あなた方がこの病気に対して、教養ある〈お医者様方〉がいうところの〈免疫〉をお持ちであり、それゆえ作家の諸規則や手順に関する私の無知に対してもあからさまに憤慨なさったりはしないだろうと推測しているのです。
とまあ、こう推測しているので、私は必然的に、自分がこういった文学用語に不案内であることを強調せざるをえないのです。
とはいうものの、ここで、自己正当化のためにも、また、現代生活においては必要不可欠であるこの文学用語を私がさっぱり知らないことをあなた方が目覚めた意識の中で非難されるのを少しでも防ぐためにも、私はつつましやかに、恥ずかしさのあまり頬を染めながらも、以下のことをぜひ言っておきたいと思います。つまり、かくいう私も幼少時にはこの用語を教わり、そればかりか、私に責任ある人生を送れるよう準備してくれた年長者たちは常々、ありとあらゆる威嚇的な方法を〈惜しみなく用いて〉、現代の〈喜び〉の主要な部分を成しているこまごました言葉の微妙な〈ニュアンス〉を〈そらで覚えろ〉と私に強制したのですが、それにもかかわらず、残念ながら(もちろんあなた方にとってですが)私は当時そらで覚えたことからはいかなる感銘も受けず、そのため作家としての現在の活動に役立つものは何一つ残っていないのです。
つい最近わかったことですが、私がこういったものに何の感銘も受けなかったのは私のせいではなく、ましてやかつて尊敬した、あるいはしなかった先生方のせいでもありません。そうではなくて、私がこの神の創られた地球に現れた時に起こった全く予期せぬ異例の出来事のせいで、彼らの努力は無駄になってしまったのです。その出来事というのは、これはヨーロッパでよく知られたあるオカルティストが極めて綿密な〈心霊的、生理的、天文学的〉調査の結果私に説明してくれたことなのですが、ちょうどその時、わが脳足りんのびっこの山羊がうちの窓ガラスにあけた穴を通して、隣家のエジソンの蓄音器から生じる音の振動がわが家に流れこみ、おまけに私を取りあげようとしていた産婆は、ドイツ製のコカイン、それも〈純粋〉とはいえないコカインが染みこんでいる菓子を口に入れ、おもしろくもないといった調子でこの音に合わせて口をもぐもぐやっていたということなのです。
この日常生活では極めて稀な出来事のほかにも、現在のような私が生まれたのには別の理由もあります。これは実は、私自身が、ドイツ人学者シュトゥンプジンシュマウゼン氏の方法によって長期間熟考した末たどり着いたものなのですが、その理由とは、私は、この出来事に続く人生の修業時代、そして成人してからも、常に本能的かつ自動的に、また時には意識的に、つまり主義として、他人との交際においてこういった文学用語を使うのを避けてきたということです。そしてこの取るに足りないこと、いや恐らくは取るに足りないことではないのでしょうが、ともかくこれを実行することによって現在の私ができあがったのです。しかし私にそんなことができたのは、修業時代に私という個人全体の中に形成された3つのデータがあったからこそなのですが、このデータについては本章のもう少し後の方で述べるつもりです。
それはともかく、アメリカの広告のようにあらゆる側から照らし出された事の真相は以上のようなものです。この真相は、今となってはいかなる力をもってしても、たとえ〈詐欺〉の達人の智恵をもってしても変えることはできません。最近では、寺院舞踏の立派な教師として広く知られるようになったこの私が、たとえ今日職業作家となり、この先もちろん徹底的に書きまくるつもりではあっても(子供時分から私は、何かをやる時はいつでも〈徹底的にやる〉べきだと考えてきました)今お話ししたとおり、それに必要な手腕、つまり自動的に獲得され、また自動的に発揮される手腕をもっていない以上、私は、自分が考え抜いたことすべてを、いかなる修辞上のごまかしや〈文法学者の知ったかぶり〉も排して、生活の中で作り上げられてきた普通の単純な日常生活の言葉で書かざるをえないのであります。
しかしながら容器はまだいっぱいになってはいません!……というのも、私はまだ最も重大な問題、つまりいかなる言語で書くかという問題を解決していないからです。
たしかにロシア語で書き始めたのではありますが、賢者中の賢者、ムラー・ナスレッディンも言っているように、この言語ではあまり先まで進むことはできません。
(ムラー・ナスレッディン、あるいはホジャ・ナスレッディンとも呼ばれているこの人物は、ヨーロッパやアメリカではほとんど知られていませんが、アジア大陸の多くの国々ではよく知られています。この伝説上の人物は、アメリカのアンクル・サム、ドイツのティル・オイゲンシュピーゲルに当たると言っていいでしょう。東洋の国々には、長い歴史をもつものや新しいものも含めて、格言風の響きをもつ話がたくさんありますが、その中の多くは、これまでも、また今日でも、このナスレッディンのものとされています)
ロシア語という言語が非常に良いものであることは否定できません。いや、私自身、好きだと言ってもいいくらいです。ただし……それはただちょっとした小話をしたり、誰かの家柄の話をしたりする分には悪くないというだけのことです。
ロシア語は英語によく似ています。英語も良い言語ではありますが、やはり〈喫茶室〉で安楽椅子に足を組んで座り、オーストラリアの冷凍肉問題だとかインド問題などを議論したりするのに適しているにすぎません。
この2つの言語は、モスクワの〈ソリアンカ〉と呼ばれる料理に似ています。この料理には、あなたと私以外は何もかも、好きなものは文字通り全部、それこそシェヘラザードの〈晩餐後のチェシュマ〉(チェシュマはヴェールを意味する)までぶちこんであります。
次のことも言っておかねばならないでしょう。すなわち、私が青年期を過ごした、偶然あるいは必然的に形作られた境遇のせいで、私はすこぶる真剣に、またもちろん常に自分にムチ打って、非常に多くの言語を話し、読み、書く能力を習得しなければならなかったのですが、それもただどうにかこうにかできるという程度ではなく、例えば運命が予期せず私に押しつけたこの職業を続ける上で、もし私が習慣によって獲得された〈自動性〉を利用しないと決心したとすれば、そのうちのどの言語でも書けるくらいに熟達しなくてはならなかったのです。
しかし、もしこの自動的に獲得された自動性を上手に使ってこの著作を書き始めるとすれば―それは長い習慣からして極めてやさしいことですが―私はロシア語かアルメニア語のどちらかで書かなくてはなりません。なぜかというと、この2、30年間の私の生活は、他人との意思疎通のために、この2つの言語を使わざるをえないような状態にあり、そのため、この2つの言語の練習量はますます増え、それに従って自動性もいっそう増大したからです。
全くなんたることでしょう!……しかしそんな場合でも、普通の人間にはあまり見られない私の特異な心理の一側面が、すでに私の全体を苦しめ始めていたのです。
私の場合、すでに円熟期に達したといっていい年齢になってからこのような不幸が生じたわけですが、その主な原因は、私の中にある性向、つまり少年時代以来いつでも、どんなことをする場合でも、民間伝承の智恵だけに従って行動するよう自己全体に自動的に命ずるという特異な性向が、現代生活に必要なその他多くの取るに足りないことと一緒に、私の中に植えつけられてきたということにあるのです、
というわけで、人生においては数限りなくあるこれとよく似た場合と同様、この場合にも私の頭にすぐに浮かんできたのは、大昔の人々が信じていた通俗的な智恵の言葉だったのです。この言葉は、まるで冗談で作られたのかと思えるくらいお粗末なこの頭の中をいわば〈駆けめぐって〉いるのですが、今日まで受け継がれているその言葉というのはこうです―「どんな棒にも必ず二つの端がある」。
私の意見では、この奇妙な格言に隠されている基本的な思想と真の意味を理解するためには、多少とも正常な思考をする人間であれば、まず意識の中で次のような仮説、すなわち、この格言の意味を的確につかむにはそれを支えている思想全体を考慮に入れなくてはならないが、その思想全体の中に、何世紀にもわたって人々に認知されてきた真理がひそんでいるという仮説を立てなくてはなりません。そしてその真理というのは、人間生活の様々な現象の中で、ある原因が2つの相反する結果を生み出すと、その結果のうちの一つがまた新たな原因となって、再び2つの正反対の結果を生み出すということです。例えば、2つの別々の原因から生まれる〈何か〉が光を生み出すとすれば、それは必ずその反対の現象、すなわち闇も生み出します。あるいは生物の有機体の中で、ある要因が満足という心の動きをはっきりと生み出すならば、必ずその反対の不満も同じようにはっきりと生み出すのです。こういう具合に、常に、またどんな場合でもこのことは真理なのです。
この棒の格言に表現されている民間伝承の智恵は何世紀もかけて形成されてきたものですが、それによれば、すべての棒は2つの端をもっていて、一端は善、一端は悪と考えられています。この格言を今の場合に当てはめてみますと、もし私が、前にも申しましたように、長期間の習慣によって獲得した自動性だけを使ってこの仕事を進めるのであれば、もちろん私にとっては非常に都合がいいのですが、そうすれば、読者の側に正反対のことが生じることになります。好都合の反対が何であるかは、痔を病んでおられない方でも容易におわかりになるでしょう。
簡単にいえば、もし私が特権を行使して棒の良いほうの端を握れば、悪いほうの端は必ずや〈読者の頭の上に〉落ちることになるのです。
実際こういうことが起きる可能性は大いにあります。というのは、ロシア語では哲学的問題のいわゆる〈微妙な点〉は表現できませんが、まさにそれこそが私がこの著作で書いてみたいと思っているものだからです。ではアルメニア語はどうかというと、今言った微妙な点を表現するのは可能ではあるものの、現代アルメニア人には不幸なことに、この言語で現代的な観念を取り扱うことは、今日では既に全く不可能になっています。
これは私にとっては実に残念な事態なのですが、それから受けた心の痛みを和らげるためにも、ぜひ次のことを言っておかねばなりません。すなわち、私は少年時代にこういった言語の問題に興味をもち、強く心を奪われたのですが、当時私が一番好きだった言語、それこそ私の母国語よりも好きだった言語がこのアルメニア語だったのです。
なぜかというと、この言語が実に独創的で、近隣の言語や同種の言語といかなる共通点ももっていなかったからです。
学識ある〈言語学者〉が言うように、この言語がもっている調子はすべて独自のもので、つたない理解力しかなかった当時の私にさえ、この言語はその国に住む人々の精神構造と完全に一致しているように思われました。
しかしここ3、40年の間に私は、この言語が大きな変貌をとげ、遠い昔から現在まで続いている独創的かつ独立した言語とは別のものが生じてくるのを目撃してきました。その新しいものは、独創的で独立してはいるけれども、〈道化じみた寄せ集め言語〉とでも呼ぶべきもので、それが生み出す協和音は、多少とも意識的で理解力のある聴き手が聞くと、トルコ語、ペルシア語、フランス語、クルド語、ロシア語をごちゃまぜにしたものに、頭ばかりか胃まで痛くなりそうな騒音をぶちこんだような〈調子〉なのです。
これとほとんど同じことが、私の母国語であるギリシア語についてもいえるでしょう。私は子供の頃にはこの言語を話していて、〈それが自動的に引き起こす連想の力の味わい〉とでもいうべきものは、今もって忘れずに記憶しています。今でも私はこの言語で何でも表現できますが、これを著作に用いることはできません。なぜかといいますと、誰かがこれを転写して他の言語に翻訳しなければならないという単純かつ滑稽な理由のためであります。実際、誰にそんなことができるでしょう?
私が子供の頃に習い覚えたこの母国語で書いたものは、たとえ現代ギリシア語の最高の権威でも全く理解できないだろうと確信をもって言うことができます。なぜかというと、わが親愛なる〈同胞たち〉(と呼んでもかまわないと思いますが)は、何としてでも現代文明の代表者になりたいという欲求にあおられて、この3、40年というもの、ロシアのインテリゲンチャになりたいと切望するアルメニア人たちが彼らの母国語を取り扱ったのと同じように、わが親愛なる母国語を取り扱ってきたからです。
私もこのギリシア語の精神と本質は遺伝によって受け継いでいますが、この言語と現代ギリシア人が今日話している言語とは、ムラー・ナスレッディンの言葉を借りれば、〈釘が鎮魂歌と似ている〉くらい似ているのです。
ああ、いやいや、ご心配なさるな、私の知ったかぶりの本を購入して下さった親愛なる方々よ。フランスのアルマニャックと〈カイザリアのバストゥーマ〉がたっぷりあれば、この難問もきっと切り抜けてごらんにいれます。
私はこんなことは十分に経験ずみなのです。これまでの人生で私は何度も難局に陥っては脱出してきたので、こんなことはもうほとんど習慣になってしまったと言ってもいい。
ともかくしばらくの間は、部分的にはロシア語で、また部分的にはアルメニア語で書くことにいたします。なぜかというと、いつも私に〈つきまとっている〉者たちの中に、この2つの言語のどちらでも多少なりとも〈大脳を働かせられる〉者が何人かおり、それで私は、彼らがこの2つの言語をかなりうまく翻訳できるのではないかという希望を抱くようになったからであります。
ともかく、あなた方がよく覚えておけるようにもう一度くり返しておきましょう。―ここで念のために言っておきますが、これをくり返すのは、あなた方にいつもの習慣的覚え方、つまり他人や自分に何かを約束しても、それが守れないような覚え方をしないでほしいからなのです―いかなる言語を使おうとも、いついかなる場合でも、私は〈お上品な文学用語〉と私が名づけたものは一切使いません。
この点に関連して、次のような極めて興味深い事実があります。この事実は、もしあなた方が知識を愛する人間であれば知っておく価値が十分にあるし、いやひょっとすると十分以上の価値があるかもしれません。その事実というのは、子供の頃以来、つまり私の中で、鳥の巣を壞したり友達の妹をいじめたりしたいという衝動が生まれて以来、私の、古代神智学者がいうところの〈惑星体〉の中に、もっと厳密にいえば、なぜか特に〈右半身〉に本能的、無意識的な感覚が生じ、さらにその感覚は、私が舞踏教師になる頃までには徐々にある確固たる感情へと変化していき、その後、この職業ゆえに様々な〈タイプ〉の人々と数多く接触するようになると、感覚や感情だけでなく、私の中の〈知性〉と呼ばれている領域においても、あるはっきりとした確信が生まれ始めたということ、そしてその確信というのは、この2つの言語はある人々によって、つまり言語に関する知識という点からいえば、わが敬愛するムラー・ナスレッディンが「やつらにできることといえば、オレンジの質についてブタと論争するくらいが関の山さ」という言葉で見事に形容したあの二本足の生物たちと全く同類の者たち、つまりはっきりいえば〈文法学者たち〉によって恣意的に作り上げられたのだということにほかなりません。
我々のまわりにいるこの種の人々、つまり祖先が時間をかけて作り上げ、我々に残してくれた善きものを破壊する、いわば〈蛾〉と化してしまった人々は、目のおおいようもないほど明々白々なある事実について考えたこともないし、恐らくは聞いたことさえないのです。その事実というのは、人間は心身の形成期間中に、人間を含むすべての生物において機能している頭脳の中で、古代コルコラン人が〈連想の法則〉と呼んでいた自動的な活動や表現という極めて特殊な性質を獲得するが、あらゆる生物の、とりわけ人間の思考過程は完全にこの法則に従って進むというものです。

ここで、近頃では私のいわば〈趣味〉になってきた問題、すなわち人間の思考過程の問題に偶然ふれたことでもあるし、この問題を説明しようと前もって決めておいた場所に来るまで待たずとも、今、この第一章で、少なくとも、私が偶然知ることになったある原則についてだけでも少しばかりお話ししておこうかと思います。この地球上には、過去のどの時代にも、他人から〈意識的に考える人〉と思われたいし、自分でもそう思いたいというあつかましい人間がいましたが、こういう輩には、人間は一般に、責任ある年齢の早い時期に2種類の思考活動を行うようになるということを教えてやらなければなりません。その2種類とは、常に相対的な意味しかもたない言葉というものを使った観念による思考活動と、いま1つは人間にも他のすべての生物にもふさわしいもの、つまり私が〈形による思考活動〉と呼んでいるものです
厳密にいえば、あらゆる著作の正確な意味は、この第二の思考活動、つまり〈形による思考活動〉を通して受け取られ、そしてすでに自分がもっている情報と意識的に突き合わせた上で理解されねばなりませんが、この思考活動は、地理上の位置、天候、時代、つまり一般的にいえば、その人が成人になるまで育った全環境に依存しつつ形成されるのです。
したがって、地球上の様々な地域に住む様々な人種、あるいは異なる条件下にある人々の頭脳の中には、全く同じ事柄や観念に関しても実に多種多様な形が形成され、それが機能すると、つまり連想が働くと、彼らの存在の中に何らかの感覚が呼びさまされ、そしてその感覚が心象の形成を主観的に決定するのですが、その心象を言葉で表現しようとしても、外的、主観的にしか表現できないのです。
だからこそ、住む地域や人種の異なる人たちはそれぞれ、ある事柄や観念を表す言葉に、ほとんどの場合、きわめて明確に異なった、いわゆる〈内的意味〉を与えているのです。
言いかえると、ある地域で生まれ、その地域特有の影響と印象を受けながら育った人間の中で、ある〈形〉が形成され、そしてこの形が連想によって彼らの中にある一定の〈内的意味〉をもつ感覚を呼びさまし、この結果、必然的に一定の心象あるいは概念を生み出すとします。すると、それを表現するために何らかの言葉を使うわけですが、それは最終的には習慣的、主観的なものになります。そうすると、この言葉を聞いた者は、育った環境に応じて全く違った〈内的意味〉をもつ形を自分の中に形成し、その結果、その言葉を全く別の意味に受け止め、理解してしまうのです。
ついでにいうと、この事実は、2つの異なる人種に属する人たち、あるいは別々の地域で育った人たちが意見を交換する場に居合わせて、注意深く公平に観察すれば、はっきり確認することができます。
というわけで、私の知ったかぶりの本を買おうとなさっている陽気なホラ吹きの皆さん、私は〈職業作家たち〉が普通に書くのとは全く違った書き方をするつもりであることをすでに警告しておきましたが、ここでついでにこう助言しておきましょう。これから先に進まれる前によくよく熟考なさり、その上で読みはじめて下さい。さもないと、現在地球に存在している(インテリゲンチャの文学用語〉にすでに完全に慣らされているかもしれないあなた方の聴覚器官やその他の知覚器官、いやそればかりか消化器官にまでも大変なことが起こるかもしれません。つまり、あなた方は私のこの著作から実に実に嫌悪すべき影響を受けられ、そのためにあなた方の……おわかりですか……あなた方の好きな料理に対する食欲ばかりか、あなた方の〈内部〉をくすぐる心理的特性、つまり近所に住んでいる金髪の女性を見る時にあなた方の内部でうごめく嗜好に対する欲求までも失われることになるかもしれないのです。
これまでにも何度もこの種のことは経験してきているので、ちょうど〈サラブレッドのロバ〉が自分の頑固さの正当性を確信しているのと同じように私の全存在で確信しているのですが、この可能性、つまり私が使おうとしている言語、いやもっと厳密にいえば私の思考様式そのものが、今言ったようなことをあなた方の中に引き起こす可能性はきわめて高いと思います。
さて、これであなた方には最も重要なことを警告しましたので、これから先は落ち着いて書けます。私が書いたものから何か誤解がもちあがっても、責められるべきはあなた方であって、私の良心は、そう、例えて言えば……前皇帝ヴィルヘルムのように全く痛まないのです。
恐らくあなた方は今、私がきっと若造で、外見こそ立派だが、誰かの言葉によれば、〈内側は怪しげな〉連中の一人で、おまけに新米の物書きなので、有名になって金をごっそり儲けるためにわざと風変わりなことを言っているのだと思っておられることでしょう。
もし本当にそう思っておられるとしたら、あなた方は実に大きな過ちを犯していることになります。
まず第一に、私は若くはありません。それどころか、かなり長く生きてきており、この人生では、よくいわれるように、〈ただ苦労しただけでなく文字通り辛酸を舐め尽くしてきた〉のです。
また第二に、概していえば私は、この職業を利用して経歴をつくろうとか、いわゆる〈堅固な〉地位を固めようとか思っているわけではありません。それどころか、ぜひとも言っておかねばなりませんが、私の見るところでは、この職業は〈地獄〉直行便に乗るのに最適な職業の一つです(もちろんそれは、この職業に就いた人たちが、自分の存在によってそれだけの完成の域に達すればの話ですが)。なぜかというと、彼らは、何一つ知らないくせに手当たりしだいに〈はったり〉を書きまくり、その結果自動的に権威を獲得して、年毎に、それでなくても極度に卑小になってしまっている人間の精神を、なおのことちっぽけなものにしているからです。
私の個人的経歴に関していえば、あらゆる高次の力や低次の力のおかげで、いやお望みならば右の力や左の力も加えてよろしいが、私はとうの昔に十分な地位を得ており、その上もう長い間〈強固な足〉で、そればかりか善良な足で歩いてきました。しかもこの足は、我が過去、現在、未来の敵との闘いにもかかわらず、まだこの先かなりの間十分に強いだろうことは間違いありません。
そうそう、今私の少々狂った頭にある考えが浮かんだのですが、これはあなた方にもお話ししておいたほうがいいでしょう。つまり私は、自分のこの最初の本を印刷する業者に頼んで、もし読者がこの第一章を読んで気に入らなければ、本屋の主人とひと悶着起こさずにすんなりこの本を返し、恐らくは額に汗して稼がれたのであろう金を払い戻してもらえるよう、特別にこの第一章だけはページを切らずに読めるように印刷させようと思うのです。なぜといって、この本は普通の様式で書かれたものではない、つまり人間の思考活動の中にわくわくするようなイメージを引き起こしたり、夢想にふけるのを助けるために書かれるのではないからです。
私は以上のことを必ず実行するつもりですが、そうするのには別の理由もあります。つまり、ほんの小さな頃に聞いたトランス・コーカサスのあるクルド人の話を今また思い出したからで、その後何度もこれと似たようなケースに遭遇してこの話を思い出すたびに、私の中には優しさに対する永続的で打ち消すことのできない衝動が湧き上がってくるのです。
これをあなた方に少しばかり詳しくお話しすることは、私にとってもあなた方にとっても非常に有益であると思います。
なぜ有益かというと、私がこの話から〈塩〉を、あるいは現代の純粋なユダヤの商人ならば〈ツィムス〉(本質、エッセンスの意)と言うでしょうが、ともかくそれを取り出せるのではないか、つまり、私がこの新しい職業を通して達成しようとしている目的のために使おうと考えている、ある新しい書法上の形式の基本原理の一つを引き出せるのではないかと考えるからにほかなりません。
このトランス・コーカサスのクルド人は、商用か何かで自分の村から町へ出かけた時、市場の果物屋で、いろんな果物が実に見事に並べられているのを目にしました。
なかでも彼は、色も形もこの上なく美しいある〈果物〉の外観にすっかり魅せられ、どうしても食べてみたくなって、あまり金もないのに、最低一つはこの偉大なる自然の贈り物を買って食べてみようと決心したのです。
それで、彼には珍しく勇気をふりしぼって、脇目もふらず店に入り、その骨ばった指で気に入った〈果物〉を指差して店の主人に値段を聞くと、主人は1ポンドが2セントだと答えました。
実に美しいわりには高くないと思い、我がクルド人は1ポンド全部買うことにしました。
町での用事を終えた彼は、その日のうちに徒歩で帰途につきました。
夕暮れ時、丘を越え、谷を渡り、否応なしに目に入る偉大なる自然、われらが共通なる母のあの魅了するような懐に包まれ、工業都市が吐き出すもので汚染されていない澄んだ空気を無意識のうちに吸いこみながら歩いてきたので、突然われらがクルド人は極めて自然に、いくらか食物をとって満足を得たいと思いました。そこで彼は道端に腰をおろし、食糧袋からパンと、とてもおいしそうに見えたので買ったあの〈果物〉を取り出し、おもむろに食べ始めました。
しかし……なんと恐ろしいことか!……たちまち彼の内臓全体が燃え始めたのです。しかし、それにもかかわらず彼は食べ続けました。
我々の惑星のこの不幸な二本足の生物がこうして食べ続けたのも、ただただひとえに、前に話した人間固有の特性ゆえであり、私のもくろみは、この特性を私が生み出した新しい書法上の形式の基礎に使う、つまりこれを原則化して、現在もっている目的の一つに無事導いてくれるいわば〈道しるべ〉にすることなのです。だからあなた方はすぐに、もちろんあえて読み進むならの話ですが、このことの意義と意味とを、もちろんあなた方の理解力の程度に応じてつかまれるだろうし、たぶんこの第一章を読むだけでも何らかの〈匂い〉を感じ取られるにちがいありません。
というわけで、われらがクルド人が、大自然の懐でのこの奇妙な食事から生じた異様な感覚に圧倒されていたちょうどその時、その同じ道を彼の村の者、それもみんなから賢人で経験豊かだと賞讃されている男がやってきました。そして、例のクルド人が、顔全体を燃えるように真っ赤にし、目からは涙を流し、しかしそれにもかかわらず、まるで最も大切な義務を果たすことに没頭しているかのように、正真正銘の〈赤トウガラシ〉を食べているのを見て、彼はこう言いました。
「おい、ジェリコ・ジャカス、いったい何をしているんだ。生きたまま燃えてしまうぞ。そんな身体によくないとんでもないものを食べるのはやめなさい。」
しかし、われらがクルド人は答えました。
「いいえ、どんなことがあってもやめません。私はこれに最後の2セントを払ったんです。たとえ私の魂が身体から離れようとも食べ続けます。」
というわけで、われらが断固たるクルド人は(もちろん彼がそういう人間であると了解願いたいのですが)〈赤トウガラシ〉を食べ続けました。
以上の話を聞かれたからには、あなた方の思考活動の中ではもう、時おり現代人の中でも起こるのと同じように、一般に理解と呼ばれているものをあなた方の中に呼びさますような適切な連想が湧き起こりつつあることでしょう。そして今なぜ私が、つまり、もし金を払って何かを買ったら、それを最後の最後まで使い尽くさずにはおれないというこの人間固有の性質を十分にわきまえ、また幾度となくその性質を憐れんできたこの私が、〈欲求においても霊魂においても私の兄弟〉ともいうべきあなた方が(もしあなた方があらゆる種類の本を読むことに慣れておられるとしても、それらはすべて前述の〈インテリゲンチャの言語〉で書かれたものでしょうし、既に金を払って手にされているこの本は、買った後で初めて、普通の、便利で簡単に読める言語で書かれたものではないことが判明したわけですから)ちょうどこの哀れなトランス・コーカサスのクルド人が、ただ外見だけに魅了されて買ったあの〈冗談どころではない〉高貴なる赤トウガラシを食べ続けたように、既に述べた人間固有の性質のゆえに、いかなる犠牲を払っても私の本を読み通そうなどという強迫観念をもつことのないよう、あらゆる可能な手だてをつくそうと考えるに至ったか、十分に理解していただけるでしょう
この固有の性質を生み出すデータは、人間がしょっちゅう映画に行ったり、異性の左目を覗きこむ機会は一度たりとも逃さないといったことのおかげで、現代人全体の中にしっかりと根を張っていますが、この性質から生じるあらゆる誤解を避けるために、さきほど言ったように、この導入部的な章を、本のページを切らなくても読み通せるような形に印刷したいのです。
さもないと、書店主は、あなたにいわば〈ケチをつけ〉、そして必ずや、〈えさをのみこんだ魚を逃がしたりすれば、おまえは魚夫より馬鹿ではないか〉という文句に定式化されている書店主一般の基本原理に従って行動し、あなたがページを切ってしまった本の払い戻しをするのを拒否するでしょう。私はそうなることをいささかも疑いません。実際、書店主というのはそれくらい良心を欠いているのです。
書店というのはいかに良心の欠如した存在であるかという私の確信を生み出したデータは、私が職業的な〈インドのファキール〉だった頃、ある〈超哲学的〉問題を完全に解明するために、現代の書店主やセールスマンが、買い手にうまく取り入って買わせる際の手練手管(それは実は、自動的に形成された精神を連想に従って表現したものにすぎないのですが)に慣れる必要があった時に、私の内部で確固たるものになったのです。
こういったことについて私はよく知っているし、また私にふりかかってきたあの不幸な出来事以来、極端に公明正大で潔癖になっているので、私はあなたがこの私の最初の本のページを切る前に、本書の第一章を非常に注意深く、二度三度と読み返されることをくり返し言わずには、いや、警告せずには、それどころか涙ながらにお願いせずにはおれないのです。
しかし万一、私のこの警告にもかかわらず、あなたが私の著作の内容をもっと知りたいと言われるのであれば、私はもう、あなたがその旺盛な食欲で、自分の健康のためだけでなく、まわりにいる人たちの健康のためにも、読まれたものをすべて〈消化〉して下さることを、〈正真正銘の魂〉の底から祈るばかりです。
ここでわざわざ〈正真正銘の魂〉と言ったのにはわけがあります。私は最近ここヨーロッパに来たのですが、それ以来、人間の内的生命にのみ属すべきあらゆる聖なる名を場所柄や時もわきまえずに濫用するのを好む人々、つまり何かというとすぐ誓う人々と会う機会が増えました。そこで、あの格言を信奉しているこの私、つまり既に告白したように、何世紀にもわたって定着してきた民間伝承の智恵を秘めている格言、それも理論的なものばかりでなく(現代人は何事によらず、これだけに従って行動していますが)実践的な格言の信奉者でもあり、したがってこの場合には、〈郷に入っては郷に従え〉という言葉で表わされている智恵を含む格言を信奉するこの私は、ここヨーロッパで確立している習慣、すなわち、普通の会話の中でみだりに神の名を呼ぶという習慣との調和を乱さないと同時に、モーゼの聖なる口によって宣言された戒律、すなわち「みだりに聖なる名を口にするなかれ」に従って行動すべく、今流行している〈焼きたて〉の言語の一つ、つまり英語を使うことにし、それで今後は、必要な時には私の〈英語の魂〉で誓いを立てようと思います。
ここで肝心なのは、この流行の言語では、〈魂(soul)〉という語と〈足の裏(sole)〉という語とが、発音ばかりか綴りまでとてもよく似ているという点です。
私のこの本を買おうかなと考えておられるあなたはどうか知りませんが、私は一風変わった性格なので、現代文明の中に生きる人々がこういった状況を生み出したことに対して、つまりわれらが《共通の父なる創造主》が特に愛して下さっている人間の中の最も高貴なものが(往々にしてそれがいかなるものであるかわかりもしないのに)事もあろうに人間の身体の最も粗野で汚ないものと同様の名で呼ばれたり、それどころかほとんど同じようなものだと理解されていることに対して、どうしようもない怒りを覚えざるをえないのです。
さてさて、〈言語学的な考察〉はもう十分でしょうから、この幕開けの章の主要課題、すなわち、読者の中でも私の中でもいまだにまどろんでいる思考をかき立て、それと同時に、読者にある警告をするという課題に戻ることにしましょう。
私は既に頭の中でこの本の計画を順序立てて組み立てているのですが、それが紙の上で実際どのような形をとるかは、率直にいって私自身まだ意識的には考えていません。しかし潜在意識の中では既にはっきりと、この本はいわば〈辛い〉ものになり、全読者に、あの赤トウガラシがかわいそうなトランス・コーカサスのクルド人に与えたのと同様の効果を与えるような形をとるであろうと感じています
さて、あなた方はすでに、平凡な田舎者であるあのトランス・コーカサスのクルド人の話になじまれたと思うので、そこで私は、すでに計画を立てたこの本全体の序章にあたるこの第一章を続ける前に、あなた方のいわゆる〈純粋なる目覚めた意識〉なるものに次のことを知らせておくことがぜひとも必要だと考えます。この警告の章に続く各章において私は、意図的にある特定の順序で、しかも特定の〈論理的対比形式〉を用いて考えを述べることにより、いくつかの概念の最も重要な本質が自動的に、あなた方の〈目覚めた意識〉(無知ゆえにほとんどの人がこれを真の意識と考えていますが、私はこれが架空のものであることを断言し、実際に証明してお見せするつもりです)から、あなた方が潜在意識と呼んでいるもの(つまり私の意見では、人間の真の意識にほかならないもの)の中に入っていくようにし、そしてこの変化が、一個の人間の全体性の中で当然起こるべき変容をやはり自動的に引き起こし、そしてそこに彼自身の意識的思考活動が加わることによって、一脳、あるいは二脳の生物にはない、人間にこそふさわしい、人間こそが持つべき成果をもたらすようにしたいと考えているのです。
私は以上のことを断固として実行するつもりです。もしこれがうまくいけば、今言ったとおり、あなた方の意識を目覚めさせるべく計画されたこの序章も十分にその目的を果たすでしょうし、さらには、もしあなた方の、私に言わせればまだ空想的なものにすぎない〈意識〉だけでなく、真の意識、すなわち潜在意識と呼ばれているものまで目覚めさせることができれば、あなた方は生まれて初めて、能動的な思考というものをせざるをえなくなるでしょう。
一人一人の人間の全体性の中には、遺伝や教育には関係なく2つの独立した意識が形成されており、その2つは、機能においても表現においてもほとんど何一つ共通点をもっていません。第一の意識は、あらゆる種類の、偶発的なものであれ他人が意図的に生み出したものであれ、ともかく機械的な印象を知覚することによって形成されています。その印象中には本当は全く中身のない様々な言葉の〈音韻的調和〉も入れなくてはなりません。一方第二の意識は、遺伝によって伝えられた〈すでに形成されている物質的結実〉ともいうべきものから形成されていますが、この結実はすでに、人間の全体性の中のそれに呼応する部分と混じり合っています。また同時にこの意識は、すでに自分の中にあるこの〈物質化されたデータ〉が連想的に互いに対立するよう意図的に刺激することによって生じるデータからも形成されています。
このように人間のこの第二の意識、すなわち〈潜在意識〉と呼ばれているものは、遺伝や、自分自身の意志で生み出した対立から生じた〈物質化された結実〉から形成されたものでありますが、私に言わせれば、この意識の活動こそが人間の身体を支配すべきなのです。私のこの意見は、長年にわたって、素晴らしい好条件の下で何回も実験を繰り返すことによって辿り着いたものです。
以上の私の確信は、あなた方から見れば、苦悩する精神が生み出した空想だと思えるでしょうが、しかし今では私は、あなた方にもおわかりのように、この第二の意識を無視することはできません。それに私の本質は、以下の章の序文となるこの第一章があなた方のこの2つの意識の中に貯めこまれた知覚にまで届き、それを〈揺さぶる〉という目的が達成できるようにこの章を組み立てるよう、私を急き立てるのです。
以上の計画に基づいてこの章を書き続けるにあたって、私はまず、あなた方があると信じておられる空想的な意識に、あることを知らせておかねばなりません。それは、私の性格が形成されてきた期間を通じて、私という人間全体の中で3つの明確ではあるが一風変わったデータが結晶化し、そのおかげで私は、私と接触のある人々の中に深く根をおろしていると考えられるあらゆる概念や確信を、いわば〈混乱させ、まごつかせる〉ことにかけては、実にすばらしい手腕をもつに至ったということです。
ほら、ほら、ほら……私はもう早くも、あなた方が〈真の〉意識と呼んでいるニセの意識の中で、あなた方がおじさんやお母さんから遺伝的に受け継いだある主要なデータ、つまり何に対してでも好奇心という衝動(確かにそれは素晴らしいものではありますが)をかき立てるあのデータが、ちょうど〈盲目のハエ〉のようにあおり立てられているのを感じることができます。要するにあなた方は、新米物書きで、新聞に名前も載ったこともないようなこの私が、なぜ突然そんなに素晴らしい腕を持つようになったのか一刻も早く知りたいと思っておられるのでしょう。
御心配には及びません! 私個人は、たとえあなた方の〈ニセの〉意識の中だけであろうと、そのような好奇心が生まれたことを非常に嬉しく思っているのです。というのも、私はこれまでの経験から、人間にふさわしからぬこの衝動が、時としてこの意識からその人間の本性に入り込み、そして人間にふさわしい衝動、すなわち知識への欲求という衝動に変化しうることを知っているからです。この衝動は、たまに起こることですが、現代人が何かに注意を集中すると、その本質を鋭く知覚し、深く理解するのを助けてくれます。だから私は、今あなた方の中に生まれたその好奇心を喜んで満たしてあげようと思っているのです。
さあ、よく聴いて私の期待が正しかったことを証明してください。私のこの特異な人格は、客観的正義を生み出す、いと高き審判席に列する個人たちばかりか、ここ地球のほんの少数の人間たちにも〈嗅ぎつかれて〉しまいましたが、これは前にも言ったように、修業時代に私の中に形成された3つの二次的データにその基礎を置いています。このデータの第一のものは、それが生じた瞬間から、私の全体性を導くいわば主要な操縦桿(かん)となり、他の2つはこの最初のデータに養分を与えて完璧なものとする、いわば〈活性化の源泉〉なのです。
この第一のデータが私の中に生じ始めたのは、私がまだほんの〈丸ぽちゃのちび〉だった頃のことで、その頃はまだ我が敬愛する祖母も、百歳を超える高齢にもかかわらず生きていました。
祖母が死の床にあった時(どうか彼女が天の王国に入っていますように)私の母は、当時の習慣に従って私を祖母のベッドに連れていき、私が祖母の右手にキスすると、我が敬愛する今は亡き祖母は、死につつあったその左手を私の頭にのせて、ささやき声ではあるが非常にはっきりと、次のように言いました。
「孫の中で一番年上のおまえよ! 私の厳格な訓戒をよく聞いて常に覚えておきなさい。人生では、何をするにも決して他人がするようにしてはいけません。」
こう言うと彼女は私の鼻柱を見つめ、言われたことがあまりよく理解できずに困惑している私を目ざとく見てとると、いくぶん怒ったように、いかめしくこうつけ加えました。
「いいかい、おまえ。もし何もしないのなら徹底的に何もしないでただ学校にだけ行っていなさい。でも、もし何かやるのなら、誰もしないことをやりなさい。」
こう言うと彼女はすぐにまわりの者に対する軽蔑の念を露にし実にあっぱれなほど自分をしっかりと見つめながら、何のちゅうちょもなく自分の魂を大天使ガブリエルの手に委ねたのです。
その時私は、今お話しした出来事から恐ろしく強い印象を受けたために、突然まわりのすべての者に我慢ができなくなり、それで、私の誕生の原因のそのまた原因であった者の〈惑星体〉が臨終の床に横たわっている部屋を出るが早いか、誰にも見つからないようにわれらが〈衛生学者〉、すなわちブタ君用のヌカやイモの皮などを四旬節の間ずっとしまっておく貯蔵箱にすばやく忍びこみ、飲みも食いもせずに、頭の中をグルグルまわる混乱した思考(幸運なことに、当時の私の子供っぽい頭の中には、思考などというものはほんのわずかしかなかったのですが)の嵐にもてあそばれながら、そこでじっと横になっていたのです。そのうちに私の母が墓から帰ってきて、いなくなった私を泣きながら必死で捜している声がいわば私を〈圧倒した〉ので、私はすぐにそこから這い出て、まず最初に、どういうわけか腕を伸ばしたまま箱のふちの上に立ち、それから母に走り寄ってスカートにしがみつき、不意に足を踏みならし、どうしてか自分でもわからないのですが、近所の土地管理人が所有しているロバの鳴き声を真似し始めたのです。
なぜあのことが当時の私にそれほど強い印象を与えたのか、またなぜ、ほとんど自動的にあんなに奇妙な自己表現をしたのか、今でもよくわかりません。とはいえ、ここ何年かというもの〈四旬節前三が日〉と呼ばれている期間がやってくるたびに、あの時の奇妙な行動の理由を見つけ出そうとあれこれ考えてみました。
その結果はといえば、私のその後の生活に非常に大きな意味をもつことになったあの聖なる光景が生じた部屋の中に、〈古きアトス〉の僧院からもち帰られた特殊な、とはいえキリスト教の様々な宗派の信奉者の間では極めて一般的な線香の香りが充満していたためだろうという、何とも理屈っぽい憶測にたどり着いただけです。しかしその真の原因が何であったのかはともかくとして、このことは今もってまぎれもない事実として残っています。
この出来事に続く年月の間、私は格別変わったことはやりませんでした。唯一の例外といえば、たぶんこの出来事と関連しているのでしょうが、この時期にはいつもより頻繁に、私の空中の足、すなわち手で歩いたということくらいです。
他人とは明らかに違う行動を私が最初に起こしたのは(とはいえ、それは私の意識ばかりか潜在意識とも無関係に起こったのですが)私の祖母の死のちょうど40日後に、家族からも親戚からもすべての人に愛されていた祖母を、なかでもとりわけ敬愛していた人々が慣例に従って墓地に集まり、墓の中で安らいでいる死体に向けて、〈鎮魂ミサ〉と呼ばれるものを執り行なっていた時のことでした。この時私は、有形無形の様々な道徳心をもった人たちや、経済的にもいろいろな地位にある人たちの間で慣習となっていることを遵守するかわりに、つまりこの場合には、顔に悲しみの表情を浮かべ、できれば目に涙さえためて、打ちひしがれたように黙って立っているかわりに、墓のまわりを踊るようにスキップしながら、
「彼女を聖者たちとともに安らわせたまえ、
今や彼女は死にたもうた、
オイ!  オイ!  オイ!
彼女を聖者たちとともに安らわせたまえ、
今や彼女は死にたもうた」
と延々と歌い続けたのです。
この事件以来、私の全体性の中に〈何か〉が芽生え、それが母体となって、あらゆる種類のいわゆる〈猿真似〉、つまりまわりの人間が普通に行なう自動的な行動を模倣するのはやめて、いついかなる場合でも、他人とは違ったように物事をやろうとする、今の私が〈抵抗できない欲求〉と呼ぶものが生まれてきたのです。
その頃、私は次のようなことをやりました。
たとえばボールを右手で捕れるようになるために、私の兄や姉や妹、それに一緒に遊んでいた近所の子供たちはみんな空中にボールを投げ上げてそれを捕ったのですが、私はまずボールを強く地面にたたきつけ、そしてとんぼ返りをしてから、落ちてくるボールを左手の親指と中指だけでつかんだり、あるいは他の子供たちがみな頭を先にして斜面をすべりおりていると、私は、当時みんなが〈背中すべり〉と呼んでいたやり方ですべり、おまけに一回ごとにだんだんうまくすべれるようになったのです。あるいは我々子供たちが〈アバラニア菓子〉と呼んでいた菓子を何種類ももらった時など、他の子供たちはみなそれを口に入れる前にまず、味を試すためと同時に明らかに楽しみを引き延ばすために、ちょっとなめてみるのですが……私はまず一つをいろんな側から嗅いでみたり耳につけて注意深く聴いてみたりして、それからほとんど無意識的に、しかしそれでも真剣に、「おまえはこれこれのことをしなければならない、そして精一杯やってぶっ倒れるまでこれを食べてはいけない」と自分に言い聞かせ、それにつれてリズミカルにハミングし、それから一口だけかじっておしげもなく飲みこんだり、まあざっとこんなことをしていたのです。
そのうちある事件が起こり、それによって、私の亡き祖母の遺言を守り、よりいっそう徹底させるための〈活性源〉となった前述の2つのデータのうちの一つが私の内部に芽生えてきました。これが起こったのは、私が丸ぽちゃのちびからいわゆる〈わんぱく小僧〉に変わり、そして時々使われる言葉を借りれば、〈見かけは立派だが中身はうさんくさい若者〉に既になり始めていた、ちょうどそんな頃のことでした。
この事件は、恐らくは運命そのものが特別に仕組んだのであろう以下のような状況下で起こりました。
ある時私は、数人の私のようなわんぱく小僧と一緒に、近所の家の屋根に鳩を捕る罠をしかけました。その時突然、横に立って私をじっと見ていた一人がこう言いました。
「馬の毛で輪罠を作る時には鳩の親指が絶対にそこに入らないように作らなきゃいけないと思うよ。なぜかっていうと、生物の先生がこの前教えてくれたんだけど、鳩がもがくと、力が全部親指に集中するから、もし親指が輪にかかれば、簡単に罠を壊してしまうに決まってるからさ。」
これを聞くと、私の真向かいで寝そべっていた別の少年は(彼はいつもつばを大量に飛ばしながら話す子でした)この意見にすぐかみついて、つばをそこら中に飛ばしながらこう言いました。
「黙れ、このどうしようもないホッテントットの混血児め! 全く、おまえってやつは先生同様なんというできそこないだ! もし鳩の力が全部親指に集中されるというのが本当だとしたら、おれたちはなおのことその指を絶対に罠にかけなくちゃならないじゃないか。そうして初めて、おれたちの目的、つまりこの哀れな鳩ってやつをつかまえるという目的が達せられるんだ。いいかい、こういう動物は特殊な脳をもっていて、その中には柔らかくてぬるぬるした〈何か〉があるんだ。その〈何か〉は、定期的に必要とされる合法則的な〈状態の変化〉が生じると、ほんの小さな、これもいわゆる〈合法則的な混乱〉と呼ばれるものを生み出すんだが、この混乱は、この種の動物が機能し行動するためには必要かつ正常なものなんだ。それはともかく、この混乱が起きると、その動物の全機能の中の最も重要なもの、つまりあのぬるぬるした〈何か〉がそこであるほんの小さな役割を果たしている重要な機能が、通常の位置から一時的に別の位置に移り、その結果、その動物の機能全体の中で、実に奇妙で予期できないような、いやもう正気の沙汰とは思えないようなことが起こるんだ。」
彼はこの最後の言葉をつばの雨とともに吐き出したので、私の顔はちょうど、ドイツ人がアニリン染料で素材を染色するために発明した〈スプレー〉で、それも〈本物〉ではないスプレーで吹きつけたようになりました。
これは私には耐え難かったので、あぐらをかいた姿勢から急に彼に飛びかかりましたが、私の頭がすごい勢いで彼の腹に当たったので、彼はすぐに倒れて〈気を失って〉しまいました。
私は今、この人生で起こりうる、私の意見では極めて特異な偶然の一致についてお話ししているのですが、これをお聞きになって、あなた方の思考活動の中でいかなる結果が生じるか知りませんし、また知りたいとも思いません。しかしながら私の思考活動にとっては、この偶然の一致は、私の幼年時代に起こった出来事がただの偶然ではなく、ある外からの力で意図的に生み出されたものであるという事実の可能性を保証するこの上ない材料だったのです。
要するに私の言いたいのは、腹のこの部分をたたけばどうなるかということは、この事件の数日前にトルコ出身のギリシア人僧侶からはっきりと聞いたばかりだったということです。この人は、政治的信条のためにトルコ人に迫害されてその地を離れざるをえなくなり、我々の町にたどり着いて、そこで私の両親に、私の現代ギリシア語の教師として雇われていたのです。
彼の政治的な信条や考えがいかなるデータを基盤にしていたのか私は知りませんが、それはともかく、このギリシア人僧侶といろいろな話をしていると、いや、彼が古代ギリシア語と現代ギリシア語の感嘆詞の違いを説明してくれる時でさえ、私にはいつも実にはっきりと、彼が一刻も早くクレタ島にたどり着いて真の愛国者と呼ぶにふさわしい行動をとりたいという夢を抱いていることが見てとれたのです。
それはともかくとして、私の頭突きが引き起こした結果を目の当たりにして、正直いって私はとても怖くなったのです。というのも、その部分をたたけばどんな反応が起こるかを全く知らなかったら、私はきっと彼を殺していただろうと思ったからです。
この恐怖を感じた瞬間、私のいわゆる〈自己防御能力〉の最初の犠牲者となったこの少年のいとこにあたる別の少年が、この光景を見て明らかに〈血族関係〉ともいうべき感情に圧倒され、いきなり私に飛びかかり、げんこつで力いっぱい顔をなぐったのです。
この一撃をくらった時には、よくいわれるように〈星が見え〉ましたが、それと同時に、ちょうどニワトリを人工的に肥らせるためにむりやりエサを口に押しこんだ時のように、口の中がいっぱいになりました。
しばらくして、この2つの奇妙な感覚がおさまると、私は口の中に何か異物があるのに気づき、指で取り出してみると、なんと大きな変形した歯であることが判明しました。
この異様な歯を見つめている私を見て、少年たちはみな私のまわりに集まってきて、好奇心をつのらせ奇妙に黙りこんで、その歯を一心に見つめ始めたのです。その時、それまでのびていた例の少年が意識を取り戻して起き上がり、あたかも何事もなかったかのように、他の少年たちと一緒に私の歯を見つめ始めました。
この奇妙な歯は七本の根をもち、しかもそれぞれの根の先端に一滴ずつ血がついているのがはっきりと見え、しかもそれぞれの一滴を通して白光線の七色のスペクトルの一つがはっきりと、しかも厳然と輝いているのでした。
我々〈わんぱく小僧〉には珍しいこの沈黙が過ぎ去ると、また例の大騒ぎが始まりましたが、この大騒ぎの最中に、直ちに抜歯の専門家である床屋に行って、なぜこの歯はこんなふうなのかを聞いてみることに意見が一致しました。
そこで我々はみんな屋根からおりてその床屋に行きました。そして〈その日の英雄〉であった私が、彼らの先頭に立って堂々とその歯を見せたのです。
床屋は何気なくそれを見てから、これは単なる〈親不知〉で、〈パパ〉や〈ママ〉と呼べるようになるまで自分の母親の母乳だけで育てられた男性、あるいは多くの顔の中から一目で自分の父親の顔を見分けられる男性はみんなこれをもっているのだと言いました。
この事件が私に及ぼした影響のおかげで(それには我が哀れなる〈親不知〉が完全に犠牲になったのですが)私の意識は、それ以来常にあらゆることに関連して、亡き祖母(神よ彼女の魂を祝福したまえ)の遺言のエッセンス中のエッセンスを吸収するようになりました。いやそればかりか、その時、この歯の抜けた穴を治療してもらいに〈免許をもった歯医者〉のところへ行かなかったために(実をいえば、私の家はあらゆる現代文明から遠く離れていたために行けなかったのです)この穴からずっと〈何か〉が、つまり、いわゆるいかがわしい〈実際の出来事〉というやつに対する興味と、それがどうして起こるのかを突き止めたいという欲求を呼びさますような特質をもった〈何か〉が(これについてはつい最近、パリのモンマルトルのナイト・レストランでしょっちゅう会っていたためにたまたまいわゆる〈親友〉となったある非常に有名な気象学者が私に説明してくれたのですが)じくじくと浸み出し始めたのです。そしてこの特質、つまり遺伝によって私の全体性に伝えられたものとは違う特質が、徐々に、また自動的に私を導き始め、そしてついには私を、度々目撃した様々ないかがわしい現象を解明する専門家に仕立てあげていったのです。
この事件を契機に私の中に新たに生まれたこの特質は、私が、もちろん我らすべての《共通なる支配者である無慈悲なる
ヘローパス》、すなわち〈時の流れ〉の協力を得てではありますが、既にお話ししたような若者になる頃には、私にとって、燃え続けて消えることのない意識の炎となったのであります。
前に述べたように、私を活性化した要素の第二のものは(これは我が親愛なる祖母の遺言と、私の個人性全体を形成している全データを完全に融合させるためのものですが)ここ地球の我々の間で起こったある出来事に関して私がたまたま得た情報から受けた印象です。この出来事は我々にある〈原理〉の起源を教えてくれるのですが、この〈原理〉は、〈秘密厳守〉のある降神術会でアラン・カーデック氏が行なった説明によると、我々の大宇宙のあらゆる惑星の中で、我々によく似た生物が誕生し、生息しているところではどこでも、主要な〈生の諸原理〉の一つとなるに至ったものです。
この新しい〈汎宇宙的な生の原理〉を言葉で定式化すると次のようになります。
「もし馬鹿騒ぎをするのなら、送料も含めて徹底的にやれ」
今では既に普遍的なものとなっているこの〈原理〉が、この惑星、つまりあなた方が生まれ、ほとんどいつも安楽な生活にひたり、またよくフォックス・トロットを踊ったりするこの惑星の上に生まれた以上、この普遍的原理の起源を詳細に説明している情報をあなた方に隠しておく権利は私にはありません。
今述べた私の新たな本性とでもいうべきもの、すなわち、ありとあらゆる〈実際の出来事〉が生起する真の理由をはっきりさせたいというやみくもな欲求が私のもともとの本性にくっきりと刻みこまれてからまもなくして、私はロシアの心臓、モスクワを初めて訪ねたのですが、そこには私の精神的な欲求を満たすものは何もなかったので、私はロシアの伝説や格言の調査を始めました。その時私は、偶然にか、はたまた法則による客観的道筋の帰結なのかはわかりませんが、ともかく次のような話を聞いたのです。
昔ある時、外見は単なる商人に見える一人のロシア人がいて、彼が住んでいる田舎町から商用か何かでロシアの第二の首都、モスクワに行かなくてはならなくなったのですが、その時彼の息子が(その子は母親にだけ似ていたので彼のお気に入りだったのです)ある本を買ってきてくれるように頼みました。
この男、すなわち〈汎宇宙的な生の原理〉を無意識のうちに最初に表明した男がモスクワに着いた時、彼とその友人は純正〈口シア・ウォッカ〉で〈泥酔〉してしまいましたが、これはロシアでは昔も今も日常茶飯事です。
呼吸する二足生物の中でも、現代では最も偉大なグループに属するこの二人の人間は、こうしてこの〈ロシアの祝福〉をぐいぐい飲みながら、既にはるか昔から慣習的に会話の口火を切る話題として使われていたいわゆる〈民衆教育〉について話していたのですが、その時突然、われらが商人はいとしい息子のお願いを思い出し、すぐに友人と一緒に席を立って本屋に行くことにしました。
本屋で彼は、頼んでもってきてもらった本に目を通しながら値段を聞きました。
店員は60コペイカだと答えました。
われらが商人は、本のカバーに45コペイカと記してあるのに気づいて、これは一般にロシア人には珍しいことなのですが、奇妙な様子で熟考し始め、それから肩である動作をし、まるで柱のように身体をピンと伸ばし、護衛隊の将校のように胸を突き出し、少し間をおいてから、非常に静かに、しかしいかめしい威厳を表わす抑揚をつけて、次のように言いました。
「しかしここには45コペイカと書いてありますぞ。どうして君は60などと言うのかね?」すると店員は、店員特有のいわゆる〈口先のうまそうな〉顔つきで、たしかに本は45コペイカなのだが、送料が15コペイカかかるので60コペイカで売るのだと言いました。
この返答を聞いたわれらがロシア商人は、2つの相矛盾する、それでいて明らかに筋の通った事実に当惑しましたが、すぐにある考えが浮かび、天井を見つめながら再び熟考し始めました。彼はしばらく、ヒマシ油を入れるカプセルを発明したあるイギリス人教授のような顔つきで考えこんでいましたが、突然友人の方を向いて、この地上で初めて、その本質において疑う余地なき客観的真理を表現している金言ともいうべき意見を述べたのです。
それは次のような言葉でした。
「気にすることはないよ、なあ。やっぱりこの本を買うことにしよう。どのみち今日我々は馬鹿騒ぎをしているんだから、『もし馬鹿騒ぎをするのなら、送料も含めて徹底的にやれ』さ」
私はといえば、生きている間に〈地獄〉の喜びを経験するという不幸な運命を負わされていたのですが、この話を聞くやいなや、それ以前も以後も経験したことのないような実に不思議なものが私の中で頭をもたげ、そしてかなり長い間そこにとどまっていました。それはちょうど、現代の〈ヒヴィンツェたち〉の言うように、通常私の中で生じる、様々な源泉から生まれた連想や経験が〈徒競争〉を始めたような具合でした。
それと同時に、背骨のあたり全体に、ほとんど耐えられないくらいの強いかゆみが起こり、また太陽叢の中心に、これも耐えられないような疝痛が走りましたが、これらすべて、つまりこれら2つの互いに剌激し合う感覚は、しばらく時が経つと突然に、ずっと後に一度だけ感じたような、つまり〈空気からバターを作り出す者〉の友愛団へのおごそかな入会儀式が私に対して執り行なわれた時に一度だけ感じたような、非常に平安な内的状態にとってかわったのです。この時私が感じた〈ある未知のもの〉は、はるか昔にある奇人が(おもしろいことに、今でも我々がそのような人間をそう呼ぶように、彼も〈知識人〉と呼ばれていました)〈思考、感情、肉体の自動性、この3つの質次第で、比較的変移しやすい生成物〉と定義していますが、別の、これも古代の有名な知識人であるアラビア人のマル・エッレルの定義によれば、これは〈意識、潜在意識、および本能が混じり合ってできたもの〉ということになります(ちなみにこの後者の定義は、後年、同じく高名な知識人であるギリシアのクセノフォンが借用し、少し形を変えて表明したものです)。
ともかく、このような〈ある未知のもの〉を感じた〈私〉は、そんな状態のままぼーっとした注意を自分の内側に向けました。するとまず次のことがはっきり見てとれました。すなわち、〈汎宇宙的な生の原理〉となったこの言葉を説明している一つ一つの単語までもが、私の中である特殊な宇宙物質へと変容し、そして亡き祖母の遺言以来ずっと私の中で結晶化していたデータと混じり合い、このデータを〈何かあるもの〉に変えました。するとこの〈何か〉は私の身体全体にしみ渡り、それを構成しているすべての原子の中に永久に定着してしまったのです。次に起こったことは、私の中にある不幸な運命を背負った〈私〉が、私にとっては悲しいある事実をはっきりと感じ、そしてほとんど服従の衝動を伴ってそれを意識化するようになったことです。その事実というのは、これまでお話しした3つの、互いに何の関連もない偶発事、つまり一つは、私自身の欲求とは全く無関係に私の誕生の原因のそのまた受動的な原因となった人が残した訓戒、2つ目は、ある少年があまりに〈だらしなかった〉せいでその友人のガキ大将が私の歯をへし折ったこと、そして3つ目は、私の知らないあの〈いかにもモスクワ的な〉商人が酔っ払って口にした言葉、以上の3つの出来事を経験して以来、私は否応なしに、いついかなる時にも、遺伝の法則や環境から受けた影響によってではなく、私の中に新たに形成された特質に従って行動せざるをえなくなったということです。
たとえもし私がこの〈汎宇宙的な生の原理〉を知る前に、この同じ惑星上に誕生し、無為に生を送っている私と同類の二本足の生物とは違ったようにすべてのことを行っていたとしても、それは全く自動的なもので、半意識的に行うことすら稀でした。しかしこの出来事以来、私の活動は意識的になったばかりか、何をするにつけても、大自然に対する義務を正しく立派に果たすことから生まれる自己満足と自己認識という2つの衝動が混じり合った結果生じる、ほとんど本能的ともいえる感覚を伴うようになったのです。
ここで次のことを強調しておかねばなりません。つまり、この出来事が起こる前から既に、私は何事も他人とは違ったようにやっていたのですが、それでもそのやり方は、まわりの同郷人たちの目をむかせるようなものとはほど遠いものでした。ところがこの生の原理の本質が私の本性の中で消化吸収されて以来、私の活動はすべて、それが目標に向かう意図的なものであろうと、あるいは単にいわゆる〈全くの怠け心から生まれた〉ものであろうと、ともかく非常な活力を帯びるようになり、また私の行動に直接、間接に注意を向けている私と同類の生物の知覚器官に、例外なく〈ウオノメ〉ができるのを促すようになりました。それと同時に、私は亡き祖母の訓戒をできるかぎり守って行動するようになり、そして、もちろん大きな規模でですが、何か新しいことを始めたり、何か変化が起こったりすると、いつも自動的に胸の中で、あるいは声に出してこう言うのが習慣になりました。
「もし馬鹿騒ぎをするのなら、送料も含めて徹底的にやれ」
そんなわけで、たとえば今私が置かれている状況においても、私が生み出したというよりは、私の人生の不可思議で偶発的な諸状況から生じたというべき諸要因のおかげでたまたま本を書くことになった以上、やはりこの原理、つまり生そのものが生み出した諸々の尋常ならざる組み合わせを通して徐々に確固たるものになり、私という人間全体の原子の一つ一つと混ざり合ってしまったこの原理に従って書かざるをえないのです。
さてそれで私は、この精神的、有機的原理を実践するために、地球上で起こったであろう、あるいは起こりつつある出来事を著作のテーマとして取り上げるという、遠い昔に確立されて現在まで続いている慣習に従わず、全宇宙的な規模の出来事を取り上げようと考えています。だからこの場合も、「やるならやれ」、すなわち「馬鹿騒ぎをするなら送料も含めて徹底的にやれ」でいこうと思います。
地球という規模の中でならどんな作家でも書くことができます。しかし私はどこにでもいるといった作家ではないのです。
その私がいったい、この客観的見地からすれば〈ほとんど無価値な地球〉という枠内で書くことができるでしょうか? いやいや、そんなことは、つまり私の著作に他の諸作家がよく使うのと同じようなテーマを取り上げるなどということは、たとえわれらが学識ある精神たちが肯定していることが真実であると突然判明するかもしれないとはいえ、してはならないのです。もし私がそんなことをすると祖母が知ったら、わが敬愛する祖母がどうするかあなた方は想像できるでしょうか? このことは、他人の立場にきわめて〈巧みに〉身を置けるようになった今だからこそよくわかるのですが、たぶん彼女は、よくいわれるように墓の中で一度だけ寝返りを打つどころか、〈アイルランドの風見鶏〉のように何度も何度も寝返りを打つことでしょう。
読者諸氏よ、どうぞ御心配なく…… 私はもちろん地球についても書くつもりです。ただし、この比較的小さな惑星とその上に存在するすべてのものが、われらが大宇宙の中で実際に占めている場所、つまり私の指導によってあなた方が手に入れるであろう健全な論理に照らし合わせてみても何ら矛盾を感じない、それ本来の場所にふさわしいように、きわめて公明正大なる態度で書こうと思っています。
またもちろん、この著作の中ではいわゆる〈主人公〉を創造するつもりですが、ただし、これまでに地球上の様々な時代の様々な等級の作家たちが生み出し、褒めそやしたようなタイプ、いうなれば誤解によって生み出された主人公たち、つまり〈責任ある年齢〉と呼ばれているものに達するまでの彼らの形成過程において、神の似姿たる人間にふさわしいものは何一つ獲得せず、それどころか、最期の一呼吸に至るまで、〈好色さ〉や〈だらしなさ〉〈多情〉〈意地悪〉〈臆病さ〉〈妬み心〉等々、およそ人間にはふさわしからぬ種々の悪徳という魅力だけをどんどん膨らませていく、トムだのディックだのハリーだのといったタイプの主人公は一切創造しないつもりです。
私はこの著作において、誰もがいわば〈否応なしに〉、全身全霊で真実だと感じざるをえないようなタイプの主人公を生み出し、すべての読者が、この主人公たちは単なる〈どこにでもいる誰かさん〉ではなく、本当の〈人物〉であることを納得するに足るだけのデータを彼らの中で必然的に結晶化させるようにしたいと考えています。
ここ数週間、身体の調子がひどく悪くてベッドに横になっていた間、私はこの本のこれから先の概要を心の中で大まかに描いてみて、その描写の形式と順序を十分に考えた上で、私の著作のこの第一シリーズの中心人物を……誰だかおわかりかな……あの偉大なるベルゼバブその人にすることに決めたのです。もちろんそれにはかなりの困難が伴うでしょう。つまり彼を主人公に選んだおかげで、そもそもの冒頭から、ほとんどの読者の思考活動の中にある種の心理的な連想作用を引き起こすでしょうが、この連想作用は、われわれの外的な生活形態がきわめて異常な形で定着してしまったために、人間の精神の中に必然的に一定量のデータが形成され、そしてこのデータ全体が活動することによってありとあらゆる相矛盾する衝動が生じるのと同時に生まれるのです。一般的にいってこのデータは、人々の生活に深く根をおろしている、かの有名な〈宗教的倫理〉なるもののおかげで彼らの中で強く結晶化しています。その結果彼らの体内では、こんなことをしようとする私個人に対する根深い敵愾心(てきがいしん)を生み出すデータが必然的に形成されざるをえないのです。
しかし読者諸君、いいですかな。
以上の警告にもかかわらず、あなた方がさらに私の本を読み進むという危険を冒し、そしてこれを常に公平無私なる態度で受け止めて、私が述べようと決心した問題の核心を理解しようと決意されたと仮定してみましょう。そうなると私は、いわゆる〈率直で信頼にあふれた相互関係〉が確立された時にだけ善きことを受け入れることに対する抵抗が消えるという人間特有の性質を考えあわせても、やはりここで、私の中で生じた連想について率直に告白しておきたいと思います。すなわち、この連想は結果的に、私の意識の中の適切な領域にあるデータを生み出し、そしてそのデータが、私という個人性全体を促して、今あなた方の内なる目の前に提示したベルゼバブ氏という人物を、私の本の主人公に選ばせたのです。
私がこんなことをしたのには深い理由があります。つまり私は単純かつ倫理的にこう考えたのです。もし私が彼に主人公という栄誉を与えるならば、彼は必ずや(この点については疑う余地はありません)私に感謝の意を表し、これから書く本の中で、いかなる犠牲を払ってでもその大いなる力を発揮して私を助けてくれるでしょう。
たしかにベルゼバブ氏は、いわば〈別の穀物〉から作られているのではありますが、それでも、彼もやはり考えることはできますし、何より重要なのは(ずっと以前に、有名なカトリック僧、ブラザー・フーロンの論文で知ったのですが)彼が渦巻状のしっぽをもっているということです。つまり私は、経験から、渦巻という形は絶対に自然なものではなく、様々な意図的かつ巧妙な操作によってしか得ることができないことを深く確信しているので、読書によって私の意識の中に形成された聖なる直観的予見の〈健全なる論理〉に従って、次のような結論に達しました。
すなわち、ベルゼバブ氏もかなりの虚栄心を所有しているに違いなく、したがって彼の名を広めようとしているこの私を助けないのはひどく馬鹿げたことであるのに気づくだろうと結論したのです。
われらが令名高く、比ぶべき者のない師、ムラー・ナスレッディンが度々次のように言うのは、いわれなきことではありません。
どんなところに住んでも、賄賂を贈らなければ、我慢できる程度の生活どころか呼吸さえできはしない
また、地球が生んだもう一人の賢人、つまり人々がひどく愚鈍であるために賢者になってしまったティル・オイレンシュピーゲルも、次のような言葉で同じことを述べています。
「車輪に油を差さなければ荷車は動かない」
というわけで、何世紀にもわたる人間の集団生活の中で形成されてきた民間伝承のこういった言葉やその他多くの格言に親しんでいる私は、誰もが知っているとおり、あらゆることに対するあり余る可能性と知識を所有しているベルゼバブ氏にきちんと〈賄賂を贈る〉ことに決めたのです。
もう十分だろう、読者諸君! 冗談はすべて、哲学的な冗談も含めてさておくとして、諸君は、この脱線のおかげで、君たちが入念に作り上げた原則、すなわちこの読書という新しい習慣を通して生活の中に夢をもちこむために生活体系の基盤に据え、そして磨きあげてきた重要な原則を破ってしまったことであろう。その原則とは、現代の読者の思考活動が弱体化しているという事実を常に念頭において、短い期間に多くの観念を教えこんで疲れさせてはならないというものである。
さらに、いつも私のまわりにいる〈クツをはいたまま間違いなく天国に入れることを心底願っている〉者たちの一人に、この序章を声を出して全部読ませてみた時、私の中の〈私〉と呼ばれているものが、この第一章を読んだだけで一人の例外もなくすべての読者の中に、私個人に対する明瞭な敵意を自動的に生み出す〈何か〉が必然的に生まれるということをはっきりと確認し、認識したのである。もちろんこのことを認識できたのは、私が生まれつきもっている精神の中にこれまでに形成されたある一定のデータ、つまり私と同類ではあるがタイプの異なる生物たちの精神を理解するのを助けてくれるデータのおかげなのである。
【ムラー・ナスレッディン、あるいはホジャ・ナスレッディンとも呼ばれているこの人物は、ヨーロッパやアメリカではほとんど知られていませんが、アジア大陸の多くの国々ではよく知られています。この伝説上の人物は、アメリカのアンクル・サム、ドイツのティル・オイゲンシュピーゲルに当たると言っていいでしょう。東洋の国々には、長い歴史をもつものや新しいものも含めて、格言風の響きをもつ話がたくさんありますが、その中の多くは、これまでも、また今日でも、このナスレッディンのものとされています】
しかし、今私が本当に心配しているのはこのことではない。実をいえば私自身、この朗読の後、この章の中では私という人間全体が(その中では、今言った〈私〉は非常に小さな役割しか演じていないが)私のとりわけ敬愛するすべての者の師、ムラー・ナスレッディンの基本的な戒律の一つ、すなわち彼が「スズメバチの巣には絶対に棒を突っこむな」という言葉で表現している教えに完全に反するような行動をとっていることに気づいたのである。
この本の読者の体内には、必ずや私に対する敵意が湧き上がってくるにちがいないと気づいた私は、動揺し、その動揺は私の身体全体に浸透しつつ感情にも影響を与えたが、それも、次のような古いロシアの格言を思い出すとすぐに鎮まってしまった。
「時間が経ってもおさまらない立腹というものはない」
しかし、ムラー・ナスレッディンの戒律に従うのを怠ったのに気づいたことから私の身体全体に湧き起こった動揺は、今では深刻に私を悩ますばかりか、最近発見した私の2つの〈魂〉の中に実に奇妙なプロセスを引き起こし、そしてそれに気づいた当初は尋常ならざるかゆみという形をとっていたこのプロセスは加速度的に進行し、ついには、それでなくても既に酷使しすぎていた私の〈太陽叢〉の右半分の少し下あたりに、ほとんど耐えがたいまでの痛みを生ずるまでになったのである。
いやいや、ちょっとお待ちを!……このプロセスもどうやらおさまりつつあるようだ。それどころか、これがやがては完全に止まるであろうことを十分に裏書きするものはすべて、私の意識の深みにおいて(差し当たっては〈潜在意識のさらに下方においても〉とつけ加えておこう)既に生まれ始めている。というのも、私は生の智恵に関するいま一つの断片を思い出し、それが私の思考活動を次のような反省に導いてくれたからである。すなわち、もし私が本当に、あの高く崇敬されているムラー・ナスレッディンの忠告に反するような行動をとったのだとしても、決して私は、あのきわめて思いやりのある(地球上のいたるところでよく知られているというわけではないが、一度でも彼に会ったことのある人には決して忘れることのできない)高貴な宝石、つまりティフリスのカラペットの話してくれた原則に従って前もって企らんだ上で、このような行動をとったわけではないのである。
私にはどうしようもなかったのだ。……この序章はどのみちもうひどく長くなってしまったので、もう少し延ばしてこの実に思いやりのあるティフリスのカラペットのことを少しばかり話しても、どうということはないであろう。
まず最初に、20年か25年前には、ティフリスの鉄道駅では〈汽笛〉が使われていたということを言っておかねばならない。
この汽笛は毎朝、鉄道労働者や乗務員たちの起床用に使われていたのだが、ティフリス駅が丘の上にあったために、この汽笛は街中に鳴り響いて、ティフリス中の住人たちの目を覚ましていたのである。
私の記憶によれば、当時ティフリスの地方行政府は、市民の朝の安眠を妨げるこの汽笛について鉄道当局と交渉を始めた。
毎朝蒸気で汽笛を鳴らすのは、この駅に雇われていたカラペットその人の仕事であった。
彼は毎朝汽笛を鳴らすロープのところへやってくると、その口ープをつかんで引く前に、あらゆる方向に手を振って、ミナレット(イスラーム教寺院の塔)に登ったイスラームの律法学者のごとく、厳粛な大声でこう叫んでいた。
「おまえの母ちゃんは……、おまえの父ちゃんは……、おまえのばあちゃんはもっと……だ。おまえたちの目と耳と鼻と脾臓と肝臓とウオノメが……になりますように」云々。つまり早い話、いろんな声音を使って知っているかぎりの呪咀の言葉を吐き、それを終えるまではロープを引かなかったのだ。
このカラペットがやっていることを耳にした私は、ある夕方、仕事を終えてからカーケテーニアン・ワインの小さなブーアドークをもって彼を訪ね、この地方では欠かせない厳粛な〈乾杯の儀式〉をすませた後、もちろん円滑な人間関係のために作られたこの地方独特の複雑な〈儀礼〉に則った適切な言葉で、なぜそんなことをしているのか聞いてみた。
彼は一息でグラスを空け、〈おれたちゃ酒なんか飲みゃしない〉という、酒の場では決まって出る有名なグルジアの歌を一つ歌ってから、おもむろに話し始めた。
「あなたは近頃の人々がワインを飲むのとは違ったふうに、つまり格好をつけるために飲むんじゃなくて、本当に心から飲みますね。これを見ただけで私には、あなたが私の行為について知りたいのは、仲間の技師たちのように単なる好奇心からではなくて、本当にあなたの知識欲から生じた欲求であることがはっきりわかりました。そんなあなただからこそ私は、なぜ自分がこんなことをやり始め、それが少しずつ習慣となって私の内部にしみこむようになったのか、その原因となった内的な、いわば〈律義な考慮〉ともいうべきものの正確な由来を正直に打ち明けたいと思うし、またそうするのが義務だとも思うんです。」
そして彼は次のように続けた。
「以前私はこの駅で、夜間に蒸気ボイラーの清掃をやっていたんですが、汽笛がここで使われるようになると、駅長は、私の年齢からいって当時やっていた重労働には向かないと考えたらしく、この汽笛に蒸気を入れる仕事だけをやるように命じ、そのため私は毎朝毎晩時間通りに行かなきゃならなくなりました。
この仕事に就いた最初の週、ある時私はこの仕事の後で、一、二時間の間、ぼんやりとではありますが不安で落ち着かない感じを抱いたのです。そして日増しにつのるこの奇妙な感じはついにはっきりした本能的不安にまで達し、そのため〈マコクー〉への食欲さえなくなると、それからというものはいつもこの原因を見つけ出そうと一心に考えるようになりました。それもある理由で、仕事の行き帰りの途でとりわけ集中的にこの問題を考え抜いたんですが、どれほど頑張ってみても何一つ、ほんのぼんやりとした答えさえ見つけることはできませんでした。
そんな状態でほぼ2年間この仕事を続け、汽笛のロープを引っぱるてのひらにできたタコもかなり硬くなってきた頃、ついに私は、偶然、そして突然に、なぜこんな不安を感じるのか理解したんです。
その結果私の中にはこの不安の原因に関する揺るぎない確信が生まれたのですが、この正しい理解を引き出すショックとなったのは、実はかなり風変わりな場面で偶然耳にしたあるどなり声でした。
その前の晩、まず近所の人の九番目の娘を洗礼して命名し、遅くなってからは、偶然手に入れた『夢と魔法』というきわめて珍しくまた興味深い本を読んで過ごしたせいで、翌朝私は十分な睡眠をとらないまま仕事場に急いでいたんですが、その時突然、街角に立って私を手招きしている、地方行政府に所属する床屋兼外科医である顔見知りの友人が目にとまりました。この床屋兼外科医である友人は、特製の荷車を助手と一緒に引きながらある時間帯に街を歩いては犬をつかまえ、その首輪に税金を払った時に地方当局から発行される金属板がついているかどうかを確かめ、もしついていなければその犬を屠殺場に連れていくという仕事をしていたんです。犬はそこで二週間、市の経費で面倒を見られ、その屠殺場のくず肉を与えられますが、この期間内に持ち主がやってきて定められた税金を払わなければ、その犬は厳粛にある通路を通って、特別製のかまどにまっすぐに連れていかれるのでした。
この有名かつ有益なかまどに入れられると、ほどなく、その一方の端から、楽しげなゴボゴボという音とともに、われらが町の長老たちが石けんやら何やらを作って儲けるのにちょうど具合のいい、透明で理想的にきれいな一定量の油が流れ出し、また、これも耳に心地よいさらさらという音とともに、肥料に役立つ物質がかなりの量流れ出してくるんです。
さてこの床屋兼外科医の友人は、次のような単純で、また讃嘆に値するほどうまいやり方で犬をつかまえていました。
つまり彼は、どこかで大きくて古い普通の漁網を手に入れ、この網をうまい具合に彼の強い肩にかけ、そして人々の福祉のためにわれらが町のスラム街を巡回して歩くんですが、その途中で、例の〈通行証〉をつけていない犬が、彼の何でも見通す目、つまり犬族諸君にとっては何とも恐ろしい目の圏内に入りこんでくると、彼はあわてず騒がず、豹のように軽やかな身のこなしでこっそりと獲物に近づき、犬が何かに興味と注意を引かれるまさにその瞬間をとらえて網を投げかけ、すばやくがんじがらめにしてしまい、それから荷車を引っぱってきて、網をほどき、荷車に取りつけられたカゴの中に犬を放りこむんです。
その床屋兼外科医が私を手招きした時、彼はまさに好機をとらえて、尾を振りながら雌犬を見つめている次の獲物に網を投げようとしているところでした。ところが、我が友が今や網を投げんとした時、突然近くの教会が早朝の祈りを告げる鐘を打ち鳴らし始めたのです。静かな朝のこの予期せぬ鐘の音に犬はおびえ、跳び上がると、人気のない通りを、犬族に可能な全速力でまるで鉄砲玉のように逃げていきました。
それでこの床屋兼外科医は完全に頭にきて、彼の毛は脇の下まで総立ちになり、網を舗道に投げつけ、左肩ごしにつばを吐きながら大声でわめきました。
「くそったれ! なんて時に鳴りやがるんだ!」
この床屋兼外科医のどなり声が私の思考器官に届くと、たちまちその中で様々な考えが湧き起こり、それが終局的には、私の見るところ、なぜ私の中で前に言ったような本能的な不安が続いていたかに関する正しい理解に導いてくれたのです。
これを理解した次の瞬間、これほど単純明快な考えがそれまで頭に湧いてこなかった自分に対して腹立ちさえ覚えました。
私は、自分が生命あるもの全体に与えていた影響は、それまで私の中でずっと続いていたあの作用以外の結果は生み出しようがなかったのだということを、私の全存在でもって感じたのです。
つまりわかりやすくいえば、私の鳴らす汽笛の音で安らかな朝の眠りを妨げられて嫌々起こされた人たちはみな、間違いなく、この憎むべき騒音の元凶たる私を、そして私だけを、〈日の下にあるすべてのものにかけて〉呪い、その結果自然に、私という人間にあらゆる種類の憎悪の振動があらゆる方向から打ち寄せていたんです。
その意味深い朝、仕事を終えて、いつものとおり打ちひしがれた気分で近くの〈ドゥカン〉でニンニク入りの〈ハチー〉を食べていたとき、ずっと考え続けていた私は次のような結論に至りました。もし私が、彼らの中のある人々のためにやっているこの仕事が邪魔だと感じる人間たちに向かって、前もって呪いの言葉を投げつけておけば、その前の晩に読んだ本の説明によれば、あの〈白痴の圏内に横たわっている人々〉、つまり眠りと夢うつつの間をさまよっている人々すべてがどれほど私を呪おうとも、その本に述べているように、私はいかなる影響も受けないんです。
事実、これを実行に移して以来、私はもうあの本能的な不安を感じなくなったんです。」
さてさて、我慢強い読者諸氏よ、私はいよいよこの巻頭の章を締めくくらねばならないだろう。もう署名をすればいいだけだ。
著者は…
ちょっと待った! このやり方は誤解を生じる! 署名に関しては冗談があってはならない。さもないと、かつて中央ヨーロッパの一帝国に起こったのと同じことがあなた方にも起こるであろう。すなわち、毎年借家の契約を更新する旨の書類に署名してしまったがために、たった3ヵ月間借りるのに10年分の家賃を払わなければならないという破目に陥るだろう。
もちろんこういったことや、人生経験における他の様々な例を見てきた私としては、いかなる場合でも自分の署名に関しては慎重の上にも慎重にならざるをえない。
よろしい。では――
著者は、子供の頃は〈タカク〉と呼ばれ、少年時代には〈黒ん坊〉、後には〈黒いギリシア人〉、中年になっては〈トルキスタンの虎〉、そして今では、どこかの誰かさんではない正真正銘の〈紳士〉、あるいは〈グルジェフ氏〉、もしくは〈プリンス・ムクランスキー〉の甥、そして最後には、単に〈舞踏教師〉と呼ばれている者である。

第二章 序、ベルゼバブはなぜ我々の太陽系にいたのか

世界が創造されてから233年後のことであった。といってもこれは客観的時間測定によるもので、ここ地球では、キリスト生誕後1912年ということになろう。
宇宙を貫いて〈空間横断〉連絡船カルナックが飛んでいた。
〈アソーパラツァータ〉空間、つまり〈銀河系〉空間の惑星カラタスから太陽系〈パンデツノク〉に向かって飛んでいるところで、この太陽系の太陽は地球でそう呼ばれているように〈北極星〉と呼ばれていた。
その宇宙船には、ベルゼバブが親族や側近とともに乗っていた。彼は長い付き合いの友人たちからの要請を受けて、
惑星レヴォツヴラデンドルで開かれる特別の会議に赴くところで、彼がやむなくこの招きに応じたのは、古い友情の思い出のためであった。それというのも、彼はもう若くはなく、このような長い旅やそれにつきものの様々な変化は、彼にとってはひどくつらい仕事になっていたからである。
実はベルゼバブは長い間、彼の本質とは無関係な事情で
カラタスを遠く離れ、彼の性質にふさわしくない条件の下で生存を続けていたが、この旅が始まるほんの少し前に生地カラタスに戻ったばかりであった。
彼の性質とは相入れない生存をそれほど長年にわたって続け、その間に、彼の性質や本質からすれば異常としかいえない出来事を見聞あるいは体験したおかげで、この時期の経験は彼の身体にはっきりした痕跡を残さずにはおかなかった。
その上、今では時間そのものが彼に老いを迫っていた。それに、今話した以前の異常な生存状態のおかげで、ベルゼバブは、そう、あの並はずれて激しい、燃えるようにすばらしい青春を過ごしたベルゼバブは、これまた並はずれた晩年を迎えることになったのである。
遠い遠い昔、まだ故郷の
惑星カラタスで暮らしていた頃、ベルゼバブは、その類いまれな機知に富んだ知性のゆえに、われらの《至高にして永遠なる主》の主な住居たる〈絶対太陽〉に連れていかれ、そこで自分と同類の者たちの中から選ばれて《永遠なる主》の従者となった。
当時ベルゼバブの理性は若年のためにまだ十分に形成されておらず、彼の思考活動も偏った連想を伴い、未熟で、それゆえ性急なものであった。つまり彼の思考活動は、責任を確実に果たしうる状態に達していない者としては当然のことながら、いまだに限られた理解のもとにあったのである。こうしたことから、この頃ベルゼバブは世界統治の在り方に〈不合理〉を感じ、自分の同僚、つまりベルゼバブ同様に未熟な者たちの支持を得て、自分とは何の関係もないことに干渉を始めたのである。
同僚と共に行ったこの干渉行為は、ベルゼバブの激しい性格のためにすぐに多くの人々の心をとらえ、
メガロコスモスの中央王国を革命の瀬戸際にまで追いこんだ。
これを知った《永遠なる王》は、この上なく寛大であったにもかかわらず、ベルゼバブを仲間とともに宇宙の辺境に追放せざるをえなくなった。その辺境とは
太陽系〈オルス〉(そこの住人はただ単に〈太陽系〉と呼んでいるが)である。ベルゼバブたちの居住地はこの太陽系の惑星の一つである火星に定められたが、この太陽系内であるなら他の惑星に住んでもよいという特典も与えられた。追放者の中にはベルゼバブの同僚の他に、彼に共感してついてきた者やその従者や部下たちもいた。
こういった者たちがみな家族を伴ってその遠隔の地に到着すると、間もなくこの火星に、大宇宙の中心部の様々な惑星から集まってきた、体内に3つのセンターを持つ生物たちの一大居留地ができあがった。
この惑星には異例のこの住民たちは、それでも全員少しずつ新しい環境に順応し、そればかりか長い追放期間を短くするために、多くの者が何らかの仕事を見つけ出したのである。
彼らは大抵この火星か近隣の惑星で仕事を見つけたが、これらの惑星はみな、宇宙の中心から遠いとか組成物が貧弱であるといった理由で、それまでほとんど無視されていた。
時が経つにつれ、かなりの者たちは自発的に、あるいは情勢の変化に応じて徐々に火星から他の惑星に移住していったが、ベルゼバブは側近の者たちとともに火星にとどまり、そこでの生存を何とか耐えられるものに整えていった。
ベルゼバブの主な仕事の一つは、宇宙の遠隔地および近隣の惑星の生物の生存状態を観察するための〈観測所〉を設けることであったが、この観測所は後に非常に有名になり、宇宙にあまねく知れ渡るようになったことをつけ加えておこう。
太陽系〈オルス〉は宇宙の中心から遠く離れていることなどの様々な理由から、たしかにこれまで無視されていたが、それでもわれらが《至高なる主》はこの太陽系の諸惑星に時おり使者を送り、そこに生まれる三脳生物の生存をある程度統御して、彼らの生存過程を世界調和の中に何とかうまく組みこもうとしていたのである。
そういうわけで、この太陽系の惑星の一つである地球に、ある時われらが《永遠なる主》からアシアタ・シーマッシュという一人の使者が遣わされた。ベルゼバブはこの時すでに命じられていた任務を十分に達成していたので、この使者は〈絶対太陽〉に帰還した時、かつては若く情熱的であった老ベルゼバブを許すよう《永遠なる主》に熱心に願い出たのである。
アシアタ・シーマッシュの願いと、ベルゼバブ自身が謙虚な識者として振る舞ってきたことに鑑みて、われらが《創造主》はベルゼバブを許し、生地に戻る許可を与えた。
こうしてベルゼバブは、長い不在期間を経て再び宇宙の中心に姿を現したのである。
ベルゼバブの権威と影響力は、追放中に衰えるどころか逆に非常に増大していた。というのも彼は、すでに述べた異常な状態で長く暮らしてきたために、知識と経験が広がり、深まっているに違いないことを周囲の者はみなよく知っていたからである。
だからこそ彼の古い友人たちは、
太陽系〈パンデツノク〉のとある惑星で起こった重大事件の処理を検討する会議に、是が非でもベルゼバブを招くことに決定したのである。
というわけでベルゼバブは今、
惑星カラタスから惑星レヴォツヴラデンドルに向かうカルナック号で長い旅をしているのであった。
この大きな宇宙船カルナックには、ベルゼバブの親族や従者の他に、船内の仕事に従事する者がたくさん乗っていた。この物語の進行中、すべての乗員は職務に専念するか、あるいは単に〈能動的存在思考活動〉と呼ばれるものを行っていた。
全乗員の中にひときわ顔立ちの整った少年がいたが、彼はいつもベルゼバブのすぐ近くにいた。この少年はハセインといい、べルゼバブのお気に入りの息子トゥールーフの子供であった。
ベルゼバブは追放を許されて故郷に戻った後、初めてこの孫に会い、この少年が健全な心の持ち主であることを認め、またいわゆる〈家族間の誘引力〉もあって、即座に気に入ってしまった。
当時はちょうど幼いハセインの理性を発達させねばならない時期にあたっており、またベルゼバブには自由になる時間がたくさんあったので、自ら孫の教育に携わるようになり、そのとき以来どこへでもハセインを連れていくようになったのである。
こういうわけで、今回もハセインはベルゼバブの長旅に同行していたのであった。
ハセインの方でも祖父を非常に愛していたので、ベルゼバブのそばを一歩も離れようとせず、祖父が語ったり教えたりすることはすべて熱心に吸収した。
この物語が始まる時、ベルゼバブとハセインは、ベルゼバブの長年の召使いでどこへ行く時も常に随行していたアフーンとともに、最上階の〈
カスニック〉、つまりカルナックの上甲板で、〈カルノクラノーニス〉という大きな〈ガラスの鐘〉とでもいうべきものの下に座って、果てしない宇宙を見渡しながら語り合っていた。
ベルゼバブは長い年月を過ごした太陽系について話していた。今彼はちょうど金星と呼ばれる惑星の性質の特異性について述べているところだった。
彼が話しているところへ、この宇宙船の船長がベルゼバブに面談を願っているとの報告が入ったので、ベルゼバブはこれに応じた。


ベルゼバブとはもちろんグルジェフ自身なのですが、この章の内容は、グルジェフが人類や人々の営み、惑星間の相互関係等に疑問を感じて、人生の大半を長旅に費やしたグルジェフ自身の動機に関連しているのかな?と思いました。


第3章 カルナック号が遅れた原因


船長はすぐに入ってきて、ベルゼバブの地位にふさわしい拝謁の儀式を一通り面前で行ってから、次のように言った。
「公明正大なるベルゼバブ様、我々の船が最短航路で落下しようとする際、どうしても邪魔になる〈避けられぬもの〉があるのですが、それについてあなた様の権威ある御意見をお聞かせください。要点を申し上げます。このまま予定の航路を進みますと、我々は2〈
キルプレーノ〉後に太陽系〈ヴュアニク〉を通過いたします。しかしながら、ちょうど我々が通らねばならぬ場所を、約1〈
キルプレーノ〉前に、その太陽系に属する巨大な慧星が通過することになっております。その慧星は〈サークル〉という名前で、時には〈無鉄砲〉とも呼ばれています。

原注:ベルゼバブの使う言語における〈キルプレーノ〉という語はある時間の長さを意味し、我々が1〈時間〉と呼ぶ時の流れの長さとほぼ等しい。】

そこで、もし我々が計画通りの航路を守りますれば、この慧星が通過することになっている空間を横断することは避けられません。
この慧星〈無鉄砲〉がその尾の中に大量の〈
ジルノトラーゴ〉を残し、これが生物の惑星体内に入ると、体外に発散されてしまうまで、ほとんどの機能を混乱させてしまうことを、あなた様は無論御存じでございましょう。」

原注:〈ジルノトラーゴ〉とは、我々が〈シアン酸〉と呼ぶものによく似たある特殊な気体の名称である。】

船長は続けた。「最初私は〈
ジルノトラーゴ〉を避けるために、その領域をぐるりと迂回しようと考えました。しかしながら、そうするとひどく遠回りになりますし、当然航行時間も非常に長くなります。しかし一方、〈ジルノトラーゴ〉が分散してしまうまでどこかで待機するには、もっと長い時間がかかることでございましょう。
我々が直面しているこの二者択一の問題の難しさを考えますと、私一人ではどうしたらよいか決められません。そこで、公正なるベルゼバブ様、あえてあなた様を煩わし、適切な助言を賜りたいと思ったのでございます。」
船長が話し終えると、ベルゼバブは少し考えてから次のように言った。
「全く、どう助言したらよいか、わしにもよくわからんのだよ、船長。ああ、そうだ。わしが長い間生存していたあの太陽系に、地球と呼ばれる惑星がある。その惑星に、不思議な3つのセンターをもつ生物が生まれ、今も生まれ続けておるのだが、そこの〈アジア〉と呼ばれる大陸に、ある非常に賢い三脳生物が生存しておった。彼は〈ムラー・ナスレッディン〉と呼ばれていた。この地球の賢人ムラー・ナスレッディンは、そこでの生存におけるありとあらゆる特殊な状況に関して、重大なものであれ些細なものであれ、それに相応する適切で含蓄のある格言をもっておった。
彼の格言はどれもみな、地球上で生存するのに意味のある真実をたくさん含んでおったので、わしもその惑星の生物の間で居心地よく生存するために、いつも彼の格言を道案内に使ったものだ。
だからこの場合も、彼の賢明な格言を役立てようと思うのだよ、船長。我々が陥っているような状況では、彼ならたぶんこう言うだろう。
『自分の膝は飛び越えられないし、自分の肘に口づけしようとするのも馬鹿げている』
そこで君にも同じことを言って、それからこう付け加えよう。これに関してはどうしようもない。つまり、我々自身の力と比べて計り知れないほど大きな力から生ずる出来事が差し迫っているときは、それに従わねばならないのだ。
ただ問題は、君が述べた2つの方法のうちどちらを選ぶべきかということだ。すなわち、どこかで待つか、それとも〈迂回〉して旅を長引かせるか。
迂回するとずっと時間がかかることになるが、待つとそれ以上にかかるというのだな。よろしい、船長。迂回をして少し時間を稼いだとしよう。するとどうなる? 道中を少しばかり早く切り上げるために、船の機器の部品を摩耗させる価値があるだろうか?
迂回をして、万一たとえ些細なものでも船に損傷を与えるくらいなら、わしは第二の案の方、つまり有毒な〈
ジルノトラーゴ〉が進路から消えるまで、どこかで待つ方をとるね。そうすれば、船に無駄な損傷を与えずにすむことになる。
そして、この思いもよらなかった遅れの時間を、何か我々みなに役立つことにあてようではないか。例えばわし自身は、現代の宇宙船全般、そして特にこの宇宙船について君と話ができたら、非常に楽しかろうと思う。
わしが故郷を留守にしていた間に、この分野では数多くの新しい発明がなされたが、それについてわしはまだ何も知らんのだ。
例えば、わしの若い頃には、こういった巨大な宇宙横断船は複雑きわまる厄介な代物で、船自体を動かす力を生み出す原料を運ぶのに、動力の半分近くを使うという有様だった。
それにひきかえ、ずっと簡単になってそのような無駄から解放されたという点で、現代の船は正に〈
至福・ストキルノ〉の具現といえよう。
宇宙船がこれほど単純な造りになったため、乗客は以前にもまして自由に活動できるようになったので、自分が惑星上にいるのではないということを忘れてしまうこともあるほどだ。
そういうわけでだな、船長。わしはこの有り難い恵みがどのようにしてもたらされたのか、現代の船がどのようにして動くのか大いに知りたいのだよ。
だがまず、船を停止させるのに必要な準備をしに行きなさい。それがすっかり片付いたら、またここに戻ってくるがいい。やむを得ない遅れの時間を、我々みなに役立つ話をして過ごそうではないか。」
船長が行ってしまうと、ハセインは突然立ち上がって小躍りし始め、手を叩きながら大声で叫んだ。
「わぁ、いいぞいいぞ、嬉しいな。」
ベルゼバブは、お気に入りのハセインのこうした喜びに満ちた表現を愛おしく思ったが、老アフーンは我慢ができず、感心しないといったふうに首を振りながら、半ばひとりごとのように「利己主義の芽が育っている。」と言って少年を非難した。
この非難を耳にして、ハセインはアフーンの前に立ち止まり、いたずらっぽくアフーンを見つめながら言った。
「怒らないでよ、アフーン。ぼくが喜んでいるのは利己心からではなくて、たまたま状況がぼくにとって喜ばしいことになったからなんだ。おまえも聞いていただろう。お祖父様はただ停船すると決めただけではなく、船長と話をすると約束なさったんだ……
お祖父様は、いつも御自分がおられた場所の話をなさる。それもとても楽しげになさることは、おまえだって知っているだろう。そしてお祖父様のなさる話から、ぼくらの体内に新しくておもしろい知識がたくさん結晶化することも。
いったい何が利己的だって言うんだい? お祖父様御自身が自由意志から、この思いがけない出来事のあらゆる状況を賢明な理性で検討なさった上で、御自分の立てられた計画には大して差し障りがないことが明らかだから、停船するとお決めになったんじゃないか。
お祖父様はお急ぎになる必要はないようだし、カルナックにはお祖父様をお慰めし、くつろいでいただくのに必要なものはみなそろっている。それにここには、お祖父様を愛している者や、お祖父様御自身が愛しておられる者がたくさんいる。
おまえは先ほどお祖父様が『我々自身の力よりも偉大な力に逆らってはならない』とおっしゃったのを覚えていないのかい? こうもおっしゃった。逆らってはならないだけでなく、むしろその力に服従して、そこから生じるあらゆる結果を尊敬の念をこめて受け入れ、同時にわれらが創造主の素晴らしい天の御業を誉め讃えなければならないと。
ぼくが喜んでいるのは、災難がもちあがったからではなく、いと高きところに由来する予期せぬ出来事が起こったおかげで、お祖父様のお話をまた聞けるからなんだ。
事の次第がたまたまぼくにとって都合がよくて嬉しいのは、ぼくのせいかい?
違うよ、アフーン。だからぼくを非難してはいけないし、それどころか、このような有り難い結果を生み出してくれた源に、ぼくと同じように感謝を捧げなければいけないんだよ。」
この間ずっとベルゼバブは、微笑みを浮かべながらお気に入りの少年のお喋りに注意を傾けていたが、少年が話し終えるとこう言った。
「おまえの言うとおりだよ、ハセイン。そのご褒美に、何でもおまえの好きな話をしてやろう。それも船長が戻ってくる前にな。」
これを聞くと、少年はすぐさまベルゼバブの足元に駆け寄って座り、少し考えてから言った。
「お祖父様、これまでにお祖父様が長い年月をお過ごしになった太陽系について話してくださったので、今ではぼくは、ぼくらの宇宙のあの一風変わった地域について、論理だけを使ってでも、細かい部分まで説明できるような気がするんです。でもぼくが知りたいのは、その太陽系の惑星には三脳生物が住んでいるのかどうか、そして彼らの体内では高次の〈存在体〉が形成されているのかどうかということなんです。ねえ、お祖父様、今はその話をしてください。」
そう言うと、ハセインは愛情にあふれた目でベルゼバブを見上げた。ベルゼバブは答えた。
「さよう、その
太陽系のほとんどの惑星にも三脳生物が住んでおり、そして彼らのほとんどが高次の存在体を形成する可能性をもっておる。
高次の存在体、すなわちその太陽系のいくつかの惑星で魂と呼ばれているものは、どの惑星に生息する三脳生物のうちにも生ずる。ただし、〈至聖絶対太陽〉からあまりに遠く隔った惑星では、そこからの放射が度重なる偏向のために元の強度を失い、最終的には全く届かなくなって、その結果、高次存在体を作り出すための活力を完全に失ってしまうのだ。そんな惑星では魂は生まれはしない

その太陽系のどの惑星においても、たしかに三脳生物は惑星体に包まれており、それぞれの惑星の自然に即した形態をとって、細部に至るまで外的環境に適応しておる。
例えば、運命が我々流刑者の生存すべき場所と定めたあの惑星、火星では、三脳生物は、まあどう言ったらよいものかな、〈
カルーナ〉のような形をした惑星体におおわれている。つまり、たっぷり脂肪のついた長くて幅広の胴をしていて、頭からは巨大な光る目が突き出しておるんだ。この巨大な惑星体の背には2つの大きな翼があってな、下脇腹には非常に丈夫な爪のついた割合小さな足がついておる。
自然はこの巨大な惑星体の体力の大部分を、目と翼を働かせるためのエネルギーを産み出すのにあてているので、その結果、その惑星に繁殖する三脳生物は、〈
カル・ダ・ザク・テー〉(闇)がどうであろうと、どんなところでも自由に見ることができ、また惑星上だけでなく大気中でも動き回ることができ、なかには時たま大気圏外にまで足をのばすものもおる。
火星の少し下方にある別の惑星に生息する三脳生物は、厳しい寒さのために、厚くて柔らかい毛で覆われておる。
この三脳生物の外見は〈
トーソーク〉のような〈球を2つ重ねたもの〉に似ておって、上部の球体は惑星体全体の主要器官を収めるのに使われており、もう一つの下部の球体は第一存在食物と第二存在食物の変成に使われておる。
上部の球体には3つの割れ目が外に向かって開いており、そのうち2つは視覚用でもう1つは聴覚用だ。下部の球体には割れ目は2つしかない。1つは前面にあって、第一と第二の存在食物を摂取し、もう1つは背面にあって、有機体から残留物を排出するのに使われる。
下部の球体には、2つの非常に頑丈でたくましい足がついており、両足には我々の指のような役目をする部分がついている。
その太陽系には月という名のかなり小さな惑星もあってな、坊や。
この惑星は運行中に何度もわしらの惑星火星に接近してきたが、そんな時にはわしは何(
キルプレーノ(時間)もの間、観測所の〈テスコーアノ(望遠鏡)を覗いて、その惑星の三脳生物の生存過程を観察して楽しんだものだった。

原注:〈テスコーアノ〉とは〈望遠鏡〉を意味する。】

その惑星に生息する生物の惑星体はひどく虚弱だが、しかし彼らはとても〈強い精神力〉の持ち主で、そのおかげで並はずれた忍耐力と仕事の能力をもっていた。外見は大アリと呼ばれているものに似ていて、しかもアリ同様、彼らは常に地表と地中の両方でせかせかと動き回っている。
彼らの休むことのない活動の成果は、今や既に明白になっておる。
つまり、ある時わしはたまたま気づいたのだが、我々の計算法による2年の間に、彼らは、いうなれば惑星全体をトンネルだらけにしてしまった。
彼らはこの仕事をせざるをえなかったのだが、それはこの惑星の異常な気象条件のせいで、それというのも、この惑星が全く予想外に誕生したために高次の力もあらかじめ気象の調和を統御する準備をしておくことができなかったからだ。この惑星の〈気候〉ときたら〈気違い〉じみておって、変わりやすさの点では、同じ太陽系の別の惑星に生存している甚だしく興奮したヒステリーの女性にも負けないくらいなのだが、この別の星については後で話してあげよう。
〈月〉は時おりひどく寒くなって、あらゆるものが凍りついてしまい、そのため生物は外気中で呼吸することもできなくなる。そうかと思うと突然ひどく暑くなって、あっという間に大気で卵が茹でられるほどになるのだ。
この小さな惑星の一番近くにもう1つこれより大きな惑星があって、この惑星も時々火星にかなり近づくのだが、これは地球と呼ばれておる。先ほどの月は、実はこの地球の一部であり、地球は今では月の生存を絶えまなく支えていなければならんのだ。
この地球上にも三脳生物が誕生しており、彼らもまた高次の存在体を作り出すためのあらゆる材料を内に備えておる

しかしながら〈精神力〉の点においては、先に述べた小さな惑星に生息する生物には及びもつかぬ。地球の三脳生物の外側を包んでいるものは我々のものとよく似ておるが、ただ違うのは、まず第一に、彼らの皮膚は我々のよりも少しばかり粘り気があること。第二に彼らには尻尾がなく、頭には角が生えていないことだ。なかでも最悪なのは彼らの足だ。つまり蹄(ひづめ)がないのだよ。外界の影響から足を守るために、彼らはたしかに〈クツ〉なるものを発明してはいるが、この発明はあまり役には立っていないようだ。
彼らは、外形が不完全であるだけでなく、理性の面でも、全く〈他に類をみないほど変わって〉おる。
つまり彼らの〈理性〉は様々な原因のために徐々に退化してしまったのだ。その原因についてはいつか話すことになるかもしれんが、とにかく、今では彼らの理性は実に奇妙で独特なものになっておる。」
ベルゼバブは話を続けようとしたが、その時船長が入ってきたので、惑星地球の生物についてはまた別の機会に話してやると少年に約束して、船長と話し始めた。

(中略)
ここから宇宙船、つまり、地球人がUFOと呼ぶ乗り物についての詳しい解説が始まりますが、これが事実として書かれているのか? もしくは何らかの宇宙法則を解説したいがために書かれたのかはわかりません。その筋の専門家でしか理解できないとしか思えないほど難解な内容なので、割愛しておきます。
第4章 第5章 第6章
この章でも宇宙船の話が続きます。

第7章
ここ章はハセインとベルゼバブの会話となりますが、特に重要性は感じないため割愛。

第8章 ベルゼバブの孫の生意気な小僧ハセイン、人間を〈ナメクジ〉呼ばわりする

ハセインはすぐさまベルゼバブの足もとに座り、祖父の機嫌をとるように言った。
「何でもお好きなことを話してください、お祖父様。どんなお話でも、お祖父様が話してくださるというだけで、ぼくはとても嬉しいんです。」
「いや、それは駄目だよ」とベルゼバブは反対した。「おまえが一番興味があることを聞きなさい。おまえ自身が特に知りたがっていることを話すのが今のわしにはとても楽しいのだ。」
「それなら、あのことを話してください、お祖父様。ほら、あれ、ええと、なんだっけ。あ、そうそう、あの〈ナメクジ〉のことを。」
「何? ナメクジだと?」少年の質問が理解できず、ベルゼバブは聞き返した。
「覚えていらっしゃらないんですか、お祖父様。少し前、お祖父様が長い年月をお過ごしになった太陽系の様々な惑星に繁殖している者たちについてお話しになった時、そこのある惑星には(名前は忘れちゃったけど)その惑星には、全体的には僕たちに似ているけど、僕たちより粘り気のある皮膚を持った、三つの脳をもった生物が生息しているとおっしゃったでしょう?」
「ああ、おまえの言っているのは、地球に繁殖していて、自分たちを〈人間〉と呼んでいるものたちのことだね。」とベルゼバブは笑って言った。
「そうそう、それです。その〈人間という存在〉についてもう少し詳しく話してください。それについてもっと知りたいんです」とハセイン。
そこでベルゼバブは言った。
「彼らについてならいくらでも話すことがある。というのも、わしは地球を何度も訪れて長い間彼らの間で暮らし、そればかりかその惑星の大勢の三脳生物と友達にもなったからだ。おまえも彼らのことをもっとよく知ったらとても面白いと思うだろうよ。彼らはとても変わっておるからな。
実際彼らの間では、我々の宇宙のどんな惑星のどんな生物の間でも見られないことが起こるのだ。彼らのことならわしは非常によく知っておる。なぜかというと。彼らの発生とその後の発達、そして彼らの時間計測法でいうところの何世紀にもわたる生存、そういったものをこの目で見たからだ。彼らの発生だけでなく、彼らが発生し生存している惑星自体の形成もわしの目の前で完了した。
我々がその太陽系に到着し、火星に落ち着いた頃、地球にはまだ何も生存していなかった。つまり凝集はしたが、まだ冷えるほど時間が経っていなかったのだ。
そもそもの初めからその惑星は、われらが《永遠なる主》にとって多くの深刻な問題を引き起こす悩みの種だった。
もしおまえさえよかったら、われらが《永遠なる主》の悩みの種となったこの惑星に関連する宇宙全般の出来事から先に話してやろう。」
「ええ、まずその話をしてください。お祖父様のお話なら何でも面白いに決まっていますから。」とハセインは言った。

第9章 月の生成の原因

ベルゼバブは話し始めた。
「我々は、生存場所に指定されたこの惑星、火星に到着すると、徐々にではあるがそこに定住していった。
最初我々は、我々にとって完全に異質なその自然の真ん中で、そこでの生存を多少なりとも我慢できるものにしようと、外的に必要なありとあらゆるものを組織することに専念しておったが、そんな折も折、とりわけ忙しかったある日突然に、この惑星火星全体が大きく揺れ、その少し後で〈窒息しそうな悪臭〉が生じたので、最初は、宇宙のあらゆるものが、何か〈名状しがたい〉とでもいうしかないあるものと混ぜ合わされたような感じがした。
だいぶ時間が経ってこの悪臭が消えると、ようやく我々は平静を取り戻し、何が起こったのか少しずつ解明していった。
その結果、次のことが判明した。すなわち、この恐るべき現象の原因は、時おり我々の惑星火星に非常に接近してきて、そのため時に〈
テスコーアノ(望遠鏡)なしでもはっきり観察できるほどになる、正にあの惑星地球だったのだ。
どこからともなく知れ渡った話によると、この惑星は、当時我々にはまだ理解できなかったある理由によって〈破裂〉し、そこから2つの破片が空間に飛び散ったのだ。
前にも話したが、その頃この太陽系はまだ形成の途上にあり、〈あらゆる宇宙凝集体の相互維持の調和〉にまだ十分には〈組みこまれて〉いなかった。
それに続いて次のようなことがわかってきた。つまりこの〈あらゆる宇宙凝集体の相互維持における全宇宙的調和〉によるならば、この太陽系では、いまだに存在しているいわゆる〈広大な軌道〉をめぐる彗星が機能していなくてはならなかったが、この彗星は〈
コンドール〉と名づけられていた。
そしてこの彗星は、当時すでに凝集体になってはいたが、初めてこの〈軌道を完全に回り終える〉ところであった。
そしてこれは、ある相当な権限をもつ聖なる個人が後で内密に教えてくれたことだが、この彗星の軌道が惑星地球の軌道上を横切らざるをえなくなった。おまけに、世界創造と世界維持という事柄を担当しているある聖なる個人の計算が間違っていたために、この2つの凝集体の、それぞれの軌道が交差する点を通過する時間が偶然にも一致してしまったのだ。そしてこの誤りのために惑星地球と
彗星〈コンドール〉は衝突し、おまけにその衝突があまりに激しかったため、その衝撃によって、今言ったように、惑星地球から2つの大きな破片が分離し、空間に飛び散ったのだ。(いわゆるジャイアントインパクト説)
この衝撃がこれほど深刻な事態を引き起こしたのはなぜかというと、この惑星が誕生してまだ間もなかったために、こんな場合に緩衝器としての役割を果たすはずの大気圏がその表面上で形成されるに十分な時間が経っていなかったからだ。
そしてだな、坊や。この全宇宙的な不幸は、我々の永遠なる主にも直ちに伝えられた。
この報告の結果、直ちに世界創造と世界維持を担当している専門家である天使と大天使とから成る委員会が、最も偉大なる
大天使サカキの監督の下に、至聖絶対太陽からこの
太陽系〈オルス〉に送られた。
この最高委員会は実は我々の惑星火星にやってきたのだが、それはこの惑星が惑星地球に最も近かったからで、彼らは我々の惑星を基地として調査を始めた。
最高委員会の神聖なるメンバーはすぐに、宇宙的規模の大異変の危険性はすでに過ぎ去ったと言って、我々を安心させてくれた。
そして大技術者である
大天使アルガマタントは、親切にも個人的に、事の真相はまず間違いなく次のようなことであったろうと我々に説明してくれた。

惑星地球から飛び散った2つの破片は、この惑星の圏内にある空間のある部分の境界に達する前に、衝撃から受けた惰性を失った。そのためこれら2つの破片は、〈落下の法則〉に従って、それらが分離したもとの母体である惑星に向かって落下し始めた。
とはいえこの2つの破片は、もはやその母体たる惑星と再び合体することはできなかった。なぜなら、これらはもう1つの宇宙法則である〈追いつきの法則〉と呼ばれるものの影響を受けて完全にその支配下に入り、その結果、母体である惑星地球が
太陽〈オルス〉
のまわりを軌道を描いて回り続けているのとちょうど同じように、この惑星地球のまわりを恒常的な楕円形の軌道を描いて回るようになったからである。
この状態は何か新しく予期できないような大規模な異変によって何らかの変化を被らないかぎり、これからもずっと続くであろう。


そして
パンテメジュラビリティ閣下はこう結論を下した。

これら一連の出来事にもかかわらず、偶然のおかげで、この太陽系全体の調和的な運動は崩壊を免れ、そしてこの太陽系〈オルス〉の平和な状態はすぐに回復されたのである。

しかしそれにもかかわらずだな、坊や。この最高委員会は、手に入るすべての事実、および将来起こるであろうあらゆる事態を計算した上で、次のような結論に達した。すなわち、惑星地球の破片は当分の間、現在それらが存在している位置にとどまるであろう
しかし委員会が推測しているいわゆる〈タスタルトーナリアン移動〉というものを考慮に入れるならば、それらは将来現在の位置を離れて、この太陽系〈オルス〉および近接する他の太陽系の双方にとって、取り返しのつかない災害を多数引き起こすかもしれない
そこで最高委員会は、この危険を避けるためにある処置を講ずることに決めた。
その決定というのはすなわち、
この場合の最良の処置は、もとの母体、すなわち惑星地球が、分離した破片の維持のために、神聖なる振動〈アスコキン〉を絶えまなく送り続けることである、というものであった。
この神聖な物質は、惑星の中で機能している根源的宇宙法則、すなわち
聖〈ヘプタパラパーシノク〉聖〈トリアマジカムノ〉の両方が、いわゆる〈イルノソパルノ〉と呼ばれているように機能する時、言いかえれば、宇宙凝集体の中のこの2つの神聖な宇宙法則が歪められ、そしてその表面でそれぞれが独立して活動する時(独立してといっても、もちろんある範囲内でだが)にだけ形成されるのだ。
さて坊や。宇宙におけるこのような形成はわれらが《永遠なる主》の裁可をもって初めて可能であったので、偉大なる
大天使サカキは最高委員会の神聖なるメンバーを何人か伴って、すぐに《永遠なる主》のもとに、この裁可を下されるよう嘆願するために出発した。
こうしてこの神聖な個人たちは、この惑星上で
イルノソパルニアン・プロセスを実現することに関する《永遠なる主》の裁可を得て、そしてやはり大天使サカキの監督によってこのプロセスは完了したが、その時以来この惑星上でも、他の多くの惑星におけると同様に〈調和〉が生じはじめ、そのおかげでこれら2つの分離した破片は、今に至るまで大規模な異変の脅威にもならずに存在しているのだ。
この2つの破片の大きい方は〈ルーンデルペルゾ〉、小さい方は〈アヌリオス〉と名づけられた。その後、この惑星上に誕生した普通の三脳生物も、初めはこの名前でこれらを呼んでいたが、後になると彼らは時代によって様々な名称で呼ぶようになり、最近では大きい方の破片は月と呼ばれるようになったが、小さい方の名前は次第に忘れ去られていった。
いや、実をいえば、惑星地球上の現在の生物たちは小さい方の破片の名前を知らないばかりか、それが存在していることにさえ気づいていないのだ。
ここで次のことに注目しておくのも面白いだろう。この惑星上にはかつて〈アトランティス〉と呼ばれた大陸があり、後には滅びるのだが、そこにいた生物たちは彼らの惑星から分離したこの第二の破片のことを知っていて、やはり〈
アヌリオス〉と呼んでいた。しかしこの大陸の最後の時代に生存した生物たちの中には、〈クンダバファー〉と呼ばれる器官のもつ諸特性から生じる結果が結晶化しはじめ(この器官についてはもっと詳しく話さなくてはならんが)ついには彼らの身体の一部になってしまった。そのため彼らはこの第二の破片を〈ケメスパイ〉と呼ぶようになったが、それは〈安眠を絶対に許さないもの〉という意味であった。
この奇妙な惑星の現代の三脳生物は、自分たちの惑星からその昔分離したこの破片のことを全く知らないが、それは主として、この破片が比較的小さく、またそれが運動している場所が遠く離れているために彼らの視覚には全く映らないからであり、それと同時に、昔はこんな衛星が知られておった、などという話をしてくれる〈おばあちゃん〉が一人もいないからだ。
それに、もし万一彼らのうちの誰かが偶然それを、望遠鏡と呼ばれるなかなか優秀なおもちゃ(とはいえやはり子供のおもちゃにすぎないが)を通して見たとしても、巨大な隕石くらいに考えて、全然注意を払わんだろう。
現代の生物たちは、恐らくこれを見ることは二度とないだろう。というのは、彼らの本性にとっては非現実を見ることだけが正当なことになってしまったからだ。
いや、公平を期すためにはこう言わなければならん。ここ何世紀かの間に、真実のものは何一つ見ないということにかけては、彼らは実に見事に、ほとんど芸術的ともいえるまでに自分たちを機械化してしまったのだ。
そういうわけでだな、坊や。これまでに話したすべてのことが原因となって、
どこでも当然そうあるべきなのだが、この惑星地球上でも、まず〈全一なるものの似姿〉と呼ばれるもの、あるいは〈ミクロコスモス〉とも呼ばれるものが誕生し、さらにこれら〈ミクロコスモス〉から〈オドゥリステルニアン〉および〈ポローメデクティック〉植物と呼ばれるものが形成された。
そしてさらに、これも通常起こることだが、この〈
ミクロコスモス〉から、あらゆる三脳組織をもった様々な形態の〈テタートコスモス〉と呼ばれるものも形成され始めた。
そしてこの後者から、さっきおまえが〈ナメクジ〉と呼んだ他ならぬあの二本足の〈
テタートコスモス〉が初めて生まれたのだ
根源的な聖なる法則が〈
イルノソパルニアン〉に移行する期間中に、なぜ、またどのようにして惑星上に〈全一なるものの似姿〉が誕生するのか、またいわゆる〈脳組織〉と呼ばれるものの形成にはいかなる要因が関わっているのか、それから、世界創造と世界維持に関する法則全般、こういったことについては、また特別に機会を設けて説明してあげよう。
今のところは次のことを知っておきなさい。すなわち、おまえが興味を抱いている惑星地球上に誕生した三脳生物も、初めのうちは、全宇宙いたるところに誕生しているありとあらゆる形態の〈
テタートコスモス〉と同様に、理性獲得のための機能を完成させる可能性をもっていたということだ。
しかし後ほど、つまりわれらが大宇宙に存在する他の同類の惑星上で起こるのと同様に、彼らもいわゆる〈本能〉と呼ばれるものによって徐々に霊化され始めていたちょうどその時、彼らにとっては実に不幸なことに、天も予測できなかった最も悲痛な災難が彼らに降りかかったのだ。」

第10章 なぜ〈人間〉は人間でないのか

ベルゼバブは深くため息をついて次のように話し続けた。
「この惑星上で
〈イルノソパルニアン〉プロセスが実現してから、客観的時間計測法による一年が過ぎた。この期間中、この惑星では、そこに生じるすべてのものの退縮と進展にふさわしい過程もしだいに調整されていった。
ということはもちろん、この三脳生物の中にも徐々に、客観理性獲得にふさわしいデータが結晶化していったということだ。
要するにこの惑星上でも、すべては通常かつ正常な順序ですでに進行し始めていたのだ。
だからだな、坊や。もしこの一年が経った後で、同じく
大天使サカキの監督のもとに最高委員会がもう一度そこに行っていなかったならば、この不運な惑星に誕生した三脳生物にまつわるその後の誤解は起こらなかったかもしれないのだ。
最高委員会がこの惑星をもう一度訪れたのは次のような理由からであった。すなわち彼らは、さっき話したような処置を講じたにもかかわらず、この聖なるメンバーの大半の理性の中には、将来何か望ましくないことが突発的に起こる可能性は絶対にないという確信がいまだ十分に結晶化しておらず、そのため彼らは、今その場に行って、自分たちが講じた処置の結果を検証してみたいと思ったのだ。
この2度目の訪問の際に、最高委員会は、たとえそれが自分たちを安心させるためにすぎないとしても、ともかく最初のものからさらに進んだ特別の処置を講ずることを決定した。そしてまさにその中の1つこそが、この不運な惑星に誕生した三脳生物自身にとって途方もなく恐ろしいものに徐々に変わっていっただけでなく、大宇宙全体にとっても、いわば悪性の腫瘍ともいうべきものになってしまったのだ。
次のことはぜひ知っておかなくてはならん。つまり、この最高委員会が2度目に地球に降下した時までにはすでに、徐々にではあるが彼らの体内には(三脳生物としては当然のことだが)〈機械的本能〉と呼ばれるものが生じていた。
この時最高委員会の聖なるメンバーは次のように推測した。すなわち、この惑星の二本足の三脳生物がもっている機械的本能がもし万一(三脳生物の中では普通どこでも起こることだが)客観理性の獲得に向かって発達するとすれば、
彼らは、それに対する十分な精神的準備ができる前に、自分たちの誕生と生存の真の理由を知ってしまい、そのためにひどい騒動を起こす可能性が大いにある。言いかえると、自分たちが誕生した理由、つまり自分たちはその惑星から分離した破片を維持するために生存しているのだということを理解し、そのような、自分たちとは全く無関係な状態に隷属させられていることを確信してしまったら、そんな形で生存を続けるのに嫌気がさして、信念に従って自らを滅亡させてしまう、ということが起こらないとも限らないと考えたのだ。
そこでだな、坊や。こう考えた最高委員会はこの三脳生物の体内に、ある特性をもった特殊な器官を暫定的に植えつけることにした。
その特性というのは、第一に彼らが現実を逆さまに知覚すること、第二に、外部から繰り返し彼らの内部に入ってくるすべての印象があるデータとなって結晶化し、それが彼らの内部に〈快楽〉とか〈愉快〉とかいった感覚を引き起こす要因を生み出す、というものだ。
そしてこの最高委員会のメンバーたちは実際に、その一人であった汎宇宙的・大化学者・大物理学者である
天使ルーイソスの助けを借りて、特殊な方法で、この三脳生物の脊柱の基部、つまり彼らの尾のつけ根に(ついでにいうと、彼らも当時はまだ尾をもっていて、そればかりか彼らの身体のこの部分は、いわば彼らの〈内的意味の充実度〉を表現するに足る正常な外観さえ具えていた)今言った特性が生じるのを助ける〈何か〉を植えつけたのだ。
そしてこの〈何か〉を、彼らは当時〈
器官クンダバファー〉と呼んだ。
この器官を三脳生物の中に造り出し、それが機能するのを見て、
大天使サカキに率いられた神聖な個人たちから成る最高委員会は安心し、良心を満足させて中央に帰っていった。一方、おまえが興味をもっている惑星地球の上では、この驚くべき、そして実に巧妙な装置は、最初の日からまことにすばらしい活動を開始したが、それはまるで、賢明なるムラー・ナスレッディンが言うように、〈高まりゆくジェリコのラッパのよう〉であった。
ところで、並ぶものなき
天使ルーイソス(彼の名が永遠に祝福されんことを)が考案し、造り出したこの器官の諸特性の結果について、おおまかにでも理解するためには、この器官クンダバファーが彼らの体内に存在していた期間中に彼らが行なったことだけでなく、この驚くべき器官とその諸特性が彼らの中で破壊されたにもかかわらず、様々な理由でその諸特性の影響が彼らの体内で結晶化してしまった後の期間中に、この惑星の三脳生物が行なった種々様々な活動について知っておくことがどうしても必要だろう。
しかしこれについては後で説明しよう。
さしあたっておまえは、客観的時間計測法による3年後に、最高委員会がこの惑星に3度目の降下を行なったこと(しかし今回は最も偉大なる
大熾天使セヴォータルトラに率いられていたこと、そしてその理由は、最も偉大なる大天使サカキがその3年の間に、現在彼が成っている神のごとき個人、すなわち宇宙全体を管轄する四人の地域管理者の一人になるにふさわしい存在になったからである、ということを知っておかなくてはならん。
そしてちょうどこの第三次の降下が行われた時、第三次最高委員会の神聖なるメンバーの徹底的な調査によって、前述の分離した破片の生存を維持するために、熟考の末に万一の場合に備えて講じておいた処置を、もはやこれ以上続ける必要はないということが明らかになった。そこで、他の様々な処置とともに、再び大化学者・大物理学者である
天使ルーイソスの助けを借りて、この三脳生物の体内の器官クンダバファーをも、その驚くべき諸特性とともに取り除いてしまったのだ。
しかしこの辺でもとの話に戻ろう。
よく聞きなさい。その太陽系全体に脅威を与えた最近の大異変が我々の間に引き起こした混乱が過ぎ去ると、この予期せぬ中断の後、我々はまたゆっくりと、惑星火星で新たな生活を始める準備を再開した。
我々はみな少しずつこの地方の自然に慣れていき、そこでの生存条件にも順応していった。
前にも言ったように、我々の多くは惑星火星にしっかりと定住したが、他の者たちは、惑星間の連絡用に我々の部族が自由に使うことを許されていた宇宙船オケイジョンで、同じ太陽系の他の惑星に定住するためにすでに移動したか、あるいはその準備をしていた。
しかしわしは、親戚の者や従者たちと一緒に惑星火星で生存するために残ったのだ。
そうだ、次のことも言っておかなくてはならん。今話しておるこの時期までにはわしはすでに、惑星火星上にわしが建設した大天文台の中に
テスコーアノ(望遠鏡)の据えつけを完了しており、そしてちょうどその頃には、われらが大宇宙の遙か彼方の凝集体、およびこの太陽系の惑星をもっと詳細に観察するため、この天文台をさらに組織化し、発展させることに完全に没頭しておった。
そしてこの惑星地球もわしの観察の対象に入っていたのだ。
時は過ぎていった。
惑星地球の生物の生存プロセスもしだいに確立していったが、その生存プロセスは外観的にはどこから見ても、他の惑星でのものと変わらないように見えた。
しかし注意深く観察してみると、まず第一に、この三脳生物の数がしだいに増加しているのが明らかになり、第二に、時おり彼らが実に奇妙な行動をとるのが見てとれた。つまり彼らは時々、他の惑星の三脳生物は決してやらないこと、つまり全く何の理由もないのに、突然お互いの生存を破壊するという行為を始めるのだ。
この相互の生存破壊は、時には1つの地域だけでなくいくつかの地域で同時に進行し、おまけに一〈
ディオノスク〉間だけでなく何〈ディオノスク〉間にもわたって、いや時には丸一〈オルナクラ〉間続くこともあった。(ディオノスタとは〈日〉のことで、オルナタラとは〈月〉のことだ)
また時には、この恐るべきプロセスによって彼らの数が急激に減少するのがはっきり見てとれたが、一方別の時期、つまりこのプロセスが小休止している間には、彼らの数が際だって増加することも明らかになった。
こういった彼らの実に奇妙な様子を目にした我々は、これはきっと、最高委員会がよくよく考慮の上で、こういった特性を故意に
器官クンダバファーに付け加えたのに違いないと解釈し、それにも徐々に慣れていった。つまり、言いかえるならば、この二足生物の多産性を見た我々は、これはきっと、汎宇宙的な調和運動を維持するために、彼らはそんなふうに多数で生存しなくてはならないということをこの委員会のメンバーが考慮に入れ、前もって十分に考えた上でやったことであろうと推測したのだ。
もし彼らにこれほど奇妙な特性がなかったならば、その惑星には何か〈おかしな〉ところがあるなどという考えは誰の頭にも浮かばなかったことだろう。
今話しているようなことが起こったのと同じ時期にわしは、生物が生存している惑星も生存していない惑星も含めて、この太陽系のほとんどの惑星を訪ねてみた。
わし個人としては、土星という名称を冠した惑星に生息しておる三センター生物が一番気に入ったが、彼らの外形は我々のそれとは全く違って、ワタリガラスという鳥によく似ておった。
ついでに面白いことを話しておいてやろう。どういう理由でか、ワタリガラスという鳥の形態をもつ生物は、この太陽系のほぼすべての惑星の上だけでなく、さまざまな脳組織を持ち、また色々な外形の惑星体をまとった種々の生物が生息しているわれらの大宇宙全体のほとんどすべての惑星上に生息しておるこの惑星土星の生物であるワタリガラスが行う言葉による意思疎通は、我々のものとほぼ似ておる。
しかし彼らの発声は、これはわしの意見だが、わしがこれまで聞いたものの中では最も美しいものだ。
それはちょうど、我々の最高の歌い手が、その全存在をかけて短調の曲を歌う時の歌唱に比べることができるだろう。
彼らが他者との間に結んでいる関係については、いったいどんなふうに言い表していいかわからん。要するにそれは、彼らの間に生存して、自分で実際に経験してみないとわからんだろう。
ただわしに言えるのは、この鳥状の生物たちは、われらが《永遠なる創造者にして造物主》の最も近くにいる天使たちがもっているのと全く同じ心をもっているということだ。
彼らはわれらが《創造主》の第9番目の戒律、すなわち『他人のものに対しても自分のものに対するのと同じようにせよ』という戒律に厳格に従って生存しておる。
この惑星土星に誕生し、生存している三脳生物については、後ほどもっと詳しく話してやらねばなるまい。というのは、わしがこの太陽系に流刑されていた全期間を通してずっと真の友人であった者の一人が、まさにこの惑星のワタリガラスの外形をもった生物だったからで、その名を〈ハルハルク〉といった。」

第11章

ここではハセインが人類に対して「ナメクジ」と呼んだことについて、ベルゼバブが叱っています。
そんなことを人類が知ったら、恐ろしい復讐を企てるので、注意しなければならないと警告しています。
その恐ろしい復讐方法だけ載せておきます。


おまえは彼らがどうやって呪うか知っておるかな?
いやいや、想像もつかんだろう!
ではよく聞いて、震え上がるがいい。
この最も〈重要な〉人物たちはすべての人間に向かってこう布告するだろう。すなわち、〈教会〉とか〈礼拝堂〉、〈ユダヤ教会堂〉とか〈公会堂〉などの定められた場所で、特別の役人たちが特別な機会を設けてある定められた儀式を行い、そしておまえのために次のような祈願をするだろう、とな。
すなわち、おまえが角を失いますように、おまえの髮が早く白くなりますように、おまえの胃の中に入った食物が巻きタバコに変わりますように、あるいはおまえの将来の妻が普通の三倍の大きさの舌をもっていますように、さらにはおまえがお気に入りのパイを一口食べたらそれが〈石鹸〉に変わりますように等々、同じ調子で延々と続けていくのだ。

第12章
ここではいわゆる「新約聖書」が作られた過程が書かれていますが、特に重要性はないかと。
イエスに関しては後に詳しく書かれています。


第13章 なぜ人間の理性は空想を現実として知覚するのか

「ぼくの大好きな親切なお祖父様、どうかお願いです。ほんの大まかにでもいいですから、なぜこの地球の生物たちは〈束の間のもの〉を〈現実のもの〉と取り違えるようなことをするのか、説明してください。」
孫のこの質問に答えて、ベルゼバブは次のように話した。
「惑星地球の三脳生物がこのように特殊な精神をもつようになったのは後年のことで、そしてこの特殊性は次のようにして生じた。すなわち、すべての三脳生物と同様彼らの中にも形成されている中心をなす枢要部分が次第に緊張を失って、身体全体のこれ以外の部分が、新しく入ってくる全ての印象を〈
パートクドルグ義務〉と呼ばれるものを伴わずに知覚するのを放置したこと、つまり一般的にいえば、この三脳生物の中にセンターという名称で存在している各々独立した部署がこれらの印象をバラバラに知覚するのを徐々に許すようになったこと、あるいは彼らの言葉を借りるならば、彼らは誰が言うことでもすべて鵜呑みにして、自分の健全なる熟慮の結果知りえたものだけを信じるという本来の姿を失ってしまったことによるのだ。
一般的にいうと、この奇妙な生物の体内で何らかの新たな理解が結晶化するのは、スミスがある人間、あるいはあることについて物知り顔に話した時に限られる。おまけにもし、ブラウンが同じことでも言おうものなら、これを聞いた者はそれを完全に確信してしまい、それ以外の真実がありうるなどとは頭から考えようともしない。彼らの精神がこのように特殊であることに加えて、例の作家がこんな具合にさんざん話題にのぼったものだから、地球の現在の人間のほとんどは、彼は実に偉大な心理学者で、この惑星の人間の心理について比類なき知識を有していると完全に信じきっておるのだ。
しかし実をいうと、わしはこの惑星を最後に訪問した時、この作家のことを聞き及んで、全く別の件でだが、わざわざ彼に会いにいったのだ。ところがわしの理解するところでは、彼は地球の現代作家たちとただ似ているだけでなく(ということはつまり、恐ろしく狭量で、われらが親愛なるムラー・ナスレッディンなら、『鼻から先は見えない』と言うところだが)この惑星の人間の精神が現実にいかなるものであるかについての知識たるや、まあ〈完全なる文盲〉とでも呼ぶのが妥当なところだろう。
もう一度言っておくが、この作家に関する話は実によくできていて、おまえの興味を引いている三脳生物、とりわけ現代の三脳生物の中では、〈
パートクドルグ義務〉についての認識がいかに欠けているか、それにまた、彼ら自身の論理的熟考によって形成されるべき(これは三脳生物全般に当てはまることだが)自己の主観的な確信が、彼らの中では絶対に結晶化せず、逆に、ある問題について誰か他の者が言ったことだけを根拠にしたものだけが結晶化している様子が、実に典型的に示されておる。
彼らがこの作家の中に何らかの完全性を見いだしたのは(実はそんなものは全くないのだが)ひとえに彼らが〈
パートクドルグ義務〉を遂行できなくなったからにほかならない。実はこれを遂行することによってのみ、人間は真の現実に目覚めることができるのだ
彼らの精神全体を貫くこの奇妙な傾向、すなわちスミスやブラウンの言ったことだけで完全に満足してしまって、もっとよく知ろうとはしないこの傾向は、実はすでに遙か昔に彼らの中に植えつけられたもので、今では彼らは、認識可能なものを自分自身の能動的熟考を通して知ろうと努めるなどということは一切しなくなってしまった。
これに関してはっきり言っておかなくてはならないのは、以上のことについては、彼らの祖先が持っていた
器官クンダバファーにも、あるいは、ある聖なる個人の手落ちのおかげで彼らの祖先の体内に結晶化し、そして遺伝によって代々受け継がれていったこの器官の生み出す諸結果にも、何の責任もないということだ。
この責任は彼ら自身にあるのであって、それも彼らが自分たちの通常の外的な生存形態を徐々に異常なものに変えていったこと、そしてそれが彼らの体内に、今では彼らの内なる〈邪悪なる神〉となっているもの、すなわち〈自己沈静〉と呼ばれるものを次第に形成したことに原因があるのだ
しかしこういったことはみな、約束しておいたとおり、これからわしがおまえのお気に入りのこの惑星についてさらに話せば、おまえにももっとよく理解できるようになるだろう。
いずれにせよ、はっきり忠告しておくが、これから先あの惑星の三脳生物について話す時は、いかなる点でも彼らを怒らせないように十分すぎるくらい注意しなくてはならん。さもないと、(彼ら流にいえば〈いったい悪魔が冗談など言うかな?〉というところだが)彼らはおまえの侮辱を嗅ぎ出して、これも彼らの言葉を借りるならば、〈おまえを打ちのめしてしまう〉だろう。
それはともかく、ここでわれらが親愛なるムラー・ナスレッディンの賢明なる言葉をもう一度思い出しておいても害にはならんだろう。彼はこう言っておる。
『これは真理じゃ! この世で起こりえぬことなどありはしない。ノミが象を飲みこむことだってあるかもしれんではないか!』」
ベルゼバブはもっと何か言いかけたが、ちょうどその時、この宇宙船の召使いが入ってきて彼に近づき、彼宛ての〈エテログラム〉を手渡した。
ベルゼバブがこの〈エテログラム〉の内容を聴き終え、召使いが出ていくと、ハセインはまたベルゼバブの方を向いてこう言った。
「親愛なるお祖父様、地球と呼ばれるあの興味深い惑星に誕生して、現在生存している興味深い三センター生物について、もっとお話ししてください。」
ベルゼバブは、独特の微笑みを浮かべて孫を見、そして頭でひどく変わったジェスチャーをしてから、次のように話を続けた。

第14章 全体を概観しつつ話し始めるが、どうもあまり楽しい話になりそうもない

「まず次のことを話しておかなくてはなるまい。この惑星の三脳生物も、初めのうちは、われらが大宇宙全体に広がるこれと同じような惑星すべての上に誕生している、いわゆる
〈ケスチャプマルトニアン〉三センター生物と呼ばれているものが、一般的にすべて所有しているのと同じ存在体を有していた。それにまた彼らのいわゆる〈生存期間〉も、他のあらゆる三脳生物と変わりなかった。
彼らの体内の様々な変化は、そのほとんどがこの惑星を襲った第二の大災害の後で起こったのだが、その大災害のさなかに、この不運な惑星の主要な大陸、つまり当時〈アトランティス〉という名で存在していた大陸が惑星の中へ沈みこんでしまったのだ。
そしてこの時から、彼らは少しずつ、およそありとあらゆる外的な生存状態を作り出していき、そのために彼らから発する放射物の質は着実に悪化していった。そこで大自然は、様々な譲歩や変更を重ねることによって彼らが共通してもっている身体を徐々に変容せざるをえなくなってしまったのだが、それは彼らが発する振動(これは主として、以前この惑星の一部分であったものをきちんと維持する上で必要だった)の質を調節するためであった。
これと同じ理由から、大自然は徐々にこの生物の数を増やしていったので、今では彼らはこの惑星上に形成されたあらゆる陸地に生息しておる。
彼らの惑星体の外形はだいたい同じように造られているのだが、大きさその他各自の特徴という点では、彼らも我々と同様、遺伝によって受け継いだもの、および受胎の瞬間の諸条件、それにあらゆる生物が形成され、誕生する原因として一般的に作用する諸要因等に従って、それぞれ少しずつ違っている。
彼らは皮膚の色や髪の形態においても異なっている。彼らの身体のこういった特徴は、どこでも同じことだが、ある者が誕生し、そして責任の持てる年齢になるまで、つまり彼らの言い方によれば〈大人〉になるまで育ったこの惑星上の場所の影響によって決定される。
しかし彼らのもっている精神とその基本的な性格は、彼らがこの惑星上のどの部分で誕生しようと関係なく、全く同一の特徴をもっておる。その中にはこの惑星の三脳生物独自の特性もあり、それがあるために、宇宙広しといえども唯一この奇妙な惑星上でだけ、つまりこの三脳生物の間でだけ、〈相互の生存を破壊するプロセス〉と呼ばれるもの、あるいはこの不運な惑星上での呼び名を借りるならば、〈戦争〉と呼ばれるあの恐るべきプロセスが発生するのだ。
彼らに共通する精神においては、この主要な特徴の他にも(彼らがどこで誕生し、生存しているかに関わりなく)様々な機能が完全に結晶化し、彼らの身体の一部になりきっておるのだが、
これらの機能は、〈エゴイズム〉とか〈自己愛〉〈虚栄心〉〈自尊心〉〈自惚れ〉〈軽信〉〈すぐ暗示にかかること〉等々、その他様々な名称で呼ばれており、これらはいずれも三脳生物の本質にとっては全く異常でふさわしからぬ特性なのだ
彼らの精神が持っているこれら異常な特性の中でも、彼ら自身にとって最も恐るべきものは、〈すぐ暗示にかかること〉と呼ばれているものだ。
この極めて不可思議かつ風変わりな精神的特性に関しては、またいつか特別に説明してあげよう。」
こう言うと、ベルゼバブは物思いに沈んだが、今回はいつもより長かった。そして再び孫の方に向くとこう言った。
「地球と呼ばれる異様な惑星上に誕生し、生存している三脳生物に、おまえがひどく興味をもっていることはよくわかった。これから先、宇宙船カルナックでの旅行中には、時間つぶしのために否が応でもいろんなことを話さなくてはなるまいから、この三脳生物についてわしの知っていることは全部話してやるつもりだ。
惑星地球に誕生した三脳生物の精神の特異性をはっきり理解するには、わしがその惑星に降下した時のことを、わし自身が目撃者となったその間の出来事も含めて、順番に話してやるのが一番いいと思う。
わしはこの足で惑星地球を全部で6回訪れたが、それぞれの訪問は違った事情でなされたものだ。
ではまず最初の降下のことから話そう。」

第15章 ベルゼバブ、惑星地球へ初めて降下する


ベルゼバブは話を続けた。
「わしがこの惑星地球へ最初に降下した理由というのは、我々の種族のある若者が不幸なことに地球の三脳生物と深い関わりを持つようになり、その結果ひどく馬鹿げた事件に巻きこまれてしまったからなのだ。
ある時、惑星火星のわしの家に、やはりそこに住んでいた我々の種族の者が何人かやってきて、次のように願い出た。
彼らによれば、身内の一人である若者が、火星暦でいう350年前に惑星地球へ移住してしまったのだが、つい最近その地球で、若者の親族である彼ら全員にとって非常に困った事件が起こったというのだ。彼らはさらにこう言った。

『我々親族は、惑星地球に住んでいる者もここ惑星火星にいる者も共に、最初はこの不愉快な事件を自分たちの力で処理しようとしました。しかしあらゆる方法を使って努力したにもかかわらず、今までのところ何一つうまくいっていません。
そしてついに、この不愉快な事件は我々の力だけではどうにも解決できないということを思い知らされまして、そこで、尊師様、あなたにお願いして、我々が陥っているこの窮状から逃れる道をお教えいただきたいと思い、こうして非礼をもかえりみず急いでやってきた次第でございます』

それから彼らは、彼らを襲った不幸というのがいかなるものであるか詳しく説明してくれた。
彼らの言ったことから判断すると、この事件はその若者の親族にとってだけでなく、我々の種族全体にとっても非常に困ったことになる可能性があった。
それでわしはその場ですぐに、彼らの陥っている困難を解決する手助けをすることに決めざるをえなかったのだ。
最初わしは惑星火星に残って彼らを助けようとした。だが、やがて火星からでは何一つ効果的なことはできないことがはっきりしてきたので、ひとつ自分で惑星地球に降下して、その場で何らかの解決法を見つけることにした。そう決めた翌日、わしは手近にあった必要なものをすべてもって宇宙船オケイジョンで地球へと飛んだのだ。
ここでもう一度言っておくが、この宇宙船オケイジョンというのは我々の種族の者がこの太陽系に送られる時に使われた宇宙船で、前にも言ったように、我々が惑星間を連絡・移動するのに使えるようにと残してあったのだ。
この宇宙船を常時係留しておく港が惑星火星にあり、またこれの最高の管理責任は、天がわしにお与えになっておった。
というわけで、わしはこの宇宙船オケイジョンで初めて惑星地球へと降下していった。
この最初の訪問の時、我々の宇宙船は、この惑星を襲った第二の大異変の際にその表面から完全に消滅した例の大陸の海岸に着陸した。この大陸は〈アトランティス〉と呼ばれており、当時は地球の三脳生物の大多数、及び我々の種族のほとんどがこの大陸に生存しておった。
着陸後わしはすぐに宇宙船オケイジョンを出て、この大陸にある〈サムリオス〉という名の都市に向かったが、そこはわしが地球に降下するそもそもの原因となった我が種族のあの不幸な若者が生存していた場所であった。
この〈サムリオス〉は当時非常に大きな都市で、この惑星地球上で最大の共同体の首都であった。
そしてこの都市に、この最大の共同体の首長である〈アポリス王〉と呼ばれる者が生存しておった。
あの若くてまだ経験もあまりない我々の仲間の者が巻きこまれた事件というのは、実はこのアポリス王に関係していた。
わしはこの〈サムリオス〉で、この事件に関する詳細を知ることができた。
つまりここでわかったのは、この事件が起きる以前、この我らが不幸な仲間は何らかの理由でアポリス王と親しくなり、よく彼の家に行っていたということだ。
聞いたところによると、我らの若き仲間がアポリス王の家を訪ねていた時、あることで〈賭け〉をしたのだが、これがこの事件のそもそもの発端になったらしい。
念のために言っておくが、アポリス王が首長になっておるこの共同体と彼が生存しているサムリオスの町は共に、当時地球上にあった共同体や都市の中でも最大かつ最も豊かであった。
それだけの富と栄華を維持するためには、当然のことながらアポリス王は多大のいわゆる〈お金〉と労働力を必要としたが、これらはどちらもこの共同体の普通の住民から取らなければならなかった。
ここで前置きとして言っておかねばならんが、わしがこの惑星に最初に降下していった当時、おまえが興味をもっておるそこの三脳生物たちの体内にはもはや
器官クンダバファーは存在していなかった。しかし彼らのうちのある者の体内では、この彼らにとっては極めて有害な器官の特性がもたらす諸結果が既に結晶化し始めていたのだ。
今話しているこの時代には、彼らの多くの体内でこの器官の特性の諸結果のうちの一つが完全に結晶化していた。その結果というのは、
器官クンダバファーそのものがまだ彼らの体内で機能していた時から既に現れていたことだが、彼らが引き受けた、あるいは上司から与えられた義務を自発的に遂行することを、いかなる〈良心の呵責〉も感じずに平気で怠ってしまうというものだった。逆にいえば彼らは、外部からの〈おどし〉や〈圧迫〉を恐れたり心配したりするという、ただそれだけの理由で義務を遂行しておったのだ。今話しておるこの事件の原因も、もとはといえば、彼らのある者の体内に既に完全に結晶化していたこの特性がもたらしたものだった。
もっと詳しく話してみよう。アポリス王は、信頼されて彼に託されたこの共同体の偉大さを維持するという自ら引き受けた義務を遂行するに当たっては極度に誠実な人で、労力も財力も一切惜しまなかった。同時に彼は、それと同じことを共同体のすべての住民に要求した。
しかし今も言ったように、王の臣民の何人かの体内では
器官クンダバファーの特性が既に完全に結晶化していたので、彼に託されたこの共同体の偉大さを維持するのに必要なものをすべての住民から引き出すためには、ありとあらゆる〈おどし〉や〈圧力〉を用いなければならなかった。
彼のとった方法は実に多岐にわたり、しかも理にかなったものだったので、〈臣民〉のうちであの特性が既に結晶化していた者でさえ彼には敬意を払わざるをえなかった。もっとも彼らは、もちろん聞こえないところでだが、〈恐ろしく狡猾な〉という形容詞をつけて彼の名前を呼んでおった。
さて坊や。アポリス王が彼に託された共同体の偉大さを維持するのに必要なものを臣民から引き出すために用いたこの手段は、なぜかしら我々の仲間の若者には不正なものに思え、それで、聞くところによると彼は、アポリス王が必要なものを手に入れるために考案した新しい手段の話を聞くたびにひどく憤慨し、落ち着きを失ったということだ。
そこである日、この王と話していた時、我らが種族の純朴な若者はどうにも抑えきれなくなって、アポリス王に面と向かって、王の臣民に対する〈非道な〉行いについての彼の意見と怒りの気持ちとをぶつけてしまった。
ところがこのアポリス王は、惑星地球で他人が関係のないことに鼻を突っこんできたりするとたいていの者がやるように癇癪を起こすこともなく、あるいは彼の衿首をつかんで外に放り出しもしないで、逆に自分の〈厳格さ〉について彼に話し始めたのだ。
彼らはかなり長い間話し合い、その結果生まれたのが他でもないこの〈賭け〉だ。つまり彼らはある合意に達し、それを紙に書いてそれぞれの血で署名した。
この同意書には、今後アポリス王は必要とするものを臣民から取り上げる時には、この若者が指定した手段しか使ってはならないという項目が含まれていた。
しかし同時に、もし臣民たちが万一、そこでの慣習上必要とされるものすべてを差し出さなかったとしたら、その時はこの若者が全責任をとって、この首都及び共同体全体の維持及びさらなる発展に必要なものをできるかぎりアポリス王の国庫に入れることを誓約したのだ。
そこでだな、坊や。アポリス王はさっそく次の日から、この同意に基づく自分の義務を極めて忠実に実行に移し始め、この国の統治そのものも我らが種族の若者の指示通りにやるようになった。ところが間もなく、こういった統治形態の結果は我らが単純君の期待していたものとは正反対のものであることが明らかになってきた
要するにこの共同体の臣民たちは、(もちろん主として
器官クンダバファーの特性の諸結果が既に体内で結晶化している者たちだが)アポリス王の国庫に要求されるものを払いこまなくなったばかりか、次第に以前差し出したものまでくすね取るようになったのだ。
さてそこでわれらが若者は、必要とされるものはすべて出すと約束し、さらにはこの約束に血の署名をした以上(ところでおまえは、我々の種族の者にとって義務を自発的に引き受けるということ、とりわけそれに血で署名するということがどういう意味をもつか知っておるかな?)もちろんすぐに国庫の不足分を補わなくてはならなくなった。
彼はまず自分のもっているものをすべて出し、それから、やはり惑星地球に住んでいた近親の者からも手に入れられるものはすべて差し出した。近親の者から取れるものを全部取ってしまうと、今度は惑星火星に住んでいる近親の者に援助を乞うた。
しかし間もなく惑星火星からの援助も尽きてしまったが、それでもサムリオス市の国庫はまだ不足しており、それどころかこの不足がいつ解消するかさえ定かでなかった。
事ここに至って、この若者の近親はみんなあわてふためき、わしのところへ助けを乞いにくることに決めたのだ。
というわけでだな、坊や。わしがこの町に着いた時には、この惑星に留まっていた我らの種族の者が、老いも若きも全員でわしを出迎えてくれた。
その夜さっそく会議が召集され、この窮状を打開する方法についての協議がなされた。この会議にはアポリス王その人も招かれたが、われらの種族の長老たちは既にこの問題に関して何度も彼と話し合いをしておった。
この第一回の全体会議の席で、アポリス王は次のような発言をした。

『公平無私な友人のみなさん! 私は今もちあがっている問題、及びそれがここにお集まりのみなさんに多大の困難をもたらしていることを非常に遺憾に思うものであります。さりとて、心底無念なことではありますが、これから生じるかもしれない困難からあなた方を救うことは私の力ではできそうにもありません。
どうか次のことをわかっていただきたいのです。我が共同体において何世紀にもわたって作り上げられ、組織されてきた政治機構は、現在既に根底から変化しており、これを旧来のものに戻すことはもう不可能になっています。むりやりこれをやれば重大な結果を招かずにはおかないでしょう。すなわち、我が臣民の大多数は激怒するでしょう。つまり現状では、今述べたような重大な結果を引き起こさないようにして、私一人で既成のものをくつがえすのは不可能なのです。ですから、正義の名においてみなさんにお願いしたいのですが、この問題を解決するのに力を貸していただきたいのです。
さらにいえば、私はあなた方を前にして自分自身をひどく責めています。というのも、この不幸な出来事には私自身大きな責任があるからです。なぜ私に責任があるかと申しますと、私は当然こういった事態を予測すべきだったからです。なぜといって私は、賭けの相手であるあなた方の近親者、すなわちご存じの同意書をとりかわしたあの若者よりもずっと長くこんな状態の中で生存してきたからです。
本当のところをいえば、この若者がたとえ私よりずっと高い理性をもっていたとしても、こういった状態に私ほどには慣れていない彼を、このような事態に巻きこまれる危険にさらしたこの私を、われながら赦すことができないのです。
もう一度私はあなた方全員と、とりわけ尊師様にお赦しを乞うと同時に、この窮状からの脱出口を何とか見つけられるよう、どうか私をお助け願いたいのです。
こんな現状ですから、私はあなた方が指示されることなら何でもやる所存です。』

我々はその夜、アポリス王が帰っていった後で、我々の中から何人かの経験豊かな長老を選び出し、彼らが、やはりその夜のうちに、あらゆるデータを慎重に考慮した上でこれからの大まかな活動計画を作るということにした。
選出された者以外はそこで解散したが、翌日の夜もやはり同じ場所で集まることにした。ただしこの2回目の会合にはアポリス王は招待されなかった。
翌日我々が集まった時、前夜選出された長老の一人がまず次のような報告をした。

『我々は昨夜一晩、この悲しむべき出来事に関するあらゆるデータを詳細に考慮し、検討した結果、満場一致で次のような結論に至りました。まず第一に、旧来の統治形態に戻るほかに解決法はないということです。
さらに、これも我々全員が同意したことですが、旧来の統治形態に戻そうとすれば必ずやこの共同体の市民の反発を招きそしてもちろん、このような状態になると近年地球では必ず生じる様々な結果が付随的に起こってくるでしょう。そしてそうなると当然、これもここでは当たり前のことになりましたが、この共同体の多くのいわゆる〈権力者たち〉がひどく苦しむことになり、それどころか完全に破滅する可能性さえあります。またそれ以上に、アポリス王その人がこのような運命から逃れられるとは考えられません。
そこで我々は、もしできることなら、少なくともアポリス王一人だけでも、このような不幸な結末から逃れられるようにできないものか?と思案したのです。なぜ、ぜひともそうしたかったかというと、昨夜の全体会議でアポリス王は実に気さくに、腹蔵なく我々に話されたので、我々としても、万一彼が苦しむようなことがあれば非常に残念であるからです。
というわけで、いろいろ考えてみた結果、次のような結論に達しました。もしこのような反発が起こった場合、アポリス王が危険を避ける唯一の道は、この共同体の反抗的な者たちの怒りの矛先を王自身に向けさせるのではなく、彼のまわりにいるいわゆる〈閣僚〉と呼ばれる者たちに向けさせることです。
そこで我々の間に次のような疑問が起こりました。いったい王の側近の中で、自ら喜んでこのような危険を引き受ける者がいるだろうか?と。
我々は疑問の余地なく次のような結論に達しました。すなわち、彼らは絶対にそんな危険を引き受けるわけがない。なぜなら彼らは、この問題の全責任は王一人にあるのだから、王自身でその後始末をしなくてはならないと考えているに違いないからです。この結論に達した結果、我々は満場一致で以下のことを決定しました。
すなわち、この必然的に予期される出来事からアポリス王だけでも救い出すために、我々は王自身の同意を得た上で、この共同体の重要な地位に就いているすべての者たちを我々の種族の者に取って代わらせ、そしてこの集団〈精神錯乱〉が最高潮に達した時には、我々の種族の者はこの予測される結末をそれぞれに引き受けなければならない、ということです。』

この選出された者の報告が終わると同時に我々の意見は固まった。つまりこの長老たちが助言したとおりのことを実行するということで、全員が一致したのだ。
そこで我々はまず長老の一人をアポリス王のところへ送ってこの計画を知らせた。すると彼もこれに同意し、もう一度前の約束、つまり我々の言うことであれば何でもやるというあの約束を繰り返した。そこで我々はこれ以上事態を長引かせないことに決め、さっそく翌日から全役人を我々の種族の者に取って代わらせ始めた。
しかし2日後に、惑星地球に住んでいる我々の種族だけではこの共同体の全役人に取って代わるには数が足りないことが判明し、そこで我々は直ちにオケイジョンを惑星火星に送って我々の仲間を連れてくることにした。
その間にも、アポリス王は我々の二人の長老の指導のもとに、様々な口実を用いて、まずは首都サムリオスのあれやこれやの役人を我々の仲間の者に交替させた。
数日後、宇宙船オケイジョンが我々の種族の者を連れて惑星火星から戻ってくると、地方でも同様の交替が行われ、間もなくこの共同体全域のいわゆる重要な地位はすべて我々の種族の者で占められるようになった。
このようにしてすべての交替が終わると、アポリス王は、やはり我々の長老の指導を受けながら、共同体統治のための以前の法律を復活させる仕事を始めた。
すると、この旧来の法律を復活させた最初の日から、予期したとおりその影響は、有害な
器官クンダバファーの特性の諸結果が既に強固に結晶化している者たちの間にはっきり現れ始めた。
そんなわけで、予想通り不満は日増しに募っていき、それから間もないある日ついに、それ以後ずっと間欠的に地球の三脳生物だけが起こすことになる彼ら特有のもの、すなわち現在彼らが〈革命〉と呼んでいるものが起こったのだ。
この革命期間中に(これもまたわれらが大宇宙に生じた特異な現象であるこの三脳生物特有のものになったことだが)彼らは何世紀にもわたって蓄積されてきた膨大な財産を破壊し、その過程で、やはり何世紀もかけて獲得されてきたいわゆる〈知識〉の大部分も台無しにされて永久に失われ、そればかりか、彼らと同類の者のうち、
器官クンダバファーの特性の諸結果から自由になる方法を偶然に見つけた者たちの生存も、同様に破壊されてしまったのだ。
ここで一つの実に驚嘆すべき、しかも比べるもののない事実に注目しておくのは何よりも興味深いことだろう。それは何かというと、後世に起こったこの種の革命においても、地球の三脳生物のほとんどすべて、あるいは少なくともこのような〈精神錯乱〉に陥った者の圧倒的大多数が、やはり同様に、不幸にも彼らの祖先に植えつけられた悪しき器官である
クンダバファーの特性が体内に結晶化した諸結果から多少とも自由になる道を何らかの方法で見つけ出してその道を歩み始めている者たちの生存を、やはりこれも何らかの理由で、常に破壊してきたという事実だ。
というわけでだな、坊や。今話しているこの革命が進行している間、アポリス王はサムリオス市の郊外にある宮殿の一つに避難しておった。
誰も王を非難する者はいなかった。というのも、我々の種族の者が巧みに情報を流して、全責任はアポリス王にではなく、彼をとりまいている者、すなわち彼ら流にいえば彼の閣僚たちにあるということにしてしまったからだ。それどころか、一度はこの精神錯乱に陥った者たちまでが心から彼らの王を憐れみ、〈悲しみに暮れ〉てこう言うようになった。こんなとんでもない革命が起こったのは、元はといえば、彼らの〈哀れな王〉をとりまく臣下どもが非道な情け知らずの者たちだったからだ、と。
それで、この革命の精神錯乱が完全に静まってしまうのを待ってアポリス王はサムリオスヘ帰り、ここでもまた我々の長老の助けを借りて、徐々に要職についている我々の種族の者たちを、まだ生き残っていた彼の昔の臣下たちや、あるいは他の臣民の中から全く新たに選んだ者たちと交替させたのだ。
アポリス王の臣民に対する以前の政策がこうして再び定着すると、この共同体の市民も以前のように国庫にお金を払い、またその他何によらず王の指示に従うようになったので、この共同体はすっかり以前の調子と活力を取り戻した。
さて、この事件のそもそもの原因となったあの純朴でかわいそうな若者はどうしたかといえば、この惑星は彼にとってはあまりにもひどい状態だということがよくわかったので、もうそこに留まる気にはなれず、結局我々と一緒に火星に帰ったのだ。
そして後には、我々の種族の者たち全員のすばらしい保安官になったのだよ。」


第16章
 時間の相対的理解

しばらく間をおいてからベルゼバブは続けた。
「わしの思うには、おまえが興味をもっておる惑星地球に生息する三脳生物についてさらに話を続ける前に、おまえは、彼らの精神の奇妙さと、それにこの奇妙な惑星に関することを全般的にもっとよく理解するために、まず何をおいても彼らの時間計測法、およびこの惑星の三脳生物の体内では、いわゆる〈時間の流れのプロセス〉に対する感覚がどのように徐々に変化してきたのかについて、そしてまた、現代の三脳生物の体内では現在、このプロセスはどう流れているのかを正確に知っておくことがどうしても必要だ。
なぜこれを明確にしておかなくてはならないかというと、それがはっきりわかった時に初めておまえは、わしがこれまで話した、またこれから話すつもりでいる地球での出来事を明瞭に理解することができるようになるからだ。
まず知っておかなくてはならないのは、この惑星の三脳生物は時を定義するために、時間計測法の基本単位として、我々と同じく〈年〉を使い、そしてこの〈年〉の長さは、これも我々と同様、他のある特定の宇宙凝集体との関連における自分たちの惑星のある運動に要する時間によって定めておる。つまり彼らは、自分たちの惑星がその運動の間、すなわち〈降下〉と〈追いつき〉のプロセスを行う間に、太陽との関係において〈
クレントナルニアン回転〉と呼ばれるものを行うのに要する時間を〈年〉と定めているのだ。
これは我々の惑星カラタスでの〈年〉の計測法とよく似ている。つまり我々は、太陽〈
サモス〉が太陽〈セロス〉に最も近づく時点から、次の最接近時までの期間を1〈年〉としている。
また地球の生物は、この〈年〉を100集めたものを一〈世紀〉と呼んでいる。
さらに彼らはこの〈年〉を12の部分に分割し、その各部分を〈月〉と呼んでおる。
この〈月〉の長さを定めるに当たって、彼らはあの大きな破片、すなわち以前に彼らの惑星から分離し、今では月と呼ばれているものが、やはり同じく〈降下〉と〈追いつき〉と呼ばれる宇宙法則に従って、彼ら自身の惑星に対して行う〈
クレントナルニアン回転〉を一回完了するに要する期間を使っている。彼らはさらにこの〈月〉を30のダイアーニティに分け、通常これを〈日〉と呼んでおる。
そして彼らはこの
ダイアーニティを、彼ら自身の惑星が今言った宇宙法則に従って〈完全な自転〉をやり終える期間としている。
ついでに次のことも覚えておきなさい。前にも話したように、〈
イルノソパルニアン〉と呼ばれる宇宙プロセスが実現しているすべての惑星でと同じように、彼らもまた、
〈トロゴオートエゴクラティック〉プロセス(われわれはこれを〈クシュタツァバハ卜〉と呼んでいる)が彼らの惑星の大気圏内で進行している期間を〈昼〉と呼んでおり、またこの宇宙現象を〈昼光〉とも呼んでおる。
これと対極的なプロセス、つまり我々が〈
クルダトザハ卜〉と呼んでいるものを彼らは〈夜〉と呼び、その状態をを形容する時には〈暗い〉と言っておる。
というわけで、惑星地球に生息する三脳生物は、時間の流れに関する最も長い単位を〈世紀〉と呼び、そして1〈世紀〉は100〈年〉である。
また、1〈年〉は12カ〈月〉。1〈月〉は平均30日、つまり30
ダイアーニティ
さらに彼らは1
ダイアーニティを24〈時間〉に分割し、そして1〈時間〉を60〈分〉に分割している。
そして1〈分〉を60〈秒〉に分割しているのだ。
しかしだな、坊や。おまえはまだ一般に、この時間という宇宙現象の極めて例外的な特殊性を知らないのだから、まず何よりも、真正なる客観科学がこの宇宙現象を次のように定義していることを知っておかねばならん。
時間それ自体は存在していない。存在するのはただ、ある場所で起こるすべての宇宙現象から生じる結果の集積だけだ
時間そのものは、いかなる生物もこれを理性によって理解することはできず、またどんな外的な、あるいは内的な機能を用いてもこれを感じることはできない。それどころかこれは、多少とも独立した宇宙凝集体すべての中で生まれ、その中に存在している本能のいかなる段階をもってしても感知することはできない。
時間を判定することが可能なのは、同一条件の下にある同一の場所で生じる真の宇宙現象同士を比較する時だけで、つまりその時だけ、時間を確認し、考察することができるのだ。
次のことも知っておく必要がある。すなわち
大宇宙では、一つの例外もなくすべての現象は、どこで生起し発現したものであろうと、。もともと〈至聖絶対太陽〉に生じたある一個の包括現象が合法則的かつ連続的に断片化していった〈小部分〉にすぎないということだ
だからあらゆる宇宙現象は、どこで起こるものであろうとすべて〈客観性〉の感覚を帯びておる。
そして合法則的、連続的に断片化していくこれらの〈小部分〉は、主要な宇宙法則である
聖〈ヘプタパラパーシノク〉のおかげで、あらゆる点において、またその退縮や進展という意味においても現象化するのだ。
ところが時間にだけは、この客観性という感覚がない。というのも、これは宇宙現象が断片化した結果生まれたものではないからだ。そもそもこれは何かから生じてくるものではない。そうではなくて、これは常にあらゆるものと混じり合って、自己充足的に独立したものとなる。だから宇宙広しといえども、〈理想的に唯一無比の主観的現象〉と呼んで賞揚することができるのは時間だけなのだ。
というわけでだな、坊や。この時間(時には〈
ヘローパス〉と呼ばれることもある)だけが、その誕生をいかなる源泉にも頼らない唯一のものなのだ。これはちょうど、前にも言ったように、〈神の愛〉と同様、常にそれ自体で独立して流れ、そしてわれらが大宇宙のある場所のある生成物の中で起こるすべての現象と調和を保ちつつ混合するのだ。
ここでもう一度言っておくが、前に約束したように、もう少ししてから世界創造と世界維持に関する根源的法則を十分に説明してやるつもりだが、その時に初めて、今話したことを明確に理解できるようになるだろう。
今のところは、次のことも併せて覚えておきなさい。時間はその誕生の源泉を一切持たず、またすべての宇宙圏内のあらゆる宇宙現象と同じく、確固たる存在体を確立することができない。そのためさっき話した客観科学は時間を計測するためにある標準単位を用いているが、この単位は、われらが大宇宙のあらゆる場所、あらゆる圏内に一般に存在するすべての宇宙物質の(それが発する振動の活性度という意味での)密度と質とを正確に測定するために使われているものとよく似ている。
そして時間を定義するこの標準単位は、遙か以前から、
聖なる〈エゴコールナツナルニアン感覚〉と呼ばれるものの一瞬間であった。この感覚は、われらが《単一存在の永遠なる主》の御姿が空間に導き出され、そして至聖絶対太陽に居住する至聖宇宙個人の存在体に直接ふれる時に必ず彼らの中に生じるものだ。
この標準単位は、意識的な個人一人一人の主観的感覚のプロセスの各段階間の違い、それにまた、種々様々な客観的宇宙現象、つまり我々の大宇宙の様々な圏内で発現し、同時に、大小を問わずあらゆる宇宙生成物を生み出す宇宙現象がもっている、いわゆる〈多様なテンポ〉と呼ばれるものの各段階間の違いを明確にし、そして比較することを可能にするために作られたのだ。
様々な大きさの宇宙生成物の体内における時間の流れのプロセスの主な特徴は、すべての生成物はこれを同じように、同じ順序で知覚するということだ。
今わしが言ったことをほんのおおまかにでも理解できるように、一例として、そこのテーブルの上にある水差しの水一滴の中で進行している時間の流れのプロセスについて考えてみよう。
水差しの水一滴はそれ自体で一つの完結した独立世界を形成している。すなわち〈
ミクロコスモス〉の世界だ。
そんな小さな世界の中にも、他のコスモスと同じように、比較的独立した極微の〈個体〉あるいは〈生物〉が誕生し、そして生存しておる。
この極微の世界の生物にとっても、時間は、他のコスモスのすべての個体が感じているのと同じ順序で流れている。この極微の生物も、他の様々な〈規模〉のコスモスの生物と同じく、何かを知覚したり行動したりする時の時間的な長さをはっきりと経験しているのだ。そればかりか彼らは、自分のまわりの現象の継続時間を比較することによっても時間の流れを感じておる。
他のコスモスの生物と全く同様に、彼らもまた誕生し、成長し、いわゆる〈性的生成物〉と呼ばれるものを生み出すために結合しては別れ、それにまた病気になって苦しむこともある。そしてついには、客観理性が体内に確立されていないすべてのものと同じく、永久に朽ち果ててしまう。
この最小の世界にいる極微の生物の全生存プロセスにとっても、ある一定の長さの時間は、ある〈宇宙的規模〉で現出する周囲の様々な現象から生じてくるのだ。
つまり彼らにとっても、誕生と成育のプロセスのためと同時に、最終的な消滅に至る生存プロセスの中で起きる様々な出来事のためにも、ある一定の長さの時間が必要だということだ。
この一滴の水の中にいる生物の生存プロセスの全行程においても、それ相応の長さの連続的な時間の流れの、いわゆる〈通路〉というものが必要だ。
彼らの喜びにとっても悲しみにとっても、要するに、いわゆる〈不運続き〉とか〈自己完成に対する渇望の期間〉なども含めて、必要不可欠なあらゆる経験をするためには一定の時間が必要なのだ。
もう一度言うが、彼らの中でも時間の流れのプロセスは調和のとれた順序をもっており、そしてこの順序は彼らの周囲で起きるすべての現象の総体から生じるのだ。
一般的にいって、前に話した宇宙個人と、すでに完全に形成されているいわゆる〈本能化された〉構成単位とは、時間の流れのプロセスの長さを全く同様に受け止めて知覚するのだが、唯一の違いは、これら宇宙生成物のその時々の存在や状態の相違から生じてくるのだ。
しかし次のことにも留意しておかなくてはならん。各々独立した宇宙構成単位の中に生存する各個体がもっている時間の流れの定義は、一般的にいって客観的なものではないが、にもかかわらずそれは、彼らが客観的な感覚を身につける助けになっておる。というのも、彼らは自分の存在の完成度に応じて時間の流れを知覚するからだ。
さっき例を引いた一滴の水が、ここでもわしの言っていることを明瞭に理解する上で役に立つだろう。
普遍的な宇宙的客観性という観点から見れば、一滴の水の中での時間の流れのプロセスの全期間はその水滴全体にとっては主観的なものであるのに、その水の中に生存する生物は、同じ時間の流れを客観的なものとして知覚する。
これをはっきりさせるには、おまえが興味をもっている惑星地球の三脳生物の間に生存している〈憂うつ症患者〉と呼ばれる者たちがちょうどいい例になるだろう。
この地球の憂うつ症患者たちにとっては、時間は無限にゆっくりと、しかも長く続くように思え、彼らの言い方を借りれば、〈恐ろしいほど退屈にダラダラと続く〉ということになる。だから、時によれば全く同様に、一滴の水の中に生存する極微の生物のあるものにとっても(もちろんこれは彼らの中にも同種の憂うつ症患者がたまたま発生したとしての話だが)時間がひどくノロノロと、〈恐ろしいほど退屈に〉ズルズル続くと感じられることがあるかもしれん。
しかし実際には、惑星地球のおまえのお気に入りたちが時間の長さを感じる観点からすれば、〈
ミクロコスモス生物〉の生存期間は彼らの時間計測法によればほんの数〈分〉、いや時には数〈秒〉のことさえあるのだ。
さて、時間というものの特殊性をさらにはっきり理解するためには、おまえの年齢と、惑星地球に生存する生物のそれに相応する年齢とを比較してみるのがいいだろう。
この比較を行うには、前にも話した客観科学がこの種の時間計測に使用している標準単位を使わなくてはなるまい。
まず次のことを心に留めておきなさい。いつか適当な時が来たら、わしは世界創造と世界維持の根源的法則を特別におまえに説明してやるつもりだが、それを聞けばおまえもあるデータについて知ることができるだろう。このデータによれば、客観科学は、すべての正常な三脳生物(その中にはもちろんわれらが
惑星カラタスに誕生した生物も含まれておる)が、時間を定義するにあたって、聖エゴコールナツナルニアン活動を、至聖絶対太陽に居住している聖なる個人がこの同じ活動を感じるよりも49倍ゆっくりと感じるように定めたのだ。
したがって我々カラタスの三脳生物にとっては、時間の流れのプロセスは絶対太陽におけるよりも49倍速く流れ、同様に惑星地球に生息する生物にとってもそうなのだ。
計算の結果、次のことも判明した。
惑星カラタスで1〈年〉と考えられている時間の流れの期間、すなわち太陽〈サモス〉が太陽〈セロス〉に最も近づく期間中に、惑星地球はその太陽〈オルス〉に対して389回の〈クレントナルニアン回転〉を行う。
これから次のことがわかる。つまり慣習的な客観的時間計測法によると、我々の1〈年〉は、おまえのお気に入りたちが1〈年〉と考え、そう呼んでいる時間の長さより389倍長いということだ。
これもおまえには興味があるかもしれんが、今話したような計算の一部は、宇宙の大技術長官、つまり測定閣下である
大天使アルガマタントに説明していただいたのだ。
彼が
聖アンクラッドにまで高められますように……。
彼がこれを説明してくださったのは、惑星地球に最初の大きな不幸が起こって、彼が第三次最高委員会の聖なるメンバーの一人として惑星火星に来られた時のことであった。また別の旅行の際にもわしは、
宇宙連絡船オムニプレゼントの船長と親しく話す機会をもったが、船長もこれに関して部分的にわしに説明してくれた。
さて、おまえはさらに、
惑星カラタスに誕生した三脳生物として次のことも知っていなくてはならん。今はまだおまえは12歳の子供で、存在と理性という点に関しては惑星地球の12歳の子供と全く同じ、つまりまだ十分には形成されておらず、自分自身を認識してもいない。しかし地球の三脳生物もすべて、この年齢というものを通して成長のプロセスをたどり、そして信頼しうる生物の持つべき存在を獲得するのだ。
おまえの精神全体のもっている〈性質〉、つまり〈性格〉とか〈気質〉とか〈性向〉とか呼ばれているもの、要するにおまえの精神が外に向かって発現する際に持つ全特徴は、未成熟で柔軟な地球の12歳の子供のそれと全く同じなのだ。
そこで、今言ったことから次のようなことがわかる。つまり、我々の時間計測法によれば、おまえはまだ惑星地球でいう12歳の子供で、未形成で自己認識というものもまだもっていないが、時間の流れに対する彼らの主観的な感じ方と理解の仕方によるならば、おまえはもう12歳ではなく、つまり彼らの時間計測法によれば、なんと4,668年も生存してきたことになる。
さて以上のことがわかれば、以下の疑問に答える材料を聞く準備ができたことになる。その疑問というのは、彼らの通常の平均的生存期間が徐々に短くなり始め、今ではもう、客観的見地からすればほとんど〈無〉に等しくなっているという状況を生み出した要因は何か?ということだ。
厳密にいうと、この不幸な惑星の三脳生物の平均的生存期間が徐々に低下(最終的にはこの生存期間は〈無〉になってしまうのだが)してきた原因は、一つではなく、様々な原因が入り組んでおる。
それら様々な原因の中でも第一に挙げられるものはもちろん、自然が徐々に彼らの身体を、今彼らがもっているようなものに変えざるをえなかったということだ。
公正を期すためにぜひとも強調しておかなくてはならないが、もしこの第一の原因が生じなかったならば、他の諸原因がこの不幸な惑星上で発生することは決してなかったであろう。つまり、少なくともわしの見るところでは、それらはすべて、もちろん非常にゆっくりとではあるが、その第一原因から生じてきたのだ。
これについては、三脳生物に関するこれから先の話を聞くうちに理解できるようになるだろう。そこで今は、この第一の主原因、すなわち、なぜ、またどのような経緯で大自然は彼らの身体を再吟味し、そして今あるような新しいものに造り変える必要に迫られたのか?ということについてだけ話しておこう。
まず言っておかねばならんが、
一般的にいってこの宇宙には、生物の生存期間には2〈種類〉、あるいは2つの〈原理〉がある
生物の生存に関する第一の種類、あるいは第一の〈原理〉は、〈
フーラスニタムニアン〉と呼ばれるもので、これはわれらが大宇宙の惑星に誕生したすべての三脳生物の生存にふさわしいものだ。そしてこれらの生物の生存の根源的な目的と意味は、彼らを通して、〈汎宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセス〉と呼ばれるものに必要な宇宙物質を変容させなくてはならないというところにある。
一方、一脳および二脳生物全般は、どこであろうとその誕生した場所で、生存の第二の原理に従って生存する……。
これらの生物の生存の意味と目的も、やはり彼らを通して宇宙物質を変容させることにあるのだが、ただしそれは汎宇宙的な性格をもつ目的に必要な宇宙物質ではなく、これら一脳および二脳生物が誕生した惑星を含む太陽系にとって、いや、時にはその惑星そのものにとってだけ必要な宇宙物質を変容させることなのだ。
ともかく、おまえが興味をもっているこの三脳生物の精神がいかに奇妙なものであるかをさらにはっきり理解するためには、次のことも知っておかなくてはならん。すなわち、
器官クンダバファーがその特性共々彼らの身体から除去された当初は、彼らの生存期間も〈フーラスニタムニアン〉原理に完全に従っておった。つまり彼らは、〈ケスジャン体〉と呼ばれるものが彼らの体内に形成され、理性によってそれが完成されるまで生存するよう定められておったのだ。もっとも後になると、彼らはこの彼ら自身の一部を(ついでに言っておけば、現代の人間たちはこれを噂でしか聞いたことがないのだが)〈アストラル体〉と名づけるようになった。
それでだな、坊や。後になると、彼らは恐ろしく異常な、つまり三脳生物に全くふさわしくない形で生存するようになり(その理由はこれから先の話でわかるだろうが)、
そのため彼らは、一方では彼らの惑星から分離した破片を維持するために自然が必要としている振動を発することをやめ、もう一方では、彼らの奇妙な精神の主要な特徴のゆえに、彼らの惑星にいる他の形態をもった生物を破壊し始めた。これら2つのことから、今言った目的のために自然が必要としている源泉の数が次第に減り始め、そのため自然は徐々に、第二の原理、すなわち〈イトクラノス〉原理に従ってこれら三脳生物の身体を造り変える必要に迫られていった。言いかえると、自然が、質と量に応じて必要とされている振動の均衡を保つために一脳および二脳生物を造り出しているのと同じ方法で三脳生物も造り出さざるをえなくなったのだ
〈イトクラノス〉原理の意味については、またいつか特別に時間をとって説明してあげよう。
今のところは次のことを覚えておきなさい。この惑星の三脳生物の生存期間が短縮したことの根本的な理由は、彼らに関係のない原因から生じたのではあるが、とはいえそのような悲しい結果が生じ、またとりわけそれが現在まで続くそもそもの原因となったのは、彼ら自身が作り出した極めて異常な外的生存状態にほかならない。そんな状態であるために、彼らの生存期間は現在に至るまでどんどん短くなってきており、今ではとうとう、宇宙全体に存在する惑星の三脳生物の生存プロセスの長さと惑星地球の三脳生物の生存プロセスの長さとの差は、彼らの本来の生存期間と、先ほど例に挙げた一滴の水の中の極微の生物の生存期間との差に等しいものになってしまっておる。
以上の説明でわかったと思うが、時間すなわち最も偉大なる
ヘローパスも、この不運な惑星地球に誕生し、生存している哀れな三脳生物の体内に、明らかに不条理なものを生み出さざるをえなくなったのだ。
これまでの説明からおまえは、
ヘローパスはたしかに無慈悲ではあるが、常に、またあらゆることにおいて公正であることが理解できたであろう。」
ここまで話すとベルゼバブは黙りこんでしまった。そして次に口を開いた時には、深いため息がもれた。
「ああ……かわいい坊や! わしはこれから、この不幸なる惑星地球の三脳生物についてもっとおまえに話してやるつもりだが、それを全部聞いた時には、おまえもすべてを理解し、何事においても自分の意見を持てるようになるだろう。
おまえもやがてはっきり理解するようになるだろうが、現在この不幸な惑星地球を支配している大いなる混沌を生み出した根本的な原因は、たしかに天からやってきた、すなわち様々な聖なる個人の〈予見不足〉から生じたものではあるが、しかしそこから生まれた悪をさらに増長させた主たる原因は、地球の三脳生物が徐々に形成し、今もなお形成し続けているあの異常な生存状態なのだ。
それはともかくだな、坊や。このおまえのお気に入りたちをもっとよく知るようになれば、もう一度言っておくが、この不幸な者たちの生存期間は、われらが宇宙全体に生息するあらゆる種類の三脳生物のために遙か昔に法則として確立された正常なる生存期間と比べると、なんと哀れなほどに短いかということを明瞭に理解できるようなるであろう。いやそればかりか、全く同じ理由から、これら不幸な者たちの体内からは、宇宙現象に対する正常な感覚はいかなるものであれ徐々に消滅していき、今では完全になくなってしまっているということもわかってくるだろう。
この不幸な惑星の生物は、慣習的な客観的時間計測法によればずいぶん昔に誕生したのだが、にもかかわらず彼らは、われらが宇宙全体に生息するすべての三センター生物が当然もっておるべき宇宙現象に対する感覚をいまだに全くもっていない。いやそれどころか、そういった現象を生み出す真の原因に対するごく初歩的な理解力さえ、この不幸な者たちの理性の中には芽生えていない。
実際彼らは、この惑星上の自分たちのまわりで起こる宇宙現象でさえ、ほぼ正確に理解することもできないのだ
。」

第17章 恐ろしく馬鹿げたこと:ベルゼバブの主張するところによれば、我々の太陽は熱も光も発していない

「かわいいハセインよ、われらが大宇宙全体に生息するすべての三脳生物が当然持っているべき〈現実の本能的感知〉と呼ばれる機能は、惑星地球に生息する三センター生物、とりわけ最近の時代の生物の体内からは完全に消滅しているのだが、それがどれほど徹底的であるかをおおまかに把握するためには、地球上で定期的に生じる宇宙現象、すなわち彼らが〈日光〉〈闇〉〈熱〉〈寒さ〉等々と呼んでいる現象の原因を彼らがどのように理解し、説明しているかを知るだけで十分だろう。
この惑星の三脳生物のうち、責任ある存在の年齢に達した者は一人の例外もなく全員が、いやそればかりか、〈科学〉という名でそこに存在している実に種々雑多な〈知ったかぶり〉までもが、こうした現象はすべて完全に、いわば既成のもので、彼らの太陽から〈ま・っ・す・ぐ・に〉自分たちの惑星にやってくると全面的に信じこんでおる……。
ムラー・ナスレッディンに言わせれば、さしずめ『これについてはもうゴタゴタ言うことはない』とでも言わんばかりにだ。
これに関して最も奇妙なことは、
第二トランサパルニアン大変動以前に生存していた何人かの人間を除いて、彼らのうちただの一人も、この確信に対していかなる疑問も抱いてこなかったということだ。
彼らのうちのただの一人も、いかに奇妙なものとはいえ、ともかく健全なる論理といくらかは似たところのある理性をもつ存在でありながら、こういった現象の原因に関してこれまで一度として疑いをもったことがない。そればかりか、これらの宇宙現象に関しては、誰一人として、この惑星の三脳生物の精神に特有のものとなった奇妙な特性を行為に移す者もいない、つまり〈空想をたくましくする〉者もいなかったのだ。」
ここまで話すとベルゼバブはしばらく口をつぐみ、それから苦々しげな微笑みを浮かべて次のように話を続けた。
「例えばおまえは、三脳生物として正常な身体をもっており、その身体の中には、外部から意図的に、〈
オスキアーノ〉、あるいは地球流にいえば〈教育〉というものが〈植えつけられて〉おる。そしてそれは、《単一存在なる主》と、彼の側近の至聖個人の戒律と指示だけを基礎とした道徳の上に打ち立てられたものだ。しかしもし万一、惑星地球の三脳生物のところに行く機会があるならば、おまえは体内に〈ネルヒトロゴール〉というプロセス、すなわち地球での言い方を借りるなら、〈抑えきれない内的な笑い〉と呼ばれるプロセスが生じるのをどうにも押しとどめることができないだろう。つまりもし何かのきっかけで突然彼らが、〈光〉とか〈闇〉とか〈熱〉などといったものは何一つ、彼らの太陽から彼らの惑星にやってきてはいないこと、さらには、〈熱と光の源泉〉と彼らが勝手に決めこんでいるものは、ちょうどわれらが深く敬愛するムラー・ナスレッディンの〈毛のない犬〉のように、ほとんどいつも凍りつくほど冷たいものであることをいかなる疑いも差し挟まずにはっきりと感じ、理解するようなことにでもなれば、おまえはきっと今言ったような笑いを我慢することができなくなるだろう。
事実、彼らの〈熱の源泉〉は、われらが大宇宙にあるすべての普通の太陽と同じく、恐らくは彼らが〈北極〉と呼んでいる場所の表面よりもさらに厚い氷で覆われていよう。
実際この〈熱炉〉は、他の惑星、とりわけ、たとえ自分の系に属してはいても、その全体的有機的連関性から分離してしまった結果〈バランスの崩れた怪物〉になり下がり、今ではこの哀れな
〈オルス〉系にとって〈癪に障る面汚し〉となっているようなこの惑星に自分の熱の一部を送り出すくらいなら、たとえわずかでも、別の〈宇宙物質〉の源泉から熱を借りてくるほうがましだと思うだろう

しかし坊や、おまえ自身はどうだ。一般的にいって、ある惑星の大気圏内で
トロゴオートエゴクラティック・プロセスが進行中に、なぜ、またどのようにして〈クシュタツァバハ卜〉〈クラダザハト〉〈タイノレール〉〈バイシャキール〉等々の現象、すなわちおまえのお気に入りたちが〈日光〉〈闇〉〈寒さ〉〈熱〉等々と呼んでおる現象が生じるか知っておるかな?」と、ベルゼバブはハセインに尋ねた。
「もしはっきり理解していないのなら、少し説明しておいてあげよう。
前に、もう少ししたら世界創造と世界維持の根源的法則に関するすべてのことを詳細に説明すると約束しておいたが、ちょうどここでこれらの宇宙法則に簡単にでもふれる必要が生じたから、この機会に説明して、約束をこれ以上先に延ばさないことにしよう。今話していることをおまえがちゃんと把握するために、またこれまでに話したことをおまえの体内で正しく肉化するためにも、この説明はどうしても必要なのだ。
まず最初に言っておかねばならないのは、宇宙のありとあらゆるもの、すなわち、意図的に創造されたものも、後に自動的に誕生したものも含めたすべてのものは、〈
汎宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセス〉と呼ばれるものを唯一の土台として存在し、また維持されているということだ。
この最も偉大なる汎宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセスは、われらが《慈悲深き永遠なる創造主》が、今も昔も主要な居住地とされているわれらが最も偉大なる至聖絶対太陽が存在するようになった頃に、このわれらが《永遠なる単一存在》によって生み出された
誕生し、存在するすべてのものを維持しているこのシステムは、存在するすべてのものの間の〈物質交替〉、あるいは〈相互扶養〉と呼ばれるものを宇宙の中で進行させ、それによって無慈悲なる〈ヘローパス〉が絶対太陽に悪しき影響を及ぼすのを防ぐために、われらの《永遠なる創造主》がお造りになったのだ
この最も偉大なる
汎宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセスは、常に、またすべてのものにおいて、2つの根源的宇宙法則を基盤にして作動している。その法則の1つは〈根源的・第一等級・聖ヘプタパラパーシノク〉、もう1つは〈根源的・第一等級・聖トリアマジカムノ〉と呼ばれておる。
この2つの根源的な聖なる宇宙法則によって、ある条件の下では、まず〈
エテロクリルノ〉と呼ばれる物質から〈結晶体〉と呼ばれるものが生じる。後になるとこの結晶体から、やはりある条件の下においてだが、大小様々の、程度の差こそあれ独立した特定の宇宙形成物が生まれる。
そしてまさにこれら特定の宇宙形成物の中、あるいは上で、すでに形成された凝集体や、また今言った結晶体の退縮および進展と呼ばれるプロセスが、もちろんこの2つの根源的な聖なる法則に従って起きる。そして大気圏内で起こるこれらのプロセスから得られたすべての結果は、この大気そのものによって混ぜ合わされ、さらには最も偉大なる
汎宇宙的トロゴオートエゴクラットの目的に必要な〈物質交替〉を実現する。
エテロクリルノというのはこの宇宙全体を満たしている根源物質で、存在するすべてのものの誕生と維持の基盤となるものである
このエテロクリルノは、一つの例外もなく大小すべての宇宙凝集体の誕生の基盤であるばかりでなく、一般にあらゆる宇宙現象が生じるのは、この根源的宇宙物質の中で何らかの変容が起きている時、および様々な結晶体の(あるいはおまえのお気に入りたち流にいえば活性元素の)退縮と進展のプロセスが進行している時であるのだ。そしてこれらの結晶体もやはりこの根源的な宇宙物質から誕生してきたし、現在も誕生し続けている。
前に話した客観科学が、『
宇宙のあらゆるものは一つの例外もなく物質である』と言っているのは、まさに以上のことを基盤にしているのだ

それから次のことも覚えておきなさい。たった一つの宇宙結晶体だけが(これもむろん
エテロクリルノから結晶化するのだが)聖テオマートマロゴスの3つの神聖なる源泉から、すなわち至聖絶対太陽の放射物から誕生するのだが、これは、
遍在するオキダノクという名で存在している。
この〈
遍在するオキダノク〉、あるいは〈遍在する活性元素〉は、宇宙のいたるところで、大小を問わずあらゆる生成物の形成に関わっており、それにこれは一般的にいって、ほとんどの宇宙現象の根源的な原因であると同時に、より特定の範囲でいえば、大気圏内で生じる諸現象の原因でもある。
この遍在する
オキダノクに関しておおまかにでも理解できるように、わしはまず次のことを話しておかねばなるまい。第二の根源的宇宙法則である聖トリアマジカムノは3つの独立した力から成り立っている。換言すればこの聖なる法則は、例外なくすべてのものの中で、そして宇宙のいたるところで、3つのそれぞれに独立した側面として顕現するということだ。
宇宙に存在するこの3つの側面には次のような名称が与えられておる。

第一のものは〈聖・肯定〉
第二のものは〈聖・否定〉
第三のものは〈聖・調和〉


以上のことをもとにして客観科学は、この聖なる法則とその3つの独立した力に関して次のような定式化を行っている。
常に結果の中に流れこんで次に生じる結果の原因となり、また、その中に隠れていて見ることも感じることもできない特性から生じる、三つの独立した、しかも全く相反する特徴を具えた発現力によって常に作用する法則
われらが
聖テオマートマロゴス、すなわち至聖絶対太陽の最初の放射物も、誕生の当初にはやはりこれと同じ法則性をもち、さらに展開して機能する際、それに従って結果を生み出すのだ。
さて坊や。遍在する
オキダノクは、至聖絶対太陽自体の外側の空間で、これら3つの独立した力が1つに融合することによって誕生し、そして退縮を続けていくうちにいわゆる〈振動の活性度〉という点でそれ相応の変化を遂げるのだが、それはつまり、根源的な〈汎宇宙的な聖ヘプタパラパーシノク〉の〈ストッピンダー〉、あるいは〈重心〉と呼ばれるものに従って変化するということにほかならない。
もう一度言っておくが、明確な形態を持つ数ある宇宙結晶体の中でも、
遍在するオキダノクは常に、この宇宙のどこであろうと、いかなる外的な条件の下で誕生したものであろうと、大小すべての宇宙形成物の生成に関わっておる。
この〈汎宇宙的な唯一の結晶体〉あるいは〈活性元素〉は、この元素にしかないいくつかの特性を持っておるが、まさにその特性のゆえに、ある惑星の大気圏内で起こる先に話したような現象も含めて、宇宙現象の大半が生じるのだ。
遍在する
オキダノク固有の特性にはいくつかあるが、今のところは、そのうちの2つを知っておくだけで十分だろう。
まず第一の特性は次のごとくだ。新しい宇宙構成単位が凝集する時、この〈偏在する活性元素〉は、全体としてこの新たな生成物と融合するということはなく、またそれに適したある特定の場で全体的に変容するということもない。こういった融合や変容は、この種の宇宙形成物の中で宇宙結晶体が生じる時には常に起こるにもかかわらず、この〈偏在する活性元素〉はそうしないのだ。そうするかわりに、これはある宇宙構成単位に全面的に進入し、するとすぐにその中で〈
ジャートクロム〉と呼ばれるものが起きる。つまりこの宇宙構成単位の中で、〈遍在する活性元素〉が、それを生み出した3つの根源的な源泉へと分散する。そしてその時初めてこれらの源泉は、その宇宙構成単位の中で、各源泉に呼応する3つの形成物をそれぞれ独立して凝集し始める。こんなふうにしてこの〈偏在する活性元素〉はまず最初に、すべての新たな生成物の中で聖なる法則トリアマジカムノが発現できる基盤を作り出すのだ。
ここではっきり押さえておかねばならんが、あらゆる宇宙形成物の中では、今話した別々の源泉は、それに呼応するものを生み出すという目的のために〈遍在する活性元素〉のこの特性を知覚してさらに利用できるように、その宇宙構成単位が存在するかぎり存在し、かつ作用する可能性を持ち続けるのだ。
そしてこの宇宙構成単位が完全に崩壊してしまった後で初めて、〈
遍在する活性元素オキダノク〉の中に位置している聖トリアマジカムノの3つの聖なる源泉は再び融合し、そして再度変容して〈オキダノク〉となるのだが、ただし今度は違った質の活性度の振動を持つことになる。
さて、〈
遍在するオキダノク〉の第二の特性だが、これも独特のもので、今話している主題のためにはどうしてもここではっきりさせておく必要がある。これを理解するためには、ある基本的な第二等級の宇宙法則、すなわち〈聖アイエイオイウオア〉という名称でこの宇宙に存在している法則について知っておかねばならん。
この宇宙法則は次のようなものだ。大小を問わずすべての生物が絶対太陽かあるいは他の太陽から発する放射物に直接ふれると、彼らの中に〈良心の呵責〉と呼ばれるものが生じる。これは、
聖トリアマジカムノの聖なる源泉のどれか一つの結果から生じたすべての部分が、全体の中の他の部分、すなわち同じ根源的な聖なる宇宙法則トリアマジカムノの別の聖なる源泉が生み出したものから生じるある部分が以前に行ったそれにふさわしからぬ知覚や活動に対して現時点で〈反抗〉し、〈批判〉する時に生じるプロセスである。
そしてこの聖なるプロセス〈
アイエイオイウオア〉、あるいは〈良心の呵責〉は、常にこの〈遍在する活性元素オキダノク〉によって進行するのだ。
この聖なるプロセスの中で見られる
オキダノクの特性とは、聖テオマートマロゴスが、もしくは普通の太陽からの放射物がこのオキダノク全体に直接働きかけている間、この活性元素はそれ自身の、ほとんど独立して存在している3つの主要な部分に分散するが、この直接的な働きかけが停止すると、これらの部分は再び融合し、一つの全体として存在を続ける、というものだ。
ついでというわけではないが、ここでわしが気づいた興味深い事実について話しておいてもいいだろう。これは、おまえが興味をもっているあの惑星に生息する普通の三脳生物の奇妙な精神、それも彼らが〈科学的思索〉と呼んでいるものに関して、彼らの生存の歴史の中で起こったことだ。
つまりこういうことだ。何世紀にもわたって彼らを観察し、その精神を研究しているうちに、わしは何度か次のようなことを目撃した。彼らの間には、その誕生とほとんど同時に〈科学〉が現れ、しかもこう言っていいと思うが、地球の他のすべてのものと同じく周期的にかなり高い完成度に達することもあった。それにそういった時代だけでなく他の時代にも、〈科学者〉と呼ばれる三脳生物が何百万人と生まれては消えていったにちがいない。しかしそれにもかかわらず、
チョーン・キル・テズというたった一人の中国人(彼については後で詳しく話すつもりだ)を除いては誰一人として、彼らが〈放射〉と〈輻射〉と呼んでいる2つの宇宙現象の間には大きな違いがあるということに気づかなかったのだ
この〈気の毒な科学者たち〉はただの一人として、この2つの宇宙プロセスの間の相違は、深く敬愛されているムラー・ナスレッディンがかつて次のような言葉で表現したものとほとんど同じであることに思い至らなかった。その言葉というのはこうだ。
『その2つは、かの有名なるイギリス人シェイクスピアの髭が、これも劣らず有名なフランスのアルマニャックと似ているのと同じくらいよく似ておる』

この章の以下の文章は非常に難解なので「自信あふれる挑戦者」以外は飛ばしてください。
大気圏内で起こる現象および〈遍在する活性元素〉全般についてさらに明瞭に理解するためには、次のことも知ってよく覚えておかねばならん。聖なるプロセス〈
アイエイオイウオア〉があるためにオキダノクの中では〈ジャートクロム〉が進行するが、その期間中一時的に、純粋な、つまり全く混じり気のないエテロクリルノが一定の割合でそこから分離し、そしてこのエテロクリルノの一部は必ずすべての宇宙形成物の中に入りこんで、これを形成するすべての活性元素をいわば結合させる働きをする。その後、活性元素の3つの基本的な部分が再融合すると、エテロクリルノの今言った部分は再び分離、独立するのだ。
さてここで別の問題にも、むろん簡単にだがふれておく必要がある。つまり〈
遍在する活性元素オキダノク〉は、あらゆる種類の生物の身体といかなる関係をもっているか、またそれがあるために生じる宇宙生成物とは何か?という問題だ。なぜこの問題にふれておく必要があるかというと、これはおまえに、様々な脳組織、すなわち〈一脳〉、〈二脳〉、および〈三脳〉と呼ばれている組織をもつ生物の間の違いをよりよく理解する上で絶好の、実に驚くべき事実を教えてくれるからだ。
まず次のことを知っておきなさい。この〈脳〉と呼ばれる宇宙形成物はすべて、ある結晶体から形成されるのだが、その結晶体を
聖トリアマジカムノに従って生み出す肯定的源泉は、根源的な聖トリアマジカムノの中にある、この形成物を生み出すにふさわしい聖なる力であり、この力は遍在するオキダノクの中に位置している。そしてこの聖なる力は、生物の身体を通して、つまりこれらの結晶体を通してさらに形成されていくのだ。
様々な生物の体内にそれぞれにふさわしい脳が誕生するプロセス自体については、またいつか特別に説明してあげよう。とりあえず今は、遍在する
オキダノクがこの脳を使って生み出す結果について簡単に話しておくことにしよう。
遍在する活性元素
オキダノクは、3種類すべての存在食物を介して生物の体内に入る。
なぜそうなるかというと、前にも話したが、この
オキダノクは、三種の存在食物として用いられているものも含めてあらゆる種類の生成物の形成に必然的に関与しており、したがってこれらの食物の中にも常に含まれているからだ。
さて坊や。この場合、遍在する
オキダノクの示す主な特性とは、すべての生物の体内に入ったオキダノクの中では〈ジャートクロム〉のプロセスが進行するが、ただし、大きな宇宙凝集体の放射物を受けている生物の体内ではこのプロセスは生じないということだ。このプロセスを生物の体内で進行させる要因は、その生物自身の〈パートクドルグ義務〉という意識的プロセス(このプロセスについては後でまた詳しく説明するつもりだ)の結果か、もしくは〈ケルコールノナルニアン実現〉という名称で宇宙に存在している、大宇宙そのものがもっているプロセスの結果のどちらかだが、ちなみにこの後のほうのプロセスは、〈順応することによって必要な振動の総量を獲得すること〉を意味しておる。
この後者のプロセスの進行には、生物自身の意識は全く関与していない。
しかしどちらの場合でも、
オキダノクが生物の体内に入ってジャートクロムのプロセスが始まると、その基本的な各構成部分は、その瞬間に生物の体内に存在している知覚の中でも、〈類似の振動〉と呼ばれるものに従ってこれと呼応するものと融合し、さらにこれらの部分はそれにふさわしい部位、すなわちそれに適した脳に集中するのだ。
この融合体は〈
インパルサクリ〉と呼ばれておる。
さらに次のことを知っておく必要がある。生物の体内のこれらの部位、つまり脳は、最も偉大なる
汎宇宙的トロゴオートエゴクラットの目的のために宇宙物質を変容させる器官として働くだけでなく、その生物の意識的な自己完成を可能ならしめる手段としても機能する。
この後の方の目的は、その脳に集中した、あるいは別の言い方をすれば蓄えられた、〈
インパルサクリ〉という存在体の質に大きく左右される。
インパルサクリの質に関しては、われらが《すべてを包含する永遠なる主》からの直接の戒律の中でも特別の戒律があって、我々の大宇宙に住まうすべての三脳生物に厳格に遵守されているのだが、それは次のような言葉で表現されておる。
汝の脳の純粋さを汚すような知覚に対しては、常に警戒を怠るな
三脳生物は個々に自己を完成する可能性をもっている。なぜかというと、彼らの体内には三つのセンター、あるいは3つの脳が配置されており、後に、つまり遍在する
オキダノクの中でジャートクロムのプロセスが進行するようになると、聖トリアマジカムノの3つの聖なる力がそれらの脳に蓄えられ、それによってそれぞれの脳は独立した完成へと向かう可能性を獲得するからだ。
ここにこそ最も肝要な点がある。すなわち、この三脳システムを有する生物は、
パートクドルグ義務を意識的かつ意図的に果たすことによって、遍在するオキダノクの中のジャートクロムのプロセスからその3つの聖なる力を自分の身体のために利用し、自らの身体を〈セクロヌーランザクニアン状態〉と呼ばれるものに高めることができる。言いかえるならば、彼らは自分で自分の聖なる法則トリアマジカムノをもつことができ、それによって自らの体内にあらゆる〈神聖なるもの〉を意識的に取り入れ、そして形成する可能性を有する、そんな個人になることができるのだ。そればかりか、この〈神聖なるもの〉は、これら宇宙個体の中で客観的もしくは神的な理性が機能するようになるのを助ける働きもする。
ところが、坊や。最も恐るべきことはまさにこの中にひそんでいるのだ。どういうことかというと、おまえが興味をもっている惑星地球に生息しておるこれら三脳生物の体内でも、やはりこの3つの独立した部位、あるいは3つの脳が誕生し、彼らが完全に消滅する日まで存続する。そしてこれらの脳のそれぞれを通して、彼らがそうしようと思えば自分の自己完成に利用することもできる
聖トリアマジカムノの3つの聖なる力すべてが変容し、さらに大きなものの実現へと向かうはずだった。ところが、彼ら自身が作り出した異常な生存状態のために、この可能性もむなしく空回りしているだけなのだ。
面白いことに、惑星地球上に誕生したこの三脳生物の場合も、今言った脳は惑星体中の我々と同じ部分にある。すなわち、
1、大自然が、聖トリアマジカムノの第一の聖なる力、すなわち聖肯定と呼ばれるものを集中し、さらなる実現を可能にすべくあらかじめ定めた脳は頭部に置かれておる。
2、
聖トリアマジカムノの第二の聖なる力、すなわち聖否定を変容し、結晶化する第二の脳は、これも我々と同様、彼らの体内の背中の〈脊柱〉と呼ばれるものの中に置かれておる。
3、ところが、
聖トリアマジカムノの第三の聖なる力、すなわち聖調和が集中し、その活動の源泉となる場所である脳がこの三脳生物の中でとっている外的形態は、我々のものとは似ても似つかぬものなのだ

もともとこの三脳生物の原初の惑星体では、この脳は我々と同じ場所に位置しており、その外形も我々のものと全く同じであった。しかし、これからのわしの話でおまえも理解できるだろうが、いろいろな理由から、大自然は徐々にこの脳を退化させ、今いる生物の体内に見られるようなものへと変更せざるをえなくなったのだ。
現代のこの三脳生物の体内では、我々の大宇宙の他のあらゆる三脳生物の場合とは違って、この脳は一つの塊としては置かれておらず、いわゆる〈特殊機能〉なるものに従ってバラバラに配置されており、しかもそれぞれの部分は彼らの惑星体全体の様々な場所に分散している。
しかし、たしかに外形的には様々な場所に分散しているとはいえ、これらバラバラの機能は互いに密接に関連し合っているので、分散した部分も全体としてはそれ本来の正常な機能を果たすことができるのだ。
彼ら自身は、自分たちの体内に分散しているこれらの部分を〈神経叢〉と呼んでおる。
面白いことに、この脳の分散した部分のほとんどは、彼らの惑星体中、その正常な形の脳が当然あるべき場所、つまり胸部に置かれており、この胸部にある神経叢の総体を彼らは〈太陽神経叢〉と呼んでおる。 
さて坊や。遍在する
オキダノクの中のジャートクロムのプロセスはおまえのお気に入りたちの体内で進行し、またその3つの聖なる力も、彼らの体内で、他の宇宙結晶体とそれぞれ独立して融合し、それ相応のものを生み出していくわけだが、彼らは、前にも言ったように、自分たちが徐々に作り上げていった異常な生存状態のためにパートクドルグ義務を果たすことを完全にやめてしまっており、その結果、存在するすべてのものの聖なる源泉は、ただ一つ、否定的な源泉だけを除いて、彼らの体内では全く肉化されなくなってしまったのだ。
彼らの体内で第一と第三の聖なる力から生じる結晶体は、ほとんどすべて
汎宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセスの用に供されてしまい、自分たちの身体の形成には、遍在するオキダノクの第二の部分、すなわち〈聖否定〉の結晶体しか使えない。そのため彼らの大多数は惑星体だけから成る身体しかもっておらず、ということはつまり、彼らは彼ら自身にとって永遠に破壊されているも同然なのだ。
遍在し、またあらゆるところに浸透する
活性元素オキダノクに固有の特性、およびこれらの特性が生み出す結果に関しては、前にも約束したとおり、世界創造と世界維持に関する根源的法則について多少詳しく説明すれば、おまえにも完全に理解できるだろう。
だが、差し当たって今は、偏在する宇宙結晶体に関する実験で、しかもわしがこの目で見たものについて話してあげよう。
しかし、はっきり言っておかなくてはなるまいが、わしが見たこれらの実験は、おまえが興味をもっている惑星地球で行われたものではなく、またおまえのお気に入りたちが行ったものでもない。実はこれは、わしがあの太陽系に流刑されていた間に真の友人となったある三脳生物が惑星土星で行ったものなのだ。この友人についてはもう少し詳しく話してやると約束しておいたな。」

第18章
この章は「オキダノク」についての解説ですが、非常に難解なので別途取り上げようかなと思います。

第19章 ベルゼバブ、惑星地球への二度目の降下について話す

ベルゼバブは次のように話し始めた。
「わしがおまえのお気に入りの惑星地球に二度目に降下したのは、最初の降下から数えて、彼らの時間計測法でいうと、ほんの11世紀後のことであった。
わしが最初にこの惑星の表面に降り立った直後に、二度目の巨大な地殻変動がこの惑星を襲った。しかしこの変動はその性質上局地的なもので、宇宙的な規模の大惨事に発展する恐れはなかった。
この惑星を襲った二度目の大地殻変動によって、わしが最初にこの地を訪れた時には最大の大陸であり、また三脳生物の主要な生存地域でもあったアトランティス大陸は、他の多くの陸地と同様、その上で生存していた三脳生物はもとより、彼らが何世紀にもわたって獲得し、蓄積してきたすべてのものもろとも、惑星中に陥没してしまったのだ
そして、その同じ場所に別の陸地が惑星内から隆起し他の大陸や島々を形成したのだが、それらのほとんどは今も存在しておる。
サムリオスという町があったのはまさにこのアトランティス大陸なのだ。
ほれ、おまえも覚えているだろう。いつか話したように、我々の種族の若者がこの町にいて、彼の話がきっかけとなってわしの最初の〈降下〉が実現したのだ。

おまえのお気に入りの三脳生物は、この惑星を襲った第二の大惨事から様々な出来事のおかげで生き延びたのだが、現在異常に繁殖しているのはまさにこの生き残りの子孫なのだ。
わし自ら出かけた二回目の降下の時までには、彼らはすでに実によく繁殖していて、新たに誕生したほとんどの陸地に生息するようになっていた。
ではいったい、いかなる合法則的な原因によって彼らがこれほど異常なまでに繁殖したのか、それはこれからの話で徐々に明らかになるだろう。
この地球上の大惨事に関連して、我々の種族の三脳生物に関すること、すなわち、なぜ我々の種族の者は全員、地球上でこの大惨事に遭ったにもかかわらず、あの避けようもない〈黙示録的終末〉と呼ばれるものから首尾よく逃げおおせたのかということについても、知っておいたほうがいいだろう。
実は、彼らは次のような理由で逃れることができたのだ。
これまでにも一度話したと思うが、我々の種族の者でこの惑星を生存の地に選んだ者のほとんどは、わしが最初にここを訪れた時には、主としてアトランティス大陸に生存しておった。
さて、我々の種族のある女性はそこでは〈巫女〉と呼ばれていたが、彼女はこの大地殼変動の一年前にある予言をして、我々全員がアトランティス大陸を離れてそこからほど遠からぬ別の小大陸に移住し、彼女が指示したその特定の場所にとどまるように告げた。
この小大陸は当時〈グラボンツィ〉と呼ばれていたが、この巫女が指示した地域は、この不運な惑星全体を襲った恐るべき大変動を本当に免れたのだ。
この大変動によって、小大陸グラボンツィは(これは現在では〈アフリカ〉という名称で呼ばれている)以前よりもはるかに大きくなった。つまり惑星の海底部分から隆起してきた陸地がこれにつけ加わったのだ。
そんなわけでだな、坊や。この巫女は、その惑星に定住していた我々の同族の者に警告を与え、その結果、今言った避け難い〈黙示録的終末〉から救うことができたのだ。これを可能にしたのは彼女のある特殊な能力で、ついでに言っておくと、この能力は意図的に、すなわち
パートクドルグ義務と呼ばれるものを通してのみ獲得できるのだが、これについてはまた後で話そう。
さて、わしが二度目にこの惑星に降下したのは、次のような出来事から生じた理由のためであった。
ある時、まだ惑星火星にいた頃だが、我々は中央からの
エテログラムを受け取り、近々に至高神聖個人が再び惑星火星に現れるという報告を受けた。そして事実、それから火星暦の半年以内に、多くの大天使・天使・智天使、熾天使が現れた。彼らのほとんどは最高委員会のメンバーで、この委員たちは、おまえのお気に入りの惑星に一回目の大地殼変動が生じる時期に、我々の惑星火星にすでに一度現れていた。
この至高神聖個人の中には、今ではもう大天使になっているが、当時は天使であった
遵守閣下ルーイソスが入っていた。彼については前にも話したので覚えていると思うが、つまり、惑星地球に一回目の大地殼変動が起こった時、この宇宙的惨事の波及を回避する任に当たった司令長官の一人が彼だったのだ。
それでだな、坊や! この神聖個人たちが二度目に現れた翌日、遵守閣下が直々に、彼の第二助手である熾天使に案内されてわしの家においでになった。
我々は共に讃美の歌を歌い、それからわしは故郷の大中央本部のことを尋ねてみた。その後で遵守閣下がかたじけなくもお話し下さったところによると、
彗星コンドールが惑星地球に衝突したので、彼をはじめ〈調和的世界維持〉に携わっている他の信頼できる宇宙個人が度々この太陽系に降下し、この全宇宙的な事故の余波を回避するために彼らが講じた手段がうまく作用しているかどうかを監視しているということであった。
遵守閣下はこう続けられた。
『我々がここに降下してきたのは、たしかに可能な限りすべての方策を講じ、すべてうまくいくとみなに確約したものの、それでも予期せぬことが絶対に起こらないとは100パーセント確信できなかったからだ。我々の懸念は現実のものとなった。とはいえ、〈偶然のおかげ〉でそれほど深刻なものには、つまり宇宙全体に関わるものにはならなかった。要するにこの新たな大変動の影響は惑星地球以外には波及しなかったのだ。』
遵守閣下は続けてこう言われた。
惑星地球を襲ったこの第二の大変動は、次のようなことから起こった。
最初の大惨事の時にかなりの大きさの破片がこの惑星から分離した。その時ある理由で、この惑星全体のいわゆる〈重心〉がこの新しい状況に応じた適切な位置に速やかに移動する時間がなく、その結果、二回目の大惨事が起きるその時まで、この惑星は〈重心〉を誤った場所に置いたまま存在し、そのため、その期間中のこの惑星の動きは〈十分に調和のとれた〉ものではなく、惑星上でも惑星内でも様々な動揺やかなりの地殻変動が起きていた。しかし、つい最近になってこの惑星の重心はようやくしかるべき場所に移り、そしてちょうどその時第二の大変動が起こったのだ。

 『しかしこれからは』と、遵守閣下はかすかな自己満足の色を浮かべてつけ加えた。『汎宇宙的調和という点ではこの惑星は完全に正常に存在するようになるだろう。』
『惑星地球に生じたこの第二の地殻変動でようやく我々も安心したのだが、それというのも、これでこの惑星が原因となって大規模な惨事が起こることは二度とないことがはっきりしたからだ。
今ではこの惑星自体が宇宙全体の均衡の中で再び正常な動きを回復しただけでなく、それから分離した2つの破片、つまり前にも言ったように、現在月および
アヌリオスと呼ばれている破片も正常に動くようになり、小さくはあるが、太陽系オルスの独立した〈コフェンシャルニアン〉、つまりこれに属する惑星になったのだ。』
ここでしばらく考えてから遵守閣下はこう言われた。
『尊師よ、私があなたのところにやってきたのは他でもない。あの惑星の大きな破片、つまり現在月と呼ばれているものが将来安全に存在できるかどうかについてあなたとお話ししようと思ったからなのだ。』
遵守閣下は続けた。
『この破片は独立した惑星になっているばかりでなく、今ではその上で大気圏の形成プロセスが始まっている。これはすべての惑星に必要なもので、これこそが最も偉大なる
汎宇宙的トロゴオートエゴクラットの実現に寄与するのだ。
ところが尊師よ、予期せず誕生したこの小惑星上で進行している大気圏の形成プロセスは、惑星地球上に誕生し、生存している三脳生物が原因となって生じる望ましからぬ状況のために妨害されている。
尊師よ、私があなたにお願いすることに決めたのもまさにこのことに関してなのだ。つまりあなたに、《唯一の存在たる創造主》の名において、三センター生物が行うには恐れ多いきわめて神聖なプロセスを行使するという非常手段に我々が訴えなくてもよいようお骨折り願いたい。すなわち、彼らが体内にもっている〈理性〉を使って、何らかの通常の方法でこの望ましからぬ現象を除去していただきたいのだ。』
遵守閣下はさらに詳しく説明を続けた。
『地球での二度目の大変動の後、偶然生き残った二足生物は再び繁殖し始め、今では彼らの生存プロセスは、新たに形成された別の大陸、つまり〈アシュハーク〉と呼ばれる大きな大陸の上に集中するようになった。この大陸〈アシュハーク〉には三つの独立した大グループが形成された。第一のグループは当時〈ティクリアミッシュ〉と呼ばれる地域に居住し、第二グループは〈マラルプレイシー〉と呼ばれる地域に、そして第三グループは、当時〈パール・ランド〉と呼ばれていた現在も存在している地域に生存するようになった。そしてこの3つの独立したグループに属する人間たちの一般的な精神の中に〈
ハヴァトヴェルノーニ〉と呼ばれるある特殊なものが形成された。これはある種の精神的希求であり、この汎宇宙的な希求のプロセス全体を彼らは〈宗教〉と名づけた。』
尊守閣下はさらに続けた。
『各グループの
ハヴァトヴェルノーニ、あるいは宗教には共通点は全くなかったが、それでもこれらの奇妙な宗教のおかげで3つのグループの生物たちの間に、ある同じ慣習が広まり、彼らはこれを〈生け贄の奉献〉と呼ぶようになった。
この慣習は彼ら特有の理性のみが認識しうる考えに基づいてできあがったものだが、その考えというのは、もし彼らが神々や偶像を讃えるために他の形態の生物を破壊するならば、彼らの空想上の神々や偶像はこれをすこぶる快く感じて、そのお返しに、彼らが何かとてつもなく空想的なことをしでかそうとする時には常に必ず助けてくれる、というものだった。
今ではこの慣習は極めて広範囲に広まり、今言った悪しき目的のために様々な形態の生物を破壊するという行為が非常に大規模に行われている。それゆえ、かつて惑星地球の一部分であったものを存続させるためにこの惑星が要求する〈
聖アスコキン〉、つまり、様々な外形を具えてこの惑星上に誕生し、そして生存している生物が〈ラスコーアルノ〉という聖なるプロセスを通過するときに生み出す振動にも、すでに余剰分が出ているほどだ。
聖アスコキンのこの余剰分は、新たに誕生した惑星・月の大気圏が正常に形成される上で、早くも大きな障害になるつつある。すなわち惑星・月そのものと、その大気圏との間で行われる正常なる物質交換をひどく妨害し始めているのだ。そのため、そのうちに異常な大気圏が形成され、ひいてはオルス系全体の調和のとれた運動を妨害し、さらには、汎宇宙的な巨大な規模の大変動を引き起こしかねない要素を生み出す遠因にもなるのではないかという懸念さえ出ている。
というわけで、尊師よ。先にも述べたとおり、ぜひお願いしたいのだが、この太陽系のいろいろな惑星をよく訪ねておわれるあなたに、この惑星地球に特別に降下していただいて、その場でこの奇妙な三脳生物の意識の中に、彼らのこの考えの無意味さを知らしめる何らかの観念を注入していただきたいのだ。』
もう二言三言口にすると遵守閣下は上昇し始め、かなり高いところまで昇ると大きな声でこう付け加えた。
『尊師よ、この仕事をなさることで、あなたはわれらが《単一存在なる、すべてを包含する永遠の主》に大きな奉仕をなさることになるのだ。』
この聖なる個人が惑星火星を離れると、わしはいかなる犠牲を払ってでもこの仕事をやり遂げ、《重荷を担う唯一の存在である永遠の主》に対して明確な援助をすることによって、大宇宙に生存するすべてのものの、独立してはいるがほんの小さなものにすぎない部分となるにふさわしい存在になろうと決意した。
というわけでだな、坊や。この考えに鼓舞されたわしは、さっそく翌日には宇宙船オケイジョンに乗りこみ、おまえのお気に入りの惑星地球への二度目の訪問へと飛び立ったのだ。
今回オケイジョンは、この惑星を襲った二度目の地殻変動によって新たに生じた、当時〈コルヒディアス〉と呼ばれていた海に着水した。この海は、これも新たに生じた巨大な大陸アシュハークの北西に位置していたが、この大陸は当時すでに三脳生物の生存の中心地となっていた。
この海に面した別の岸は、新たに生じてアシュハーク大陸と地続きになった陸地であり、この土地全体は当初は〈フリアンクツァナラーリ〉、しばらく後には〈コルヒドシッシ〉と呼ばれた。
ここで言っておかなくてはならないが、この海も陸地も今日まで存続しておる。とはいえもちろん今では別の名称で呼ばれていて、例えばアシュハーク大陸は〈アジア〉、〈コルヒディアス〉の海は〈カスピ海〉、そしてフリアンクツァナラーリ全体は〈コーカサス〉と呼ばれておる。
オケイジョンが着水したのはこのコルヒディアス海、あるいはカスピ海であったが、それはこの海が、
オケイジョンを停泊させるのにも、その後の旅にも一番都合がよかったからだ。
その後の旅に都合がよかったというのは、つまりこの海には東から大きな河が流れこんでいて、この河がティクリアミッシュの国のほぼ全体をうるおしており、しかもその岸にこの国の首都である〈クールカライ〉があったからだ。
わしはまずこのティクリアミッシュ国に行くことにしたが、それはおまえのお気に入りたちの当時の生存の中心地がここだったからだ。
これも言っておいたほうがいいと思うが、当時〈オクソセリア〉と呼ばれていたこの大河は今もまだ存在しているものの、もう今ではカスピ海に注ぎこんではいない。つまり惑星の半ばに達する程度の小規模な震動があったために、その後は流れを右へと変えてアシュハーク大陸の表面にあるくぼみの一つに流れこむようになり、やがては小さな海を形成していった。これは今も存在していて、〈アラル海〉と呼ばれておる。しかしこの変動にもかかわらず、現在〈アム・ダリア〉と呼ばれているこの大河が以前に流れていた部分の河床は注意深く観察すれば今でも見ることができる。
わしが自ら二度目にこの惑星に降下していた時期には、ティクリアミッシュ国は、この惑星上での通常の生存に適した全陸地の中でも最も豊かで肥沃な土地だと考えられていたし、また実際そうだった。
しかし三度目の大地殼変動がこの不運な惑星を襲った時、この惑星上で当時最も豊かであったこの国は、多少とも豊かな他の陸地共々、〈
カシュマヌーン〉、つまり彼らのいう〈砂〉によって埋めつくされてしまったのだ。
この大変動の後には、ティクリアミッシュ国は長い間〈何もない砂漠〉と呼ばれていた。今ではその各部分は別々の名前で呼ばれており、以前の主要な地域は〈
カラクーン〉、つまり〈黒い砂〉と呼ばれておる。
この時期には、これとは全く別の第二の三脳生物のグループがこのアシュハーク大陸に生息していたが、その場所はマラルプレイシー国と呼ばれておった。
後になるとこの第二グループも生存の中心地をもつようになるが、彼らはこれを〈ゴブ市〉と呼び、この国全体も長らく〈ゴブランディア〉と呼ばれていた。
この地域も後にはやはり
カシュマヌーンでおおわれ、かつて栄えたこの国の主要部分は今では〈ゴビ砂漠〉と呼ばれておる。
さて、惑星地球には当時、これらとは別に第三の三脳生物のグループがあった。この独立したグループはアシュハーク大陸の東南部、つまりティクリアミッシュの向かい側、すなわちこの不運な惑星を襲った二度目の大変動の時にアシュハーク大陸に生じた異常な突出部の別の側にその生存の地を定めていた。
この第三グループの生存していた地域は、前にも言ったように、当時は〈パール・ランド〉と呼ばれていた。
この地域の名称もその後何度も変わり、今では惑星地球の表面のこの陸地部分全体は〈ヒンドゥスタン〉、あるいは〈インド〉という名称で呼ばれておる。
忘れずに言っておかなくてはならんが、この当時、つまりわし自らおまえのお気に入りの惑星に二度目の降下をしていた時、今挙げた3つの独立したグループに属する、おまえが興味をもっている三脳生物たちの体内に、すべての三脳生物がもっているべき〈自己完成に必要欠くべからざる奮闘〉と呼ばれる機能のかわりに、これもまた必要ではあるが非常に奇妙な〈骨折り〉、すなわちこの惑星の他のすべての人間に、自分の国こそ惑星全体の〈文化の中心地〉であると思わせ、またそう呼ばせようとする〈骨折り〉が、すでに完全に結晶化して根を下ろしていた。
この奇妙な〈必要欠くべからざる骨折り〉は、当時この惑星のすべての三脳生物の体内にはびこっており、しかもそれは彼ら一人一人にとって、いわば生存の最も重要な意味であり目的であった。そのため当時、この3つの独立したグループの生物たちの間では、今言った目的を達成するために、物質、精神の両面にわたって激しい闘争が絶えず行われていたのだ。
さて坊や。我々はコルヒディアス海、つまり現在カスピ海と呼ばれている海から、〈
セルチャン〉、つまり特殊なイカダに乗ってオクソセリア河を、すなわち現在のアム・ダリア河をさかのぼっていった。そして15日間航海を続けた後、やっと第一のアジア人グループの首都に到着した。
到着後、住居を定めると、わしはまずこのクールカライ市の〈
カルターニ〉を訪ねてみた。〈カルターニ〉というのは、アシュハーク大陸ではその後〈チャイハナ〉〈アシュハナ〉〈キャラバンサライ〉等々と呼ばれるようになり、また現代の、特に〈ヨーロッパ〉と呼ばれる大陸に生息する人間たちが〈カフェ〉〈レストラン〉〈クラブ〉〈ダンス・ホール〉〈社交場〉等々と呼んでいる場所のことだ。
なぜそんな場所を最初に訪ねたかというとだな、この惑星地球では昔も今も、その地域の人間のもっている精神の特殊性を観察し、知る上で、彼らが集まるこういった場所以上に適当なところはないからだ。そして彼らが生け贄の奉献という慣習に対して内的にいかなる本質的態度をもっているかを明らかにするために、そしてまた、わし自らここに二度目にやってきたそもそもの目的を達成するにはどんな行動をとればよいのか、その立案を容易にするためにも、彼らの精神の特性を知っておくことがどうしても必要だったのだ。
この
カルターニを訪ねているうちにわしは多くの人間に会ったが、その中の一人には特に頻繁に会うようになった。
偶然よく会うようになったこの三脳生物は〈僧侶〉という職業に属しており、〈アブディル〉と呼ばれていた。
この二度目の降下の時には、わしの個人的な活動のほとんどすべてはこの僧侶アブディルの外的な状況と関連していたし、それに偶然とはいえ、彼のせいでかなりの困難に遭遇したということもあるので、この三脳生物については多少とも詳しく話しておこうと思う。それに彼についての話を聞けばおまえも、当時おまえのお気に入りたちが抱いていた観念、つまり自分たちが崇めたてていた神々や偶像を〈なだめ〉たり〈喜ばせ〉たりするためには他の形態をもつ生物の生存を破壊する必要があるという観念を、彼らの奇妙な精神から根こそぎ除去するという目的に対して、その時わしがどの程度のことを達成したかも理解できるだろう。
その後わしにとってまるで親戚のような存在になるこの地球の生物は、最高位の僧侶でこそなかったが、それでも当時ティクリアミッシュ国全域で最も有力であった宗教の教えには完全に精通していた。のみならず彼は、当然のことながら、その宗教の信奉者たちの精神、とりわけ〈僧侶〉としての彼の下に集まってくるいわゆる〈会衆〉に属する者の精神がいかなるものであるかも熟知しておった。
我々が〈仲良く〉なってまもなく、わしは、この僧侶アブディルの存在の中では、あらゆる三センター生物の中に当然あるべき〈良心〉と呼ばれる機能がまだ完全には衰退していないことに気づいた(その原因には様々な外的状況があろうが、その中には遺伝と、彼が信頼できる人間に育てられたという環境も含まれている)。だから、わしが話してやったいくつかの宇宙的真理を理性でもって認識すると、彼はたちまち自分の体内に、全宇宙の正常な三脳生物が当然もっているべき態度とほとんど同じ態度を彼と同類のまわりの者に対してもつようになった。すなわち、地球での言い方を借りるならば、まわりの人間たちに対して〈思いやり深く〉、〈繊細に〉なっていったのだ。
この僧侶アブディルについて詳しく話す前に、おまえの理性に次のことをはっきりさせておかなくてはならん。今話した生け贄の奉献という恐るべき慣習は当時最高潮に達していて、様々な弱小の一脳および二脳の生物の破壊がいたるところで際限なく行われていた。
つまり当時は、もし誰かがある場所で、そこに祀られている想像上の神々、あるいは空想上の〈聖者たち〉にお参りして何かを懇願する時には必ず、もし幸運をお恵み下されば、その神々や聖者を讃えて何らかの生物(時にはいくつかまとめて)の生存を破壊しますと約束した。そしてもし偶然に彼らが願うような幸運が舞いこめば、彼らは最大限の敬意をこめてこの約束を遂行するし、たとえそういうことが起こらなくても、いつかはこの空想上の守護神の恩恵を受けようと屠殺の数をますます増やしていったのだ。
これと同じ目的のために、当時のおまえのお気に入りたちは、他の形態をもつあらゆる生物を〈清潔〉なものと〈不潔〉なものとに分けるということまでやった。
彼らが〈不潔〉と呼んだ生物というのは、その生存を破壊しても恐らく神々が喜ばれないであろうと考えた生物だ。逆に〈清潔〉な生物というのは、その生存を破壊すれば彼らが敬う空想上の種々の偶像を非常に喜ばせるだろうと考えた生物であった。
この生け贄の奉献は個々の人間が自分の家で行うだけでなく、グループで、時には公衆の面前で行われることもあった。それどころか、この種の屠殺を行うための特別な場所まであり、それらはほとんど、何か、あるいは誰かを記念する建物の近くに位置していた。記念されているのは主として聖者、といってももちろん彼らが勝手に〈聖人の身分〉に祭り上げた聖者であった。
当時ティクリアミッシュ国には、様々な外形をもつ生物の殺戮が執り行われるこの種の公共の場所がいくつか存在していた。その中で最も崇められていた場所は小さな山の頂上にあり、そこはアーリマンというある魔術師が〈生きながらにして〉〈天上かどこか〉に召されたと言い伝えられていた場所だった。
ここでも他の場所と同様に、特に一年のある決まった時期になると、彼らは〈牛〉や〈羊〉、〈鳩〉等々と呼ばれる生物を無数に殺したが、時には彼らと同類の生物が生け贄に捧げられることさえあった。
この場合、普通は強者が弱者を生け贄に捧げた。例えば父が息子を、夫が妻を、兄が弟をといった具合にだ。しかしほとんどの場合〈生け贄〉に捧げられるのは〈奴隷〉であった。今と同様当時も、〈奴隷〉は普通〈捕虜〉と呼ばれる者たち、つまり戦いに敗れた共同体の人間たちであった。
ソリオーネンシウス〉と呼ばれる法則によると、敗れた共同体というのは、ある時期、すなわち彼らの中にどうしようもなく湧き上がってくる相互破壊に対する欲求が体内でとりわけ強くなる時期に、彼らの主要な特徴であるこの欲求の強度が比較的弱かった共同体なのだ
おまえのお気に入りの惑星では、他の生物の生存を破壊することによって〈神々を喜ばせる〉というこの慣習は今に至るまで続いているが、ただしおまえのお気に入りたちがアシュハーク大陸で恐るべき行為を繰り返していた時期に比べると規模はずっと小さくなっておる。
さて坊や。わしがこのクールカライの町に滞在していた初めのうちは、わしはこの友人、つまり僧侶アブディルとよくいろいろな事柄について話し合ったが、もちろんわしの素性がばれるようなことは何一つ漏らさなかった。
わしがこの惑星に降下している間に会ったほとんどすべての三脳生物と同様、彼もわしをこの惑星の住人だと考えていた。それどころか、彼と同類の生物の精神を熟知した権威者であると思っていたようだ。
彼とよく会い始めた頃、我々が彼と同類の生物について話をすると、そのたびにいつもわしは、彼らに対する彼の洞察力と思いやりの深さに強く心を動かされたものだ。そしてわしの理性は、遺伝によって彼の体内に伝えられた良心の機能が(これは三センター生物に必要不可欠のものだ)彼の中ではまだ完全に衰退してはいないことをはっきり突き止めた。するとその瞬間から徐々にわしの体内に、親族に対して感じるのと同様の〈真に機能している必要な骨折り〉が彼に対して湧き上がってきて、ついには結晶化するに至った。
その後は彼のほうでももちろん、〈あらゆる原因はそれに対応する結果を生み出す〉という宇宙法則に従って、わしに対して〈
シルノーイエゴルドパーナ〉を、つまりおまえのお気に入りたち流にいうと、〈他人を自分と同じように信頼する感情〉をもつようになった。
さてそこでだな、坊や。以上のことがわしの理性に明瞭になってくると同時に、わし自らここに降下してきた目的を、地球でのこの最初の友人を通して達成しようという考えが生じてきた。
そこでわしは意図的に、我々の会話をことごとくこの生け贄の奉献という慣習の方にもっていくことにした。
この地球の友人と話してからもうすでにかなりの時間が経つが、恐らく今でもわしは一語一句思い出して、当時の話をそっくり繰り返すこともできるだろう。
そこでわしは、我々の最後の会話を思い出しながら話そうと思う。実はこの会話は、その後に起きるすべての出来事の出発点となったもので、この会話ゆえにわしの地球の友人の惑星体は痛ましい最期を迎えることになるのだが、しかしそれにもかかわらずこの会話は、自己完成という仕事を続ける可能性の始まりへと彼を導いていったのだ。
彼と最後に話したのは彼の家においてだった。わしはこの時率直に、生け贄の奉献という慣習のどうしようもない馬鹿馬鹿しさと不条理さを彼に説明してやった。
つまりこんなふうに話したのだ。

『よろしい。君は宗教をもっている。何かに対する信仰をもっている。それがたとえどんなものであれ、またたとえ君が誰を、あるいは何を信仰しているのか知らなくても、あるいはその信じているものの重要性とか可能性をしっかり掴んでいないにしても、それでも何かを信じるというのは素晴らしいことだ。信仰をもつことは、意識的にであれ全く無意識のうちにであれ、あらゆる生物にとって望ましいばかりか、どうしても必要なものなのだ。
なぜ望ましいかというと、何かに信仰をもった時に初めて、人間の中には、すべての人間に必要な自己意識の強烈さと、宇宙に存在するあらゆるものの一部分としての個人の存在に対する価値感が生まれてくるからだ。
しかしこのことと、君たちが殺す他の生物、特に《創造主》の名のもとに殺してしまう生物の存在とはいったいいかなる関係があるのだろうか?
君たちや他の生物を創造された《創造主》にとって、彼らの〈生命〉は君たちのそれと同じものではないのだろうか?
君たちは、自分たちの精神的な強さと狡さを武器にして、つまりわれらが同一なる《共通の創造主》が君たちの理性を完全にするために賦与して下さった、君たちだけがもっているあのデータを使って、他の生物の精神的弱点につけこんで彼らの生存を破壊しているのだ。
不幸な生物である君たちは、こんなことをすることによって客観的な意味でいかなる悪業を犯しているか、いったいわかっているのだろうか?
まず第一に、他の生物の生存を破壊することによって君たちは、自分と同類の生物が自己を完成させる力を生み出すのに必要な条件を作り出すことのできる要因の数を自ら減少させている。そして第二に、そうすることによって君たちは間違いなく、われらが《共通の父なる創造主》が、いずれは彼の助けになってくれるだろうという希望をもって三脳生物たる君たちの中に植えつけて下さった可能性に対する期待を裏切り、それどころか粉々に打ち砕いてさえいるのだ。
君たちの恐るべき行為がはらんでいる明白な不条理、すなわち他の生物を破壊することによって、ある意図をもってこれらの生物をお造りになったほかならぬ《かのお方》を喜ばせようなどという試みがいかに馬鹿げているかは、ちょっと考えてみればすぐにわかるだろう。
いったい君たちの頭には、われらが《共通の父なる創造主》がこれらの生物も同時に創造されたのだとしたら、彼は恐らくあるはっきりした目的をもってそうされたのに違いないという考えが、ただの一度も浮かばなかったのかね?』
わしはさらにこう続けた。
『ほんのちょっと考えてみなさい。ただしこれまでの生存全体を通してどっぷりつかってきた〈コラサニアン・ロバ〉式の方法で考えるのではなく、君たちが自称している〈神の似姿〉たる生物にふさわしく、ほんの少し正直に、誠実に考えてみなさい。
《神》が君たちや君たちが殺している生物を創造なさった時、このわれらが《創造主》が、彼の被造物のあるものの額にだけ、彼の誉れと栄光のために殺される運命にあるという烙印を押されたなどということがありうると思うかね?
誰でも、たとえあの〈アルビオンの島〉で生まれた白痴でさえ、真剣に、そして誠実に考えてみれば、そんなことは絶対ありえないということをすぐに納得するだろう。
こんな考えは、自ら〈神の似姿〉であると名乗る者たちによってでっちあげられたものにほかならず、人間と共にこれら様々な外形をもつ生物を創造された彼のなせる業ではない。それなのに君たちは、彼を喜ばせ、満足させると勝手に空想してこれらの生物を殺しているのだ。
彼にとっては人間の生命も他の生命も全く変わりはない。
人間は生命であり、他の外形をもつ生物もまた生命なのだ。
様々な生物は自然の力によって、自分たちの生存プロセスがその中で進んでいくようあらかじめ定められている条件と環境に応じて自らの外形を調節するということを、ほかならぬ彼が最も鋭く予見しておられたのだ。
君自身を例にとってみたまえ。水に飛びこんだ時、君が今もっている内的、外的な諸器官を使って魚のように泳げるかね?
もちろんできるわけがない。なぜかというと君は、〈水〉という圏内に生存するよう定められた生命である魚がもっているような〈えら〉も〈ひれ〉も〈尾〉も持ってはいないからだ。
水の中に飛びこめば、君はたちまち窒息して底に沈み、魚たちのオードブルになってしまうだろう。つまり彼らに適したこの圏内では、魚は当然のことながら君よりも無限に強いのだ。
魚にとっても事情は同じことだ。彼らの一匹が我々のところへやってきて仲間に加わり、このテーブルに座って一緒にこの緑茶が飲めると思うかね?
もちろん無理だ! そういった行動をとるに適した器官を具えていないからだ。
つまり魚は水に適するように創造されており、外部および内部の諸器官は水の中で必要とされる行動がとれるように調節されているのだ。魚は自分に適した圏内でのみ上手に効率よく行動でき、その結果、《創造主》があらかじめ定められた生存の目的を果たすことができるのだ。
全く同様に、君の内外の諸器官もわれらが《共通の創造主》によって同じ方法で造られたのだ。歩くために足が与えられ、必要な食物を調理し、摂取するために手が与えられている。君の鼻とそれに結びついた諸器官は、君と同類の三脳生物の体内で2つの高次存在体を形成する世界物質を取り入れ、それを体内で変容できるように造られている。われらが《共通のすべてを包含する創造主》の希望、つまり存在するすべてのものの幸福の実現という目的を達成するために必要な助力を与えてくれるのではないかと期待をかけているのは、まさにこれら高次存在体の中の一つなのだ。
要するに、われらが《共通の創造主》は、君のような脳組織をもつ生物の生存プロセスがその中で進行するようあらかじめ定めておいた領域に応じて、君たちの内部および外部のすべての器官がうまく形成され、適応するのを可能にするような原理を予見し、そしてそれを自然に与えたのだ。このことを理解する上で絶好の例は、いま馬小屋につながれている君の〈所有するロバ〉だ。
君自身のものであるこのロバのことを少し考えてみても、君が我々の《共通の創造主》から授かった可能性を悪用していることがわかるだろう。というのも、いま君のロバが、たとえ気が進まなくても馬小屋の中にいなくてはならないのは、彼が二脳生物として創造されたというただそれだけのためだからだ。そしてなぜそんなふうに創造されたかというと、ロバという存在全体がもっている組織が、惑星上での汎宇宙的な生存のためにはどうしても必要であったからなのだ。
それゆえ法則によると、君のロバの体内には論理的思考活動の可能性は存在しておらず、その結果このロバは、やはり法則に従って、君たちがいうところの〈無分別〉とか〈馬鹿〉とかいった状態であらざるをえないのだ。
君たちは惑星上で汎宇宙的生存を果たすという目的のために造られている。そればかりか君たちは、われらが《共通の慈悲深き創造主》が将来にかける期待に対する〈希望の場〉でもある。ということはつまり、君たちが自らの体内にあの〈高次の聖なるもの〉を形成する可能性を秘めて創造されているということだ。そしてまさにこの〈高次の聖なるもの〉を生み出すためにこそ、今存在している我々のこの世界は創造されたのだ。しかし君たちに授けられたこの可能性にもかかわらず、すなわち論理的思考活動の可能性をもった三脳生物として創造されているにもかかわらず、君たちはこの目的のために使われるべく定められているこの聖なる特性を正しく使わず、逆に彼がお造りになった他の被造物、たとえば君のロバに対して〈狡猾に〉悪用しているのだ。
今言った高次の聖なるものを君たちの体内に意識的に形成する可能性が君たちの中に秘められていることを別にすれば、君のロバは汎宇宙的プロセスにとって、そしてひいてはわれらが《共通の創造主》にとって、君たちと全く同等の価値をもっている。なぜかというと、君たち一人一人はある確固たる目的に仕えるよう造られており、そしてそういった個々の明確な目的が全体として存在するすべてのものの意味を生み出しているからだ。
だから君とロバとの間の違いは、君たちの身体に具わっている内部および外部の組織の形態と機能の質だけなのだ。
例えば君の足は二本しかないがロバは四本もある。しかもその一本一本が君の足よりはるかに強い。
それ、君はその二本のか弱い足でロバと同じくらい荷物を担ぐことができるかね? もちろんできるわけはない。なぜといって、君の足は、君自身と、それに三脳生物の普通の生存に必要なほんのわずかなものだけを支えることを自然が予見して、それに合わせて授けられているからだ。
われらが《最も公平なる創造主》がこんなふうに筋力に差をつけておられるのは一見すると不公平に思えるが、これは大自然によってなされたことだ。ではなぜこのようにしたかというと、《創造主》と自然とがその先見の明によって、君たち個々人の自己完成という目的に使うべき宇宙物質の余剰分はロバには与えず、そのかわり大自然御自身が、むろんロバ自身は全く知らないことだが、ロバのいくつかの器官の力を強めるべくこの同じ宇宙物質の余剰分を変化させ、その結果その部分の力は君たちのものとは比較にならないくらい強くなったのだ。
そしてこれら多様な形態をもつ生物が様々に発揮する力が全部結集して初めて、君と同類の者たち、すなわち三脳生物が、自分の体内に植えつけられている〈理性の種子〉を意識的に発芽させ、そして純粋客観理性を必要な段階にまで高めることを可能にする外的状況が生まれるのだ。
もう一度繰り返すが、この地球上および地中、また空気中や水中にいるものすべて、いかなる脳組織をもっていようと、またいかなる大きさであろうと一つの例外もなく、われらが《共通の創造主》にとって、そしてまた存在するすべてのものの生存の相互調和のためにも、全く等しく必要なのだ。
様々な外形をもつ多くの生物が全体となって、われらが《創造主》が存在するすべてのもののために必要としておられる形態のプロセスを生み出しているがゆえに、あらゆる生物の本質は彼にとっては等しく価値があり、また貴いものなのだ。
われらが《共通の創造主》にとっては、あらゆる生物は、彼自身が霊化なさった本質全体の部分にすぎないのだ。
ところが実際には今何が起こっているだろう?
彼が創造なされた生物のうちのある一種、それも存在するすべてのものが将来幸福になるようにという彼の希望と期待をすべてその存在にかけている当の生物が、自分の優越性を利用して威張り散らしながら他の生物を圧制し、手当たり次第に彼らの生存を破壊し、しかもあろうことか、それを〈彼の御名において〉行っているのだ。
しかし何といっても一番恐ろしいのは、これほど顕著な神に反する行為があらゆる家々や広場で行なわれているにもかかわらず、この哀れな者たちは、今自分たちが破壊しているこれらの生物は、それをお造りになった《あのお方》にとっては等しく貴いものであり、もし彼が我々と同様にこれらの生物をお造りになったのだとしたら、それは何らかの目的があってのことに違いないなどとは考えもしないという点だ。』
わしは友人の僧侶アブディルにここまで話すと、さらに次のように続けた。
『一番がっかりさせられるのは、自分たちの偶像を敬うために他の生物の生存を破壊している人間たちが、自分は〈善い〉行いをしていると信じて疑わず、全身全霊を傾けてこれを行っているということだ。
もし彼らのうちの誰か一人でも、他の生物の生存を破壊することによって人間は真の《神》や本当の聖者を裏切るような行為をしているばかりか、彼らの本質の中に悲しみや嘆きを、つまりこの大宇宙の〈神の似姿〉たる者の中には、われらが《共通の創造主》がお造りになった他の被造物に対して血も涙もない極悪非道な振る舞いをする悪魔的存在が宿っているという悲しみと嘆きを、引き起こしさえしているのだということに気づきさえしたら、もう一度言うが、彼らの一人でもこのことに気づいたならば、まず誰一人として二度と再び、生け贄の捧げ物として他の形態の生物の生存を心を込めて破壊するなどということはできなくなるであろう。
もしそうなれば、この地球上でも、われらが《共通の創造主》が個人に与えられた一八番目の戒律、すなわち〈呼吸しているものすべてを愛せよ〉という戒律が存在することになるであろう。
神がお造りになった他の被造物の生存を破壊してそれを神に生け贄として捧げるというのは、いってみれば誰かが急に君の家に侵入してきて、君が汗水たらして働いたお金で何年もかかって買い集めた〈財産〉を意気揚々とぶち壊すようなものだ。
真剣によく考えて、私が今話したことをしっかりと頭に思い描いてみたまえ。そしてその上で次の質問に答えてほしい。
君はいったい、君の家に侵入してきた無礼きわまる泥棒に好意をもったり、感謝したりするかね?
もちろん、しやしない! 絶対にノーだ!
それどころか君の全存在は怒り狂い、何とかその泥棒をとっちめてやりたいと思うだろう。そして精神の全組織を総動員して復讐の手段を見つけようとするだろう。
しかしたぶん君は、以上のことはすべて認めてもこう言うだろう。
「そうは言っても、ぼくはただの人間にすぎないから……」
まさにそのとおり、君はただの人間だ。《神》が《神》であり、人間のように復讐心が強くなく、邪悪でもないのはとてもいいことだ。もちろん彼は、君が何年もかけて買い集めた財産を台無しにしたあの強盗を君が罰するように君を罰したり、復讐したりはしない。
いうまでもないことだが、《神》はすべてを赦される。これは宇宙の法則なのだ。
しかし彼の被造物は(この場合は人間だが)このあまりに慈悲深く、あらゆるところに充満する彼の善良さを悪用してはならない。人間は彼が造りたもうたものすべてをただ好きになるだけでなく、面倒も見なくてはならないのだ。
だがここ地球では、人間は事もあろうに他の形態をもつ生物を清潔なものと不潔なものに区別してしまった。
いったい何を基準にしてこんな区別をしたのか教えてほしいものだ。例えば、なぜ羊は清潔でライオンは不潔なのか?
彼らはどちらも等しく生物なのではないのか?
これも人々がでっちあげたのだ……しかしなぜ彼らはこんなことをでっちあげて区別を作り出したのだろうか? 理由は簡単だ。羊は非常に弱い上に愚鈍だから、人間は彼らに対しては何でも好きなことがやれる。
逆に人々がライオンを不潔と呼ぶのは、ライオンに対しては思い通りのことができないという、ただそれだけの理由なのだ。
つまりライオンは人間より賢く、それにまた強いのだ。
ライオンは人間に黙って殺されたりしないばかりか、近づくことさえ許そうとはしない。もし誰かが勇気をふるって近づいたとしたら、この〈ライオン氏〉は彼の頭にしたたかな一撃を浴びせ、かくしてこの勇者の生命はたちまち、〈アルビオン島の住民〉の行ったことのないところへと飛び去っていくのだ。
もう一度言おう……ライオンが不潔とされるのは人間がそれを恐れているからであって、ライオンは人間より100倍も高次の強い生物なのだ。羊が清潔なのは、ただ単にそれが人間よりずっと弱く、これも繰り返すが、ずっと愚鈍だからにすぎない。
あらゆる生物は、その本性と、先祖が獲得して遺伝によって伝えられた理性の段階とに従って、他の形態をもつ生物との関係の中で、ある確固たる場所を占めている。
私が言ったことをはっきりさせるのにちょうどいい例は、犬と猫の中ですでに完全に結晶化している精神の違いだ。
犬を少しばかり可愛がって、君が喜びそうなことなら何でもやるように飼い慣らしてやれば、そのうち犬は下品なまでに従順になり、君に愛情を示すようになるだろう。
君の後をじゃれついて回り、今よりいっそう君を喜ばせようと、あらゆる嬌態(きょうたい)を演じるのだ。
君はこの犬と仲良くすることもできるし、お望みなら叩いて傷つけることもできる。いずれにせよ犬は絶対に君を裏切らず、常に前よりいっそう君に媚びへつらうだろう。
これと同じことを猫にやってみなさい。
どうなると思う? 犬と同じように君の侮辱的な態度に応えて、媚びへつらうようにはしゃぎまわると思うかね? とんでもない。
たとえその猫にはすぐに仕返しするだけの力がなかったとしても、きっと自分に対する君の態度を長らく覚えておいて、いつの日にかきっと仕返しをするだろう。
例えば、猫はよく眠っている人間の喉を噛み切るといわれているが、もし猫がそんなことをする理由さえわかれば、実際ありそうな話だ。
そう、猫は自分の足で立ち、自分の価値を知り、そして誇りをもっている。なぜかというと、それが猫だからであり、そしてその本性が、祖先が立てた功績によってまさにあるべき理性の段階にあるからなのだ。
ともあれ、いかなる生物、いかなる人間もこれに関して猫に腹を立てることはできない。
それが猫であり、そしてその祖先の功績のおかげで体内にそのような段階の〈自己に対する意識〉をもっていることが、いったい猫の責任だろうか?
我々は猫を蔑んだり酷い扱いをしたり、ぶったりしてはならない。逆に猫に対して、〈自己に対する意識〉の進化の階段をより高いところまで昇ったものとして、それにふさわしい敬意を払わなくてはならない。』
ところでだな、坊や。惑星〈
デサグロアンスクラッド〉のかつての有名な予言者であり、今ではもう、客観道徳の詳細に関する全宇宙の主調査官の助手になっている偉大なる〈アルホーニロ〉は、生物相互間の関係についてこう言ったことがある。
『もしある生物がその理性によってあなたよりも高次の存在であるならば、あなたは常にその生物の前にひれ伏し、そしてどんなことでも彼を真似なければならない。しかしもしその生物があなたより低次の存在であれば、あなたは彼に対して公正でなければならない。なぜなら、あなたもかつては、われらが《創造主》にして《あらゆるものを維持なさる方》の理性の段階という聖なる規準に照らして見れば、同じ位置にいたからである。』
というわけでだな、坊や。地球でのわしの友人と交わしたこの最後の会話は彼に非常に強い影響を及ぼしたので、その後丸二日間というもの、彼は何一つせずにひたすら考えこんでしまった。
そしてその結果、僧侶アブディルはついに(もっと早くそうすべきだったのだが)、この生け贄の奉献という慣習についての真実を感得し、それを深く認識するようになったのだ。
この会話の数日後、全ティクリアミッシュの二大宗教祭儀のうちの一つである〈サディク〉と呼ばれるものが催された。そこで我が友アブディルは、彼が司祭長を務めている寺院で、儀式の後で行う通常の説教のかわりに突然生け贄の奉献について話し始めた。
わしもその日はたまたまその大寺院に行っていたので彼の話を聞くことができた。
彼の話のテーマはそのような時や場所にしては珍しいものであったが、前例がないほど見事に美しく話したので、誰にも違和感を与えなかった。
実際彼は実に巧みに、しかも真剣に、そのうえ説得力のある適切な例をたくさん織りまぜて話したので、話が進むにつれて、集まっていたクールカライの住民たちはひどく泣きだしてしまった。
彼の話したことは会衆全員に恐ろしく強い印象を与えた。そのため、話が通常の30分ないしは一時間をはるかに超えて翌日まで続いたにもかかわらず、話が終わっても、まるで魔法にかかったかのように誰一人立ち去ろうとはしなかった。
その後、彼の演説の断片が、それを聞かなかった者の間に広まり始めた。
実に面白いことに、当時の僧侶は自分の教区の信者からの捧げ物だけで生存しており、その点では僧侶アブディルも例外ではなく、通常の生存に必要な種々の食料、たとえば〈ニワトリ〉とか〈羊〉とか〈ガチョウ〉とかいった様々な形態をもつ生物の〈死骸〉を煮たり焼いたりしたものを彼の教区民から受け取ることを習わしにしておった。しかし彼のこの有名な演説があってからは、誰も彼にはそれまでの慣例的な捧げ物はもってこなくなり、かわりに果物や花、あるいは手工芸品といったようなものだけをもってくるようになった。
演説の翌日にはたちまち、地球でのわしの友人はクールカライの全市民の間でいわゆる〈流行の僧侶〉となり、彼が司祭を務めていた寺院はクールカライの住民でいつもいっぱいになったばかりか、彼は他の寺院でも話をするよう強く頼まれるようになった。
そこで彼は生け贄の奉献に関する話を何度も行ったが、そのたびに讃美者は増える一方だった。そのため彼はまもなくクールカライの住民の間でだけでなく、ティクリアミッシュ全土で有名になっていった。
彼のこの人気に対して全聖職者、つまりわしの友人と同じ職に就いている男どもは警戒心と不安を募らせ、ついには彼の説くことにことごとく反対するようになったのだが、もしこういうことが起こらなかったらいったいどんな結果になっていただろうか、わしには想像もつかん。
明らかに彼の同僚たちは、もしこの生け贄の奉献という慣習がなくなれば彼らのすばらしい収入もなくなり、ひいては彼らの権威も徐々にぐらつき、ついには崩壊してしまうことを恐れたのだ。
僧侶アブディルの敵は日ごとに増えていき、彼らは、アブディルの人気と重要性を低下させ、あるいは覆すために、彼に対する中傷や当てこすりを次々に広めていった。
さらに彼の同僚たちは自分たちの寺院で、アブディルが説いたのと正反対のことを説教し始めた。
そしてとうとうこの聖職者連中は、かわいそうなアブディルに対してありとあらゆる暴力行為を計画し、これを実行するために〈
ハスナムス〉的特質をもつ様々な人間に賄賂を贈るということまでやりはじめた。そして実際、今言った特質を有する取るに足りない人間どもは、彼に贈られる色々な食用の捧げ物にスキを見ては毒を盛り、彼の生存そのものを破壊しようとさえしたのだ。
こうしたことにもかかわらず、彼の教えの真剣な讃美者の数も日ごとに増えていった。
ついに聖職者集団も、もはやこれ以上我慢できなくなった。そして、わしの友人にとっては実に悲しむべきある日、全教会裁判が開かれ、四日間続いた。
この全教会裁判の判決文によって、わしの地球での友人は聖職者階級から完全に追放されたばかりか、彼の同僚たちはさらにひどい迫害方法を考え出した。
当然ながらこういったことは、少しずつではあるが普通の人間たちの精神に強い影響を及ぼし、そのため初めは彼を尊敬していた者たちでさえ次第に彼を遠ざけるようになり、果ては彼に関する様々な中傷を自分でもやり始めた。つい昨日彼に花やその他様々な捧げ物をし、彼をほとんど崇拝せんばかりにしていた者たちも、絶えず流れてくるゴシップのためにまもなく彼に激しく敵対するようになった。それはまるでアブディルが彼ら自身を傷つけたばかりか、彼らの近親者や愛する者たちを皆殺しにしたかのような激しさであった。
この奇妙な惑星に生息する生物の精神とはおおむねこのようなものだ。
要するに、まわりの者に対する心からの善意ゆえに、我がよき友は恐ろしいほどの苦難を耐え忍ばなくてはならなかったのだ。しかし恐らくはそれさえも、我が友人の同僚たち、および彼のまわりの〈神のごとき〉人間どもが彼に加えた良心の欠片もない極悪非道なクライマックスがもたらした破局がこなかったならば、何でもなかったかもしれない。破局というのはつまり、彼らはついに彼を殺してしまったのだ。
その経緯は次のとおりだ。
わしの友人はクールカライ市からかなり離れたところの出身であったために、この市内には一人の親戚もいなかった。
それにまた、彼が重要人物であったがためにかつては彼のまわりに群がっていた何百という召使いや取るに足りない人間どもも、もはや彼は重要人物ではなくなったというごく当然の理由で、この時にはすでに彼の元を離れていた。
最期の時が近づく頃には、彼に長く付き従ってきた非常に高齢の老人がたった一人残ったきりだった。
しかし実をいうと、この老人が彼のもとに残ったのは、地球上の異常な生存ゆえにほとんどの人間が早々と達してしまう高齢のためであった。言いかえれば、地球上の生存条件の下で必要とされるいかなることに対しても、この老人は完全に無用な存在になっていたのだ。
つまり彼はただどこにも行くところがなかったというだけの話で、だからこそ老人は、わしの友人が重要性を失い、さらには迫害を受けた時にも彼を見捨てず、そこに留まったのだ。
ある悲しい朝、この老人がわしの友人の部屋に入っていくと、彼が殺されて、その惑星体がバラバラに切断されているのを発見した。
わしが彼の友人だということを知っていたので、老人はすぐにわしのところに来てこのことを告げた。
前にも言ったように、わしはこの友人を最も親しい者として愛するようになっておった。だからこの恐ろしい報告を受けた時には、わしの身体全体にもう少しで〈
スキニコーナルツィーノ〉が起こりそうになった。つまりわしの各センター間の繋がりがほとんど切れそうになったのだ。
しかし、しばらくするとわしは、あの血も涙もない連中がわしの友人の惑星体にもっと酷いことをするのではないかという危惧の念に襲われた。そこでわしは、少なくともこの不安が実現することだけは防ごうと考えた。
それでわしは直ちに多額の金で適当な人間を何人か雇い、誰にも知られないように彼の惑星体をわしの
セルチャン、つまりそこからあまり遠くないオクソセリア河につないでおいたイカダに運んで一時的に安置した。このイカダを捨ててしまわなかったのは、そこからこのイカダで、コルヒディアス海に置いてきたわれらの
宇宙船オケイジョンに帰ろうと考えていたからだ。
しかしわしの友人の生存がこんな悲惨な結末を迎えたことも、生け贄の奉献の廃止に関する彼の説教と説得が非常に多くの者に及ぼした影響力を止めることはできなかった。
実際、生け贄の奉献のために屠る生物の数は目に見えて減り始め、たしかに時間が経ってもこの慣習が完全に廃止されることはなかったものの、それでもかなりの程度沈静化した。
それに今のところ、わしにとってはそれで十分だった。
もうそこにそれ以上留まる必要もなかったので、わしはすぐにコルヒディアス海に引き返し、友人の惑星体をどうするかを考えることにした。
宇宙船オケイジョンに戻ってみると、火星からわし宛てにエテログラムが来ており、それには、
惑星カラタスから別の生物の一団が来ているのですぐに帰還されることを望む、とあった。
このエテログラムのおかげで実に奇妙な考えが頭に浮かんだ。つまり友人の惑星体をここ地球で処置するかわりに、惑星火星に持ち帰ってその内部に納めてはどうかと思ったのだ。
わしはこの考えを実行に移すことに決めた。というのも、この友人を憎んでいた敵どもは彼の惑星体を捜し、もし偶然それがこの惑星の体内のどこに納められたか、つまりおまえのお気に入りたち流にいえば〈埋葬されたか〉を嗅ぎつけたならば、必ずやこれを捜し出して残虐な行為を働くと思ったからだ。
そこでわしはすぐに宇宙船オケイジョンに乗りこみ、コルヒディアス海から火星へ向けて飛び立った。火星では我々の仲間や何人かの親切な火星人たちが、惑星地球で起こった出来事をすでに聞いていて、わしがもち帰った友人の惑星体を丁重に出迎えてくれた。
彼らは惑星火星の慣例的な儀式に則って彼を埋葬し、その場に彼にふさわしい建造物を立てた。
いずれにせよこれは、惑星地球の生物のために、おまえのお気に入りたちのいわゆる〈墓〉が、この近くて遠い、そして地球の人間にとっては全く近づけない惑星火星の上に立てられたケースとしては最初で、そしてまず間違いなく最後のものになるだろう。
後になって知ったのだが、この話は全領域維持者閣下である最も偉大なる大天使〈
セトレノツィナルコ〉、つまり宇宙の中の
オルス系が属している領域の全領域維持者に伝えられ、そしてこれを聞いた彼はとても喜び、わしの地球での友人の魂をどう扱うかに関してしかるべき担当者に命令を下したということだ。
火星では、
惑星カラタスから新たにやってきたわが種族の者たちがわしを待ちわびておった。ついでにいうと、彼らの中にはおまえのおばあさんになる人も混じっていたが、彼女は、惑星カラタスジルリクナー長の指示によって、わしの血統の存続のためにわしの受動的半身となるべく送られてきたのだ。」

実際、生け贄に関する考古学的証拠はたくさん出土、もしくは水中から見つかっていますが、それがどんな経緯で廃止されたか?という伝説はないように思います。
この物語はグルジェフがどこかで見つけたのか、聞いたのか、もしくは催眠術で聞き出したか、高次の情報源から学んだかはわかりませんが、興味深い内容ではあります。
この恐ろしい習慣が「神の名において」復活しないように願います。

第20章 惑星地球へのベルゼバブの三度目の飛行

少し間を置いてから、ベルゼバブはさらに、次のように続けた。
「今回わしは我が家、つまり惑星火星にほんの短期間しか滞在しなかった。新しく火星にやってきた人たちと会って話し、それからわが種族全体に関わるいくつかの指示を与えるだけにしたのだ。
その仕事を片付けてから、わしは先ほど話した目的、つまりこの奇妙な三センター生物の間に見られる、他の脳組織をもつ生物の存在を破壊することによっていわば聖なる仕事をするという恐るべき慣習を根絶するという目的を達成するために、再びおまえの惑星に降下していった。
惑星地球へ降下するのはこれが三度目であったが、今回は宇宙船オケイジョンを現在カスピ海と呼ばれているコルヒディアス海にではなく、当時〈恩恵の海〉と呼ばれていた湖に降下させることにした。なぜこの湖に降りることに決めたかというと、わしは今回、アシュハーク大陸の第二のグループに属する生物たちの首都であり、当時ゴブ市という名で呼ばれていたこの海の南東岸に位置する街へ行きたかったからだ。
当時のゴブ市はすでに大きな街で、極上の〈織物〉や最上のいわゆる〈高価な装飾品〉の生産で惑星中に知れ渡っていた。
このゴブ市は、この国の東の高地に端を発して恩恵の海に注ぎこんでいる〈ケリア・チ〉と呼ばれる大きな河の河口の両岸に広がっておった。
この恩恵の海へはもう一つ、東側から〈ナリア・チ〉と呼ばれる大きな河が流れこんでいた。
アシュハーク大陸の第二グループの生物が主に生存していたのは、この2つの大きな河の流域であったのだ。
かわいい坊やよ。もしお前が望むなら、アシュハーク大陸のこのグループに属する生物の誕生の歴史についても少し話してあげよう。」とベルゼバブはハセインに言った。
「ええ、お祖父様。ぜひお願いします。ぼくは興味と感謝をもってあなたの話をお聴きします。」と孫は応えた。
そこでベルゼバブは話し始めた。
「今わしが話している時期よりずっとずっと前、つまりあの呪われた惑星に起こった二度目の大異変のずっと前、アトランティス大陸がまだ存在し栄華の絶頂にあった頃、その大陸の普通の三センター生物の一人が(これはわしの最近の詳細な調査で明らかになったのだが)当時〈ピルマラル〉と呼ばれていた特殊な外観をもつ生物の角の粉末があらゆる種類のいわゆる〈病気〉にとてもよく効くという話を〈でっちあげた〉のだ。彼のこの〈でっちあげ〉はその後おまえのお気に入りの惑星の様々な〈馬鹿ども〉によって広められ、そのため地球の普通の生物の理性の中には、幻想の方向へと向かう要因が徐々に結晶化されていった。
ついでにいうと、それが誘因となっておまえのお気に入り、特に現代人一人一人の身体全体の中に、彼らが〈目覚めた存在〉と呼ぶものを司る理性が形成されたのだが、これこそが、彼らの中に蓄積されてきた信念がしょっちゅう変わる主な原因なのだ。
当時、おまえのお気に入りの三脳生物の体内に結晶化したこの要因のせいで、いわゆる〈病気になった〉者にはすべてこの角の粉末が与えられ、それを飲まなくてはならないという慣習ができあがっていった。
ピルマラルが今もそこに生息しているということは言っておいてもいいだろう。しかし現代人はそれを単に、彼らが〈鹿〉と呼んでいる生物の一種だとみなしているので、特別な名前はつけておらん。
さて坊や。アトランティス大陸の生物はこの角を入手するためにこの形態をもつ生物を実にたくさん殺したので、たちまちそれは絶滅してしまった。そのため、当時これらの生物を狩ることを職業としていたあの大陸の生物たちは、これを狩るために他の大陸や島々にまで出かけていくようになった。
この狩りは非常に難しかった。というのも、ピルマラルを捕まえるには多くのハンターが必要だったからだ。そこでプロのハンターたちは、手伝いをさせるためにいつも家族を連れていった。
ある時何家族かのハンターが集まって、当時〈イラナン〉と呼ばれていたはるか遠くの大陸にピルマラルを求めて出かけていったが、この大陸は二度目の大変動によって変化を被った後は〈アシュハーク大陸〉と呼ばれるようになった。これがおまえのお気に入りの現代人が現在〈アジア〉と呼んでいる大陸だ。
おまえのお気に入りのこの三脳生物に関する話を続けるに当たって、次のことを強調しておけば何かと便利だろう。すなわち、
地球を襲った二度目の大異変の時に起こった様々な地殻変動により、イラナン大陸のある部分は惑星中に陥没し、その場所に別の大地が現れてもとの大陸と結合した。その結果この大陸はかなり変化して、大変動以前にアトランティス大陸が惑星地球に対して占めていたのとほぼ同じ大きさになった
さて坊や。その昔、さっき言ったハンターのグループが家族と一緒にピルマラルの群れを追っているうちに、後に恩恵の海と呼ばれるようになる湖の岸に辿り着いた。ハンターたちのこのグループはその海も岸辺の肥えた土地も気に入ったので、アトランティス大陸に帰る気がなくなってしまった。そしてその時以来彼らは、その岸辺に留まって生存するようになったのだ。
その土地は当時、通常の生存をするには実にすばらしく、また〈
スープタニナルニアン〉だったから、少しでも考えるということができる生物ならばみなそこが気に入ってしまったのだ。
当時この惑星の表面のその〈大地〉の部分には、この外観をもつ二脳生物、つまりピルマラルがたくさん生息していただけでなく、この湖の周辺にはいろいろな種類の〈果樹〉が豊富にあった。
そして当時その果実は、おまえのお気に入りたちの〈第一存在食物〉用の主要産物として食用に供されておった。
それにまた、その頃そこには一脳生物や、おまえのお気に入りたちが〈鳥〉と呼んでいる二脳生物がたくさんいたので、それらが群れをなして飛ぶ時には、彼ら流にいえばあたりは〈真っ暗〉になったものだ。
その地方の中央にある恩恵の海と名づけられた湖には魚がたくさんいて、これも彼ら流にいえば、素手でつかまえることができるほどであった。
恩恵の海の岸辺の土壌、そしてそこへ流れこむ二つの大河の流域の土壌は、どの場所であろうと何でも好きなものが栽培できるほど肥えておった。
一言でいえば、ハンターとその家族はこの地方の風土およびその他すべてが非常に気に入ったので、前に言ったように、彼らの誰一人としてアトランティス大陸に戻りたいとは思わなかった。そしてこの時から彼らはそこにとどまり、すぐにその土地に順応して繁殖し、いうなれば〈安楽この上なく〉暮らすようになった。
さてここで、この二番目のグループの最初の者たちと最近の彼らの子孫の双方にとって後々非常な重要性をもつに至る、極めてまれな偶然の一致について話しておかなくてはならん。
今言ったように、アトランティス大陸から来たハンターたちが恩恵の海にたどり着いてそこに定住する決意をした頃、すでにこの湖の岸には、〈
アストロソヴォール〉というセクトに属し、またある知識人協会の会員で、彼と同様の人間はそれ以後今日まで惑星地球には現れなかったし、たぶんこれからも現れないような、そんな非常に重要な一人の人間が、やはりアトランティス大陸から来て住みついていた。
その知識人協会は、当時〈
アカルダン〉という名で存在していた。
さて、
アカルダン協会の会員であるこの人間が恩恵の海の岸にやってきたのには次のようなわけがあった。
二度目の大変動の少し前、当時アトランティス大陸に生存し、この真に偉大な知識人協会を組織していた正真正銘の知識人たちは、何か非常に重大なことが自然の中で起こるに違いないということに何かのきっかけで気づくようになった。そこで彼らは自分たちの大陸のあらゆる自然現象を注意深く観察し始めた。しかしどんなに一所懸命やってみても、何が起こるかを正確に突き止めることはできなかった。
少し後になると、彼らは同じ目的で他の大陸や島々に会員を派遣した。恐らく同様の観察方法で何が差し迫っているのか突き止めることができると思ったのだろう。それぞれの地へ送り出された会員たちは、惑星地球上の自然だけでなく、当時の彼らの表現を借りれば〈天界の現象〉も観察することになっていた。
そのうちの一人、つまり先ほど話した重要人物は、観察の地としてイラナン大陸を選び、召使いを伴ってそこへ移住し、後に恩恵の海と呼ばれるようになるこの水域の岸辺に落ち着いた。恩恵の海の岸に生存するようになった前述のハンターたちの幾人かがたまたま出会ったのは、ほかならぬ
アカルダン協会のこの博識な会員だったのだ。彼はこのハンターたちもアトランティス大陸からやってきたのを知って当然のことながら非常に喜び、親交を結ぶようになった。
その後間もなくアトランティス大陸が惑星中に陥没してしまうと、この博識な
アカルダンの会員ももはや帰る場所がなくなってしまい、それで未来のマラルプレイシーとなるこの場所にハンターたちとともにとどまることにした。
間もなくこのハンターたちのグループは最も賢明な者であるこの知識人を彼らの首長に選んだ。そしてその後……偉大なる
協会アカルダンのこの会員はハンターの娘であるリマラという名の女性と結婚し、それからというもの、今では〈アジア〉と呼ばれているこのイラナン大陸の第二グループの生物の祖先たちとずっと生活を共にしたのだ。
長い時が流れた。
惑星地球のこの場所で、生物は生まれては再び消滅し、それに従ってこの種の地球生物の精神の全般的なレベルは、時には良い方に、また時には悪い方にと変化していった。
この生物はいつも恩恵の海の岸辺とそこに流れこむ2つの大きな河の流域に生存するのを好んではいたが、数が増すにつれて徐々にこの国のあちこちに散らばっていった。
ずっと後になってようやく、彼らの生存の中心地がその湖の南東岸に形成され、彼らはこの場所をゴブ市と呼んだ。そしてこの都市は、アシュハーク大陸の第二グループの生物たちの首長、つまり彼らが〈王〉と呼ぶ首長が生存する主たる場所となったのだ。
この王の務めはここでも世襲によって継承されたが、これは最初に首長に選ばれたあの知識人協会
アカルダンの博識な会員から始まった。
わしが今話しているこの時代には、第二グループの人間たちの王は彼の曾孫(ひまご)のそのまた孫で、名を〈コヌジオン〉といった。
わしの最新の詳細な調査研究が明らかにしたところによると、運命の意志によって彼の臣民となった者たちの間に発生していた恐るべき悪を根絶する非常に賢明かつ実に慈悲深い方法を実行したのは、ほかならぬこのコヌジオン王であった。彼が、かの賢明かつ慈悲深い方法を実行したのには次のような理由があった。
ある時コヌジオン王は、彼の共同体の者たちがどんどん仕事の能力を失っていき、以前にはなかった、あるいは、たとえ起こったとしても全く例外的な現象と思われるような犯罪、強盗、暴力沙汰といった種類の事件が増えていることに気づいた。
このことを発見したコヌジオン王は、いたく驚くと同時に深い悲しみに沈んだ。そして熟考の末、彼はこの悲惨な現象の原因を探ることを決意したのだ。
長い間観察を続けた結果、ついに彼は、この現象の原因は彼の共同体の者たちの間に新たに広まった習慣、つまり当時〈グルグリアン〉と呼ばれていた植物の種を噛む習慣であることを突き止めた。この惑星上形成物は現在の惑星地球にも繁殖しており、おまえのお気に入りたちの中でも〈教養がある〉と思っている者どもはこれを〈パパヴェルーン〉と呼んでいるが、普通の人間は単に〈ケシ〉と呼んでおる。
要するに問題は、当時のマラルプレイシーの人間たちは、いわゆる〈完熟〉した時に間違いなく刈り取らなくてはならないこの惑星上形成物の種子を噛むのが何より好きだったということだ。
さらに注意深く観察し、私見を挟まずに調査を続けていくうちに、コヌジオン王はその種が〈何か〉を含有していることをはっきり突き止めた。そしてその〈何か〉は、それを摂取した人間の精神の中にあるすべての既成の習性をしばらくの間完全に変えてしまい、その結果、その間彼らは以前に慣れ親しんでいたのとは全く違うふうに見たり感じたり行動したりするようになる。
これを摂取すると、例えばカラスがクジャクに見えたり、水槽は海に、耳ざわりな騒音は音楽に、善意は悪意に、侮辱は愛にといった具合に感じられるというわけだ。
以上のことを確信すると、コヌジオン王は自分の共同体の全住民に向かって、この植物の種を噛むのをやめるよう彼の名において厳格な命令を下し、それを発布すべく信頼できる忠実な臣下を直ちに共同体中に派遣した。それと同時に、この命令に従わない者には処罰と罰金を課するよう手配した。
この処置のおかげで、マラルプレイシーの国ではこの種を噛む習慣は減少したように見えた。しかし間もなく、これを噛む者の数は表面上は減ったように見えても、実は以前より増えていることが判明した。
これを突き止めた賢明なるコヌジオン王は直ちに、これを噛むのをやめない者にはさらに厳しい罰を課することにした。同時に彼は臣民の監視を強化し、処罰の執行を以前にもまして厳格にした。その上、彼自らゴブ市の隅々まで歩きまわり、自分で罪を判定し、肉体的にも道徳的にも様々な刑罰を課することによってこの習慣の廃止を強く訴えた。
しかしこういった努力にもかかわらず、ゴブ市の中でこれを噛む人間の数は増える一方だし、彼の支配下にある領地内の他の場所からも同様の報告が日増しに増えるばかりで、望ましい結果は一向に得られなかった。
そのうち次のことが明らかになった。すなわち、これを噛む人間の数がさらに増えた大きな理由は、今まで噛んだことのなかった三脳生物の多くが、今では単にいわゆる〈好奇心〉から噛み始めたということだ(この〈好奇心〉なるものはおまえのお気に入りの惑星の三脳生物の精神の特性の一つだ)。言いかえれば、王がこれほどまでに執拗に、かつ冷酷なほど厳しく噛むことを禁じ、また罰しているこの種を噛めばいったいいかなる効果が現れるのか自分で試してみようという好奇心から噛むようになったのだ。
ここではっきり言っておかねばならんが、今言った彼らの精神の特性は、アトランティスが消滅した直後におまえのお気に入りたちの中で結晶化し始めた。ということはつまり、それ以前の時代の人間たちの中では、まだ現代の三脳生物の中でほど野放図には作用していなかったということだ。事によると現代の三脳生物は、〈
トゥースーク〉の髪の毛よりたくさんこの特性を有しておるかもしれん。
それでだな、坊や。
自ら実施した方策から出てきた唯一の結果が、罰された数人の人間の死であることを目の当たりにした賢明なるコヌジオン王は、今言ったような方法ではとてもグリグリアンの種を噛みたいという彼らの熱狂的な欲求を根絶することはできないと悟って、それまでの方法をすべて廃棄し、彼の共同体にとって悲しむべきこの悪習を打破する別の、真に効果のあがる手段を見つけるべく真剣に再考しはじめた。
これはずっと後になって(それも極めて古い遺跡のおかげで)わかったことだが、偉大なるコヌジオン王は自分の部屋に戻り、18日間というもの、文字通り寝食を忘れてひたすら思索に没頭した。
ここで特に注意しなくてはならないが、わしの最近の調査が明らかにしたところによると、なぜ当時コヌジオン王がこの悪習を根絶する方法を見つけることにこれほど必死になったのかというと、彼の共同体ではあらゆる事態が悪化の一途をたどっていたからだ。この悪弊に身をゆだねていた人間たちはほとんど働くのをやめており、そのため、いわゆる公庫収入は完全に途絶え、共同体全体の根本的な荒廃は避けられないように思われた。
そこでついにこの賢王は間接的に、つまり彼の共同体の人間たちの精神の弱点に働きかけることによってこの悪弊を処理することを決意した。この目的のために彼は、当時の人間たちの精神にぴったり合った実に独創的な〈宗教教義〉を創案した。そして自らの手になるこの考案を、自由に使えるあらゆる手段を使って臣民の間に広めていったのだ。
この宗教教義の中では次のようにいわれていた。
すなわち、われらがアシュハーク大陸からはるか遠いところに大きな島があり、そこに我々の〈神様〉がおわします、とな。
もちろん当時の人間は誰一人として、自分たちの惑星地球以外に宇宙凝集体があることなど知らなかった。それどころか当時の惑星地球の人間たちは、はるか彼方の空間にかすかに見える〈白い点々〉は〈世界〉、つまり自分たちの惑星をおおっている〈ヴェール〉の模様以外の何ものでもないと確信していた。それというのも、当時の彼らの観念の中では、今言ったように、〈全世界〉は彼らの惑星だけで出来上がっていたからだ。
その上彼らは、このヴェールはちょうど天蓋のように特別の柱で支えられており、そしてその柱の基部が自分たちの惑星の上に立っていると確信しておった。
賢明なるコヌジオン王の見事なまでに独創的な〈宗教教義〉の中では次のように述べられていた。

神様は、我々が環境から身を守るために、また我々自身の個人的な用を足すためと同時に、彼のあの島へすでに連れていかれた〈魂たち〉に我々が有効かつ有益に仕えられるよう、今我々がもっているような器官や手足を我々の魂に意図的におつけになった。
そして我々が死んで、魂がこれら特別に付与された器官や手足から自由になると魂は真にあるべき姿となり、すぐに、ほかでもない彼のこの島に連れてこられる。そしてその島で神様は、付随的部分をつけた魂がここアシュハーク大陸でどのように生存していたかに応じて、この島でこれからの生存を送る場所を割り当てられる。
もしある魂が自分の義務を誠実に良心的に果たしてきたのであれば、神様はその魂をこれから先もその島で生存できるようにして下さる。しかしここアシュハーク大陸で怠惰な生活を送って義務を怠り、要するに魂に付随した部分の欲望を満足させるためにだけ生存し、結局彼
(神様)の戒律を守らなかった魂であれば、我々の神様はそれから先の生存をもっと小さな近くの島で送らせるべく追放なさる。
さて、ここアシュハーク大陸には神様に仕える多くの〈精霊〉が存在している。彼らは〈見えない帽子〉をかぶって我々の間を歩きまわっては、誰にも気づかれぬまま我々を観察しつづけ、我々の行いを神様に遂一知らせたり、〈最後の審判の日〉に彼にそれを報告するという任務にあたっている。
とにかく我々は、どんな行いもいかなる考えも彼らから隠すことはできない。
この内容はさらに次のように続く。アシュハーク大陸とちょうど同じように世界のすべての大陸と島々は神様によって造られ、そして今では、先ほど言ったように、彼と、すでに彼の島に住んでいる立派な〈魂たち〉に役立つためにだけ存在している。
つまり世界の大陸と島々はすべて、いわば準備のための場所であり、彼の島に必要なすべてのものの倉庫である。
神様御自身と立派な魂たちが生存するその島は〈楽園〉と呼ばれ、そこでの生存はまさに〈バラよ、バラよ〉なのだ。
すべての河にはミルクが流れ、岸は蜂蜜でできており、そこでは誰も苦労して働いたりする必要はない。幸せな楽しい至福の生存に必要なものはすべて揃っている。なぜなら、ここで必要なものはすべて、我々の大陸も含めて世界中の大陸や島々からあり余るほど供給されているからである。
ここ楽園の島は世界中のあらゆる国民、民族の若くて可愛い女性で満ちあふれている。そして彼女らはみな求められれば、自分を欲する〈魂〉のものになるのである。
このすばらしい島のいくつかの公共の広場には、美しく光り輝くダイヤモンドから深い色をたたえたトルコ石に至るまで、様々な装飾品がいつも保管されていて、すべての〈魂〉は何でも好きなものを、何らの咎めなしにもっていくことができる。
この至福に満ちた島の別の広場には、〈ケシ〉と〈大麻〉のエキスから特別に作られた砂糖菓子が山と積まれている。そしてすべての〈魂〉は昼夜を問わずいつでも好きなだけもっていってよいのだ。
そこには病気というものは一切ない。それにもちろん、〈シラミ〉や〈ハエ〉など、我々に一時の平安も与えないばかりか、我々の生存全体を台無しにするようなものなど一匹もいない。
もう一つの別の島、つまり我々の神様が、(魂〉に一時的に付随する肉体の各部分が安逸をむさぼり、彼の戒律に従って生存しなかった魂をこれから先の生存のために送りこむ小さな島は〈地獄〉と呼ばれている。
この島のすべての河口には燃える松ヤニが流れ、全体の空気は追いつめられたスカンクのような悪息を放っている。ぞっとするような人間の大群があらゆる広場で警笛を吹き鳴らしている。そしてそこの〈家具〉や〈カーペット〉や(ベッド〉からは鋭い針が突き出ている。
この島のすべての〈魂〉に与えられるのは恐ろしく塩辛いケーキが一日一個だけである。それにそこには一滴の飲み水もない。このように、地球の人間ならば絶対に御免被りたいと思うようなことばかりか、心の中で思い描いたことさえないような種類のことがそこにはたくさんあるのだ。

わしが初めてマラルプレイシーの国にやってきた時、この国の三脳生物はみな今話したような独創的な〈宗教教義〉に基づく〈宗教〉の信者で、この〈宗教〉は当時全盛期を迎えていた。
この独創的な〈宗教教義〉の発案者、つまりあの賢明なるコヌジオン王には、これよりずっと前に神聖な〈
ラスコーアルノ〉が起こっていた。つまり彼はもうずっと以前に死んでいたのだ。
しかしもちろん、おまえのお気に入りたちの例の奇妙な精神のおかげで、彼の考案物は彼らの心をしっかりとらえており、マラルプレイシー中の誰一人として当時その独特な教義の真実を疑う者はいなかった。
ところでこのゴブ市でも、わしは到着早々〈カルターニ〉を訪ねたが、これはもうすでに〈チャイハナ〉と呼ばれるようになっていた。
生け贄の奉献の習慣は当時マラルプレイシーの国でも盛んに行われていたが、ティクリアミッシュの国で行われているほど大規模にではなかったということは知っておく必要がある。
クールカライ市でやったのと同じように、ゴブ市でもわしは友人にするにふさわしい人間を慎重に探し始めた。
そして間もなくそれにふさわしい友人を見つけたが、今度の友人の職業は〈聖職者〉ではなかった。
今度の友人は大きなチャイハナの所有者だった。わしと彼とは、その地の言葉でいえば、とても仲良くなったのだが、クールカライ市の聖職者アブディルに対してわしの本質の中に芽生えた一種不可思議な〈絆〉はついに彼との間には生まれなかった。
その時わしはもう丸一ヵ月もゴブ市に滞在していたが、わしの目的に役立つようなことは何一つ決定も実行もしていなかった。ただゴブ市をぶらつき、初めのうちはいろいろなチャイハナに行っていたが、そのうちこの新しい友人のチャイハナに行くようになった。
そうしている間にもわしはこの第二グループの風俗習慣を親しく見聞し、また彼らの宗教の良い点を知るようになった。そしてその月の終わりには、ここでもやはり彼らの宗教を通してわしの目的を達成することに決めたのだ。
じっくり考えた末、わしはそこに存在している〈宗教教義〉に何かを付け加える必要があるのに気がついた。それと同時に、この付け加える部分を、かの賢明なるコヌジオン王のように効果的に彼らの間に広めることができるだろうと考えたのだ。
ちょうどその時わしは、あの偉大な宗教の中で述べられている、神様に後で報告するために我々の行為や思考を観察しているあの〈目に見えない帽子〉をかぶった精霊というのは、ほかでもない、我々の間に生存している他の形態をもつ生物だということにしようと思いついた。つまり彼らこそ、我々を見て、神様に一部始終を報告する存在にほかならないというわけだ。
ところが我々人間は彼らに当然の敬意を払って優遇するどころか、生け贄の捧げ物としてのみならず我々の食物としても彼らの存在を破壊しているではないか。
我々は神様に敬意を表して、これら他の形態の生物の生存を破壊してはならないだけでなく、むしろ逆に彼らに気に入られるようにし、我々が思わず知らず犯してしまう小さな悪い行いを少なくとも神様には報告しないよう彼らに懇願すべきである。以上のことを、わしはこの新しい説の中で特に強調しておいた。
そしてこの新しい付け足し部分を、あらゆる可能な手段を使って広め始めた。もちろん用心に用心を重ねてな。
まず手初めにわしはこの創作を、新しく友人になったチャイハナの所有者を通して広めることにした。
彼のチャイハナはゴブ市の中でも一番大きいものだった。それにこのチャイハナは、惑星地球の人間たちが大好きな赤味がかった液体を飲ませることで広く知られていた。
そんなわけでそこはいつも込み合っており、昼夜を問わず店を開けていた。客はゴブ市の住民だけでなく、マラルプレイシー全体からやってきた。
間もなくわしは、チャイハナに来ている人間たちに手当たり次第に話しかけ、彼らを説得するのが実に巧みになった。
なかでもわしの新しい友人であるチャイハナの所有者自身がわしの創作を一途に信じこむようになり、そのため彼は自分の過去を侮い改めるにはどうしたらいいか途方に暮れてしまった。
彼は絶えず動揺し、他の形態の様々な生物に対して以前とっていた無礼な態度や振る舞いをひどく侮いておった。
日に日に彼はわしの創作の熱心な唱導者になり、自分のチャイハナでそれを広め始めたばかりか、これほどまでに彼を動揺させた真実を広めるために、ゴブ市の他のチャイハナに出かけるまでになった。彼は市場で説教もしたし、何度かは、誰かあるいは何かを記念して造られた聖地(こういった聖地はすでにゴブ市の近郊にはたくさんあった)に巡礼した。
ここでついでに面白いことを教えてあげよう。惑星地球上で聖地なるものが誕生するもとになる情報は、たいてい〈嘘つき〉と呼ばれる人間どもが流すのだ。
この〈嘘をつく〉という病気も地球上に広く蔓延しておる。つまり惑星地球の人間たちは意識的にも無意識的にもしょっちゅう嘘をつく。すなわち、嘘をつくことによって個人的に物質的利益が得られる場合には意識的に嘘をつき、〈ヒステリー〉という病気にかかっている場合には無意識のうちにつくのだ

さて、ここゴブ市では間もなく、このチャイハナの所有者に加えて多くの人間たちが、わしの創作の熱心な支持者となって無意識のうちにわしを援助するようになった。そしてそのうちに、アジアに生存するこの第二グループの人間はみな、わしのこの創作を、突然啓示された疑う余地のない〈真理〉として熱心に説きつつ広め始めた。
その結果、マラルプレイシーの国では実際に生け贄の奉献が減ったばかりでなく、彼らは前例がないほど注意深く他の形態の生物を扱い始めた。
というわけで、まもなくそこではひどく滑稽な道化芝居が始まったのだが、わしは自分がこの創作のそもそもの張本人でありながら、笑いを抑えるのにひどく苦労したものだ。
この滑稽な道化芝居は、例えばこんな具合に始まった。
ゴブ市の相当な地位にある裕福な商人が、ある朝ロバに乗って自分の店に向かっていたが。その途中、群衆が寄り集まって彼を口バから引きずり下ろした上、さんざん痛めつけた。というのも、彼が生意気にもロバに乗っていたからだ。それから群衆はロバに向かって深々とお辞儀をすると、このロバを自由にしてやって、ロバが行くところへつき従っていった。
かと思うと、いわゆる〈木こり〉と呼ばれている者が森から町の市場まで自分の牛で木を引いていた。
すると暴徒と化した市民が彼を荷車から引きずり下ろしてひどく打ちのめし、丁重この上なく牛をくびきから外して、牛が行きたがるところまで送っていった。
また、もしこの荷馬車が町の交通を妨害するような場所に置かれているのを見つけたら、市民の群れはこれを市場にまで引きずっていってそこに放っておいた。
それにゴブ市では間もなく、わしのこの創作のおかげでいろいろな新しい習慣が生まれた。
例えば、ゴブ市のあちこちの広場、公共の場や十字路にかいば桶を置いて、朝になると市民が極上の食物を投げこみ、犬やその他飼い主のいない生物に食べさせるという習慣、あるいは日の出の時に恩恵の海にいろいろな食物を投げ入れて〈魚〉と呼ばれる生物に与えるといった習慣ができあがったのだ。
しかし中でも飛び抜けて風変わりなのは、様々な形態の生物の声に注意を払うという習慣であった。そういった生物の声が聞こえると、彼らは自分たちの神々の名を唱え、その祝福を待ち受けるのだった。オンドリの鳴き声あり、犬の吠える声、猫のニャーニャー、猿のキーキー等々……こういった声を聞くと彼らはいつも身震いしたものだ。
ここでひとつ面白いことがある。この宗教の教えるところによれば、彼らの神と、神につき従っている者どもは、彼らが眼差しや祈りを向けるところにではなく、彼ら自身と同じ高さに存在するとされていたにもかかわらず、何らかの理由で彼らは、こういった声を聞いた時にはいつも頭をあげて上方を見るのだった。その時の彼らの顔といったら、これほど面白いものもちょっとないだろうて。」
「失礼ですが、尊師様」とその時口を挟んだのは、ベルゼバブの年老いた忠実な従者であるアフーンだった。彼もベルゼバブの話を非常なる興味をもって聞いていたのである。
「覚えていらっしゃいますか、尊師様。我々もあのゴブ市にいる時、いろいろな生物の鳴き声がするたびに、何度通りにひれ伏したことでございましょう。」
この言葉にベルゼバブはこう答えた。
「もちろん覚えているとも、アフーンよ。あれほど滑稽な印象をどうして忘れることができよう。」
そしてまたハセインの方を向いてこう続けた。
「おまえもよく知っておかねばならんが、惑星地球の人間どもは実に想像もつかぬほど高慢で短気なのだ。もし誰かが彼らと違う見方をしたり、彼らのやることに賛成しなかったり、ましてや彼らの行動を批判したりなどしようものなら、彼らは、何ともやりきれんことだが、心底怒り狂うのだ。
もし彼に権力があれば、生意気にも自分と同じようにしない者、あるいは自分の行動を批判するような者は一人残らず、いわゆる(ネズミ〉や(シラミ〉がうようよしている部屋にぶちこんでしまうだろう。
また時には、怒り狂った者が強大な肉体的腕力をもっていることもある。その場合、もし彼とあまりうまくいっていないある重要な権力者が彼を怒らせたりすると、よほど彼に目を光らせていないかぎり、彼は自分を怒らせたこの人間を、昔にロシアのシドールが自分のお気に入りの羊をぶん殴ったように、袋だたきにしてしまうだろう。
わしは彼らの奇妙な精神のこの側面もよく知っておったので、彼らの気に入らないことをして怒りをかき立てたりする気は毛頭なかった。それにまた、どんな場合でも誰かの宗教的感情を害することはいかなる道徳にも反するということを深く感じてもいたのだ。だから彼らの間にいる時にはいつも彼らと同じように振る舞い、目立ったり注意を引いたりしないように気をつけていた。
ついでに次のことを知っておくのも無駄ではないだろう。おまえのお気に入りたちの通常の生存状態があまりに異常なために、とりわけこの何世紀かは、この惑星地球の奇妙な三脳生物の中でも、大多数の者がやるのとは違う、何というかこう、もっと馬鹿げた振る舞いをする者だけが注目され、尊敬を受けるようになっている。その上、彼らのやることが馬鹿げたものになればなるだけ、また彼らの〈いたずら〉が突拍子もなく、下劣で無礼なものなればなるだけ、彼らはいっそうの注目をあびて有名になり、彼らを個人的に、あるいは少なくとも名前だけでも知っている者たちの数は、その大陸はもちろんのこと、他の大陸でもどんどん増えておるのだ。
(この文章は現代のYoutubeと呼ばれるものにおいて、完全に証明されているといえるかもしれません)
逆に、馬鹿げた振る舞いをしない正直な人間は、いくら温厚で思慮深くともまわりの人間たちの間で有名になることは絶対になく、それどころかそこにいることさえ気づかれないだろう。
それはともかくとしてだな、坊や。このアフーンが茶目っ気たっぷりにわしに思い出させてくれたのは、やはりこのゴブ市でできあがったある習慣のことなのだが、これはさっきも言ったように、様々な形態の生物、とりわけある理由で当時ゴブ市にたくさんいた〈ロバ〉と呼ばれる生物の声を重要なものと考えるという習慣であった。
この惑星でも生物はみな、どんな形態のものでも声で自己を表現するが、ただしある限られた時だけだ。例えばオンドリは真夜中に、猿は腹が減った朝に鳴くといった具合だが。このロバというやつだけは、思いついたらいつでもいななくのだ。おかげでこの馬鹿な生物の鳴き声は昼も夜もひっきりなしに聞こえておった。
さてそれでだな、坊や。ゴブ市ではこのロバの鳴き声が聞こえると、聞いた者はみなすぐにひれ伏して、神を始め、崇拝されているもろもろの偶像に祈りを捧げるということになっておった。おまけに悪いことには、ロバというやつは生まれつきの大声で、恐ろしく遠くにまで聞こえるのだ。
さて、我々がゴブ市の通りを歩いておると、ロバが一頭鳴くたびに市民がガバッとひれ伏しておるのが目に入った。そこで我々も目立ってはならんから同じようにひれ伏さなくてはならなかった。そしてまさにこの滑稽な習慣が、われらがアフーンをあんなにも喜ばせたのだ。
おまえも気がついたと思うがな、かわいいハセインよ。この年老いた男は、もう何世紀も昔に経験したこの滑稽な習慣を、内心ほくそえみながらわしに思い出させたのだよ。」
こう言うと、ベルゼバブは微笑みながら話を続けた。
「言うまでもないが、アシュハーク大陸に生息しておる三脳生物のこの第二の文化の中心地においても、生け贄の奉献のために他の形態の生物を破壊するという慣習は完全に廃止された。もしたまにそういうことが起こると、このグループの人間たち自身が違反者を容赦なく罰したのだ。
こうしてわしは、アシュハーク大陸のこの第二のグループでも、あれほど長期間続いた生け贄の奉献の慣習を根絶することにいともたやすく成功したと確信したので、ここを離れることにした。しかし同じ第二グループの人間たちがその近くでもいくつかの大きな集団を作って生存していたので、ぜひそこにも訪ねてみたいと思い、それでわしは〈ナリア・チ〉河流域一帯に行ってみることにした。
我々はすでに、生け贄の奉献のために他の形態の生物の生存を破壊するという考えおよび習慣が、ゴブ市の住民からこれらの大きな中心地に生息するこのグループの住民たちに伝わっていることを知っていたので、この決心をするとすぐにわしとアフーンはこの河口まで航海し、さらに流れをさかのぼっていった。
我々はようやくのことで、当時マラルプレイシー国の中で最も人里離れた場所だと思われていた〈アルゲニア〉と呼ばれる小さな町に到着した。
ここには、主として〈トルコ石〉と呼ばれるものを自然から取り出すことに従事しているアジアの第二グループの人間たちがかなりの数、生存しておった。
このアルゲニアという小さな町でも、わしはまず例によってあちこちのチャイハナを訪ねて、いつも通りの手順で事を運んでいった。」

第21章 ベルゼバブ、初めでインドを訪ねる
この章には、かの有名なブッダに関してグルジェフが研究した内容が記されております。「意図的な苦悩」という言葉はグルジェフワークでよく出てきますが、この章を読んで、グルジェフ自身がブッダの真の教えに影響を受けたのかな?と思いました。聖仏陀の願いが叶えられることを、私自身願います。

ベルゼバブは話を続けた。
「この小さな町アルゲニアのチャイハナに座っていると、わしからそう遠くないところに座を占めていた数人の人間たちの会話が耳に入ってきた。彼らはいつどんな具合にキャラバンを組んでパール・ランドヘ行くかを話し合っていたところだった。
その会話を聞いているうちに、彼らが自分たちの〈トルコ石〉を〈真珠〉と呼ばれるものと交換する目的で、そこへ行こうとしているのだということがだいたいわかってきた。
ここでぜひ言っておかねばならんが、おまえのお気に入りたちは今も昔も、彼らの言い方を借りるならば、外観を〈飾りたてる〉ために、この真珠やトルコ石を始め様々ないわゆる〈高価な装身具〉を身につけるのが大好きなのだ。しかしわしに言わせるなら、彼らはまさに、自分たちの、いうなれば
〈内面的価値の卑小さ〉を包み隠すためにそんなことをしているのだ。
わしが今話している時代には、今言った真珠はアジアの第二グループの人間たちの間では極めて珍しく、そのため非常に高価であった。ところが当時パール・ランドの国には真珠はいくらでもあり、当然非常に安かった。それというのも、当時真珠はほとんどこの国のまわりの水域からしか採れなかったからだ。
わしはその時すでに、アシュハーク大陸の第三グループの三脳生物が繁殖しているこのパール・ランドヘ行こうと思っていたので、小さな町アルゲニアのチャイハナでわしの近くに座っておった人間たちのこの会話はたちどころにわしの興味を引いた。
この会話を聞いた時、わしの思考活動の中には直ちに次のような連想が湧き起こった。それはつまり、恩恵の海まで来た道を引き返し、そこから宇宙船オケイジョンでパール・ランドに行くよりも、この人間たちの大きなキャラバンに入って一緒に直接そこへ行くほうがいいかもしれないということだ。
当時の地球の人間たちにとっては、こんな旅はほとんど不可能に近く、恐らく非常に時間がかかるにちがいなかったが、それでもわしは、恩恵の海へ引き返す旅にもどんなことが待ち受けているかわからず、これと同じか、またはそれ以上の時間がかかるのではないかと考えたのだ。
その時わしの思考活動の中にこのような連想が湧いてきたのには次のような理由がある。つまりわしはそれよりずっと以前に、この奇妙な惑星の自然の中でも、このキャラバンが通る予定になっているらしい地域の極めて稀な特性についてさんざん聞かされており、その結果、わしの内部ですでに結晶化しているいわゆる〈知識愛〉がその内容から刺激を受けて活動を開始し、そして直ちに、聞いたことすべてを自分で、直接わし自身の知覚器官を通して確認するようわしの身体に命令した、とまあこういうことなのだ。
そこでだな、坊や。わしは意図的にこの話している人間たちのところへ行って座り、彼らの討議に加わった。
その結果、我々も彼らのキャラバンに加えてもらうことになり、その2日後に彼らと一緒に出発した。
それからわしとアフーンは実に異様な、この特殊な惑星の自然の中でもとりわけ例外的な場所を通って行ったのだが、ついでに言っておくと、この場所のある部分は、宇宙でもほとんど前例がないようないわゆる
トランサパルニアン震動なるものをこの不幸な惑星が経験したためにできあがったものなのだ。
最初の日から我々は、ありとあらゆる〈惑星内鉱物〉が塊状に集積してできた異様な形の様々な〈大地の突起〉がある地域ばかりを通っていかなくてはならなかった。
アルゲニアを出発した我々のキャラバンは、彼らの時間計測法でいうところの1ヵ月後に、ある場所にやってきたが、そこの土壌の中では、自然が惑星上形成物を生み出し、そして様々な一脳および二脳の生物が誕生および生存するに適した状態を作り出す可能性がいまだ完全には失われていなかった。
様々な困難の末、ある雨の朝、丘に登った時、我々はついに突然、アシュハーク大陸の端に位置する当時パール・ランドと呼ばれていた地域と、大きな水域とが接している輪郭線が地平線上に現れるのを目にしたのだ。
その4日後、我々はこの第三グループの人間たちの生存の中心地である、当時〈カイモン〉と呼ばれていた町に到着した。
定住する場所を見つけると、最初の日は特に何もしないで町のあちこちの通りをぶらつき、通常の生存プロセスの中でこの第三グループの人間たちが行う独特の行動様式を観察した。
なあ、かわいいハセインよ。アシュハーク大陸の三脳生物の第二グループの誕生の歴史を話したからには、第三グループの発生の歴史についても話しておかねばならんだろうな。」
「ぜひとも話して下さい、大好きなお祖父様。」とハセインは熱っぽい口調で言った。それから非常な尊敬の念をこめて、両手を上に向けて広げながらこう続けた。
「ぼくの大好きな、やさしいお祖父様が、自己を完成されて聖なる〈
アンクラッド〉の位階にまで達せられますように!」
ベルゼバブはこれに対しては何も言わず、笑っただけでまた話を続けた。
「アジアの人間のこの第三グループの起源は、ピルマラルを求める猟師の家族たちが初めてアトランティス大陸から恩恵の海の岸にやってきて、そこに住みつき、アジアの人間の第二グループの基礎を築いた時代よりほんの少し後に始まった。
アトランティス大陸の三センター生物の体内に
器官クンダバファーの特性の諸結果が結晶化しはじめ、そのため彼らの中には、三脳生物にふさわしからぬ様々な欲求に混じって、さっきも言ったように、いわば自分たちを飾りたてるために種々のちゃちな装身具や、あるいは彼らが発明した、かの有名な(お守り〉なるものを身につけたいという欲求が生じ始めた。それはおまえのお気に入りの現代人にとっては限りなく遠い時代、すなわちこの不運な惑星を襲った第二トランサパルニアン震動のほんの少し前のことだった。
現在の惑星地球の大陸でもそうだが、当時のアトランティス大陸でも、今言った装身具の一つがこの真珠だったのだ。この真珠は、惑星地球の〈
サリアクーリアップ〉の中に生息する一脳生物の中で形成されるのだが、この〈サリアクーリアップ〉という部分は〈ヘントラリスパーナ〉とも呼ばれ、あるいはおまえのお気に入りたちなら惑星の血とでも呼ぶだろうが、つまりあらゆる惑星の体内にあって、最も偉大なるトロゴオートエゴクラットのプロセスを実現する仕事にあたっている。ちなみにおまえのお気に入りの惑星ではこの部分は〈水〉と呼ばれておる。
体内で真珠を形成するこの一脳生物は、以前はアトランティス大陸をとりかこむ〈
サリアクーリアプニアン〉、つまり水域に生息しておった。しかしさっきも言ったように、真珠に対する需要は非常に大きく、そのためこの一脳の〈真珠生成生物〉は大量に破壊されてしまい、ほどなくこの大陸の近くには全くいなくなってしまった。そこで、この真珠生成生物の破壊に自分の存在の目的と意義を見いだしておった人間ども、つまり全く馬鹿げた利己的欲望を満足させるためにだけ、しかもその体内から真珠と呼ばれる部分を取り出すためだけにその全存在体を破壞しておった人間どもは、アトランティス大陸近辺の水域にこの真珠生成生物が全然見つからなくなると、彼ら、つまりこの〈専門家たち〉は、それを求めて別の水域へ移っていき、徐々に自分たちの大陸から遠く離れていったのだ。
彼らがこれを求めてさまよっていたある時、〈
サリアクーリアプニアン変位〉と呼ばれるもの、あるいは彼ら流にいえば長びいた〈嵐〉のおかげで、彼らのイカダはある場所へ流れ着いた。そこは、思いもかけず、この真珠生成生物が非常にたくさんいる場所であることがわかり、おまけにそれを破壊するにも絶好の場所だった。
こうして真珠生成生物を破壊する者たちが当時たまたま辿り着き、またこの生物がたくさん生息していたこの水域こそ、当時パール・ランド、今ではヒンドゥスタンあるいはインドと呼ばれる土地を取り囲んでいる水域だったのだ。
当時たまたまそこに辿り着いたこの専門家たちは、初めのうち、彼らの惑星のこの一脳生物を破壊するという、彼らの存在にとってすでに固有のものとなっていた好みを徹底的に満たすこと以外には何ひとつしなかった。それからしばらくして、彼らの通常の生存に必要なものはほとんどすべて近くの大地からとれることを偶然発見すると、ようやく彼らも、アトランティスへは戻らずにそこへ定住することを決意したのだ。
そう決定すると、この真珠生成生物の破壊者のうちの何人かがアトランティス大陸まで船で戻り、採れた真珠を今の新しい土地でまだ不足している様々なものと交換してから、自分たちの家族だけでなく居残った者たちの家族も引き連れて帰っていった。
当時の人間たちにとっては〈新しい〉この国に最初に住みついた者たちは、真珠と新たな地で必要なものとを交換するために、その後も時々祖国を訪れた。そしてそのたびに彼らは、親戚や同族の者、あるいは仕事にどうしても欠かせない労働者を連れて帰ってきた。
さて坊や。その時以来、惑星地球の表面のこの部分は、〈恩恵の土地〉という名で惑星中の三脳生物に知られるようになった。
そんなわけで、
惑星地球を襲った第二の大災害以前に、アトランティス大陸の人間たちはアシュハーク大陸のこの部分にもすでに多数生存しておった。そしてあの第二の大破局がおまえのお気に入りの惑星に起こった時、首尾よくアトランティス大陸から逃げのびた人間たちの多くは、すでにパール・ランドに親戚や近親の者がいたので、次第にかの地に集まっていったのだ
例によって彼らは多産であったから徐々にその数を増やしていき、彼らの惑星の大地のこの部分の人口もどんどん増えていった。
最初のうち彼らは、このパール・ランドの中でもある2つの特定の地域にだけ定住した。そこはパール・ランドの内陸部から流れてくる2つの大河の河口付近で、そのあたりに例の真珠生成生物がたくさん生息しておったからだ。
しかし人口が増えていくにつれて、アシュハーク大陸のこの部分の内陸部にも定住し始めるようになった。それでもやはり、彼らのお気に入りの場所は相変わらずあの2つの河の流域であった。さて坊や。わしが初めてこのパール・ランドにやってきた時、そこでもやはり当地の〈
ハヴァトヴェルノーニ〉を使って、つまり彼らの宗教を使ってわしの目的を達成しようと考えた。
しかし当時、アシュハーク大陸のこの第三グループの人間たちの間には、互いに何の共通点もない全く独立したいわゆる〈宗教教義〉に基づく、いくつかの独特な〈
ハヴァトヴェルノーニ〉あるいは〈宗教〉が存在していることがだんだんわかってきた。
そこでわしはまず、これらの宗教教義を真剣に研究してみた。その過程で、その中の一つ、つまりわれらが《共通の永遠なる創造主》が遣わされた真の使者であり、後には聖仏陀と呼ばれるようになる者の教えに基づくものが最も多くの信奉者をもっていることを発見したので、それ以後わしはその研究に精力のほとんどを注ぐようになった。
惑星地球の表面のその部分に生息する三脳生物についてさらに話を進める前に、簡単にでもよいから次のことを言っておく必要があると思う。つまり、おまえのお気に入りたちの間に奇妙な
ハヴァトヴェルノーニ、あるいは宗教をもつという慣習が誕生してこのかたずっと、そこには二種類の基本的な宗教教義が存在してきたし、現に今も存在しておるということだ。
そのうちの一つは、これら三脳生物のうち何らかの理由で
ハスナムスに特有の精神が機能しはじめた者たちによって生み出されたものだ。そしてもう一つの宗教教義は、天からの真の使者によって説かれた詳細な教えに基づくものだが、これらの使者は、この惑星の三脳生物の体内に結晶化している器官クンダバファーの特性の諸結果を撲滅する手助けをするという目的のために、われらが《共通なる父》のある側近によって時おり送られてくるのだ
さて、わしは、当時パール・ランドの国の住民のほとんどが信奉していたこの宗教を注意深く観察してみたが、これについては少しばかり話しておく必要があるだろう。この宗教は次のような経緯を経て発生した。
これは後で知ったことだが、この第三グループの三脳生物の増加に伴って、
ハスナムスの特性をもつ者たちもしだいに責任ある存在になっていった。そして彼らがこのグループの人間たちの間に有害な思想を広めはじめると、第三グループの三センター生物の大多数の体内で、ある特殊な精神的特性が結晶化するようになり、そしてこの特性は早くも、最も偉大なる宇宙的トロゴオートエゴクラットによって実現される正常な〈物質交替〉を大いに妨げる要因を生み出しはじめた。さてそれで、またしてもこの惑星に生じたこの嘆かわしい結果をある至聖個人が察知するやいなや、地球の、特にこのグループの人間たちのところへ、彼らがこの太陽系全体の生存と多少ともうまく調和して生存できるよう統御すべく、その任にふさわしいある聖なる個人を送りこむことが認可された。
そしてこの目的のために、地球生物特有の惑星体を身にまとって彼らのところに送りこまれた聖なる個人こそ、前にも言った、聖仏陀と呼ばれる者だったのだ。
この神聖個人が地球の三脳生物特有の惑星体をもって送られてきたのは、わしが最初にパール・ランドの国を訪れる数世紀前のことだった。」
ベルゼバブがここまで話した時、ハセインは彼を見ながらこう言った。
「ねえ、お祖父様、話の中であなたはもう何度も
ハスナムスという表現を使われましたね。今のところぼくは、あなたの声の調子とその言葉そのものの響きから、あなたがこの言葉で指しているのは、三脳生物の中でも〈客観的侮辱〉に値する者として他の人間たちから区別されるべき人間だというふうに理解しています。それでいつものように、この言葉の本当の意味と正しい使い方を教えて下さいませんか?」
そこでベルゼバブは、彼特有の微笑みをたたえて次のように言った。
「わしがこの言葉で定義している三脳生物の〈特徴〉については、また適当な時期が来たら説明してあげよう。さしあたり今のところは次のことを知っておきなさい。
この言葉は、三脳生物、すなわち単一の惑星体だけから成る者たちばかりか、体内にすでに高次存在体が形成されているのに、どういうわけか〈客観的良心〉という聖なる衝動を生み出すデータがいまだに結晶化していない者たちをも含む三脳生物の、すでに〈凝り固まってしまった〉身体を意味しておる。」
ハスナムスという語についてこれだけ説明すると、ベルゼバブは話を続けた。
「さきほど話した宗教教義を詳しく研究していくうちに、次のことが明らかになってきた。つまりこの神聖個人は、地球の三脳生物の身体をまとい、そして天から命ぜられた仕事をいかにしたらやり遂げることができるかを真剣に考えぬいた末に、彼らの理性を啓発することによってこの目的を達成しようと決意したのだ。
ここで次のことをしっかり押さえておきなさい。これもやはりわしの詳細な研究で明らかになったのだが、聖仏陀はこの時までには、惑星地球の三センター生物の理性は、その異常な形成過程ゆえに、いわゆる〈
インスティンクト・テレベルニアン〉と呼ばれる理性、つまり外部からそれ相応のショックが与えられた時だけ機能する理性になってしまったということを、この上なく明確に理解しておった。それにもかかわらず聖仏陀は、彼らのこの奇妙な理性、つまり地球の三センター生物にしか見られない特異な理性を使って自分の仕事を遂行しようと決心し、そこでまず彼は、様々な客観的真理を彼らの特異な理性に向かって説くことから始めた。
聖仏陀はまず様々なグループの首長をたくさん集めてこう話した。

『《万物の創造主御自身》と同様の身体をもつ者たちよ!
私の本質をこの地上に送りこんだのは、宇宙に存在するあらゆるものが誕生した結果として最終的に生まれたもの、つまりあらゆるものを啓発し、すべてを正しく導く最も神聖な被造物である。その目的は、ある極めて重要な汎宇宙的必要性に応じてあなた方の祖先の体内に植えつけられ、遺伝によって代々受け継がれてあなた方にまで伝わっているある異常な特性が生み出すものから、あなた方が自らを解放しようとする際に、それを手助けすることである。』

さらに聖仏陀は、自ら秘儀を伝授した者たちにはもっと詳しく話した。

『われらが《共通なる父》の希望を実現するための身体をもった者たちよ!
おまえたちの種族が誕生してまもなく、我々の太陽系全体が正常に存在していくプロセスの中で、ある予期せぬ事故が起こり、それが存在するすべてのものにとって重大な脅威となった。
ある最も高次の至聖個人の説明によれば、この汎宇宙的な不幸な事故に対処するために、他の様々な対策に加えて、おまえたちの祖先の体内の機能を変更する必要が生じた。つまり体内に特別な性質をもったある器官を植えつけたのだが、この器官のせいで、彼らの身体が知覚し、自己の形成のために変容させて取り入れる外界のものはすべて、現実とは違ったものとして受け取られるようになったのだ。
しばらくして、おまえたちの太陽系が安定し正常に存在するようになると、意図的に作り出されたその異常な状態はもはや必要なくなった。そこで我々の《最も慈悲深き共通なる父》は直ちに、これまでとっていた様々な人工的手段を廃棄するよう命じたが、その中には、もはや必要なくなった例の
器官クンダバファーを、その特殊な人工的諸特性と共におまえたちの祖先の身体から除去することも含まれていた。そしてこの命令は、この種の任務に当たっている神聖個人たちによってすぐに実行に移されたのだ。
ところが、これはかなり時が経ってから急に明らかになったことだが、今言ったように神聖個人たちがこの器官のあらゆる特性をおまえたちの祖先の体内から除去したにもかかわらず。法則に従って流れ続けるある宇宙生成物。すなわち〈質〉
(先天的傾向)という名で存在しているもので、これは多少なりとも独立しているあらゆる宇宙生存体の中である機能が繰り返し使われることによって生じるものであるが、この生成物だけは破壊されずに彼らの体内に残ったのだ。
そればかりか、遺伝によって代々受け継がれるようになったこの質のために、
器官クンダバファーの特性から生じる多くの結果も次第に彼らの体内で結晶化していった。
惑星地球に生息する三脳生物の体内で進行しているこの悲しむべき事実が初めて明らかになるや、われらが《共通なる父》の慈悲深い御認可によって、直ちにある神聖個人がここに送られてきた。その目的は、おまえたちと同じ身体をもってはいるが、地球上にすでに確立している諸条件のもとで客観理性を使って自己を完成させたこの神聖個人が、
器官クンダバファーの特性のすでに結晶化した諸結果をいかにしたらおまえたちの体内から除去できるか? そしてまた、おまえたちが受け継いできた質がこれ以上結晶化するのをどうしたら妨げるか?を明瞭に説き示すことであった。
この神聖個人、つまりおまえたちと同じ身体を持ち、やはりおまえたちと同様、三センター生物として責任ある年齢にすでに達していたこの神聖個人が、おまえたちの祖先の通常の生存プロセスを自ら直接指導していた時期には、実際彼らの多くは
器官クンダバファーの特性の諸結果から完全に自らを解放し、それによって自分自身の存在を獲得したか、あるいはそこまでいかないにせよ、彼らに続く人間たちが正常な身体をもって誕生するための基盤としての役割を果たした。
しかしこの神聖個人がここに現れるまでにはもう、人間が作り出した通常の生存状態があまりにも異常なものとなり、しかもこれがガッチリと確立していたために、人間の寿命はすでに異常に短くなっていた。その結果、この神聖個人にもたちまち
聖ラスコーアルノのプロセスが起こらざるをえなかった、ということはつまり、彼もおまえたちと同様時期尚早に死ななければならなかったのだ。そして彼の死後、一つには人間の通常の生存状態がすでに異常なものになっていたため、また一つには、おまえたちの精神の中の知ったかぶりと呼ばれる悪しき特性のために、またしても徐々に以前の状態に戻っていったのだ。
今言った人間の精神の特殊性ゆえに、天から遣わされたこの神聖個人から二世代も経つ頃には、人間たちは早くも彼が説き示したことを歪曲し始め、ついにはすべてが完全に破壊されてしまったのだ。
最も高次の汎宇宙的最終被造物はこれと同じことを何度も繰り返し試したが、その度に、以前と同様何の結果も得られなかった。
時の流れのこの時点、つまりおまえたちの惑星の三脳生物、とりわけパール・ランドと呼ばれる地表部分に誕生し、生存している生物の異常な生存様式が、この全太陽系の正常で調和のとれた生存をすでにひどく妨げ始めている時点で、私の本質は天からおまえたちの中に送りこまれてきた。その目的は、まさにこの地上で私の本質が、おまえたちの本質と協力し合って、ここにすでに確立している諸条件の下で、今おまえたちの中に(ある最も神聖なる宇宙的最終被造物の側の洞察力の欠如のために)存在している諸結果からおまえたちの存在体を解放する道と手段を見つけることなのである。』

これだけ話すと、次に聖仏陀は、まず彼らと話し合うことを通して自分の考えを整理し、その後で、
器官クンダバファーの特性の結晶化した諸結果と彼らの受け継いでいる質とを徐々に彼らの体内から取り除くためにはいかなる生存プロセスを送らなくてはならないか、またいかなる順序で彼らの肯定的部分が、意識的に彼らの無意識的部分の働きを導いてやらねばならないかを説明した。
これもやはりわしの詳しい研究で明らかになったのだが、地球の表面のこの部分に生息する人間たちの内的精神が、この天からの真の使者である聖仏陀によって導かれていた時分には、彼らにとって実に有害なあの諸結果は徐々に彼らの体内から消え始めていた。
しかしここでもまた、どの程度のものであれ客観理性をもっている個人であればみな嘆き悲しむようなことが起こった。つまり、その後この惑星に誕生したすべての世代の三脳生物にとって実に不幸なことに、この天からの真の使者である聖仏陀のすぐ次の世代の人間たちは、ここでもやはり彼らの精神の例の特性である知ったかぶり(これは現在でも、地球上で確立されている異常な生存状態が生み出した主要な産物の一つだが)を発揮して、彼の教えや助言を‘ああだこうだ’と勝手に歪めて解釈してしまったのだ。が、何といっても今回の〈知ったかぶりの大ほら吹き〉は実に徹底していたので、三世代、四世代後の人間たちには、われらが高貴なるムラー・ナスレッディンの言葉によれば、〈元の香りだけがかろうじて伝わってくるわずかな情報〉以外、何一つ伝わらなかったのだ。
彼らは聖仏陀の教えや助言を、少しずつではあるが実に大きく変えてしまったので、もし万一それを生み出した聖なる創造者自身がそこに現れて、何らかの方法でその教えを知ったとしても、彼はその教えや助言が自分が作り出したものだとは想像だにできなかっただろう
わしはここで、おまえのお気に入りたちの間に頻繁に見られるある奇妙な風習に対して、わしの本質からの嘆きを表明せずにはおれん。この風習は、彼らが通常の生存プロセスをいわゆる何世紀にもわたって続けていくうちに徐々に、いわば法則にまでなってしまったのだ。
つまりこの場合、彼らの中にすでに固着してしまっているこの奇妙な風習は、聖仏陀の述べたあらゆる真実の教えや的確な助言を歪め、そればかりか、彼らの精神をさらにいっそう薄弱なものにする要因まで生み出してしまったのだ。
遙か昔にできあがったこの風習とはつまり、ほんの小さな、時にはほとんど取るに足りないようなことでも、外的にも内的にも客観的に良いものである以前からのいわゆる〈通常の生存テンポ〉を悪いほうに変えたり、ひどい場合には完全に崩してしまったりする原因になるというものだ。
そこでだ、坊や。こういった取るに足りない原因、つまりこの場合には、天からの真の使者である聖仏陀のあらゆる真実の教えや的確な助言を歪曲する基礎になったものだが、そういった原因がどのようにして生まれるかを詳しく説明すれば、おまえが興味をもっているこの三脳生物の精神の特異性をもっとはっきり感じ取り、理解する上で絶好の材料になるだろうから、ひとつこれについてできるだけ詳しく話してあげよう。つまり、いったいいかなる経緯でこんな風習ができあがり、そして現在とりわけ顕著に見られる悲しむべき誤解が生まれたかを説明しようと思うのだ。
そのためにはまず、次の2つのことを話しておかねばなるまい。
一つは、わしがこの誤解を解明したのは、今話している時代よりもずっと後だということだ。それが明らかになったのはわしの六度目の降下の時なのだが、その時は、聖アシアタ・シーマッシュ(彼についてはもうすぐ詳しく話してあげよう)についての疑問に関連して、天からの真の使者である聖仏陀の活動を解明する必要があったのだ。
第二の事実というのは、不幸なことにこの悲しむべき誤解のもとは、聖仏陀自身の説明の中の、彼自身が口にしたある言葉だったということだ。
事実、聖仏陀自身が、彼自ら秘儀を伝授した最も近い弟子たちに、遺伝によって彼らが受け継いでいる
器官クンダバファーの特性の例の諸結果を彼らの本性の中から何とか駆逐する方法について説明していた時、はっきりとその言葉を口にしたのだ。
つまり彼ははっきりと次のように言った。

『おまえたちの本性の中に存在する、
器官クンダバファーの特性の諸結果が結晶化する傾向を効力のないものにする最良の手段の一つは、〈意図的苦悩〉である。そしておまえたちの身体が体験しうる最大の〈意図的苦悩〉とは、〈自分自身に向けられた不快な表現行為〉を耐え忍ぶよう自分を強いる時に生じるであろう』

聖仏陀のこの説教は、その他の明確な指示とともに、彼に最も近い弟子たちによってその地に住む普通の人間たちの間に広められ、
聖ラスコーアルノのプロセスが彼に起こった後も、代々受け継がれていった。
さて坊や。前にも言ったが、聖仏陀から二、三世代後の三センター生物たちの精神の中には、すでにアトランティス大陸が消滅した時代以来、〈知ったかぶりに対する有機的・精神的欲求〉と呼ばれるあの特性がしっかりと固着してしまっており、そのためこの聖仏陀の教えに関しても知ったかぶりをやりはじめ、これを徹底的にねじ曲げてしまったのだ。これは当時の普通の三センター生物たちにとってだけでなく、それに続く世代の者たち、いや現在の人間たちにとっても実に不幸なことであった。ともかくその結果、ある一つの考えが生まれて代々受け継がれていくようになったのだが、それは、聖仏陀の説いた〈忍耐〉は絶対に完全なる孤独のうちに行わなければならないというものであった
ここには、おまえのお気に入りたちの精神の今も昔も変わらぬ特異性が実によく表れておる。つまり彼らは、多少とも健全な理性をもっている者にとっては明白この上ない事実を全く考慮に入れていないのだ。その事実というのは、神聖なる教師である聖仏陀がその種の〈忍耐〉をしなさいと助言した時、もちろん彼は、他の人間と共に生存する中でこの〈忍耐〉を行わなければならないという意味で言ったということだ。つまりそういう状況で、他の人間が彼らに向けて発する不快な表現や行為に対して、彼らの内部でこの聖なる行為をたびたび実行するならば、彼らの体内に〈
トレントローディアノス〉と呼ばれるもの、あるいは彼ら流にいえば〈精神的・化学的結果〉が呼びさまされ、それが三センター生物の体内に、ある聖なるデータを形成し、さらにそれが彼らの体内に聖トリアマジカムノの三つの聖なる力のうちの一つを生み出すのだ。そしてこの聖なる力は、生物の体内では常に、すでに彼らの中にある否定的な特性に対抗する肯定的な力となるのだ。
というわけでだな、坊や。このような誤解が生まれたために、おまえのお気に入りたちはそれまでにすでに出来上がっていた生存状態から離れ始め、そのため彼らの体内では、
器官クンダバファーの特性の諸結果が結晶化する傾向がますます強くなっていった。なぜかというと、神聖なる教師、仏陀が考えたとおり、以前のような生存形態の中で、他人から〈自分に向けられた不快な表現や行為〉に対して〈忍耐〉することによってのみ、あらゆる三センター生物に必要な〈パートクドルグ義務〉を彼らの体内で結晶化することができるからだ
そんなわけで、この時以後、この惑星の三センター生物の多くは、この有名になってしまった〈苦悩〉を求めるという目的で、一人、あるいは考えを同じくする者たちと共に、自分たちと同種の生物の間から離れていくようになった。
この目的のために彼らは特殊な生活共同体まで作ったが、そこでは共同で生存してはいても、孤独のうちにこの〈忍耐〉を実行できるようあらゆる配慮がなされておった。
かの有名な〈僧院〉なるものが存在し始めたのはちょうどこの頃で、これは現在まで存続しておるが、そこでは現代のおまえのお気に入りたちが、彼らに言わせれば、〈自己の魂を救済している〉のだ。
わしが初めてあのパール・ランドを訪ねた時、前にも言ったように、そこの三脳生物のほとんどは、仏陀自身の的確な助言と教えに基づくとされている例の宗教の信者であり、この宗教を信奉する者たちの信仰はみな、ゆるぎなく堅固なものであった。
この宗教の教義の精密さに関する調査を始めた頃には、わしはまだこれをわしの目的にどのように利用するかについてははっきりしたことを決めていなかった。しかし調査を進めていくうちに、わしはこの宗教の信者が全員抱いているある断固たる確信を探りあてたが、これもやはり聖仏陀自身が口にした言葉から生じた誤解によるものであった。そこでわしは直ちに、彼らのこの奇妙な
ハヴァトヴェルノーニ、あるいは宗教を利用していかに行動すべきかを決めたのだ。
わしの調査で明らかになったところによると、宇宙的真理に関する説教の中で聖仏陀はこう言った。

『われらが大宇宙の様々な惑星に生存する三センター生物は(もちろん地球の三センター生物も含めて)存在するすべてのものを包みこむ最も偉大なる崇高者の一部にほかならず、またこの最も偉大なる崇高者の基盤は天にあるが、それは存在するすべてのものの本質を包みこむのに便利なようにである。
この存在するすべてのものを包みこむ最も偉大なる基盤は、絶えず宇宙全体を貫いて自らを放射し、そして惑星上に存在する自らの小部分を、ある種の三センター生物、すなわち自分の体内に2つの根源的な宇宙法則である
聖ヘプタパラパーシノク聖トリアマジカムノを機能させる能力を獲得した三センター生物の中で、神性なる客観理性が凝集して根をおろすことのできる、ある確固たる単一体へと変容させるのである。
われらが《共通なる創造主》は、これを予見された上で我々をこのように創造された。その目的は、神聖なる理性によってすでに霊化されている、この偉大なるすべてを包みこむもののある部分が、再び偉大なるすべてを包みこむものの源泉に戻ってきて再融合する時に、ある統合体を形成し、それが宇宙全体に存在するありとあらゆるものの存在意味を生み出し、またその意味を求めて努力することを、われらが《共通の永遠なる単一存在者》が望まれたからなのだ。』

さらに聖仏陀は彼らに次のように言った。

『惑星地球の三センター生物であるおまえたちよ。おまえたちは自らの中に主要なる根源的かつ普遍的な2つの聖なる法則を体得する可能性を有しているが、それと同時に、すべてのものを包みこむ偉大なるものの最も聖なる部分によって自らを形成する可能性、およびその部分を、そのためには必要不可欠な神聖なる理性を使って完成させる可能性をも秘めているのだ。
この存在するすべてのものを包みこむ偉大なるものは、〈聖プラーナ〉と呼ばれている。』

聖仏陀と同時代に生きた人間たちは、彼のこの非常に明瞭な説明をよく理解し、さらに彼らの多くは、前にも言ったように、非常なる熱意をもってまず自らの体内に、この最も偉大なる崇高者の一部分を吸収して定着させるべく、さらには神聖なる客観理性をこの部分に〈固有のものとする〉べく努力を始めたのだ。
しかし聖仏陀の同時代人から第二、第三世代目の人間たちが、宇宙的真理に関する彼の説明を、彼ら特有の理性で例の知ったかぶりを発揮して歪曲してしまったために、それは世代が下るに従って、結果的に、ある非常に確固たる考えへと変化していった。その考えというのは、
この〈プラーナ氏〉は、彼らが誕生すると直ちに彼らの中に存在し始めるというものであった。
この誤解ゆえに、当時の人間だけでなく、現代に至るその後のあらゆる世代の人間たちは、
パートクドルグ義務など一切行わなくても彼らはすでに、聖仏陀自身がはっきり説明したこの最も偉大なる崇高者の一部であると今も昔も思い込んでいる

というわけでだな、坊や。わしはこの誤解をしっかり見抜き、当時のパール・ランド国の人間たちは一人残らず、自分たちはすでにプラーナ氏御自身の一部であると信じこんでいるのをはっきり確認したので、ここでもまたこの誤解を利用し、彼らの宗教を通してわしの目的を達成することに決めたのだ。
さて、これについて詳しく話す前に、聖仏陀が行った説明に関して次のことをはっきりさせておかねばならん。つまり彼は、彼ら人間たちは誕生時からすでに最も偉大なる崇高者の一部分を自らの体内にもっていると言ったとされているが、わしの詳細な調査によれば、彼がそう言い切ったとは到底考えられない。
なぜわしがそう思うかというと、これも同じ調査で明らかになったのだが、ある時聖仏陀は彼に身も心も捧げた熱心な弟子たちと共に〈センコー・オリ〉というところにいた時、はっきりとこう言っているからだ。

『もしこの最も聖なるプラーナが、おまえたちの〈私〉がそれを意識しているにせよいないにせよ、ともかくおまえたちの内部で結晶化したならば、おまえたちは間違いなく、その最も聖なる原子の総体から生じる個人的な理性を、必要とされる段階にまで高めなくてはならない。もしそうしないならば、この最も聖なる形成物は、種々の外的な形成物を変化させながら、永久に悶え苦しむことであろう。』

面白いことに、このことに関して彼らは、やはり天からの真の使者であるもう一人の神聖個人、すなわち聖キルミニナーシャからも警告を受けている。
つまりこの聖なる真の使者は次のように彼らに警告を発したのだ。

『魂をもつ者は幸いなれ。また魂をもたぬ者も幸いなれ。しかし魂を受胎し、産み出そうとしている者には、嘆きと悲しみがあるであろう。』

さて坊や。パール・ランドでこのことをはっきり確認すると、わしはすぐに目的達成のために彼らのこの誤解を利用することに決めた。
そこでこのパール・ランドでも、あのゴブ市でと同じように、わしはまずこの宗教の教えに対して〈詳細な付随的教義を編み出し〉、それからあらゆる手段を使ってこれを広めたのだ。
わしがパール・ランド中に広めた教えというのは、神聖なる教師である聖仏陀が説明した〈最も聖なるプラーナ〉は人間の中に存在しているだけでなく、我々の惑星地球に誕生し、生存している他のあらゆる生物の中にもある、というものであった。
根源的な、すべてを包みこむ最も偉大なる崇高者の一部分、すなわち最も聖なるプラーナは、そもそもの初めから、この惑星の表面、水中、そして大気中に生息しているあらゆる形態、あらゆる大きさの生物の中に存在しておる、とな。
残念ながらここで言っておかねばならんが、当時わしは一度ならず、この言葉は聖仏陀自身の口から出たものだと強調せざるをえなかった。
わしがそこにいる間に〈親密な〉関係を結んだ者たちのうちの何人かは、ほとんど議論もせずにわしのこの発明を納得して完全に信じこんでしまい、それからというもの、もちろん無意識のうちにだが、わしがこの発明を広める上で実に効果的な手助けをしてくれた。
ここでもこの友人たちは、いつでもまたどこへ行っても、彼らと同様の人間たちに向かって非常なる情熱をこめて、わしの言っていることはまさしく真実であり、これ以外の真実はありえないと説得してまわってくれたのだ。
こうしてこのパール・ランドでは、わしの2つ目の考案のおかげで、予想外に早く望み通りの結果を手に入れることができた。
つまりこのパール・ランドでは、わしの作り話のおかげで、おまえのお気に入りたちは他の形態の生物たちに対する本質的な関係を大きく変え、かの有名な生け贄の捧げ物のためにこれらの生物の存在体を破壊するのをやめたばかりでなく、全存在をかけて、心の底からこれら他の形態の生物を自分たちと同様の生物とみなしはじめたのだ。
すべてがこの調子で進んでいけば申し分なかった。ところがここでも彼らはまもなく、あのマラルプレイシーでのように、彼ら特有のあの知ったかぶりを始め、その結果、彼らの今の
ハヴァトヴェルノーニ(宗教)に見られる様々な滑稽な側面がだんだんとあらわになってきた。
例えば、わしが説教を始めてから地球でいう3ヵ月も経たない頃、カイモン市の通りをぶらぶら歩いていると、ほとんどどこへ行っても、彼らが〈竹馬〉と呼ぶものに乗って歩いているのを見るようになった。
なぜそんなことをしているのかというと、それは彼らが自分たちと同等とみなす昆虫その他の〈小さな生物〉を踏みつぶす危険を避けるためなのだ。
また彼らの多くは泉や流れから汲んだばかりの水以外は飲まないようになった。それというのも、もし泉や流れから汲んだ水を長く置いておくと〈小さな生物〉が中に入るかもしれず、またもし入っても見えにくいので、知らないうちにこれら〈自分たちに似た哀れなる小さな創造物〉を飲みこんでしまうかもしれないからだ。
さらに彼らは、空気中にいる自分たちに似た哀れなる小さな創造物が間違って彼らの口や鼻に入らないように、用心深く〈ヴェール〉なるものをかぶったり、その他ありとあらゆる方策を講じた。
この時以後、パール・ランドのカイモン市およびその周辺には、人間の近くにいる生物やいわゆる〈野生〉生物も含めて、様々な形態の〈無防備な〉生物を保護することを目的とした種々雑多な協会が設立されるようになった。
こういった協会はみな規則をもっていたが、それは生け贄の捧げ物として生物を破壊することを禁じるばかりでなく、〈第一存在食物〉としてその惑星体を摂取することまで禁じておった。
あああああーっ……坊や。
ここでもまた例によって例のごとく、彼らの奇妙な精神のおかげで、彼らのために特別に彼らと同じ惑星体を身にまとって遣わされた神聖個人、つまり聖仏陀の意図的苦悩と意識的努力も、それ以後現在に至るまでずっと、いたずらに宙に舞っているだけだ。
すなわち、彼らは合法則的に期待されているいかなる実質的な結果も生み出していないばかりか、今日に至るまでずっと、ありとあらゆる〈擬似教義〉を作りあげ(これらは近年〈オカルティズム〉〈神智学〉〈心霊学〉〈精神分析〉等々の名称で存在しておる)、おまけにこういった代物は、それでなくても十分ぼんやりしている彼らの精神をますます鈍いものにしているのだ。
言うまでもないことだが、聖仏陀自身が示した真理のうち、生き延びて現代の人間にまで伝わっているものは何一つない

とはいえ、彼のある言葉の半分だけは、この全くとんでもない惑星の現代の人間たちにかろうじて伝わっておる。
これは次のような具合に伝わった。
聖仏陀はパール・ランドの人間たちに、かの有名な
器官クンダバファーはどんな具合に、また彼らの祖先たちの身体のどの部分に取りつけられたのかを説明した。つまり彼はこう言ったのだ。

『大天使ルーイソスはある特殊な手段を使って、この器官が彼らの祖先の脳の末端で成長するようにしたが、自然はこの末端を、おまえの体内でと同様、彼らの背中のいわゆる〈脊柱〉と呼ばれるものの中に置いたのである。』

聖仏陀はさらに続けて言った。

『この器官の諸特性は彼らの祖先の体内で完全に破壊されたにもかかわらず、この器官の物質的な構成体だけは彼らの脳の下部の末端に残ってしまい、この構成体は代々伝えられて彼らにまで伝わっている。』

そしてこう結論した。

『しかしこの物質的構成体は、今ではおまえたちの中でいかなる重要性ももっていない。もしおまえたちの生存が三センター生物にふさわしく続くならば、時間の経過とともにこれを完全に破壊することができる。』

さて、これを聞いた彼らは例によって知ったかぶりの大ぼらを吹き始め、ありとあらゆる有名な〈苦行〉を生み出し、それと同時にこの
クンダバファーという言葉を使って例の〈悪ふざけ〉を始めた。
つまりこの言葉の後半の語根が、やはり当時の言語で〈省察〉を意味する言葉とたまたま一致していたために、それに彼らはこの物質的構成体を、聖仏陀が教えたようにゆっくりと時間をかけてではなく急激に破壊するための手段を作り出していたために、彼らの委縮した理性が生み出す次のような思考に従ってこの言葉を弄んだのだ。すなわち、この器官が作動しているのであれば、当然〈省察する〉という言葉の語根もその名称の中に含んでいなくてはならない。それに我々は
器官クンダバファーの物質的な基盤まで破壊しようとしているのだから、その名称は〈以前の〉という意味をもつ語根も含んでいなくてはならない、というわけだ。当時の言葉で〈以前の〉を意味する語は〈リーナ〉であったから、彼らはこの言葉の後半を、〈省察〉のかわりに今言った〈リーナ〉に変えてしまい、こうしてクンダバファーという言葉のかわりに〈クンダリーナ〉なる語を作りあげたのだ。
こんなふうにして
クンダバファーという言葉の半分は生き残り、代々伝承されてついに現代のおまえのお気に入りたちにまで伝わったのだが、これには実に様々な説明がつけられている。
それどころか現代の〈知識人〉たちは、脊髄のこの部分に、極めて難解なラテン語の語根から作りあげた名称までつけておるのだ。
今日存在しているいわゆる〈インド哲学〉なるものはすべて、この有名なクンダリーナを基盤としており、またこの言葉そのものについても実にありとあらゆるオカルト的、秘教的、あるいは啓示的〈学説〉があるが、これを明確に説明しているものは一つもない。
それに、今日のいわゆる精密科学なるものに携わっている地球の知識人たちが、脊髄のこの部分に関して下している定義は、深い秘密に包まれている。
なぜ秘密と化したのかというと、何世紀か前にこの〈学説〉は、突如、何の理由もないのに、かの有名な〈シェヘラザード〉のお気に入りのほくろ、つまりかの比類なきアラビアの空想家がたまたま彼女のかわいらしいへその右側につけたほくろの中に入りこんでしまったからなのだ。
それ以後この〈含蓄深い学説〉は、今日に至るまでそこに完全に保存されているというわけだ。
さて、そんなわけでわしは、このパール・ランドの人間たちのグループの間で行われていたあの恐るべき慣習をかくも簡単に打破し、またその結果が長続きすることを確信したので、もはやそこに留まる必要はないと思い、恩恵の海に停めてあるわれらの宇宙船オケイジョンに帰ることにした。
パール・ランドを離れる準備がすべて整った時、突然わしの中にある考えが浮かんだ。つまり来た時とは別の、当時としては非常に珍しい経路を通って恩恵の海に帰ろうと考えたのだ。
この珍しい経路は後に〈チベット〉と呼ばれるようになる地域を通っていた。

第22章
この章では、仏教の「自己馴致派」と呼ばれた弟子たちが人里離れた場所で修行に励むためにチベットに移動したこと、さらに仏陀の教えの曲解から異常な修行方法を編み出したことなどが書かれています。
後半では、チベットの山々の標高が高すぎるため、それに伴う大気圏も「出っ張って」いて、それがほかの惑星の大気圏に「引っかかる」という理由で、多くの地震が起きる原因になっていることが書かれています。


第23章

この章の前半では、メニトケルという知識人の戯言から生じたゴタゴタについて書かれています。
後に、かの有名なダーウィンがそのメニトケルの理論の正反対の説を唱え始めたこと、つまり、「人間は猿の子孫」という説です。
グルジェフの調査では、大地殻変動が起きた後の混乱時に、女性と動物の性行為が原因で猿が生まれてしまったとのことです。
もちろんそんなことは普通あり得ないのですが、特殊な状況下では起こりえることのようです。

途中で人間と動物から猿が生まれてしまった、と考えるとDNAが非常に近いことにも合点がいくかな?と思います。到底、現代の学問としては受け入れられない説だと思いますが。

後半は、とても興味深いエジプトのピラミッドについて、そして非常に興味深いアカルダン学会についてです。


べルゼバブ「さて、わしが4度目に地球に行った時、宇宙船オケイジョンは〈紅海〉と呼ばれる海に降り立った。
紅海を着水地に選んだ理由は、これがわしの行きたいと思っていた大陸、つまり当時はグラボンツィ、今ではアフリカと呼ばれている大陸の東海岸に接していたからで、この大陸には、わしの必要としていた動物、猿がこの惑星の他のいかなる陸地よりもたくさん生息していた。もう一つの理由は、当時紅海は、我々の宇宙船オケイジョンを停泊させておく絶好の場所だったということだ。しかしもっと重要な理由は、この紅海は当時〈ニリア〉、現在は〈エジプト〉と呼ばれている国に接しており、そして
この国には当時、この惑星に残りたいと希望した我々の種族の者が住んでいたので、猿を集めるのに彼らの助けを借りようと考えていたのだ。
そこで、紅海に着水してから、我々はオケイジョンを離れ、〈
エボドレネクス〉に乗って岸まで行った。そこから今度はラクダで、将来エジプトと呼ばれるようになる国の当時の首都であり、我々の同族の者が住んでいる町に向かった。
この首都は当時〈テーベ〉と呼ばれていた。テーベに着いたその日に、そこに生存していた我々の種族の者と話をしたが、その時彼らの一人がこう話してくれた。
地球のその地域に生存している人間たちは、彼らの惑星から他の宇宙凝集体を観察する新しいシステムを考案し、それを実現するために必要なものを建築しつつあった。そして当地の者はみな、この新しいシステムのもっている能力は素晴らしいもので、地球では空前絶後だと話していた。
彼が自分の目で見たことを話すのを聞いて、わしはすぐに非常な興味をかき立てられた。というのも、この新しい建物に関する詳しい説明を聞くと、わしがその少し前に火星で観測所を完成する時にぶちあたって、克服するのに非常に苦労した困難な問題を、この地球の人間たちは解決しているように思えたからだ。
そこでわしは、大陸の南方に行って猿を集めるという最初の予定をひとまず延期して、この建物が造られているところを見にいき、あらゆる角度からつぶさに観察してその全容を知ろうと考えた。
というわけで、さっそくわしは、テーベに着いた翌日、我々の種族の一人と、彼の沢山の友人の一人であるこの建物の建築主任、それにもちろんアフーンの3人と一緒に、今度は〈
チョールテテヴ〉と呼ばれるものに乗って、現在〈ナイル〉と呼ばれている巨大な河の支流を下っていった。
この河が大きな〈サリアクーリアプニアン地域〉に流れこんでいる近くにこの建物はあった。それは完成間近だったが、わしはとりわけその一部に興味をもった。ここでは、彼らが〈観測所〉と呼んでいる新しい建物と、彼らが生存する上で必要な建物とが同時に造られていたが、この地域は当時〈アヴァズリン〉と呼ばれていた。そして数年後には〈カイロナーナ〉と呼ばれるようになり、現在ではただ単に〈カイロ近郊〉と呼ばれている。
この建物は、実はそれよりも遙か以前に、その地で〈ファラオ〉と呼ばれている者が着工したものだった。この〈ファラオ〉というのは、その地方の人間が彼らの王につけた名だ。わしはこの4度目の地球訪問で初めてこの地方を訪れたのだが、ちょうどその時、彼が着工したこの特殊な建物は、やはりファラオである彼の孫の手で完成されようとしていた。
わしの興味を引いたこの観測所は、まだ最終的に完成しているわけではなかったが、それでも宇宙凝集体の外形は観察できるし、その観察結果を相互につき合わせて研究することも可能であった。
このような観測や研究に従事する者たちは、当時地球では〈占星術師〉と呼ばれていた。
ところが後年、彼らの間に知ったかぶりと呼ばれる精神病が根をおろすと、この専門家たちも〈しなびて縮んで〉しまい、その結果、単に遠くの宇宙凝集体に名前をつけるだけの専門家に成り下がってしまったが、そういう彼らを人々は〈天文学者〉と呼ぶようになった。
おまえのお気に入りの三脳生物の中のこの専門家たちが、当時まわりの人間たちとの関係において有していた重要性や存在意義と、現在同じ職業に就いている者が有する重要性や存在意義とを比べてみると、おまえのお気に入りたちが三脳生物として当然体内に具えているべき〈健全なる論理的思考能力〉を生み出すデータの結晶化の程度が、明らかに、そして確実に衰退してしまったことがわかるだろう。だからわしは、現在もなお広がりつつある両者の違いをおまえがおおまかにでも理解できるように、ぜひ説明しておきたいと思う。
この〈占星術師〉と呼ばれる地球の三脳生物たちのうち、当時すでに責任ある年齢に達していた者たちは、今話したように、彼らが代表となっている学問のこの分野を遙かに精緻なものにするために、様々な宇宙凝集体を観測、調査していた。そしてそれとは別に、まわりの同類の人間たちに対するある確固たる本質的義務を自らに課し、これを遂行していた
彼らの基本的義務には次のようなものが含まれていた。まず彼らは、我々の
ゼルリクナーのように、当時〈群れ〉と呼ばれていた結婚している人間たちに、彼らのタイプに応じて、一番望ましい結実体を受胎するためには、いつ、どんな形で聖〈エルモーアルノ〉のプロセスを行えばいいかをアドバイスしなければならなかった。そして彼らの結実体が現実化すると、あるいは彼ら流にいえば〈赤ん坊が誕生する〉と、今度は〈オブレキオーネリシュ〉(おまえのお気に入りたちはこれと同じものを〈12宮図〉と呼んでいる)を作成しなくてはならなかった。そしてさらには、この新たに誕生した者が責任ある年齢に達し、その後ずっと責任ある存在として生存する間、占星術師自身、あるいは代理の者が彼らを導き、このオブレキオーネリシュと宇宙法則に基づいてしかるべき指示を与え、絶えず彼らにこれらの宇宙法則を説明しなくてはならなかった。ちなみに彼らはこの宇宙法則を、巨大な宇宙凝集体があらゆる惑星の生物の生存プロセスに及ぼす影響全般から導き出したのだ
占星術師の与える指示や〈警告的助言〉というのは、次のようなものであった。
彼らの群れの中のある者が体調を崩したりあるいはその徴候が少しでも見られると、この者はその地区の占星術師のところに送られる。そこでこの占星術師は、彼らの太陽系の他の惑星の動きから生じる大気圏内のプロセスを観測、計算して、そこにどのような変化が起きるかを予測し、この予測を自分が作成した
オブレキオーネリシュと照合して導き出した結果を基にして、彼らの惑星がクレントナルニアン運動を行うある一定期間に、患者が自分の惑星体に対して何をすべきか、例えばどの方向を向いて寝るとか、呼吸の仕方、どのような運動や動作をすればよいか、どのようなタイプの人間とは関係をもたないほうがいいか、その他これに類する多くの指示を与えるのだ。
これに加えて彼らは、生存を始めて7年目の人間に、やはり
オブレキオーネリシュをもとに選び出した適当な異性の伴侶をあてがう、つまりおまえのお気に入りたち流にいえば、〈夫〉または〈妻〉を娶らせるのだが、その目的は、彼らの主要な義務の一つである種の存続であった。
我々は、これら占星術師がいた時代のおまえのお気に入りたちを正当に評価してやらねばならん。なぜかというと、彼らは占星術師の指示を厳格に守り、その指示だけに従って婚姻関係を結んでいたからだ。
したがって、当時彼らは、婚姻上の結びつきに関するかぎり、
ケスチャプマルトニアン生物が生息する他の惑星と同様、常にそのタイプに応じて関係を結んでおった。
このように、地球の古代の占星術師たちは実に巧みに婚姻を結ばせていた。なぜ彼らにそれができたかというと、たしかに
宇宙的トロゴオートエゴクラティックの真理については全く知らなかったのではあるが、少なくとも、彼らの太陽系の様々な惑星が彼ら自身の惑星上の生物に及ぼす影響の法則、すなわちこれらの惑星が、人間が受胎された瞬間に、彼の将来の形成や、責任ある年齢に達した時に存在を完全に獲得するか否かに関して人間に及ぼす影響の法則を実によく知っていたからだ
何世紀にもわたって代々継承されてきた実際的知識をもっていたおかげで、彼らはどのタイプの受動的性がどのタイプの能動的性に適するかをよく知っていた。
そのため彼らの指示に従って結ばれた組は、常に相性がぴったり合っていた。ところが現在ではまるで逆だ。つまり現在婚姻によって結ばれている人間たちは、ほとんど必ずと言っていいほど、夕イプが合っておらん。おかげで彼らのいわば〈内的生命〉の約半分近くは、婚姻関係が続いている間中、相手に対する不平不満ですり減らされているのだが、これに関するわれらがムラー・ナスレッディンの次の言葉は、けだし名言と言わねばならん。
『〈配偶者に対する絶えまない不平や小言〉で内なる世界が忙殺されていないような夫や妻は、なんと素晴らしいじゃろう』
それはともかく、もしこの占星術師たちがずっと存在し続けていたならば、今話した彼らの働きのおかげで、この不幸な惑星の人間たちの生存も、必ずや徐々に改善されて、少なくとも我らの大宇宙の他の惑星に生息する同種の生物の生存に少しでも似たものになっていたことだろうに。
しかし彼らは、自分たちの生存プロセスに恩恵を与えてくれるこの制度をそれほど有効に活用しないまま、他の良き制度同様、われらが尊敬するムラー・ナスレッディンがいうところの〈ガツガツ食うブタ〉にくれてやってしまったのだ。
そのため占星術師は、地球では日常茶飯事だが、徐々に〈縮んで〉いき、しまいには完全に〈消滅して〉しまったのだ。
こうして占星術師たちの仕事が完全に廃棄されると、彼らに代わって同じ分野に別の専門家が出現した。彼らは〈新しいタイプの知識人〉から出てきた者たちで、やはり宇宙の様々な大凝集体から発するものを観察し、それが彼らの惑星の生物の生存に及ぼす影響を研究していたが、この専門家たちのまわりにいる者たちはすぐに次のことに気がついた。つまり、彼らのいわゆる〈観測〉や〈研究〉なるものは、まわりの者には何の意味も持たない遙か彼方の宇宙に無数に存在する太陽や惑星につける名前をひねり出したり、職業機密ともいうべき彼らしか知らない方法で、おこがましくも〈望遠鏡〉などと名づけた〈子供のおもちゃ〉を使って宇宙のある点とある点との距離を測ったり、まあせいぜいそれくらいのものであることに気づいたのだ。そんなことから彼らはこの専門家連中を、前に言ったように、天文学者と呼ぶようになったのだ。
さて坊や。こうしておまえのお気に入りの現代人の中でも一頭地を抜きん出た〈ウルトラ夢想家たち〉について話してきたが、ついでだから、ここでもまた、われらが尊敬する師ムラー・ナスレッディンの思考様式と表現形式を真似て、彼らの存在意義(おまえのお気に入りたちはこれに対して実に深い敬意を払っている)についても〈明瞭この上なく〉話しておいてあげよう。
そのためにはまず、宇宙のどこにでも見られるものだが、この地球の三脳生物もご多聞にもれず作り出したあるものを知っておかなくてはならない。これは実際、あらゆる宇宙個体が作り出すもので、客観理性をもっている生物にとっては、あらゆる宇宙生成物の意義と意味を熟考する際のいわゆる〈情報源〉として役立つものだ。
だからこれは、現代の地球に見られるタイプの生物の本性を知る上で格好の情報源として使えるわけだが、このあるものというのは、ほら吹きどもがでっちあげた天体図で、彼らはこれに、もちろんよくわけもわからずに、〈天空一覧図〉などという仰々しい名前をつけておる。
彼らが自分たちのために特別に作り出したこの情報源からは、さしあたりある一つの論理的結論を引き出せば十分だ。それは何かというと、この天体図の名称自体が、そこに書かれている名称や位置が全く相対的なものでしかないことを示しているということだ。というのも、彼らの置かれている条件下で、彼らのもっている能力で地球から見えるものといえば(もっとも彼らは名前をひねり出したり、距離や大きさを測ることでそのわずかな能力さえも無駄使いしているのだが)、彼らの惑星との位置関係において、落下の軌道変更がそれほど速くない(これは彼らにとっては実に幸運なことなのだが)太陽と惑星だけだからだ。それなのに彼らは長い時間をかけて(もちろん長いとはいっても彼らの生存の短さに比べての話だが)このわずかな太陽や惑星を観察し、それをおこがましくも〈正確な天体図〉と呼んでいるのだ。
しかしな、坊や。おまえのお気に入りたちの中でも現代の〈学問〉を代表するといわれている者たちがこうして一所懸命作り出したものはたしかにつまらんものではあるが、まあ大目に見てやろうではないか。彼ら自身こんなものから何一つ得るところはないにせよ、少なくともひどい害は受けないからな。
つまるところ、彼らはいつも何かやっていなければ気がすまんということだ。だから彼らがドイツ製の眼鏡をかけ、イギリス製の特製上着を着ているのには十分な訳があるのだ。
放っておこう! 彼らはそんなことをしているのが一番嬉しいんだからな! 神よ、彼らに祝福を与えたまえ!
いや、彼らはそうしているのが一番いいのだ。さもないと、〈高貴な事柄〉に関わっていると自称している別の奇形種と同じように、この天文学者たちも退屈のあまり〈五対一の乱闘〉でもおっぱじめるかもしれん。
ついでに言っておくと、これは誰でも知っていることだが、この〈高貴な事柄〉なるものに関わっている者は、まわりの者に実に有害な振動をいつもまき散らしているのだ。
いやこれくらいで十分だ! こういった現代の〈くすぐり屋連中〉はそっとしておいて、中断していた話を続けよう。
さて坊や。こうしてわしはまさに空前絶後の建造物をこの目で見たわけだが、こんなものが造れるということにはっきりと表れている彼らの意識的能力は、実は、地球に起こった二度目の大異変の前に存在していたアトランティス大陸の知識人の集団アカルダンのメンバーが獲得した能力と同じものであった。そこで思うのだが、当時の生存を豊かにするために建てられたこれらの観測所やその他の建物についてさらに説明する前に、簡単にでも、アトランティス大陸にあったアカルダンという知識人の協会、すなわち普通の三脳生物から構成された実に偉大な知識人集団の誕生のいきさつを話しておいたほうがいいだろう。
いや、実はどうしても話しておかなくてはならん。というのも、おまえが興味をもっている地球の三脳生物について話を続けていくうちに、きっと一度ならずこの知識人集団に言及することになるだろうからな。
そればかりではない。アトランティス大陸のこの協会の誕生と歴史を話しておくのは別の点からも必要だ。つまりおまえもこれを聞いておけば、もしこの惑星の三脳生物が
パートクドルグ義務、つまり意識的努力と意図的苦悩を通して何かを獲得したならば、彼らはその獲得したものを自分の存在を高めるために役立てることができるばかりでなく、獲得物のある部分は、我々の場合と同様、遺伝によって直接の子孫に伝えることができるということが理解できるだろう。
今言ったことはすべて法則にかなったことで、それは当時アトランティス大陸で起きたことからも知ることができる。この大陸の消滅が近づく頃には、すでにそこに生息する三脳生物の通常の生存は異常なものになりはじめており、とりわけ第二次の大異変の後には、彼らの体内に当然具わっているはずの可能性を表現する能力さえ完全に〈潰して〉しまうほど退化してしまうのだが、それにもかかわらず彼らが〈努力によって獲得したもの〉は、少なくとも部分的には、たとえ機械的にではあっても、遺伝によって遙か末代の子孫にまで伝えられたのだ。
ちなみに、わしがこの歴史を知ったのは〈
テレオギノーラ〉と呼ばれるもののおかげで、これは今でも地球の大気圏の内に存在している。たぶんおまえはまだ、このテレオギノーラというのが何か知らないだろうからわしの説明をよく聞いて、身体のしかるべき部分で、この宇宙生成物に関する情報をしっかり把握しておきなさい。(通称アカシックレコードと呼ばれているものでしょうか?)
テレオギノーラ
というのは、物質化された観念ないしは思考であり、これはいったん生じると、それが生まれた惑星の大気圏内に永久に存在する。
テレオギノーラを生み出せるような質の思考は誰にでもできるというものではない。三脳生物の中でも、その体内で高次存在体を完成し、そしてそれらの高次の部分が有する理性を聖〈マルトフォタイ〉の段階にまで完成させた者にしかできないのだ。そしてある出来事に関する物質化された観念が一連の流れをもってつながったものは、〈コルカプティルニアン思考テープ〉と呼ばれている。
ずっと後になってわかったことだが、知識人集団アカルダンの誕生の歴史に関する〈
コルカプティルニアン思考テープ〉は、どうやらアソーキロンというある〈永遠の個人〉が熟慮の末作り出したもののようだ。このアソーキロンは今では聖人になっているが、彼はこのアトランティス大陸に、第二〈トランサパルニアン大変動〉の四世紀前、テテトスという名の三脳生物として存在していた。
この
コルカプティルニアン思考テープは、その惑星がいわゆる〈誕生当初の運動のテンポ〉を保って存在しているかぎりは決して消失することはない。しかもこのテープは、他のすべての宇宙物質や宇宙結晶体が周期的に受ける影響、つまり宇宙的諸要因が引き起こす変化から受ける影響を完全に免れているのだ。
そのため、どれほど長い時間が経っていようと、〈
ソールプタカルクニアン思考〉と呼ばれる状態に入る能力を体内に獲得した三脳生物は、このコルカプティルニアン思考テープの内容を知覚、認識することができるのだ。
というわけで、アカルダン協会誕生の詳しい経緯については、部分的にはこの
テレオギノーラから、またある部分はずっと後に、つまりこのきわめて重要な出来事に興味をもって詳細な調査研究を行った結果から得たデータから知ったのだ。
さて、
このテレオギノーラと、後ほど手に入れたデータから、地球の三脳生物によってアトランティス大陸に創設されたアカルダン協会は、第二〈トランサパルニアン大変動〉の735年前に作られたということが判明した
この協会はベルカルタッシという、自分の高次存在部分を聖なる〈永遠の個人〉の存在にまで完成させることのできた人間が中心になって創設されたのだが、今では彼のこの高次の部分は、聖なる
惑星パーガトリーに住んでいる。
さて、ベルカルタッシが中心となり、普通の三脳生物が構成員となって設立されたこの真に偉大な協会は、当時宇宙のいたるところで〈うらやましがられ、模倣された〉ものだが、わしは、ベルカルタッシをこの協会の創設に駆り立てた内的、外的な動機と、その表現である実際の行動を解明し、その結果、次のことがわかった。後に聖なる個人となるこのベルカルタッシはある時、正常な生物なら誰でもやるように考えに耽っていたが、たまたま連想によって思考が自分のことに集中した。つまり自分の生存の意味と目的とに思いを巡らせたのだ。そこで突然彼は、その時まで自分の機能の全プロセスは、健全なる論理に従って当然進むべきようには進んでこなかったことに思い至り、さらにこれをはっきりと認識した。
この予期せぬ発見に彼は心底驚愕し、その後は、この問題を解明し理解することに全身全霊を捧げるようになった。
何よりもまず彼が獲得しようと決心したのは、自分自身に対して誠実であることのできる力と可能性とを生み出す〈潜在能力〉であった。ということはつまり、彼の身体の機能の中でも、生まれては消えていく雑多な連想によって習慣化してしまった衝動、言いかえるなら、外部から入ってきたり自分の中で生じたりする種々雑多な偶発的ショックによって生じる衝動、すなわち〈自己愛〉とか〈自尊心〉とか〈虚栄心〉とか呼ばれている衝動を克服する力を手に入れることを決意したのだ。
その後、信じがたいようないわゆる〈肉体的〉並びに〈精神的〉努力によって彼はこの力を手に入れた。その時になって彼は過去を振り返り、それ以前には、いつ、どんな衝動が体内に生じ、またそれに対してどんなふうに意識的あるいは無意識的に反応していたかということを、かつては彼の体内に巣食っていたこれらの衝動に対していかなる情容赦もなく、認識するようになった。
彼はこの方法で自己を分析しながら、いったいどの衝動がどの反応を、彼の独立した霊的部分、すなわち肉体と感情と思考の中に引き起こしていたかを思い出し、そしてまた、多少とも注意深く反応した時の彼の本質の状態、それからそのような反応の結果として、どんな時に、どんな具合に、自分の〈私〉を伴って意識的に行動したか、あるいは逆に、本能の命ずるままに自動的に動いたかを詳細に回想しはじめた。
後の聖なる個人ベルカルタッシを産み出すことになるこの若きベルカルタッシは、こうして以前の知覚や経験や行動を綿密に回想していくうちに、自分の外面的な行動は内部に生じた知覚や衝動と全く呼応していないことにハッキリと気がついた
さらに彼は、外部から身体内に入ってきた印象や、自分の内部で形成された印象についても、これと同様の観察を行ってみた。つまり彼の霊的部分はこれらの印象をどのように受け取ったのか、また彼の身体全体はいつどんな具合にこれを経験し、そしてこれが衝動となっていかなる行動を引き起こしたのかを、例によって意識的かつ徹底的に確認しながら観察したのだ。
こうして意識的かつ徹底的に自分を観察し、それを公平無私に考察した結果、ついにベルカルタッシは、彼の体内のあるものが、健全なる論理に従って当然進むべき道筋から逸れて進んでいることを確信した。
さらに詳しく調べてみると、次のようなことが判明した。ベルカルタッシは自分自身の観察の正確さについては完全に確信していたものの、ただ自分の感覚や理解の正確さ、それに自分の精神的な組織が正常であるかどうかについては疑いを抱いていた。そこで彼はまず、自分が現在しているように感じ、理解するのは正常なのかどうかを明らかにすることにした。
この課題を遂行するために、彼は他の人間がどのように感じ、認識するのかを調べることにした。
そこで彼は、友人や知人が自分の過去および現在の知覚や行動をどのように感じ、認識しているのか尋ねてまわったが、もちろんきわめて慎重に、三脳生物にはふさわしからぬ彼らの生得的な衝動、すなわち〈自己愛〉や〈自尊心〉等を刺激しないように十分気をつけた。
こうして友人や知人に聞いてまわっているうちに、次第に彼らも誠実さということに目覚めるようになり、その結果彼ら全員が彼と同じように自分の内面を見、感じるようになった。彼らの中には器官クンダバファーの特性が生み出す諸結果の作用の奴隷になりきっていない真剣な者たちがいたが、彼らは事の本質を見抜いて強い興味を抱くようになり、そしてまわりの者たちを観察しつつ、自分の中で何が起きるかを明瞭に把握するようになった。
彼らはその後まもなく、ベルカルタッシの提案によって定期的に集まり、観察や発見を交換し、共有し合うようになった。
長期にわたって厳密な観察を行い、それを考察した結果、このグループのメンバーは全員、ベルカルタッシと同様に、自分たちはどこかがおかしいという確固たる確信を抱くようになった。
その後まもなく、同様の気持ちを抱く多くの人間がこのグループに加わった。そこで彼らは正式に協会として発足し、これを〈アカルダン協会〉と名づけた。
アカルダンという言葉には次のような意味がこめられていた。
人間の存在が有する意味と目的とに気づくためになされる努力
この協会の発足にあたって、ベルカルタッシが会長に選ばれ、そして会員の活動は彼の指導のもとに進められた。
長年の間、協会はこの名称を冠し、メンバーは〈アカルダン・ソボール〉と呼ばれていた。しかし後年、ある目的のためにメンバーがいくつかの独立したグループに分かれた時以降、それぞれのグループに属するメンバーは別々の名前で呼ばれるようになった。
いくつかのグループに分かれたのには以下のような理由があった。自分たちの中には何かきわめて望ましくないものがあるということを最終的に確信した彼らは、それがいかに困難であろうとも、自分たちの生存の意味と目的とを探ることを究極的な目標とし、そしてこの意味と目的とに呼応するような存在、すなわち健全なる論理がいうところの当然そうあるべき存在を達成すべく、この望ましくないものを体内から除去する手段と可能性とを模索しはじめた。こうして自分の理性によって決定したこの課題を遂行しはじめたのだが、まもなく彼らは、これを遂行するためには、彼らの理性が、様々な学問分野のもっと詳細な情報をもっていることがどうしても必要だということに気づいた。
しかしメンバーの一人一人が必要とされる特別の知識を全部身につけることは不可能であることが判明したので、便宜上いくつかのグループに分かれ、各グループが全体の目的に必要な知識のうち、ある一つの特殊分野を研究することにした。
いいかな、坊や。ここではっきり押さえておくべきことは、真に客観的な科学が地球上に初めて誕生し、存在を始めたのはまさにこの時であること、そしてそれはこの惑星に第二次大異変が起こるまで順調に発展したということだ。しかもあるいくつかの分野における発展は、実際空前のテンポで進んでいったのだ。
その結果、大小様々の宇宙的ないわゆる〈客観的真理〉が、おまえが興味をもっている三脳生物にも、徐々に明らかになっていった。
地球上ではおそらく最初で最後のこの偉大なる知識人協会のメンバーは、こうして7つのグループ、あるいは〈セクション〉に分かれ、各グループには独自の名称がつけられた。

アカルダン協会の第一グループのメンバーは〈アカルダン フォクソボール〉と呼ばれた。その意味は、このセクションに属するメンバーは、彼らの惑星自体、およびそれがもっている様々な部分間の相互作用を研究する、ということだ。
第二セクションのメンバーは〈アカルダン ストラスソボール〉と呼ばれた。これは、このセクションのメンバーは、彼らの太陽系のすべての惑星が発するいわゆる放射物と、それら放射物の相互作用を研究するという意味だ。
第三セクションのメンバーは〈アカルダン メトロソボール〉と呼ばれた。これは我々の学問のうちの〈
シルコールナーノ〉と呼ばれる分野に似たことを研究する者という意味で、この分野のある部分は、おまえのお気に入りの現代人たちが〈数学〉と呼んでいるものに相当する。
第四グループのメンバーは〈アカルダン プシコソボール〉と呼ばれ、彼らは、人間の知覚、経験、行動を観察し、統計によってこの観察を立証することに従事した。
第五グループのメンバーは〈アカルダン ハルノソボール〉と呼ばれた。これは現代科学の2つの分野、すなわちおまえのお気に入りたちが〈化学〉および〈物理〉と呼んでいるものを結合させた分野の研究に従事する者という意味だ。
第六セクションに属しているメンバーは〈アカルダン ミステスソボール〉と呼ばれていた。これは、彼らの外部に生じたあらゆる種類の事象、つまり外部の力が意識的に作り出した事象や自然に生じた事象を研究し、そして人間はそのうちのどれを、どんな場合に誤って知覚するかということを研究する者、という意味だ。
最後の第七グループのメンバーは〈アカルダン ゲジポージニソボール〉と呼ばれた。アカルダン協会のこのメンバーは、彼らの惑星の三脳生物の体内における作用の中でも、すでに彼らの中に存在しているデータから生じる様々な質の衝動が生み出すいろいろな作用の結果彼らが行う活動ではなく、彼らとは無関係に外部から入ってくる宇宙的な力によって引き起こされる活動についての研究に専念した


こうして、おまえの惑星の三脳生物の中でもこの協会のメンバーとなった者たちは、客観的知識への接近という点では空前絶後ともいうべき偉大な功績をあげたのだ。
しかし残念ながら、後世のすべての三脳生物にとって非常に不幸なことが起こった。というのは、この偉大なる協会のメンバーによる信じがたいほどの努力によって、意識的な識別力に関する仕事に必要とされるテンポも確立され、それとは意識されなかったにせよ、子孫の繁栄のための準備に必要な仕事のテンポも定着したちょうどその頃、前にも話したように、彼らの何人かが、近い将来彼らの惑星に何か重大事が起きるであろうことを予見したのだ。
それがどんなことなのか見極めるため彼らは惑星全体に散らばっていったが、その直後に、もう何度も話したあの
第二〈トランサパルニアン大変動〉がこの不幸な惑星を襲ったのだ。
この惨事が過ぎ去ると、この偉大なる協会の生き残ったメンバーは、また徐々に集まりはじめた。祖国を失った彼らは、ほとんどの生存者と一緒にグラボンツィ大陸に移り住んだが、起こったばかりの〈非法則的異変〉が終わってしばらくして〈我に返る〉と、前の協会が目標として掲げていた課題を再び遂行すべく再結集することに決めた。
ほとんどの三脳生物はこの大変動以前にすでに異常な生存状態を作り出していたため、このような状況に遭遇すると狂気のように〈大騒ぎ〉した。そのためアカルダン協会の生き残ったメンバーたちは、完全な隔絶を必要とする彼らの仕事にもっと適した永住できる場所を探しはじめた。
その結果彼らは、この大陸の北を流れている河の流域に最適の場所を見つけ、家族を引きつれて全員そこに移住し、自分たちの仕事を孤独のうちに続けていった。
当初彼らは、大きな河が流れているこの地域全体を〈サクロナカリ〉と名づけた。
しかしこの名称はその後何度か改められ、現在ではこの地域は〈エジプト〉と呼ばれ、当時〈ニピルホーアチ〉と呼ばれていた大河も、前に言ったように、現在はナイルと呼ばれている。
こうしてアカルダン協会の生存メンバーは地球上のこの部分に定着したが、その後まもなくして、おまえが興味をもっているこの惑星の表面に生存していた我々の種族の者たちも全員同じ場所に移動していった。
こうして移住したわが種族の者たちは、アカルダン協会の生存メンバーとも関係をもつようになった。
前に一度話したが、この第二〈トランサパルニアン大変動〉の直前に、我々の種族のある巫女が、予言の中で、我々の種族がこの惑星上で生存を続けたいのであれば、一刻も猶予せずに、現在アフリカと呼ばれている大陸のある特定の部分に移住するよう主張した
巫女が指示したこの特定の場所は大河ニピルホーアチの水源に位置していた。我々の種族の者は
第二トランサパルニアン大変動が続いている間ずっとここにとどまり、その後すべてが徐々に平常な状態に復し、生き残った者たちの多くが起こったことをほとんど忘れ、将来アフリカと呼ばれるこの大陸の中央に、まるで何事もなかったかのようにかの有名な〈文化の中心地〉を再建した時にも、引き続きずっとここにとどまっていた。そうするうちに、以前のアカルダン協会のメンバーが永住に適する場所を探しているのにたまたま出会い、この河を下ったところにある土地に移住するよう勧めたというわけだ。
実は我々は、すでにアトランティス大陸でアカルダン協会の創立当初から、この協会のメンバーとは知り合いで、友好的な関係を結んでおった。
前に話したことを覚えておるかな。わしが最初にこの惑星に降りていった時、我々の種族の者はサムリオスという都市に集まっていて、そこにわしも加わってその時生じていた困難な状況から何とか脱け出せないものか思案したのだが、その時の集会はアカルダン協会の中央寺院の一部を使って行われた。そしてその時以来、我々の種族の多くの者はこの協会のメンバーと友好的な関係を結ぶようになったのだ。
というわけで、ほぼ同時期にこの地に移住してきた我々の種族とこの協会の正会員の生存メンバーおよびかつての会員の子孫たちは、将来エジプトと呼ばれるこの地で誰からも妨害されることなく生存を続け、それはほぼ我々の種族がこの惑星を離れる時まで続いた。
実をいえば、アカルダン協会の偶然に生き残ったわずかなメンバーが抱いていた希望、すなわち協会の目標達成に向かって活動を再開できるのではないかという希望は実現しなかった。それでも、まさに彼らがいたからこそ、アトランティス大陸消失後の数世代の間、人間の体内には〈完成された個人のもつ存在〉と呼ばれるものの意義についての〈本能的確信〉が保持されたのだ。
そればかりか、この生き残ったメンバーたちのおかげで、三脳生物の理性が獲得したあるものは、この理性が正常に機能している間は失われずに残り、その後まもなくこのあるものは機械的に代々継承されるようになり、それはつい近年にまで及んだが、現代人の中でも何人かはそれを受け継いでいるのだ。
わしが4度目にこの惑星に行った時に建設されていたこの精巧で堅牢な建物が、
アカルダン協会のメンバーからの偉大な伝承遺産の一つであったことはまず間違いない。そこでこれから、これを建設していた人間、つまり現在のアフリカ大陸のその部分に生存していた人間たちについて話すことにしよう。
実はわしはこの建物を見る前に、この新しい観測所を見た仲間が話してくれたことからある予測を立てていたのだが、これは残念ながら当たっていなかった。しかし観測所自体もその地域の建物もみな実に精巧にできており、こういう知識の結実に接することでわしの意識および存在はいっそう豊かになったのだ。
当時この地域の三脳生物が自分たちの幸福な生存のために建てたこの新しい観測所は、わしが当地を訪ねようという気になったそもそもの原因であったが、それがどんなものであるか説明するには、彼らの実際的かつ巧緻な発明の才がこの建設にどのように表れていたかを詳しく述べるのが一番いいだろう。
そのためにはまず、おまえの興味を引いているこの三脳生物の体内に生じた変化に関連した2つの事実を話しておく必要がある。
まず第一の事実は、最初、つまり彼らがいまだ一般的にすべての三脳生物にふさわしい形で正常に存在していて、〈
オローエステスノクニアン視力〉と呼ばれるものをもっていた頃には、遙か彼方、といっても普通の三脳生物ならば十分に知覚できる距離にある大小様々の宇宙凝集体を、遍在するオキダノクのプロセスが彼らの大気圏内で進行している間は、視覚でとらえることができていた。
そればかりか、自分で意識的に視覚器官の感度を強化し(これはどの三脳生物でもやっていることだが)〈
オローエスウルトラテスノクニアン状態〉と呼ばれる段階にまで高めた者は、同じ距離にある宇宙凝集体、つまり至聖絶対太陽からの放射物である聖テオマートマロゴスから直接に生じる結晶体にその誕生と生存とを依存している宇宙単位までも知覚する能力を獲得していたのだ。
しかし後になって、絶えまなく続く彼らの異常な生存状態が最終的に確立したために、大自然は、前にも一度話した理由から、他の制限と共に、彼らの視覚器官の機能を〈
コリテスノクニアン〉と呼ばれる段階、すなわち一脳および二脳生物に固有の視力にまで退化させざるをえなくなった。そのためそれ以後彼らは、彼らの惑星の大気圏内に遍在する活性元素オキダノクの中で聖なるプロセス〈アイエイオイウオア〉が進行した後でしか、つまり彼らが自分なりの知覚と理解に従って使用する言葉を借りるならば、〈暗い夜〉の間しか、彼方に位置する大小様々の凝集体を知覚することができなくなったのだ。
第二の事実は、今言った視力の
コリテスノクニアンヘの退化が起こったために、あらゆる生物に共通する法則に基づいて生じたものだ。すなわち人間は遍在するオキダノクの活動から生じる生成物を視覚器官によって知覚しはするが、その知覚は、その生成物が、人間の中に生まれる振動、すなわち彼方に位置する宇宙凝集体をある瞬間に視覚的に知覚する器官を機能させている振動と直接に接触した時にしか生じなくなった。言いかえると、今言った遍在するオキダノクの生成物は、知覚器官の質次第ではあるが、いわゆる〈衝動の慣性〉と呼ばれるものがその点を超えると消滅するという限界点にまで達した時に初めて、視覚器官によって知覚されるということなのだ。もっとわかりやすく言うならば、彼らは物体が目と鼻の先にこなければ視覚的に知覚できないということだ。
しかし、もしこの
オキダノクの活動の生成物がこの限界点を超えたところで起こったとしたら、その活動は、〈イトクラノス〉の生成物だけから形成されている視覚器官を体内に具えた生物である人間にまでは全く届かない。
われらがムラー・ナスレッディンの含蓄ある言葉の中でもほとんど引用されることのない言葉が、この場合ぴったり当てはまる。つまりこれは、おまえのお気に入りの現代人の視覚がどれほど限定されたものであるかを実にうまく言い表しておる。
その言葉というのはこうだ。
『盲人が見たという象を見せてくれ。そうすればわしは、おまえたちが本当はハエを見たのだということを確信するじゃろう』
というわけでだな、坊や。
将来エジプトと呼ばれるようになるこの地で、遠い昔のアカルダン協会のメンバーの子孫たちの理性がイニシアティブをとって建設していた、他の宇宙凝集体を観察するためのこの人工的な装置のおかげで、不幸なおまえのお気に入りたちは誰でも、すでに遙か以前から生得のものとなっていたコリテスノクニアン視力にもかかわらず、いつでも自由に、つまり彼ら流にいえば〈昼でも夜でも〉好きな時に、普遍的な〈宇宙の調和運動〉のプロセスの中で彼らの観測圏内に入ってきた遙か彼方の宇宙凝集体を知覚する力を手に入れたのだ
こうして彼らは、視覚器官の限界を克服するために次のようなものを考案した。
すなわち彼らは、
テスコーアノ、あるいは望遠鏡を(この製造法も同じように遙か昔の祖先から受け継いだものだ)、現在に至るまで普通に行われているように惑星の表面に固定せず、そのかわりにこのテスコーアノを地中深く埋め、そして特別にくり抜いたパイプ状の穴を通して、彼らの惑星の大気圏外の宇宙凝集体の観測を行うようにしたのだ。
わしがその時見た観測所には5つの穴があった。
これらの穴は、地上では、観測所が占有していた惑星の表面のあちこちに口をあけていたが、地中では、ちょうど洞窟か何かのような小さな空洞に集まっていた。当時占星術師と呼ばれていた専門家たちは、前にも言ったように、ここから、彼らの太陽系のみならず大宇宙の他の系に属するものも含めて、宇宙凝集体の相互作用の目に見える実態と結果とを研究するために観測を行った。
つまり彼らは、自分たちの惑星が、〈汎宇宙的調和運動〉をしている観測対象たる宇宙凝集体との関係においていかなる位置にあるかに応じて、様々な方向に向かって地上に口をあけている穴の中から最適のものを選んで観察したのだ。
もう一度言っておくがな、坊や。将来エジプトと呼ばれることになるこの地の三脳生物が建造した観測所の主要な特徴は、わしにとっては別に新しいものではなかった。つまりわしも火星の観測所ではこれと同じ原理を採用しており、違いといえば、わしの観測所では7本の長いパイプが、地中にではなく地上に取りつけられていたことくらいであった。にもかかわらず、彼らの考案は細部に至るまで、いたくわしの興味を引き、そこで不測の場合に備えて、滞在中に目にしたものをすべて細かくスケッチしておき、後にそのうちのあるものはわしの観測所にも取り入れた。
そこにあった他の〈建築物〉についてはまた後で詳しく話すつもりだが、ここではとりあえず次のことだけを言っておこう。観測所の近くに建っていたそれぞれの建物は(これは我々の種族の者の友人で、そこを案内してくれた建設者の説明ではっきりしたのだが)、われらの大宇宙の太陽や惑星を観測するという目的のほかに、
地球をとりまく大気圏を自由に操作して、思い通りの〈天候〉を生み出すという目的も有していた
これらの〈建造物〉はこの地域のかなり広い面積を占めており、当時そこで〈ザルナカタール〉と呼ばれていた植物から作られた特殊な格子細工でおおわれていた。
ここで極めて興味深いことに触れておこう。彼らはこの巨大な覆いの中央出入口にかなり大きな(といってももちろん彼らの身体の大きさに比べてのことだが)石像を据え、これを〈スフィンクス〉と呼んでいた。これを見てわしは、最初にこの惑星に来た時に、サムリオスという都市のアカルダン協会に属する巨大な建物、つまり〈アカルダン協会中央寺院〉と呼ばれていた建物の向かい側にあった彫像をはっきり思い出した。
サムリオスの町で見たこの像にもわしはひどく興味を引かれたのだが、それはこの協会のシンボルであり、〈良心〉と呼ばれていた。
それは寓意的な生物を表していて、その惑星体の各部分は、地球に生存している様々な形態をもつ生物の惑星体の一部から構成されていた。つまり、三脳生物以外の生物の各部分は、三脳生物の結晶化した観念によれば、何らかの存在機能を完璧なまでに具えていたのだ。この寓意的生物の惑星体の中心部分は、〈雄牛〉と呼ばれる生物の胴体でできていた。
この雄牛の胴体は別の形態の生物、つまり〈ライオン〉と呼ばれる生物の4つの脚の上に乗っている。そして雄牛の胴体の〈背中〉と呼ばれる部分には、地球に生息している強力な鳥、すなわち〈ワシ〉と呼ばれる生物のそれによく似た2つの巨大な翼がついていた。
雄牛の胴体の頭部があるべきところには、一塊の〈琥珀〉を使って、いわゆる〈乙女の乳房〉と呼ばれるものを表す2つの乳房がついていた。
わしはアトランティス大陸のこの奇妙な寓意的彫像にひどく興味をもち、その意味について聞いてみたところ、この偉大なる協会のある学識深いメンバーが次のように説明してくれた。
『この寓意的な彫像はアカルダン協会の象徴であり、この寓意的彫像が有するとされている衝動を絶えずメンバーの中に呼びさます刺激として機能しています』
彼はさらにこう続けた。
この寓意的彫像の各部分は、我々の協会のメンバーの体内にある3つの独立して連想を進める部分、すなわち肉体、思考、感情の全部に、それぞれの認識をかき立てる連想を呼び起こすショックを与えます。そしてこの認識が一体となって初めて、我々すべての体内にある望ましからざる要素、つまり遺伝によって受け継がれたもののみならず個人的に獲得したものも含めて、望ましくない衝動を我々の中に徐々に生み出し、その結果我々が進むべき道を外れて生きている原因となっている悪しき要素を次第に除去していくことができるのです。
この象徴は今述べた要素から自由になる可能性を与えてくれます。つまり我々が、様々な状況において、この象徴に表現されているものに従って考え、感じ、行動するよう我々の身体を統御することを促すのです。
我らアカルダン協会のメンバーは全員、次のようにこの象徴を理解しています。
この寓意的生物の胴体は〈雄牛〉の胴で表されていますが、これはつまり、我々が受け継いだり自分で獲得したりした因子、すなわち我々にとって有害な衝動を体内に生み出し、ついには結晶化させてしまった因子は、たゆまぬ努力によってのみ新たなものに生まれ変わらせることができるということを示しており、そしてこの努力を象徴するには、我々の惑星の数ある生物の中でも、雄牛が最も適しているのです。
この胴体は〈ライオン〉の脚の上に乗っていますが、これは、今述べた努力は、勇気と信念とを自分の〈力〉の中に感じ、かつ認識しながらなされなくてはならないことを示しており、このような特性をもった〈力〉を最高度に具えている地球上の生物は、この力強い脚の所有者、すなわちライオンなのです。
雄牛の胴についている翼、すなわち鳥の中で最強で、また最も高く舞い上がるワシの翼は、今言った自尊心という精神の特性を保持しつつ努力を続ける間、日常の生存に直接必要とされる行動とは繋がりのない問題について常に深く思いをいたさなくてはならないことを絶えず思い出させてくれるのです。
この寓意的生物の奇妙な頭部、すなわち〈乙女の乳房〉の形をした頭部は、意識が引き起こした作用が内部あるいは外部で進行している間は、常に、また何をやるにも、愛がその行動を支配していなくてはならないことを示しています。そしてそのような愛は、われらが《共通なる父》が希望を託している責任ある全一的人間の合法則的部分の中に形成された凝集体の中にしか、生まれることも存在することもできないのです。
この頭部が〈琥珀〉によって雄牛の胴に取りつけられていることには意味がありますが、それは、今述べた愛は厳格に公平無私なものでなくてはならない、すなわち、責任のとれる全一的人間の中の他のすべての機能から完全に切り離されていなくてはならない、ということです

ここで次のことをつけ加えておけば、この琥珀と呼ばれる物質に込められた象徴の意味も理解しやすくなるだろう。つまり琥珀というのは、7つの惑星形成物、すなわちその形成にあたって、遍在する
活性元素オキダノクのそれぞれ独立した3つの聖なる部分が同等の割合で関与している7つの形成物の1つであり、これら7つの地中および地上の形成物は、惑星が形成される過程で、この3つの独立した聖なる部分が個々別々に働くのを、いわば〈抑制〉する役割を果たすのだ。」
ここまで話した時、ベルゼバブは何か考えこむように言葉を切り、それからこう続けた。「ここまでわしは、当時この惑星の、海中に陥没せずに残った陸地で、三脳生物(彼らの一部は実に偉大な知識人集団アカルダンのメンバーの直接の子孫であった)と一緒に滞在していた時に見たものを話してきたが、こうして理性を活動させているうちに、その地域の外的な環境を視覚的に知覚することから受けた種々雑多な印象がわしの内部に根をおろし、そこから様々な連想が生じてきた。これを辿りながら思いを巡らしていくうちに、次第に、この惑星に最後に滞在した際に現在のエジプトへ行った時のことが思い出されてきた。つまりその時まで偶然にも生き延びていたあの建造物(これは現在では〈ピラミッド〉と呼ばれている)の足元に座って物思いに耽っていた時に見た光景や、経験した思考の連想的な流れなどがすべて甦ってきたのだ。
その時、わしの理性の働きの中で次のような連想が生じた。
よろしい!……アトランティス大陸の人間たちの理性が日常の生存のために生み出した様々な恩恵のうち、何一つとしてこの惑星の現代人にまで伝わっていないとしても、このことは極めて論理的に説明できるだろう。つまりなぜそのようなことが起こったかというと、地球の三脳生物には何の責任もないある宇宙的な理由で第二次の〈非法則的な大変動〉が起こり、その時に大陸もろとも、地上に存在していたすべてのものが消滅してしまったからなのだ。
しかし、このエジプトはどうだ!?
その栄華はつい最近のことではなかったのか?
たしかに不幸が重なったことは否定できない……この不幸なる惑星に起こった第三次の小変動と第五次の変動(これらについては後で話すが)によって確かにこの地域は被害を受けた。つまり砂でおおわれてしまったのだ……。しかしここに住んでいた三脳生物は、同じ大陸の様々な場所に散らばって行きはしたが、滅びはしなかった。だから、いかに外的な環境が新しくなろうとも、正常な〈論理的思考〉を行うために遺産として継承したもの、すなわちすでに完成の域に達している因子が生み出し、結晶化したものが、彼らの体内に生き残っているはずではないか? とまあこう思ったのだ。
そんなわけでだな、坊や。この気を滅入らせるような〈
アルストーゾリ〉、つまりおまえのお気に入りたちなら〈悲観的考察〉とでも呼ぶであろうものの結果、わしはこの嘆かわしい事態の最も本質的な原因をどうしてもはっきりさせたくなり、ここでもまた例の詳細な調査を行なった。その結果わしは次のことを一点の疑いもなく理解したのだ。それはつまり、この異常な事態は、彼らの奇妙な精神の主要な特性の中でも特に顕著な一側面、すなわち彼らの体内で完全に結晶化して切り離せない一部分となり、〈自分たちの外部にあるものはすべて直ちに破壊せずにはおれない欲求〉と呼ばれるものを周期的に生み出す要因となっている特性に起因しているということだ
要するにこういうことだ。この三脳生物の精神が有するこの特性が(これはいかなる理性にとっても恐るべきものだ)、最高潮に達した時、彼らは、彼らが等しくもっているこのとんでもない特性を外部に向かっていかんなく発揮しはじめた。もっとはっきりいえば、いったん彼らがこの惑星上のある部分で相互破壊のプロセスを引き起こすと、これといった明確な目的もなく、それどころかいわゆる〈有機的な欲求〉もないのに、視覚器官がとらえる範囲にたまたま入ってくるものはすべて見境いもなく破壊してしまったのだ。この〈恐るべき精神錯乱の絶頂期〉が続いている間、彼らはその時その場にあったものを、すなわちこの恐るべきプロセスを押し進めている当の人間たちが作り出したものばかりか、以前の人間たちが作り出し、偶然生き延びて彼らに伝えられてきたものまでも、すべて手当たり次第に破壊していったのだ。
さて、少々脱線したので4度目の滞在に話を戻そう。この時には、まず現在エジプトと呼ばれている国に行き、偉大なる知性を具えたアカルダン協会のメンバーの子孫たちと数日を過ごし、旧メンバーが子孫の繁栄のために〈
パートクドルグ義務〉を遂行して生み出した成果の残存物をいくつか見てまわった。その後、我々の種族の者2人に伴われて同じ大陸の南部に行き、その土地の三脳生物の助力を得て、必要な数の猿をつかまえたのだ。
初期の目的を達成したので、わしはテレパシーで宇宙船オケイジョンに合図を送って呼び寄せた。ひどく暗い夜だった。そこで我々は猿を、ゴルナホール・ハルハルク自ら指揮してオケイジョンの中に作った特別室に入れ、直ちに火星へと出発した。そして火星暦の3日後には、われわれは猿ともども土星に向かって飛び立ったのだ。
この猿を使った実験は、彼らがここの風土に完全に慣れ、新しい環境の下で生存できるようになるであろう翌年に行うことに決めていたのだが、にもかかわらず直ちに土星に行ったのは、先にゴルナホール・ハルハルクに会った時に、彼らの親族の間でまもなく執り行なわれる儀式に出席することを約束していたからだ。
ゴルナホール・ハルハルクの親族儀式というのは、彼の近親の者が集まって、彼が生み出した最初の後継者を聖化するというものであった。
わしはこの最近誕生したばかりの彼の後継者に対して、〈
アルナトーロルニアン義務〉と呼ばれるものを果たすために、このクリクラクリという親族儀式に出席することを約束したのだ。
実におもしろいのは、この義務を遂行するのと同様の手続きは、惑星地球の古代の三脳生物たちも行なっていて、しかもおまえのお気に入りの現代人にまで伝わっているにもかかわらず、例によって例のごとく、現代人どもはこの意味深い重要な手続きの外的な形態しか受け継いでいないのではあるが、このいわば義務とでも呼べるものを執り行なう者を、彼らは〈教父〉とか〈教母〉とか呼んでいる。
ゴルナホール・ハルハルクの後継者は、当時ラオールクと呼ばれていた。」

第24章 ベルゼバブ、惑星地球への5度目の訪問
ベルゼバブは話を続けた。
「わしが4度目に地球の表面を訪れてからまた長い時間が経った。もちろんその間もわしは以前と同じように、時々
テスコーアノを通しておまえのお気に入りたちの生存を観察しておった。
この期間に彼らの数は急速に増え、この惑星上の大小様々の陸地に住みついたが、もちろんその間も、彼らの主要な特性である周期的な相互の生存破壊は続いておった。
実を言うとこの期間中、つまりわしの4回目と5回目の訪問との間に、この惑星上に大きな変化が起こったのだが、特におまえのお気に入りたちが集中的に定住している諸地域に多くの変化が生じた。例えば、前に地球に来た時に訪れたアシュハーク大陸の文化の中心地、すなわちティクリアミッシュ国とマラルプレイシー国は、5度目に訪れた時には完全に消滅していた。
この文化の中心地が消滅した原因、もっと広くいえばこの惑星上で起こった様々な変化の原因は、これまた不幸、つまり不運な惑星に降りかかった3度目の不幸としか言いようがない。
この3度目の不幸は全く局地的な性格のもので、つまりその大気圏内で数年間にわたって、未曾有の〈大気圏の諸部分の急激な混乱〉と呼ばれるもの、つまりおまえのお気に入りたち流にいえば〈大嵐〉が吹き続けたことが原因であった。
当時のこの異常な混乱、つまり大嵐の原因は、ここでもまた、最初の大異変の時にこの惑星から分離した2つの塊、つまり後には月およびアヌリオスと呼ばれるようになった、この太陽系内の独立した小惑星であった。
もっと厳密にいえば、地球上のこの災害の主因はこの2つの塊の大きいほう、すなわち月だけであり、小さい方のアヌリオスはこれには全く関与していない。
ではなぜ地球の大気圏内にこのような急激な混乱が起こったかということだが、それはこうだ。
偶然に誕生した小惑星である月に最終的に大気圏が形成され、またこの月は、前にも言った〈追いつき〉の法則に従って、すでにできあがっていたコースを通って母体である塊へと引き返し続けていた。ところが月の上に新たに誕生したこの存在体は、システム全体の運行の調和の中にまだしっくりと組みこまれてはいなかったために、いわば全体との調和を欠いた〈オスモーアルニアン摩擦〉と呼ばれるものが生じ、これが地球の大気圏に前述した急激な混乱、もしくは大嵐を引き起こしたのだ。
この前代未聞の大嵐は巨大な力で〈陸地の隆起部分〉を削り取り、〈くぼみ〉を埋めた
しかも悪いことには、アシュハーク大陸の2つの国、すなわち現代のアジア人の第二および第三のグループが主として生存していたティクリアミッシュとマラルプレイシーの主要部分はまさにこのくぼみに位置していたのだ。
これと同時にパール・ランド国の一部、それにグランボンツィ大陸の中央部にあった国も砂で覆われてしまった。後者は、前にも話したように、アトランティス大陸消滅後、三脳生物全体のいわゆる〈文化の中心地〉が形成された場所で、当時この惑星上で最も繁栄したところであったが、今では砂漠と化し、〈サハラ〉と呼ばれている。
当時のこの異常な大嵐のせいで、今言った国々の他にも、この幸薄き惑星上のもっと小さないくつかの陸地部分も、やはり砂で覆われたということも覚えておきなさい。
面白いことに、おまえのお気に入りの現代人たちも何らかの方法で、当時の三脳生物の定住地に起こったこの変化を知るようになった。ここでも彼らは例によってラベルを作り出し(今回は〈民族大移動〉というラベルだが)この〈知識〉に麗々しく貼り付けたのだ。
現在の〈知識人〉たちは、この現象の理由と状況を解明しようと必死になっておるが、それというのも、他の者にこれを説明して知識をひけらかしたいがためなのだ。それで、今ではこれに関していくつかの説が出ているが、それらはお互いに何の共通性もないし、また客観的な観点からいえば、どれも負けず劣らず馬鹿げている。にもかかわらずこれらはみな、いわゆる〈公式学問〉に受け入れられているのだ。
当時の三脳生物の移動の真相は、この大嵐が起こった時、アシュハーク大陸に住む人間たちは砂で生き埋めにされることを恐れ、もっと安全な場所へ移動を始めたということだ。三脳生物のこの移動は次のように行われた。
ティクリアミッシュに住んでいた三脳生物の大部分は、同じアシュハーク大陸の南、つまり後に〈ペルシア〉と呼ばれるようになる地域に移動した。残りは北へ向かい、後に〈キルキスチェリ〉と呼ばれるようになる地域に落ち着いた。
マラルプレイシーの住民の一部は東へ向かい、残りの大部分は西に向かった。
東に向かった者は東部の高原を越え、沿岸部に広がる広大なサリアクーリアプニアン平地に定住したが、この地域は後には〈中国〉と呼ばれるようになった。
マラルプレイシーの住民で、安全を求めて西へ向かった者は、あちこちさまよい歩いたあげく、ようやく隣接する大陸に辿り着いた。ここは後に〈ヨーロッパ〉と呼ばれるようになった。またグランボンツィ大陸の中央部に当時まだ生存していた三脳生物は、地球の表面全体へと散らばっていった。

というわけでだな、坊や。この惑星への五度目の訪問は、おまえのお気に入りたちの共同体がこのように再編成された直後にあたっていた。
さて、この時の訪問のきっかけとなったのは次のような出来事であった。
まず言っておかなくてはならんが、おまえのお気に入りたちの精神の主要な特性、すなわち〈自分と似た存在を周期的に破壊したくなる欲求〉というやつが、時代を追うごとにますますわしの興味をかき立て、それと歩調を合わせるように、三脳生物に顕著に見られるこの特性の原因をどうしても解明したいという欲求がいよいよ募ってきた。
そこでだな、坊や。わしの興味を強くかき立てたこの問題を解く材料をもっと集めるために、地球への4度目の訪問から帰って以来、わしは火星からテスコーアノを使って組織的にこの奇妙な三脳生物の生態を観察し続けたのだが、その様子を次に話そう。
まずわしは慎重に、おまえのお気に入りの中から一定数の人間を観察の対象として選び出し、かなりの年月にわたって自分でも観察し、またこの仕事を頼んだ者にも何一つ見逃さないよう注意深く観察させて、彼らの平常の生存過程における立ち居振る舞いの特性をあらゆる角度から解明しようとした。
たまたま自由な時間が手に入ると、わしは時には〈
シノノウムズ〉にわたって、つまりおまえのお気に入りたちの定義によれば、〈何時間〉にもわたって、非常な関心をもってこれら三脳生物の行動を観察し、彼らのいわゆる〈精神的な経験〉を何とか論理的に理解しようとした。
とまあ、こんな具合にわしは火星から
テスコーアノを通して観察を続けていたのだが、ある時突然彼らの生存の長さが一世紀ごとに、いやむしろ一年ごとに、ある一定の、しかも均等な割合で短くなっていることに気づき、これがきっかけとなって、おまえの興味を引いている三脳生物の精神を真剣に研究しはじめたのだ。
これに気づいた時、わしはもちろんすぐに、彼らの精神の主要な特性、すなわち周期的な相互破壊欲求のみならず、無数のいわゆる〈病気〉のことも考慮に入れてみた。この〈病気〉というやつは、全くこの惑星にしか存在しないもので、ついでにいえば、その大部分は彼ら自身が築き上げた異常な外的形態の日常の生存様式から生まれたものであり、また同じ理由から絶えず新しいものが生まれ続けている。そのせいで彼らは、
聖ラスコーアルノに向かうよう正常に生存することがどうしても不可能になっているのだ。
彼らの生存期間の短縮に最初に気づいた時、わしは以前の記憶を呼び起こしてみた。その結果わしの全存在体の各々独立した霊的部分に明瞭な記憶が甦り、わしの本質はその〈閃き〉をはっきりと認知した。それによると、おまえのお気に入りの惑星の
三脳生物たちは、当初彼らの時間計算法でいえば約12世紀、いや、ある者に至っては約25世紀もの間生存していたのだ
この期間中にいったいどの程度のスピードで彼らの生存期間が縮まったかをはっきりつかむには、わしがこの太陽系を最終的に後にした時、彼らの生存の最長期間はおおむね70年から90年であったということを知れば十分だろう。
それどころか近頃では、この程度の期間生存した者は、この奇妙な惑星では〈かなり長期間〉生存したとさえ考えられている始末だ。
誰かが一世紀を少しでも超えて生存でもしようものなら、彼は博物館に展示され、誰一人知らない者はないほど有名になる。というのも、彼の写真はもとより、彼がいかに生存してきたかが一挙手一投足までこと細かに、いわゆる〈新聞〉なるものに長々と掲載されるからだ。
というわけでだな、坊や。突然この事実に気づいた時には火星ではこれといった特別な仕事もなく、この珍奇な特性ばかりは
テスコーアノを使っても調べることができなかったので、自ら出向いてこの原因を解明することにしたのだ。
こう決心すると、火星暦の数日後、わしはまた宇宙船オケイジョンに乗って地球に向かった。
この惑星に行くのはこれが5回目だったが、この時には、〈ああでもないこうでもないという議論が飛びかう中心地〉、つまり彼らのいう〈文化の中心地〉は、すでにバビロンという町に移っていた。そこでわしはまずその町に行ってみることにした。
今回我々の宇宙船オケイジョンは〈ペルシア湾〉と呼ばれる場所に降り立ったが、なぜそうしたかというと、バビロンへ行くにもオケイジョンを停泊させておくにも、現在ペルシア湾と呼ばれているこの
サリアクーリアプニアン空間が最適であることを、火星を発つ前にテスコーアノを使って確かめておいたからだ。
この水域がその後の旅に便利だったのは、ここに流れこんでいる大きな河の河畔にバビロンがあったからだ。つまり我々は蒸気船でこの河を遡ってそこに行こうと考えたのだ。当時この〈比類なく壮大華麗なる〉バビロンは、あらゆる点から見て栄華の絶頂にあった。この都市はアシュハーク大陸の住民たちの文化の中心地であるばかりか、この惑星上の通常の生存に適するように改造された大小様々の陸地の住民たちにとっても同様に中心地であった。
わしが最初にこの文化の中心地に到着した時、彼らは後々彼らの〈精神組織〉の退化をいっそう早める主因となるものを準備しつつあった。なかでもとりわけ、すべての三脳生物の体内に備わっているべき3つの基本的因子、すなわち〈信仰〉〈希望〉〈愛〉という名で知られている衝動を生み出す因子の本能的な機能が衰える原因となるものをせっせと生み出しつつあった。
これらの因子は代々継承されるうちにますます退化し、あらゆる種類の三脳生物が当然体内にもっていなくてはならない真の精神の代わりに酷い代物を生み出してしまった。つまり、今ではおまえのお気に入りの現代人の体内には、たしかに〈真の精神〉もあるにはあるが、しかし全体的にいえば、われらが敬愛するムラー・ナスレッディンの意味深い言葉がいみじくも指摘しているような状態になり果てている。その言葉というのはこうだ。
その中には何でもあるが、ただ核、あるいは芯だけが欠けておる。』
当時バビロンで起こったことは、ぜひともできるだけ詳しく話しておく必要がある。これを知っておけば、おまえのお気に入りの現代人も受け継いでいるこの三センター生物特有の奇妙な精神がついに誕生する原因となったものを、おまえの理性がしっかりとらえ、理解する上で大きな助けになるだろう。
最初に言っておくが、これから話す出来事に関する情報は、彼らが〈知識人〉と呼んでいる三センター生物から入手したものだ。
話を始める前に、この惑星で知識人と呼ばれている者がいかなる種類の生物であるか少し話しておく必要があるだろう。
要点はこうだ。この5度目の訪問以前から、ということはつまり、今言ったようにバビロンがあらゆる点で繁栄するようになる前の時代からすでに、学識を積み、まわりの者から知識人と考えられていた者は、宇宙のいかなるところにいる同種の生物とも異なり、それどころかおまえのお気に入りの惑星で最初に知識人となった者たちとも全く違っていた。つまり、
意識的努力と意図的苦悩によって、存在するすべてのものを世界の誕生と存在という観点から詳細に考える能力を手に入れ、そのおかげで自分の最高次の体を客観理性の聖なる規準におけるそれ相応の段階にまで高めることができ、その結果、彼らの高次存在体の完成度に応じて宇宙的真理を感得できるようになった真の知識人とは全く別種の者たちだったのだ
そしてティクリアミッシュ文明と呼ばれる時代から現代までの間に、こういった人間たち、とりわけ現代の知識人連中は、ちょうど老婆が、昔あったこともなかったことも全部ひっくるめて話すのが好きなのと同様に、ありとあらゆる情報を〈丸暗記〉することによって知識人になったのだ。
ついでにいうと、われらが尊敬するムラー・ナスレッディンがこの知識人の重要性を定義した言葉に次のようなものがあるから覚えておきなさい。
『誰も彼も、まるでわれらが知識人殿が100の半分は50であることを知ってでもいるかのように話しておる』
実際おまえの惑星では、自分で確かめてもいない情報、いやそれどころか感じたこともないような情報でさえ、機械的に丸暗記すればするほど、その人間は学識があると考えられるのだ
ともあれ坊や。我々はバビロンに到着した。そこには実際、この惑星中から集まってきた知識人連中がうようよしておった。
彼らがなぜ当時バビロンに集まってきたのか、その理由は極めて興味深いので、もう少し詳しく話してあげよう。
要点を先にいうと、地球上の各地にいた知識人の大多数が、当時バビロンを支配していた極めて風変わりなペルシア王によって強制的にここに連れてこられたのだ。
地球における異常な存在状態が生み出したいろいろな結果のうちでも、ひときわ風変わりなこのペルシア王の行動がいったいいかなる根源的な要因から生まれたのか、これを理解するためには、まず、遙か以前に彼らの内に根をおろした2つの事実について話しておかねばならん。
その一つは、アトランティス大陸消失のほぼ直後から、おまえのお気に入りたち全員の体内に、ある特殊な〈固有性〉が徐々に結晶化し始め、ついには結晶化してしまった。そしてこの固有性のおかげで、〈自己の存在の幸福〉と呼ばれる感覚は(どんな三脳生物でも、時おりは、つまり自分の内部における自己に対する価値判断が満足させられた時にはこの感覚を経験するのだが)、〈金〉と呼ばれる人気のある金属を大量に自己の所有物にした時にだけ、おまえのお気に入りたちの体内に生じるようになったのだ。
さて、彼らの体内のこの特殊な〈固有性〉からある大きな不幸が生じた。その不幸というのは、この金属を所有することから生じるあの感覚は、これを所有した者の周囲の者たち、つまり自分の知覚は信用しないのに、他人のいわゆる〈噂〉は信じてしまうような者たちがこれを聞き、知ることによっていっそう強められたということだ。もっと悪いことには、いかなる活動を通してそれほど大量にこの金属を所有するに至ったかは全く問題にされないという慣習が出来上がっており、それでこの所有者は周囲の者の体内に、器官クンダバファーの特性が結晶化して生じた作用、すなわち〈嫉妬〉と呼ばれるものを引き起こすのだ。
次に第二の事実だが、おまえのお気に入りたちの体内で主要な特性が〈次第に強く〉作用するようになると、複数の共同体の間で確立された慣習に従って、相互の生存を破壊するプロセスが始まる。そして彼らにとって有害以外の何物でもないこの特性が自然な成り行きを辿って行き着くところまで行ってしまうと、彼らは一時的にこのプロセスを停止し、生存者の多い方の共同体の王は征服者の称号を冠せられ、普通は征服された共同体の住民の所有物を一切合切取り上げてしまうのだ。
通常このような〈征服王〉は、臣下に命じて被征服者からすべての土地と、その共同体に残っている若い女性全員、そして何世紀にもわたって彼らが築き上げてきたいわゆる〈富〉も残らず略奪させた。
ところがだな、坊や。さっき話した風変わりなペルシア王が他の共同体を征服した時、彼は臣下に向かって、今言ったようなものを略奪はおろか触れてもいけない、しかしそのかわりに、この征服された共同体の知識人だけを、いわゆる〈捕虜〉として連れてこいと命じたのだ。
このペルシア王の個体性の中で、何ゆえこのように一風変わった狂気が生まれ、彼固有の特徴になったかをはっきり理解し納得するためには、次のことを知っておかねばならん。ティクリアミッシュ文明の時代に、〈チクララル〉という町にハルナフームという名の知識人がいた。彼の本質は後には結晶化して、いわゆる〈恒久的な
ハスナムス的個人〉になるのだが、この彼が、この惑星上に豊富にあるどんな金属でも簡単に〈金〉という貴金属に変えることができるが、そのためにはあるほんの小さな〈秘密〉を知っていなければならない、などということをでっちあげたのだ。
この有害な作り話は広範囲に広まり、当時の人間たちの体内に結晶化してしまった。そして伝承として代々伝えられ、そのうち徐々に有害かつ空想的なある科学の形態をとるに至り、〈
錬金術〉という名がつけられた。実はこの名は、遙か昔、つまり彼らの祖先の体内で器官クンダバファーの特性が生み出す諸結果がいまだ完全には結晶化していなかった時代に、実際に存在していた偉大なる科学の名称であった。この本物の〈錬金術〉は、現代の三脳生物にとっても有用、いや実際必要なものである
さて、当時このペルシア王は、まず間違いなく
ハスナムス的なある目的のために、地球の表面には非常に少ないこの〈金〉と呼ばれる金属を大量に必要としていた。そこへこのハルナフームという〈
ハスナムス的個人〉がでっちあげたこの方法に関する噂が届いたので、彼は実に簡単に金が手に入るというこの方法に飛びついたのだ。
そういうわけで、このペルシア王は〈錬金術〉によって金を手に入れることに決めたのだが、そこで初めて彼は、自分がこの〈小さな秘密〉をまだ知らず、それがなければ欲望を満たすことは絶対にできないということに、はたと思いあたった。そこで彼は、どうしたらこの〈小さな秘密〉を手に入れられるかを思案した。
思案の結果、王は次のことに気がついた。
すなわち、知識人たちはありとあらゆる〈神秘〉に関する知識をもっているのだから、せめて一人くらいはこの神秘についても知っているだろうと考えたのだ。
この結論に辿り着いた王は、なぜこんなに単純な考えが一度も頭に浮かばなかったのかと自分でも〈驚愕〉しつつ、臣下を何人か呼び寄せ、彼の首都にいる知識人の中でこの神秘について知っている者を探し出すよう命じた。
翌日、首都にはこの神秘に通じている知識人は一人もいないという報告を受けると、彼は支配下にある共同体のすべての知識人についても同様の調査をするよう命じた。そして数日後に、同じように否定的な回答を受け取ると、今度はひどく深刻に考えこんでしまった。
考えに考えた末に彼の理性が辿り着いた結論は、彼の共同体の知識人のうちの誰かは、間違いなくこの〈秘密〉を知っている、しかしその知識人が属している集団の内部では〈職業的な〉秘密は実に厳格に守られているために、当然これを打ち明けようとはしない、というものであった。
そこで王は、これはただ尋ねまわるだけでは駄目で、この神秘に関して知識人一人一人を尋問しなくてはならないと考えた。
その日のうちにさっそく王は直属の臣下にその旨を命じると、彼らは直ちに、ずっと昔から権力者が平民を取り調べてきた方法で知識人たちの尋問を始めた。
しかしながら結局のところ、彼の共同体にいる知識人はこの神秘については本当に何一つ知らないということを彼も納得せざるをえなかった。そこで王は、この神秘について知っていそうな知識人を他の共同体で探し始めた。
ところが他の共同体の国王たちは自分のところの知識人を〈尋問〉に差し出すのを承知しなかったので、王は武力で彼らを抑えつけることに決心した。それ以後彼は、自分に付き従う多くの遊牧民の先頭に立ち、彼らの助けを得ていわゆる〈軍事遠征〉を開始したのだ。
このペルシア王は数多くの遊牧民を支配下に治めていたが、その理由の一つは、当時、いやそれ以前からすでに、この惑星の表面の、彼がたまたま王として君臨していた共同体が位置していた地域では、大自然のいわゆる〈先見の明ある順応性〉に従って、住民たちの間でいわゆる〈出生率〉が非常に高まっていたということだ。そして王が彼らを征服した結果、
汎宇宙的トロゴオートエゴグラティック・プロセスが要求するものは十分に満たされた。つまりこの惑星上のこの地域からは、生存の破壊から生じる振動がどこよりも強く発生したのだ。」
ベルゼバブがここまで説明した時、ハセインが次のような質問を発した。
「ねえ、お祖父様、ぼくにはどうしても理解できないのですが、この最も偉大なる宇宙プロセスの実現に必要な振動が、どうしてこの惑星のある特定の場所からだけ発生するのですか?」
孫のこの質問にベルゼバブはこう答えた。
「近いうちに、惑星地球の三脳生物が引き起こす恐るべき相互破壊のプロセス、すなわち彼らが〈戦争〉と呼んでいるものについて詳しく話すつもりだから、その時までおまえの疑問はとっておきなさい。その時になったらはっきり理解できるだろうからな。」
こう言うと、ベルゼバブは再びバビロニアでの出来事に話を戻した。
「さて、この風変わりなペルシア王は、彼に服従している遊牧民を引き連れて他の共同体を征服し始め、そこの知識人たちを捕虜にした。そして彼らの定住場所としてバビロンを指定したので、彼らはみなそこに連れていかれた。そして今やアジア大陸の半分を支配下に置いたこの王は、彼らのうちの誰か一人でも卑金属を金に変える秘法を知っていないか?という期待を抱いて、いつでも尋問を始められる態勢を整えた。
これと同じ目的で、当時彼はエジプトにまで特別な〈軍事遠征〉を行った。
なぜエジプトにまで遠征したかというと、当時この惑星の全大陸の知識人がそこに集まっており、種々の〈科学〉に関する情報は、この惑星のどこよりもこのエジプトで多く得られるという意見が広まっていたからだ。
このペルシアの征服王はエジプトにいる知識人を、その国の者も他の共同体から来た者も含めてすべて捕らえた。彼らの中には、〈エジプト人僧侶〉と呼ばれる者も何人かいたが、彼らはあのアカルダン協会の学識あるメンバーの子孫であり、偶然に生き延びてこの国に最初に住みついた者たちであった。
ところがしばらくすると、この風変わりなペルシア王の体内に新たな狂気が芽生えた。つまり自分と同類の生物の存在を破壊するプロセスそのものに対する熱狂が生じ、これが以前の熱狂にとってかわったので、彼はバビロンに連れてきた知識人のことなどすっかり忘れ、おかげで彼らは、彼の命令を待ちつつ、次第にこの都市で自由に生存するようになっていった。
こうして惑星全体からバビロンに連れてこられた知識人たちはしばしば会合を開くようになり、いかにも地球の知識人らしく、様々な問題を議論し始めた。ところがその問題たるや、彼らの理解力を遙かに超えたものであるか、あるいは自分たちにとっても普通の人間にとってもいかなる有用性も見いだせないようなものであるかのどちらかであった。
さて、このような会合と議論を繰り返しているうちに(これまた地球の知識人に特有のことだが)〈その時代一番の大議論を引き起こす問題〉なるものが生じてきた。この問題は実際当時、いうなれば〈骨の髄まで〉彼らの興味をかき立てたのだ。当時彼らはみな、偶然にも白熱の議論を呼び起こしたこの問題に強く揺さぶられ、いわゆる〈権威の座〉から〈降りて〉きてまで、自分と同類の知識人たちとだけでなく、誰彼かまわずひっつかまえて、いたるところでこれを議論し始めた。
その結果徐々に、バビロンに生存する普通の三脳生物の間にもこの問題に対する関心が広まっていき、我々がこの都市に着いた頃にはあらゆる人間たちの話題を独占していた。
つまり知識人だけがこれを論ずるのではなく、普通の人間までもが似たような会話を交わしたり、時にはけんか腰で激しい議論をしておった。老いも若きも、男も女も、しまいにはバビロニアの肉屋までもがこの問題に首を突っこむようになったが、それでもとりわけこの問題に熱中したのはやはり知識人たちだった。
我々が到着した頃にはすでに、バビロンにいる多くの人間はこの問題のために理性さえも失っていたし、残りの者も近いうちには失いそうであった。
では、バビロンの〈哀れな知識人〉も普通の人間も答えが知りたくて狂気のようになっていたこの議論沸騰の問題とは何かというと、それは、いったい彼らは〈魂〉をもっているのかどうか?というものであった。
当時バビロンでは、この問題に関してそれこそありとあらゆる突飛な理論が渦巻いており、それどころか新しい理論がどんどん調理されておった。おまけにそれらの中でも、〈人気を呼びそうな理論〉とでもいうべきものは、もちろんのこと、多くの支持者をもっていた。このように実に様々な理論があったが、これらはすべて、たった2つの、しかも全く対立する2つの前提に基づいていた。
その一つは〈無神論〉と呼ばれ、もう一つは〈観念論〉もしくは〈二元論〉と呼ばれていた
二元論的な理論はすべて、魂の存在はもちろん、その〈不死性〉までも支持しており、〈人間〉として死んだ後に魂に起こる可能性のあるあらゆる種類の〈変化〉も認めていた。
無神論的な理論はこれとちょうど真反対のことを支持していた。
要するにだな、坊や。我々がバビロンに到着した時、そこでは〈バベルの塔の建設〉なるものが進行していたのだ。」
こう言い終わるとベルゼバブはしばらく考えこみ、それからこう続けた。
「今の言葉、つまり〈バベルの塔の建設〉について少し説明しておこう。この言葉は、おまえのお気に入りの惑星の現代の三脳生物も実に頻繁に使っているからな。
このよく使われる言葉を簡単に説明しておこうと思うのだが、その理由は、まず第一に、この言葉が生まれる原因となった出来事を、当時わしがこの目で始めから終わりまで見ていたということだ。2つ目の理由は、この言葉が生まれた経緯、そしてそれがおまえのお気に入りの現代人に具体的にどのような形で受け取られてきたかを知っておけば、以前の時代に実際に起こった出来事に関する正確な情報が(例によってあの異常な生存状態のために)後世の人間には全く届いていないということが極めて明瞭に理解できるからだ。またもし偶然、この言葉のように何かが実際彼らにまで伝わっても、おまえのお気に入りたちは持ち前の空想的な理性を駆使してこのような言葉の上に一大理論を築き上げ、その結果、幻想的な〈
エゴ・プラスティクーリ〉、つまり彼らのいう〈幻視〉が彼らの体内で肥大増殖してしまった。そしてまさにそのために、おまえのお気に入りたちがみな持っている、三脳生物としては実に奇妙な〈比類なき精神〉がこの宇宙に誕生したのだ。
さて、我々はこうしてバビロンに到着し、わしはさっそく当地の様々な人間と交わって、関心を寄せていた疑問を解明すべく観察を始めた。ところが、ほとんどどこに行っても会うのはあの知識人連中ばかり、つまり彼らはいたるところで大勢集まり、会合を開いていたのだ。そんなわけで、結局わしの交際相手は彼らだけになり、以下の観察も彼ら、つまり彼らの個人性を通して得たものばかりだ。
わしが会った多くの知識人の中にハモリナディールという名の者がいたが、彼もやはり強制的にエジプトから連れてこられた一人だった。
何度も会っているうちに、このハモリナディールという三脳生物とわしとの間に、頻繁に会う三脳生物の間では普通どこでも見られるような関係ができあがっていった。
このハモリナディールは、遺伝によって受け継いだ三脳生物特有の衝動を生み出す因子を、あまり損なわれないまま体内に有している知識人の一人であったが、それに加えて、彼の形成準備期間中にまわりにいた責任ある人間たちから、多少とも正常な責任感をもつよう訓練を受けたことがわかってきた。
当時のバビロンには、この種の知識人がまだたくさんいたということは覚えておく必要がある。
知識人ハモリナディールは〈アッシリア人〉と呼ばれる民族の出身で、実はこのバビロンで誕生し、責任ある存在への訓練を受けたのだが、学識を深めたのはエジプト、すなわちそこにあった当時の地球上の最高学府においてであり、この学校は〈思考を具体化する学校〉と呼ばれていた
最初に彼に会った当時、その年齢で彼はすでに彼の〈私〉を獲得していた。つまり彼の身体のいわゆる〈自動的な精神機能〉を理性的に操作できるという点では、当時の地球の三センター生物がもちうる最大限の安定性をもっていたのだ。
そのため彼は、〈目覚めていて受動的な状態〉の時には極めてはっきりとこの能力を見せた。つまり、〈自己意識〉とか〈公平無私〉〈誠実さ〉〈鋭敏な知覚〉〈機敏さ〉等々を明瞭に示したのだ。
バビロンに到着後まもなく、わしはこのハモリナディールと一緒に知識人たちが催すいろいろないわゆる〈集会〉に出かけていき、〈バビロンの全住民の心をかき立てる〉原因となった〈この時代最大の問題〉に関する、まあ実に種々雑多な〈報告〉なるものを聞いてみた。
わしの友人のハモリナディールもこの〈議論沸騰の問題〉に関してはひどく興奮していた。
実は彼は興奮すると同時に当惑してもいたのだが、それは、この問題に関して新たにどんどん現れる理論がどれもみな、全く相反することを主張しているにもかかわらず同じように説得力があり、本物らしく思えたからにほかならない。
彼が言うには、我々が魂を持っていることを証明しようとしている理論は、極めて論理的かつ説得力に富んだ説明を行っている。しかし全く逆のことを証明している理論も、これまた同じくらい論理的で説得力があるというのだ。
わしと気の合ったこのアッシリア人の立場がおまえによく理解できるように、次のことを説明しておこう。およそこの惑星では、当時のバビロニアに限らず現在でも、彼らのいう〈超越的なもの〉に関する問題についての理論や、あるいはある〈事実〉の〈詳細な解明〉などといったものを作り出すのはすべて、
器官クンダバファーの特性が生んだ諸結果のほとんどが体内で完全に結晶化していて、そのためいわゆる〈ずる賢さ〉と呼ばれる特性が活発に機能している、そんな三脳生物なのだ。この特性が活発に機能しているために、彼らは意識的に(といっても、彼らの場合意識的というのはもちろん、遙か昔から彼らだけが所有するようになった一種独特の理性を用いるという意味だが)いや、さらに悪いことには単に機械的に、周囲にいる同類の者の精神の弱みを〈見つける〉能力を徐々に獲得してきた。そしてこの能力を使って彼らは次第に、まわりの人間たちの奇矯な論理を時には感じ、時には理解することさえ可能にするデータを体内に形成していった。そしてこのデータに従ってあれやこれやの問題に関する〈理論〉をでっちあげては提出したのだ。一方、前にも言ったように、地球のほとんどの三脳生物の体内では、自分たちが作り上げた異常な生存様式ゆえに、いわゆる〈宇宙的真理を本能的に感じ取る〉機能が徐々に衰退してきており、そのため、もし何らかの偶然で彼らがこういった〈理論〉の一つを全精力を注いで詳細に研究したとしても、望むと望まないとにかかわらず、結局はその理論に完全に納得させられてしまうのがオチなのだ。
さて坊や。バビロンに来てから彼らの暦でいう七ヵ月目に、わしは友人のハモリナディールと一緒に〈全知識人会議〉なるものに行ってみた。
この〈全知識人会議〉は当時すでに、以前むりやり連れてこられた知識人たちによって定期的に開かれていた。だからこの会議には、あのペルシア王が強制的に集めてきた知識人たちだけでなく(前にも言ったように、この頃にはもうこの王の〈錬金術〉なる科学に対する熱狂はすっかり冷めてしまい、ついには完全に忘れてしまっていた)、彼ら流にいえば〈科学のために〉自発的にあちこちの共同体から集まってきた多くの知識人が参加していた。
その日の〈全体会議〉の報告者は、くじで決められた。
友人のハモリナディールもあるテーマで報告することになっており、くじ引きの結果5番目に話すことになった。
彼の前の報告者たちは自分で編み出した新しい〈説〉を披露したり、あるいはすでにできあがってみんなが知っている説を批判したりした。そしてついに、わしと気の合うアッシリア人の番が来た。
彼は〈演壇〉と呼ばれているところに上がり、その間に世話係が彼の演題を記したものを掲示した。これは当時の慣習であった。
この掲示で、報告者が〈人間理性の不安定性〉というテーマを取り上げていることがわかった。
わしの友人は、まず人間の〈頭脳〉がもっている構造について彼の意見を述べ、様々な印象がどんな場合に、どんなふうに、一人の人間の中の別々の脳に知覚され、そしてまた複数の脳の間のいわゆる〈合議〉の末に初めて、最終的な結果がこの頭脳に刻印されるかを詳細に説明した。
初めのうちは穏やかに話していたが、話が進むにつれて次第に興奮してきて、ついには彼の声は叫びに近いものになり、吠えるようにして人間の理性を批判し始めたのだ。
同時に彼は自分自身の理性も容赦なく批判し始めた。
叫ぶような調子でありながら、極めて論理的に、説得力をもって、彼は人間の理性がいかに不安定で変わりやすいものであるかを示し、あなた方がお望みのものなら何でも、理性に証明して信じこませるのはわけもないことだと言明した。
わしの友人ハモリナディールは叫びながらすすり泣いていたようだが、それでも叫ぶのをやめなかった。
彼はこう続けた。
『誰にとっても、もちろん私にとってもそうですが、何かを証明するのは極めて簡単なことです。その際必要なのは、何らかの〈真理〉を証明する時に、どんなショックを他人の脳に与えればどんな連想が生じるかを知っておくことだけです。例えば人間に次のような命題を証明するのは実にたやすいことです。すなわち、《我々の全世界、そしてもちろんその中に含まれている人間も、すべて幻想にすぎない。世界の真の姿は単なる〈トウモロコシ〉であり、このトウモロコシは我々の左足の親指の先に生えている。そして世界には、このトウモロコシ以外全く何一つ存在しない。今見えているものはすべて幻想で、おまけにそんなふうに見えるのは〈どうしようもない精神病者〉だけである》、という命題です。』
わしと気の合った地球のこの三脳生物がここまで話した時、世話係が水を一杯彼に勧めたので、彼はこれを美味しそうに飲み干し、少し穏やかになって話を続けた。
『私自身を例にとってみましょう。私はどこにでもいる普通の知識人ではありません。バビロン市民はもちろん、他の町の多くの人々にも、非常に優れた知識人として知られています。
私はこれまでに地球に存在した最高の研究課程を修了しましたが、このような課程はこれから先も地球上に現れることはまずないでしょう。
しかし私の理性に与えられたこの最高の教育が、ここ数年のあいだ全バビロン市民を狂気に落とし入れている問題に関してどんな助けを与えてくれたでしょうか?
この魂の問題から生じた国民全体の痴呆症に対して、最高の教育を受けた私の理性が提供したものといえば、〈一週間のうち五日を金曜日にすること〉
(永続的なパニック状態の意)くらいが関の山なのです。
私はこれまでずっと、〈魂〉に関する新旧様々な理論を注意深く、真剣に研究してまいりましたが、内面的に賛同できるものは一つとしてありませんでした。それと申しますのも、それらはみな非常に論理的に、また本当らしく説明してあるのですが、私のもっている理性は、まさにそのような論理や本当らしさに同意できないからです。
実は研究の傍ら、私自身もこの〈超越的な問題〉について非常に長い論文を書いてみました。きっとここにおられる方の多くも私の論理的思考については知っておられることでしょうし、また恐らく、この私の論理的思考をうらやましく思われない方は一人もおられないでしょう。
しかしここで皆さんに正直に申し上げますが、この〈超越的な問題〉に関しては、これだけの知識を蓄積した私でさえ、ただの〈白痴〉と何ら違いはないのです。
現在このバビロンの我々の間では、公共の〈塔の建設〉が推し進められています。つまりそれを使って〈天〉まで昇り、そこでどんなことが行われているかこの目で見てこようというわけです。
この塔は外見的にはすべて同じレンガで作られていますが、実はこれらのレンガの材料は種々雑多なのです。
つまり鉄製のレンガもあれば、木製のもの、〈こね粉でできた〉もの、〈カモの羽毛製〉のものまであります。
さて、この途方もなく巨大な塔がバビロンの真ん中に建設中ですが、多少とも意識的な人間はすべて、この塔は遅かれ早かれ必ず倒れ、バビロンの全市民ばかりか、そこにあるすべてのものを叩き潰してしまうだろうということを心に留めておかなくてはなりません。
私個人としてはまだこの町に留まりたいのですが、この塔で潰されたくもありません。だから私はすぐにこの町を出ていきます。皆さん方はお好きなように。』
こう言い捨てると、彼は直ちに演壇を降りて走り去ってしまった。それ以後私は、気の合ったこのアッシリア人を見ることは二度となかった。
後で知ったのだが、彼はその日のうちに永久にバビロンを去り、ニネヴェに行って、そこでかなりの高齢まで生存したらしい。これも確認したことだが、ハモリナディールはその後二度と再び〈科学〉には手を染めず、〈
チョーンガリー〉、つまり現代では〈トウモロコシ〉と呼ばれているものを栽培しながら余生を過ごしたということだ。
さて坊や。当初ハモリナディールの演説は同席した者に非常に深い印象を与えたので、彼らはほとんど丸ひと月の間、彼ら流にいえば、がっくりしょげかえってうろつきまわっていた。
そして寄ると触わると彼らは、この演説の中で記憶に残っているあれこれの言葉を繰り返し、それについて話し合ったのだ。
あまりに頻繁に口にされたので、ハモリナディールの言葉のいくつかは普通の住民の間にも広まり、日常茶飯に使われる格言になっていった。
そのいくつかは地球の現代人にまで伝わっており、その中の一つがこの〈バベルの塔の建設〉という言葉なのだ。それで現代人は、かつてバビロンという町である塔が建設され、生身の身体で〈神御自身〉にまで達しようという試みがなされたことをかなり明瞭に認識しているのだ。
地球の現代人はまた、この〈バビロンの塔〉の建設中に様々な言語が入り乱れていたということもはっきり知っているし、口にもしている。
およそ地球の三脳生物には、バビロンに文化の中心があった時代のものばかりでなく、別の時代の分別をわきまえた人間たちが完全に理解した上で口にしたり書いたりした言葉の一部、つまりこの〈バビロンの塔〉のように、ある細部に関する断片的なものがたくさん伝えられておる。そこで近年のおまえのお気に入りたちはこれらの〈スクラップ〉だけを土台にし、例の〈たわけた〉理性を使って、ずる賢さでは誰にもひけをとらないわれらがルシファーもうらやむほどの〈とてつもないでたらめな〉お話をでっちあげたのだ。
この〈超越的な問題〉に関して当時バビロンで流行っていた沢山の教えの中では、互いに共通点の全くない2つの教えが多数の信奉者を集めていた。
これ以後代々受け継がれていったのはまさにこの2つの教えであり、これが、それでなくともすでに十分混乱していた彼らの〈健全な思考〉をさらにかき乱したのだ。

継承されていく過程で、この2つの教えの細かい部分は変化したが、そこに含まれている根本的な考えは不変のまま現代にまで伝えられている。前にも言ったように、バビロンで多くの信奉者を集めていた2つの教えのうちの一つは〈二元論的〉なもので、もう一つは〈無神論的〉なものであった。一方は人間の中に魂があることを証明し、もう一方は全く逆に、そんなものは全然ないことを証明していた。

二元論的、あるいは観念論的な教えは、人間の粗悪な体の中に精妙で目に見えない体があり、これが魂であると言っていた
人間のこの〈微細体〉は不死、つまり絶対に破壊されることはないということであった。
さらにこの理論によると、この微細体、あるいは魂は、〈肉体〉が起こした活動に対しては、それが意図的なものであろうと無意識的なものであろうと、それ相応の償いをしなくてはならず、また人間はすべて、誕生した時からすでにこの2つの体、つまり肉体と魂から成り立っているということであった。
さらに言うには、誕生した瞬間から人間の肩には2つの目に見えない霊が止まるというのだ。
つまり右肩には〈天使〉と呼ばれる〈善霊〉が、左肩には〈悪魔〉と呼ばれる〈悪霊〉が座るというのだ。
この2つの霊、つまり善霊と悪霊は、誕生の最初の日から、その人間のあらゆる行いを〈ノート〉に記録する。つまり右肩に乗っている霊は〈善き活動〉あるいは〈善き行い〉と呼ばれるものを、また左肩に乗っている霊は〈悪しき行い〉を記録するのだ。
この2つの霊の義務の中には、善悪それぞれの領域でさらに多くの行いをするよう人間に示唆したり強制したりすることも含まれている。
右肩の霊は、絶えず全力を尽くして、対立する霊の領域に属する行いを人間にさせまいと努めており、そのため必然的に、自分の領域に属する行いをもっとさせようとする。
左肩の霊も全く同じことを正反対の方向でやっているというわけだ。
この奇妙な教えがさらに述べるところによると、この2つの〈敵対した霊〉は常に戦っており、そのどちらもが自分の領域内のことを人間にやらせようと全智全能を傾けている。
人間が死ぬと2つの霊は地球上の肉体を離れ、どこか〈天国の高み〉にいる神のところへ魂を運んでいく。
天国の高みでは、神は献身的な大天使や天使に囲まれて座し、彼の前には天秤が吊されている。
この天秤の両側には〈霊〉が見張り番に立っている。右側には〈楽園の番人〉と呼ばれる霊が立っていて、これは天使である。左側には〈地獄の番人〉が立っていて、こちらは悪魔だ。
一生のあいだ人間の肩に止まっていた霊は、死後彼の魂を神のもとに運び、神は霊の手からノートを受け取る。これにはその人間の行いがすべて記入されており、そこで神はこれを〈天秤の皿〉に乗せるのだ。
右の皿には天使から受け取ったノートを乗せ、左の皿には悪魔のノートを乗せる。そして天秤がどちらに傾くかによって、その傾いた方の見張りに立っている霊に、この魂を責任をもって管理するよう命じるのだ。
右側の見張りに立っている霊が管轄しているのが、まさにあの楽園と呼ばれている場所なのだ。
そこは筆舌に尽くし難いほど美しくて素晴らしい場所だ。この楽園には見事な果実がたわわに実っており、芳香を放つ花にあふれている。そして魅惑的な智天使の歌や熾天使の音楽が大気を満たしている。これ以外にも様々な事柄が列挙されているが、この奇妙な惑星の三脳生物の中に根をおろしてしまった異常な知覚や認識によれば、これらのものは外面的にはまず間違いなく彼らがいうところの〈大満足〉を引き起こすであろう。つまり彼らの体内に形成された欲求が満たされるのであるが、実は三脳生物がそのような欲求をもつことは犯罪的なことなのだ。まさにこういった欲求こそが、われらの《共通なる父》が我々の身体に植えつけられ、またすべての三脳生物が所有することを命ぜられているものを、一つの例外もなく全部体内から追い出してしまったのだ
このバビロニアの教えによると、天秤の左側の番をしている霊、すなわち悪魔が管理を任されているのが地獄と呼ばれている場所だ。
地獄はいつも想像を絶するほど熱く、おまけに一滴の水も一本の草木もないといわれている。
地獄には絶えず〈不快な調べ〉が響いており、恐ろしくひどい虐待が行われておる。
およそ考えうるかぎりの拷問用具がいたるところにあり、その中には〈縛り台〉や〈車裂きの刑車〉、それに身体に傷をつけてそこに自動的に塩をすりこむ装置など、実にありとあらゆるものが揃っている。
バビロンの観念論的な教えの中では、魂が楽園に入るためには、人間は地球上にいる間は絶えず右肩の天使のノートに記入されるようなことを行わねばならず、さもないと左肩の霊のノートに記録されることばかりやってしまうであろう。そしてもしそうなれば、その人間の魂は必然的にこの恐るべき地獄に落ちる。

とまあ、そういったことが詳細に説かれていたのだ。」
ここでハセインはもう抑えきれなくなり、話に割って入った。
「でも彼らは、どのような行いを善で、どのような行いを悪だと考えているのですか?」
ベルゼバブは非常に不思議な目つきで孫を見て、頭を振りながらこう言った。
「この問題、つまりどんな行いが善であり、また悪であるかについては、古代から現代まで、共通性の全くない2つの独立した理解の仕方が代々伝えられている。
まず第一の理解の仕方は、例えばアトランティス大陸の
アカルダン協会のメンバーや、これとは別の種類に属すが、トランサパルニアン大変動の数世紀後に現れ、身体の最深部にほぼ同じものを獲得した者たち、すなわち〈秘儀参入者〉と呼ばれる者たちの間で代々継承されていった。
この理解によれば、人間の行いはすべて、良心に従ってなされたものであれば客観的な意味において善であり、逆に、後ほど良心に照らしてみて〈後悔〉を感じるのであればその行いは悪である
一方、第二の理解の仕方は、コヌジオン大王の賢明なる〈発明〉の直後に現れた。そしてこの発明は一般の三脳生物の間で代々伝えられながら、〈道徳〉という名で、ほぼ惑星全体に広まっていった。
この道徳というやつには、誕生の当初から極めて特殊な性質が接ぎ木され、ついにはその一部となってしまったのだが、これについて話しておくのも一興だろう。
この地球の道徳なる代物がいかなる特性をもっているかは、次のようにいえば容易に理解できるだろう。すなわちこの道徳は、内的にも外的にも、〈カメレオン〉という名称の生物だけがもっている〈固有の特性〉とそっくり同じものをもっているのだ。
この道徳、とりわけ現代の道徳がもっている特性の奇妙で風変わりな点は、その機能が、その地方の権力者の気分で完全に機械的に左右されるということ、おまけに彼らの気分も、これまた機械的に、人間の行動の4つの源泉、すなわち〈義母〉〈消化〉〈ジョン・トマス〉
(男根の意)〈現金〉と呼ばれる源泉の状態に完全に左右されるということだ。
やはり多くの信奉者を集めていたバビロニアの第二の教えも代々受け継がれておまえのお気に入りの現代人にまで届いているが、これは逆に当時の無神論的な教えの一つであった。

当時の地球のハスナムス候補生が作り上げたこの教えによれば、この宇宙には神などというものはなく、さらに人間にも魂はなく、したがって魂に関するあらゆる話や議論は、病んだ幻視家たちのうわごと以外の何ものでもないということであった
さらにその主張するところによると、世界にはただ一つの特殊な力学の法則があり、全存在物はこれに従って一つの形態から別の形態へと移行する。言いかえれば、ある原因から生まれた結果は徐々に変容して次の結果を生む原因になるというのだ。
したがって人間もある原因から生じた結果にすぎず、また逆に、次の結果を生み出す原因でもあるというわけだ。
さらには、ほとんどの人間には知覚できない、いわゆる〈超自然現象〉と呼ばれているものも、この特殊な力学の法則から生じる結果にほかならない。

純粋理性がこの法則を完全に理解するためには、この法則の細部をゆっくりと、しかも偏見にとらわれずにあらゆる角度から知る必要があるが、この細部は、純粋理性の発達程度に応じて明らかになっていくのである。
しかし人間の理性というのは、受け取られた印象の総計にすぎず、そこから徐々に、比較や推論をしたり、結論を引き出したりするためのデータが彼の中で生まれてくる。
こういったすべての結果、人間は自分のまわりで繰り返し起きる様々な種類の似たような出来事に関する情報を集め、そしてそれが、人間という組織体全体の中であるはっきりした確信を生む材料となる。このような経緯を経て人間の中に理性、すなわち彼独自の主観的な精神が形成されるのだ。
魂に関するこの2つの教えがどんなことを言っていようと、また、惑星のほとんどあらゆるところから集まってきた知識人たちが、子孫の理性を徐々に変化させてどうしようもないナンセンスの製造所にするためにどれほどおぞましい手段をとったにせよ、客観的見地からすれば、それは完全に破滅的なものだったわけではない。むしろ真に客観的な意味で恐るべきことは、この2つの教えから後世、子孫にとってだけでなく、恐らくは存在するすべてのものにとっての巨大な悪が生じたという事実の中に秘められている。
はっきりいえば、当時バビロンで起こった〈精神の動揺〉の期間に、これら知識人は寄り集まって知ったかぶりの大ぼらを吹き合い、すでにもっているものに加えて、
ハスナムス的言動を生み出すさらに新たなデータをごっそり手に入れた。その後それぞれの祖国へ帰っていくと、もちろん無意識のうちにだが、これまで話したような考えを伝染性の病原菌のように撒き散らし、ついには非常に神聖なるアシアタ・シーマッシュの聖なる努力が生み出したものの遺産をすべて根こそぎ破壊し、痕跡一つ残さなかったのだ。
この遺産というのは、彼が三脳生物のために意図的に作り出した聖なる〈意識的苦悩を伴う努力〉であり、彼はこれによってある特殊な生存状態を生み出そうとした。つまり器官
クンダバファーの特性が生み出す有害な諸結果を徐々に体内から消し、そのかわりに、あらゆる種類の三脳生物(彼らの全身体は宇宙のあらゆるものの正確な似姿なのだが)の身体に固有の特性を次第に身につけることを可能にする唯一の生存状態を生み出そうとしたのだ。
魂の問題に関して地球の知識人たちが当時バビロンでありとあらゆる大ぼらを吹きまくった結果、もう一つの事態が生じた。それは、わしが五度目にこの惑星を訪れた直後に、この文化の中心地、つまり壮麗きわまる比類なきバビロンが、土台もろとも地球の表面から姿を消してしまったということだ。
ただバビロンの町全体が破壊されただけではなく、そこで生存してきた人間たちが何世紀もの間に達成し、獲得したものもすべて壊滅してしまったのだ。
しかし公平を期すためにここではっきり言っておかなくてはならんが、アシアタ・シーマッシュの聖なる努力の成果を破壊したそもそもの原動力は、バビロンに集まったこれらの知識人たちから発したものではなく、実はその地で非常によく知られていたある一人の知識人の考案物から生じたのだ。この知識人はバビロニアでのこの出来事が起きる数世紀前にアジア大陸に生存していたのだが、その名を〈レントロハムサニン〉といった。彼は自分の高次存在部分をある確固たる単一体に鍛え上げ、理性を使ってある高次の段階の客観理性を獲得して、313人の
恒久的ハスナムス的個人の一人となったが、彼らは現在、〈償い〉という名を冠した小惑星に住んでいる。
このレントロハムサニンについてもこれから話すつもりだが、彼に関する情報はきっとこの遠隔の地にある奇妙な惑星に生息している三脳生物の不可思議な精神を理解する上で役に立つだろう。
しかし彼の話は、非常に神聖なるアシアタ・シーマッシュのことを話してからにしようと思う。今ではこの上なく神聖なる個人となっているアシアタ・シーマッシュがこの惑星で行なったことに関する情報は、惑星地球上の、おまえの興味を引いている三脳生物の精神の特殊性を理解する上でこの上なく重要で、最高度に価値あるものだからな。」

第25章 非常に聖なるアシアタ・シーマッシュ、天より地球に遣わされる

べルゼバブ「というわけでだな、坊や! これから、今やすでに汎宇宙的個人となっているこの上なく聖なるアシアタ・シーマッシュと、彼が、おまえの興味を引いているあの惑星地球に誕生して生存している三脳生物の生存に関連して行なった活動について話してあげるから、よく注意を集中して聞きなさい。
すでに一度ならず話したと思うが、われらが《すべてを愛する共通の父である永遠の主》の最も恩寵深き命によって、いと高く非常に聖なる宇宙個人たちは、時として地球上の、ある三脳生物の存在の中に聖なる個人の〈具現化された〉受胎を実現させることがある。それは彼がそのような現身をもつ地球上の生物になることによって、その出現した場所に〈自己を適合させ〉、そこの生物たちの通常の生存プロセスにそれにふさわしい新しい方向性を与えるためであり、そうすることによって、すでに結晶化した器官クンダバファーの特性から生じる諸結果および同様の新しい結晶化の傾向が、恐らくは彼らの体内から取り去られるはずであった。
前に話したバビロニア人たちの間で起こった出来事から遡ること七世紀、ある三脳生物の惑星体中にアシアタ・シーマッシュという名の聖なる個人の〈具現化された〉受胎が実現された。彼はその地で天の使いとなり、今ではすでに最も高貴でこの上なく聖なる汎宇宙的な神聖個人の一人と考えられておる。
アシアタ・シーマッシュは、バビロンからほど遠からぬ、当時〈ピスパスカーナ〉と呼ばれていた小さな村に住む、〈シュメール族〉と呼ばれる民族の末裔の、貧しい一家の少年の惑星体でその受胎を実現させた。
彼は成長して責任ある人間になるまでの期間を、この小さな共同体およびバビロンで過ごした。このバビロンは当時、まだ壮大とはいえないまでもすでに有名な都市になっていた。
この上なく聖なるアシアタ・シーマッシュは、天よりおまえのお気に入りの惑星に遣わされた者の中でも、その聖なる労働によって、そこの不幸な生物の生存が、われらが大宇宙の同じ可能性をもつ生物が存在する他の惑星の三脳生物の生存といくらか似かよった状況を、ある一定期間この惑星上に生み出すことに成功した唯一の使いなのだ。彼はまた、自分に定められた伝道をするにあたって、この惑星地球で彼以前のすべての天からの使いが何世紀もかかって確立した普通の方法をこの惑星の三脳生物に適用することを拒否した最初の者でもあった。
つまりこの上なく聖なるアシアタ・シーマッシュは、彼以前および以後に同じ目的で天から遣わされたいかなる使者とも違って、地球の普通の三脳生物には何一つ教えもしないし、説教もしなかったのだ。
その結果、主としてそのために、彼の教えは、地球の現代の普通の生物にはいわずもがな、彼の同時代人からほんの三代目の普通の生物にさえ、何一つ、いかなる形ででも伝わらなかったのだ。
しかし彼のこの上なく聖なる活動に関する確かな情報は、彼の熟考を集大成した〈レゴミニズム〉と呼ばれるもの(これには〈恐るべき現状〉という題がつけられている)を媒体とし、〈秘儀参入者〉と呼ばれる人間たちを通して、この上なく聖なるアシアタ・シーマッシュと同時代の人間たち以後、代々引き継がれてきた。
これに加えて、彼が同時代の人間たちに与えた〈助言〉と〈命令〉と〈格言〉とが刻みこまれた何枚かの〈大理石板〉と呼ばれるもののうちの一枚が、彼のこの上なく聖なる活動の時代から散逸せずに残り、現在まで伝わっている。
この生き延びた板は現在、アジア大陸の中央部にその存在場所をもつ〈オルボグメック友愛団〉と呼ばれる、秘儀を受けた者たちの小グループの最も神聖な遺宝となっておる。
オルボグメックとは、〈様々に異なる宗教は存在しない、存在するのは唯一の神である〉という意味だ。
わしはおまえのお気に入りの惑星の表面に最後に滞在していた時に偶然このレゴミニズムを知ったのだが、これによってこの惑星地球のずっと後世の秘儀参入者なる者たちは、〈恐るべき現状〉と名づけられた聖なるアシアタ・シーマッシュの熟考を受け継いだのだ。
このレゴミニズムは、この風変わりな生物の精神のいくつかの奇妙な側面、つまりわしが何十世紀にもわたって注意深く観察してきたにもかかわらずそれ以前には全く理解できなかった彼らの精神の側面を理解する上で、非常に大きな助けになった。」

ここでハセインはこう尋ねた。「大好きなお祖父様、レゴミニズムっていう言葉はどういう意味なんですか? どうか話して下さい。」

「このレゴミニズムという言葉は、」とベルゼバブは答えた。「秘儀を伝授するに値するとみなされた者、すなわち秘儀参入者と呼ばれている三脳生物を通して、遙かな過去の出来事に関する情報を代々伝えるために存在しているある手段につけられたものだ。
情報を代々伝えるこの手段はアトランティス大陸の人間たちによって発明された。ではレゴミニズムという媒体を使ってどのように次の世代の人間に情報を伝えるのか、これがはっきり理解できるように、ここで、今も昔も秘儀参入者と呼ばれている人間たちについて少し話しておこう。
かつて惑星地球では、この言葉は常に一つの意味でのみ使われてきた。すなわち秘儀参入者と呼ばれる三脳生物は、その生存期間中に、他の生物たちが感じることができるほどの客観的データをほぼ等しく獲得した者たちであった。
しかしこの二世紀の間に、この言葉は2つの意味で使われるようになってきた。
その一つは以前と同じ意味で、すなわち個人的な意識的努力と意図的苦悩(前にも言ったように、彼らはこれによって自らの内に、どんな脳組織をもつ生物でも感じることができる価値、つまり彼らの内に信頼と尊敬とを呼びさますような客観的な価値を獲得したのだ)を通して秘儀参入者となった者たちを呼ぶのに使われておる。
もう一つの意味は、地球で〈犯罪者連中〉と呼ばれている者たちに属する人間たちがこの名で互いを呼び合う時に含ませている意味だ。この連中はこの二世紀の間におびただしく増えたが、彼らの主目的はまわりの者から〈本質的価値〉だけを〈盗み取る〉ことだ
この犯罪者連中は、〈超自然的〉ないしは〈神秘的〉科学なるものの使徒を装って、実際きわめて巧妙にこの種の略奪に従事しておる。
というわけで、この種の連中に属する正真正銘のメンバーもすべてここでは秘儀参入者と呼ばれている。
いやそれどころか、地球の秘儀参入者の中には〈偉大なる秘儀参入者〉までおり、とりわけ現代の偉大なる秘儀参入者は、新しく生まれた普通の秘儀参入者から、つまりその〈名人芸〉を駆使して〈火・水・銅のパイプ、いやそれどころかモンテ・カルロのあらゆるルーレット・ホール〉をくぐり抜けた者たちの中から生まれてきたのだ。
さて坊や。 レゴミニズムとはだな。 遠い昔に地球で起きた出来事に関する情報を、今言った第一の種類の秘儀参入者、つまり真に賞讃に値する人間が、やはり同種の別の秘儀参入者へと伝え、そしてこの伝達者もそれ以前に同種の賞讃に値する人間からその情報を受け取っていたという、そういう継続的伝達につけられた名称なのだ
このような情報伝達の方法を発明したことに対して、我々はアトランティス大陸の人間たちに当然の敬意を払わなくてはならん。この方法は実際非常に賢明なものであったし、また事実その目的を達しもしたのだからな。
実にこれこそが、遙か昔に起こった出来事に関する情報をずっと後世の人間に適切に伝える唯一の方法なのだ。
ではこの惑星の普通の人間の群集の間を代々通り抜けてきた情報はどうかといえば、それはすぐに忘れ去られて完全に消え失せてしまったか、もしくは、われらが親愛なるムラー・ナスレッディン流にいえば、ただその〈尻尾とたてがみとシュヘラザード用の食べ物〉しか残らなかったのだ。
それゆえ、何らかの出来事に関する情報の切れっ端が遙か後世の人間たちに偶然伝わり、その時代の新型知識人たちがこれらの切れっ端から〈ごった煮〉をでっちあげると、きわめて特異な、そして教訓的な〈現象〉が生じた。つまりそこのゴキブリがこのごった煮の中に何が入っているかをたまたま耳にすると、その地に存在する〈聖ウィトゥスの悪霊〉がたちまち彼らの体内に入りこみ、全く楽しげに暴れまわり始めたのだ。
【聖ウィトゥス-ローマ皇帝ディオクレティアヌスに迫害されたシチリアの少年殉教者。彼の像の前で踊れば病気が治ると信じられたところから、舞踏病という意味の‘St.Vitus' dance'’という成句が生まれた】
惑星地球の現代の知識人たちが伝え聞いた情報の切れ端からどんなふうにしてこのごった煮をでっちあげたかについては、われらが敬愛するムラー・ナスレッディンの含蓄ある文章が見事に言い当てている。


『ノミのこの世界での存在理由はただ一つ。それがくしゃみをすると論文の大洪水が起きる。つまり、われらが知識人たちはこのくしゃみについて始終ああでもないこうでもないと言うことに無上の喜びを感じておるのじゃ』

これはぜひ言っておきたいが、おまえのお気に入りたちの間に滞在していた時に、彼らが、わしがこの目で見てきた過去の出来事に関して〈講義〉をしたりわしに個人的に話したりするのを聞くたびに、わしは彼らが〈笑い〉と呼んでいるものをこらえるのに四苦八苦したものだ。
そういった講義や〈お話〉はあまりにも馬鹿馬鹿しい作り話とごちゃまぜにされていたが、その馬鹿馬鹿しさときたら、悪智恵では誰にも負けないルシファーと彼の助手たちが束になってやってみてもとても敵いそうにない代物だったよ。」

第26章 非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの熟考を伝える「恐るべき現状」と題されたレゴミニズム

ベルゼバブは話を続けた。
「非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの熟考を伝えるレゴミニズムは次のような内容であった。
それは祈りで始まっている。

『わが誕生の諸要因子に誓って、私は常に、すでに霊化されたあらゆる源泉に対して、また《われらが共通なる創造者、全能なる独裁者にして永遠の主》の未来における霊的な表現行為のあらゆる源泉に対して公正であるよう努めます。アーメン。
天は、《偉大なる全体》の中の取るに足りない欠片であるこの私に、この惑星の三脳生物の惑星体に身を包み、そして、そこに誕生し、存在している他のすべての生物が、深遠かつ重大な理由のために彼らの祖先の体内に植えつけられたあの器官の特性から生じる諸結果から自らを解放する手助けをするようお命じになった。
特別かつ意図的に天から遣わされた、私以前のすべての聖なる個人は、私と同じ目的を遂行するにあたって、《われらが無限なる創造主御自身》によってあらかじめ定められている自己完成の3つの聖なる道、すなわち〈信仰〉〈希望〉〈愛〉と呼ばれる衝動を基盤とした聖なる道を通して自らに課された仕事をやり遂げようとした。
私は、17歳の年を終えた時、天から命じられたとおり、責任ある生存期間中に公平無私で〈あることができる〉よう自分の惑星体を準備し始めた。
この〈自己準備〉期間中に私は、責任ある年齢に達したら私もあの3つの聖なる衝動のうちのあるものを通して課せられた仕事をやろうと考えていた。
しかし私はたまたまこの〈自己準備〉期間中に、ここバビロンで生まれ、生存しているほとんどあらゆる〈タイプ〉の人間に会い、そしてこの公平無私な観察期間中に彼らの表現行為の多くの特徴に触れるにつれて、これら3つの聖なる方法によってこの惑星の三センター生物を救う可能性に対する〈疑惑〉が私の中に忍び込み、そしてどんどん大きくなっていったのである。
私の疑惑を増大させる原因となった、私が出会った人間たちの様々な表現行為から、次第に私は次のことを確信するようになった。すなわち、非常に長い期間、何世代にも渡って遺伝によって受け継がれてきた
クンダバファーという器官の特性が生み出すこれらの諸結果は、彼らの体内で完全に結晶化してしまったために今やすでに彼らの本質の合法則的部分として現代の人間たちにまで達しており、それゆえクンダバファーの特性から生じるこれら結晶化した諸結果は、今や彼らの身体の〈第二の本性〉ともいうべきものになっている。
そういうわけで、ついに責任ある存在となった時、私は前述の聖なる道の中からどれかを選ぶ前に、私の惑星体を
聖〈クシェルクナーラ〉の状態、つまり〈すべての脳が調和的に機能する〉状態に置くことにし、そのような状態に達して初めてそれから先の活動方向を選ぶことに決めたのである。
この目的のために私は〈ヴェジニアーマ山〉に登り、40日40夜ひざまずいて自分を集中状態に置いた。
これに続く40日40夜、今度は飲食を断ち、その時私の内部にあった、私のそれまでの生存期間中、つまり〈自己準備〉期間中に得たすべての知覚から生じる印象を全部思い出し、分析した。
それに続く40日40夜、今度はひざまずいたまま飲食を断ち、しかも30分ごとに胸の毛を2本引き抜いた。
そうしてついに、日常生活のあらゆる肉体的、霊的連想から完全に自由になった時に初めて、私はいかにして存在すべきかを熟考し始めた。
こうして純化された理性によって熟考した結果、これら3つの聖なる道のどれかで現代人を救うのはすでに手遅れだということを確信するに至った。
それと同時に次のことも確信した。すなわち、われらが大宇宙のあらゆる三センター生物と同様人間という生物も当然もっていてしかるべき真の機能は、すでに遙か昔の祖先の体内で別の機能に退化した、つまり
器官クンダバファーの特性に含まれている諸機能へと退化していたが、それらは信仰、愛、希望という正真正銘の聖なる衝動と非常によく似た機能であるということだ。
そしてこの退化は、まず間違いなく次のような原因から生じたと思われる。すなわち
器官クンダバファーが彼らの祖先の体内で破壊され、それと同時に真正の聖なる衝動が芽生えたその時、彼らの体内にはまだ
器官クンダバファーの多くの特性の感覚が残っていた。そのため、器官クンダバファーの特性の中でもこれら3つの聖なる衝動とよく似た特性が次第にこれらと混ざり合い、その結果彼らの精神の中に、信仰、愛、希望という衝動を生み出す因子が結晶化した。しかしそれらは真正のものとよく似てはいたが、結局は全く性質の異なるものだったのである。
この地の現代の三センター生物も、時には彼らの理性や感情を伴って信じたり愛したり希望をもったりした。しかしその信じ方、愛し方、希望のもち方たるや。
ああ、まさにそこにこそ、これら3つの特性の特殊性が潜んでいたのだ!
彼らはたしかに信じはしたが、彼らの中のこの聖なる衝動は、われらが大宇宙の中の同じ可能性をもつ生物のいる様々な惑星のすべての三センター生物とは違って、独立して機能しない。逆にそれは、
器官クンダバファーの特性から生じる同一の結果に従って彼らの体内で形成されたあれこれの因子(例えば彼らが〈虚栄心〉〈自己愛〉〈自尊心〉〈自負心〉等々と呼ぶ特殊な所有物)によって起こるのである。
その結果この地の三脳生物はたいてい、彼らが様々な〈
シンクルポーサラムズ〉を知覚し、それが彼らの体内に固着した結果生まれるものにだけ左右されている。あるいはここでの言い方によれば、彼らは〈いかなる古い物語でも信じてしまう〉のである。
ある条件さえ整えば、この惑星の生物に何かを信じこませるのはきわめて簡単なことだ。その条件というのは、彼らがそういった〈作り話〉を知覚する間に、彼らの体内で結晶化している
器官クンダバファーの諸特性から生じる結果の中でも、〈主観性〉と呼ばれるものを形成している諸結果、例えば〈自己愛〉〈虚栄心〉〈自尊心〉〈虚勢〉〈空想〉〈自慢〉〈傲慢〉等の中の一つでも、外部からの意識的な働きかけによってか、あるいは彼らの中で自動的にか、ともかく彼らの体内でかき立てられ、作用し続ければよい、というものである。
このような影響力が、彼らの退化した理性および各部位にある退化した因子、つまり彼らの感覚を生み出す因子に働きかける結果、彼らはどんな根も葉もない作り話でも心底信じこみ、いやそればかりか、その作り話に固い忠誠を誓って、それ以外には正しいことはありえないと、まわりの者にやっきになって説明しさえするのである。
愛という聖なる衝動を喚起するデータも、これと同様に異常な形で彼らの体内に形成されている。
現代の人間たちの体内には彼らが愛と呼んでいるあの奇妙な衝動も芽生え、存在しているが(どの程度かは想像におまかせしよう)、彼らのこの愛は、まず第一にあの
器官クンダバファーの特性から生じたものが結晶化した結果生まれたものであり、また第二に、彼らのこの衝動は彼ら一人一人の生きるプロセスの中で完全に主観的に湧き起こり、そして活動している。
実際あまりに主観的で各人各様なので、もし彼らの10人がこの内的衝動をどのように感じるかと説明を求められたならば、10人全員が(もちろんどこかで読んだり他人から聞いたりしたことでなく、彼ら自身の本当の感覚を誠実かつ率直に打ち明けてくれたらの話だが)違ったように答え、10通りの感覚を述べることであろう。
ある者はこの感覚を性的な意味で説明し、またある者は憐憫という意味で、別の者は服従への欲求という意味で、また別の者は外的なものに対する一般的熱狂という意味で説明する、という具合である。しかも10人のうちのただ一人として、ほんのわずかでも真正の〈愛〉の感覚を説明できる者はいないであろう。
それに誰一人そんなことをしようとも思わないだろう。それというのも、
この地の普通の人間の中では、すでに長い間、真正の愛という聖なる衝動のほんのわずかな感覚さえ失われているからである。そしてこの〈味〉を知らなければ、全宇宙のあらゆる三センター生物の体内にあるこの至福をもたらす聖なる衝動をほんのぼんやりとさえ述べることはできない。この衝動は偉大なる自然の神のごとき先見の明に従って、あるデータを我々の内部に形成するのだが、それを経験して初めて我々は、自己完成という目的のために我々が行なった賞讃に値する労働から至福のうちに身を引いて安らぐことができるのである
近年この地では、もしこのような三脳生物の一人が誰かを〈愛する〉とすれば、それは相手がいつも自分を励ましてくれたり、不相応なまでにお世辞を言ってくれたりするためであるか、または自分の鼻が相手の女性ないしは男性の鼻とそっくりで、〈両極性〉あるいは〈タイプ〉という宇宙法則のおかげで彼または彼女との関係がいまだに壊れずにうまくいっているためか、あるいは相手の叔父が実業界の大立者で、いつの日か自分を後押ししてくれるだろうという期待のためにすぎない。
つまりここの人間たちは、真正の公平無私かつ非利己的な愛で愛することは決してないのである
この地の現代人の内にあるこういった愛のために、器官
クンダバファーの特性から生じるものが結晶化するための遺伝的な素地は現時点では何の障害もなく結晶化し、ついには彼らの本性の中の合法則的な部分として固着してしまったのである。
また第三の聖なる衝動、すなわち〈本質的希望〉についていえば、この地の三センター生物の体内におけるその状態は初めの2つの衝動よりもっと悪いといえる。
この衝動はついにはきわめて歪んだ形で彼らの存在全体に適応してしまったが、そればかりか、聖なる希望という衝動にかわって彼らの内部に新たに形成されたこの有害かつ奇怪な〈希望〉は、今ではすでに、彼らの内で信仰、愛、希望という真正の衝動を引き起こす因子が生じない主因となっている。
この新たに形成された異常な希望があるために、彼らは常に何かを望む。そのために、外部からの意図的な力で、あるいは彼らの内部で自動的に生じたすべての可能性は、常に彼らの内部で麻痺してしまう。しかしこれらの可能性は今でもまだ恐らく、
器官クンダバファーの特性から生じたものの結晶化をもたらす遺伝的素地を打ち壊すことができるのである。
ヴュジニアーマ山からバビロンに帰ると、私は、この不幸な者たちをこれ以外の方法で助けることができるかどうか確かめるために、前に行っていたのと同様の観察を続けた。
彼らの表現行為や知覚のあらゆる側面をとりわけ注意深く観察した結果、私は次のことをきわめて明瞭に理解した。すなわちそれは、彼らの体内に信仰、愛、希望という聖なる衝動を生み出す因子はこの惑星の人間の中ではすでに全く退化してしまっているが、それにもかかわらず、一般に三脳組織をもつ生物の精神が基盤としている衝動、つまり客観的良心という名で存在している衝動を生み出すべき因子はいまだ彼らの体内では衰退しておらず、ほとんど原初的な状態のまま残っているということである。
この地の通常の外的な生存状態が異常な形で形成されたために、この因子は次第に内部に沈んで、彼らが〈潜在意識〉と呼んでいるあの意識層に埋めこまれてしまい、その結果これは、彼らの通常の意識が機能する際にはいかなる役割も演じないのである

さて、このことがはっきりすると同時に、〈私〉という全体を代表している様々な思考部分がすべて一致して次のことをも明瞭に理解した。すなわち、もしも彼らの体内にいまだに生き残っているこの因子の機能が、彼らがいうところの〈目覚めた生存〉をその中で送っているあの日常意識の全般的機能に参与するならば、その時初めて、この地の現代の三脳生物を、彼らの最初の祖先に意図的に植えつけられたあの器官の特性から生じるものから解放することも可能になるであろう。
さらに熟考を続けた結果確信したのは、彼らが通常の生存を適切な条件の下で長い間続けた時に初めてこれが可能になるということである。
これまで述べたことがすべて私の内部で完全に肉化した時、私は、それ以後私の全存在を、彼らの潜在意識の中に生き残っている彼らの〈聖なる良心〉の機能が彼らの通常の意識の中で作用するような状況を創り出すことに捧げようと決意したのである。
《われらが全能かつすべてを愛する共通の父にして単一存在の創造者たる永遠の主》の祝福がわが決意の上にくだりますように、アーメン。』

非常に聖なる比類なきアシアタ・シーマッシュの熟考を伝える、〈恐るべき現状〉と名づけられたレゴミニズムは以上のように終わっていた。
というわけでだな、坊や。前にも言ったように、おまえの惑星の表面に最後に滞在した際、早い時期にわしは今述べたレゴミニズムを詳しく知るようになり、たちまちこの、後には最も高貴にしてこの上なく聖なる汎宇宙的個人となるアシアタ・シーマッシュの推論に非常に興味を引かれたのだ。当時はこれ以外にはいかなるレゴミニズムも、また彼がおまえのお気に入りたちの間で行なったこの上なく聖なる活動に関する情報源もなかったので、わしは、遺伝によって彼らに伝わった、しかも彼らにとってきわめて有害なものである
器官クンダバファーの特性から生じる諸結果からこの不幸な者たちが自らを解放するのを助けるために、彼がいかなる策を講じ、そしていかにしてそれを実現したのかをはっきりさせるべく、これを詳細に調査しようと決意したのだ。
そこでわしは、この惑星に最後に滞在した時、今では最も高貴にしてこの上なく聖なる汎宇宙的個人となっている、本質を愛する偉大なるアシアタ・シーマッシュの非常に聖なる活動全体を詳細に調査し、解明することを主要な課題の一つとした。
それにわしは例の〈大理石板〉、つまり偉大なるアシアタ・シーマッシュが非常に聖なる活動をした時代から偶然に生き残り、現在オルボグメック友愛団と呼ばれている秘儀参入者たちのグループの最も聖なる遺品となっている〈大理石板〉を、この最後の滞在中にたまたま見る機会があり、そこに彫ってある内容を読むことができた。
この後のわしの調査・研究ではっきりしたところによると、この非常に聖なるアシアタ・シーマッシュが自らの計画に従ってある特殊な生存状態を生み出した時、やはり彼の忠告に従って何枚かの大理石板が大都市の適当な場所に置かれたが、その上には彼らが送るべき生存に対する様々な助言や格言が彫りこまれていた。
ところが後になって、またまた大きな戦争が始まると、これらの板はみなあの奇妙な生物たち自身の手で破壊されてしまい、そのうちのたった一枚、つまり今言った友愛団の手元にあるものだけが破壊を免れ、今ではその友愛団の財産になっている。
今残っているこの大理石板には、信仰、愛、希望と呼ばれる聖なる衝動に関する次のような碑銘が刻まれている。

〈信仰〉〈愛〉〈希望〉

意識の信仰は自由
感情の信仰は弱さ
肉体の信仰は愚かさ

意識への愛はそれと同じものを喚起する
感情への愛は反対のものを喚起する
肉体への愛はただタイプと両極性のみに依存する

意識に対する希望は強さ
感情に対する希望は隷属性
肉体に対する希望は病気

おまえのお気に入りたちの幸福のために非常に聖なるアシアタ・シーマッシュが行なった活動についてさらに話を続ける前に、おまえのお気に入りたちが希望と呼んでいる内的衝動について、もう少し詳しく説明しておかねばなるまい。非常に聖なるアシアタ・シーマッシュは、これが他の2つのものよりも遙かに悪い状態にあることを発見した。
彼らの中に存在するこの奇妙な衝動に関して後にわし自ら特別に行なった観察・調査の結果、実際彼らの体内のこの異常な衝動を生み出す因子は、彼ら自身にとって最も有害であることがはっきりした。
この異常な希望のために、実に不思議で奇妙な、おまけに進行性の病気がいまだに彼らの間で発生し、居座っているが、この病気は〈明日〉と呼ばれている。
この奇妙な病気〈明日〉は恐るべき結果をもたらした。これにかかった不幸な三脳生物たちは、自分はきわめて望ましくない事態に直面しており、そこから脱出するためにはある努力をせねばならないことを、いやそればかりかいかに努力すればいいかまで身体全体で知り、心底納得しているにもかかわらず、この厭うべき病気〈明日〉のために絶対にこの必要な努力をすることができないのだ。
これは有害ではあるが、あの巨大な恐るべき悪の一部にすぎない。そしてこの悪は、大小様々な原因からこの哀れな三脳生物の通常の生存プロセスに集中しておる。だからわしがこれまでに言ったことを偶然に知った不幸な者たちは、〈明日〉からまた〈明日〉へと事態を引き延ばし、そのために真なるものを獲得する可能性をすっかり奪われているのだ。
この奇妙な、おまえのお気に入りたちにとって実に有害な病気である〈明日〉は、現代の人間たちにとってもすでに大きな障害となっている。つまりそれは、彼らの体内から、
器官クンダバファーの特性から結晶化した諸結果を除去する可能性を完全に奪っているばかりか、彼らが生み出した通常の生存を営む上で必要不可欠のものとなっている義務を真面目に果たすことさえ妨げているのだ。
惑星地球の三脳生物、特に現代の者たちは、この病気〈明日〉にかかっているために、その時やらねばならないことでも〈後〉のほうがもっとうまく、また早くできると確信して〈後〉まで延ばしてしまうのだ。
偶然にかあるいは外部からの意識的な影響によってか、内なる理性を通して自分が完全に無であることに気づき、そして霊化された各部分でそれを感じ取りはじめた不幸な人間たち、また三脳生物としてあるべき姿をとるためにはいかなる努力をどんなふうにすればよいかを偶然知った人間たちも、この有害な病気〈明日〉にかかっているために、やるべきことを〈明日〉から〈明日〉へと延ばし、そのうちに突然悲しむべき日がやってきて、〈虚弱〉および〈疾患〉と呼ばれる老年の前兆が(これは生存の終局点に向かう大小様々な宇宙形成物にとって必然的な運命である)彼らの内に生じ、誰の目にも明らかになるという地点に達するのだ。
ここで忘れないうちに、おまえのお気に入りたちのほぼ完全に退化した存在を観察・研究していた時に発見した奇妙な現象について話しておかねばならん。その現象というのは、彼らの中でも、この惑星での生存が終結点に近づきつつある者たちの多くの体内では、あの器官の特性から生じてすでに結晶化している諸結果のほとんどがひとりでに衰退しはじめ、その中のいくつかにいたっては完全に消滅し、その結果これらの人間たちは以前より少しばかりはっきりと現実を見、知覚しはじめるということだ。
この現象が生じると、彼らの体内には、自己修練、あるいは彼らの言葉によれば〈自らの魂の救済〉のための修練に対する強い欲求が現れる。
しかしいうまでもないことだが、そんな欲求からはどんな成果も生まれてはこない。つまり彼らはもう手遅れなのだ。彼らがこの目的を達成するために偉大なる自然から与えられた時は、すでに過ぎ去ってしまったのだ。たしかに彼らはこの目的のために努力する必要性を理解し、感じてはいるが、その欲求を実現するために彼らが今もっているものといえば、空しい憧れと〈老年の合法則的疾患〉だけなのだ。
というわけでだな、坊や。こうしてわしはおまえのお気に入りの惑星上に誕生し、生存している三脳生物の幸福のために非常に聖なるアシアタ・シーマッシュが行なった活動を研究・調査したのだが、その結果、ついに次のことがはっきりしてきた。
この偉大な、理性においてはほとんど比べるもののない聖なる個人は、大宇宙のすべての三脳生物が自己完成に向かって歩む通常の聖なる道は、もはやこの惑星の生物には適さないと深く確信するに至った。そして、その時すでに彼らの精神を特別に観察・研究していた彼は、再びあのヴェジニアーマ山に登り、地球でいう数ヵ月の間、どのようにしたら彼の決意を、つまり根源的な聖なる衝動である良心を生み出すために、彼らの潜在意識の中に生き残っているデータを使って、
器官クンダバファーの特性から生じるものの結晶化というあの遺伝的傾向からこの惑星の生物を救おうという彼の決意を遂行できるかについて瞑想し、熟考した。
この熟考の結果、まず最初に彼は、彼らの体内に生き残っているこの聖なる衝動を生み出すデータを使って彼らを救うのは確かに可能だということを深く確信した。とはいえこれが可能となるのは、彼らの潜在意識の中に生き残っているこのデータの活動が、彼らの意識、つまりその指示に従って彼らが日常の目覚めた生存を送っている意識の働きに間違いなく参与し、そしてさらに、この衝動が長期にわたって、彼らのこの意識の全側面を通して表現された時に限られるということも同時に確信したのだ。」

第27章 非常に聖なるアシアタ・シーマッシュ、人間の生存のために組織を創設する

ベルゼバブは次のように話を続けた。
「さらに調査・研究を進めていくうちに、次のようなことがはっきりしてきた。ヴェジニアーマ山で熟考し、それから先の最も聖なる行動の確固たる計画を立てた後、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュはもうバビロンには戻らず、アジア大陸の中央に位置する、当時クーランドテックと呼ばれていた国の首都ジョールファパルに直行した。
そこで彼はまず、当時町からほど遠からぬところにあった〈チャフタントゥーリ〉という友愛団(この名は〈在るべきか在らざるべきか〉という意味だ)の〈兄弟たち〉と親交を結びはじめた。
この友愛団は、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの到着する、彼らの数え方によれば5年前に、アシアタ時代以前からその地にあったといわれる原理に従って秘儀を授けられた、二人の真正なる地球の秘儀参入者の提唱によって創立されたものだ。
その地で真の秘儀参入者となった地球の二人の三脳生物のうち、一人は〈パウンドレロ〉、もう一人は〈センシミリニコ〉といった。
ここでぜひ言っておかねばならんが、当時その二人の真正なる秘儀参入者は、既にその時までに、彼らの体内の高次存在部分を〈完成〉と呼ばれる段階にまで〈形成して〉おり、それゆえその後の生存期間中にこれらの高次の部分を聖なる客観理性に必要な段階にまで高める時間があった。そして今では彼らの完成された高次存在部分は、聖なる
惑星パーガトリーにおいてさらなる生存の場所をもつに〈ふさわしい〉状態にまで高まり、現にそこで生存を続けている。
つい最近行なった調査によれば、当時のあの二人の三脳生物、パウンドレロとセンシミリニコの体内の霊化された各部分の中で、ある考えが生じ、絶えずつきまとい、ついには確信へと変化した。その考えとは、彼ら個人にとって〈極めて好ましからざるもの〉が明らかに非合法則的なある原因によって彼らの有機体の中に生じて機能しはじめたが、しかしそれと同時に、この極めて好ましからざるものは彼ら自身の内部のデータを使って除去することが可能だというものだった。そこで彼らはこの目的、すなわちこの極めて好ましからざるものを共同で除去すべく、自分たちとよく似た人間たちを探し始めたのだ。
そして彼らはまもなく、当時すでにジョールファパル周辺に多数存在していたいわゆる〈僧院〉にいる〈僧〉と呼ばれる者たちの中にこの目的に共鳴する人間を見つけ、そこで自分たちが選んだこの僧たちと共に今言った〈友愛団〉を創設したのだ。
そういうわけで、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュはジョールファパルに到着後、自らはっきり確認した自分たちの精神の異常な機能に働きかけているこの友愛団の兄弟たちと親交をもった。それを通して彼は、客観的に真なる情報で彼らの理性を啓発し、彼らが、すでに彼らの中に存在している異常な形で結晶化した因子にも影響されず、また異常な形で確立された通常の生存形態から得られる外的知覚の結果から新たに生まれる因子にも影響されずに真実が感じ取れるよう、彼らの衝動を導きはじめたのだ。
こうして非常に聖なるアシアタ・シーマッシュは、彼の仮説や意向を彼らと話し合いながらこの友愛団の兄弟たちを啓発した。それと同時に、彼が秘儀を授けたこのチャフタントゥーリ友愛団の兄弟たちと共同で新たな友愛団をジョールファパルに創設し、その〈規則〉または〈法規〉と呼ばれるものを作成することに没頭した。この友愛団は後に〈ヒーチトヴォリ〉と呼ばれるようになったが、これは〈良心を獲得した者だけが神の子と呼ばれ、また実際そうなるであろう〉という意味だ。
こうして、前チャフタントゥーリ友愛団の兄弟たちと協力して設立した組織がうまく機能するようになると、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュはこれらの兄弟を様々な土地に派遣し、彼の教えた情報を広めるように命じた。
その情報とは、人間の潜在意識の中には、真の良心という神聖なる衝動を生み出すために天から与えられたデータが結晶化し、常に存在している。そして、彼らの日常生活を司っている意識の働きにこのデータの活動を参与させる〈能力〉を獲得した者だけが、客観的意味で、存在するすべてのものの《共通の父なる創造主》の子と呼ばれる権利があり、また本当にそうなのである、というものであった
この兄弟たちはまず初めに、前にも言ったようにこの町の周辺に多数存在していた僧院の他の僧たちにこの客観的真理を述べ伝えた。
こういった場所で説教をしながら、彼らはまず、真剣で十分に準備のできたいわゆる〈見習い僧〉を35人選び、ジョールファパルに創立したこの最初のヒーチトヴォリ友愛団の団員として迎えたのだ。
それ以後、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュは、前チャフタントゥーリ友愛団の兄弟たちの精神を啓発し続けながら、同時に彼らの助けを借りて、この35人の見習い僧の理性も啓発し始めた。
それが地球暦でいう丸一年続き、そうしてやっと、前チャフタントゥーリ友愛団の兄弟と35人の見習い僧の中の何人かが、この最初のヒーチトヴォリ友愛団の〈全権を有する〉兄弟と呼ばれるにふさわしい者であることが徐々に判明してきた。
非常に聖なるアシアタ・シーマッシュが作成した〈法規〉によると、団員なら誰でもヒーチトヴォリ友愛団の全権を有する兄弟になれるが、ただしそれは、すでに予知されている一定の客観的達成に加えて、以下のことができるようになった時に限る。それは何かというと、
〈自分自身の精神の働きを意識的に操ることができる〉ことの証として、100人の人間にあることを説明して完全に納得させることであった。そのあることとは、人間の中には客観的良心という衝動があり、そしてそれは人間を自己の生存の真の意味と目的に従わせるように働かなくてはならないということ、またそれに加えて、これを納得した者たちの一人一人が自分の中に〈必要とされる能力の強度〉と呼ばれるものを獲得し、今度は彼が少なくとも100人の人間に同じことを納得させなくてはならない、というものであった。
そもそも最初に〈僧侶〉という名で呼ばれるようになったのは、こうしてヒーチトヴォリ友愛団の中でこのような全権を有する兄弟となるにふさわしくなった者たちであった。
アシアタ・シーマッシュの非常に聖なる活動を完全に理解するためには次のことも知っておかねばならん。すなわちその後、つまり非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの非常に聖なる努力の結果がすべて破壊されてしまうと、おまえのお気に入りたちは、この僧侶という語も前に説明した秘儀参入者という語と同様に、その時から今日に至るまでずっと2つの全く異なる意味で使ってきた。この時以来現在まで僧侶という語は普通に使われているが、それはこのうちの一つの意味だけを表している。すなわち世間から隔絶したある限られた場所にいる大して重要でもない専門家のグループだけを指しているのだが、その専門家とは、現在〈懺悔聴聞僧〉とか〈聖職者〉とか呼ばれている者たちにほかならない
一方やはり僧侶という名で呼ばれてはいるが、その名称が全く別の意味をもっている者たちがいる。これらの者はその敬虔な生活と行為の徳の高さによってまわりの者にいろいろな善を施し、また普通の三脳生物の大衆よりもはるかに秀でているがゆえに、普通の者が彼らを思い出すと、決まってその体内に〈感謝〉と呼ばれるプロセスが生じ、そして増大するのである
非常に聖なるアシアタ・シーマッシュが前チャフタントゥーリ友愛団の兄弟たちや、新たに集まった35人の見習い僧の理性を啓発していた時期にはすでに、ジョールファパル市とその周辺に住む普通の生物の間には次のような真実の思想が広がり始めていた。すなわち、
人間という生物の体内には良心という聖なる衝動が発現するためのあらゆるデータが具わっているが、この神聖なる衝動は彼らの通常の意識には全く関与していない。なぜかというと、たしかに彼らは様々な行為を通して、〈ずっと後になってもたらされる満足〉と呼ばれるものや、かなりの物質的利益まで得はするが、にもかかわらずこれらの行為は、彼らのまわりにいる様々な脳組織をもつ生物の中に神聖なる愛という客観的な衝動を呼びさますよう自然が彼らの体内に注入したデータを、次第に萎縮させてしまったからである
この真実の情報がこれほど広まったのは、主として非常に聖なるアシアタ・シーマッシュがきわめて思慮深く予備段階を整えておいたおかげであった。その予備段階というのは、ヒーチトヴォリ友愛団の全権を有する兄弟になろうと努めている者はすべて、さっきも言ったように、あらゆる面で自分を高めることに加えて、さらに100人の三脳生物の体内にある、個々別々に霊化され、かつ互いに関連をもっている3つの部分に、良心という神聖なる衝動の存在を納得させる〈能力〉を獲得することを義務づけられているということであった。
ジョールファパル市の最初のヒーチトヴォリ友愛団の組織が多少なりとも円滑に動くようになり、将来も、当時この友愛団の中に存在していた理性が発する指示にのみ従って独立して仕事を続けることができると思われるようになった頃、
非常に聖なるアシアタ・シーマッシュ自ら、この友愛団の全権を有する兄弟となっていた者たちの中から、理性によって意識的に、かつまた潜在意識にひそむ感情によって無意識的にこの神聖なる衝動を感得していた者たち、およびある一定の努力によってこの神聖なる衝動を自分の通常の意識の切り離せない一部とし、以後もずっとその状態を続けることに全面的な確信を抱いていた者たちを選りすぐった。こうして彼はこれらの者、つまり神聖なる良心を感得し、それによって〈第一級の秘儀参入者〉と呼ばれるようになった者たちだけを特別に選り分けて、その時代まではこの三脳生物には全く知られていなかった〈客観的真理〉に関して彼らの理性を啓発する仕事に着手したのだ
当時〈偉大なる秘儀参入者〉と呼ばれていたのは、これら傑出した〈第一級の秘儀参入者たち〉だけであった。
こうして非常に聖なるアシアタ・シーマッシュは、秘儀参入者のもつべき存在の原則を一新したのだが、これは後に〈アシアタの刷新〉と呼ばれるようになった。
さてそこで、非常に聖なる(今ではこの上なく聖なる)アシアタ・シーマッシュは、最初に選り分けたこれら偉大なる秘儀参入者たちに、この〈客観的良心〉なる衝動とは何か?また三脳生物の体内でこれを活動させる諸因子がどのように生まれるか?ということについて、他の事柄とともに詳しく説明した。
これについて彼はある時、次のように述べた。

『三脳生物の体内で良心という衝動が発現するための因子は、われらが《すべてを愛し、長く苦しまれている永遠なる創造主》から〈放射される悲しみ〉の粒子がある局所に集中することから生じる。三センター生物の中で真の良心を生み出す源泉が時として《創造主の代理人》と呼ばれるのはそのためである。
そしてこの悲しみは、われらが《すべてを維持する普遍なる父》の中で、宇宙において絶えまなく進行し続ける喜びと悲しみの間の闘いから生まれるのである。
我々の宇宙全体の、我々人間もその一員であるすべての三脳生物においては、一個の例外もなく、我々の体内に良心という神聖なる衝動を生み出すために結晶化しているデータのおかげで、〈我々のすべて〉、そして我々の本質全体は、そもそもの誕生当初からただ苦しみのみであり、またそうでなくてはならないのだ。
なぜ我々三脳生物が苦しまなくてはならないかといえば、我々の中ではこの良心という衝動は、全く対極的な起源をもつ2つの源泉から生じる、相対立する2つのいわゆる〈機能の複合体〉と呼ばれるものの絶えまない闘争からしか完全には発現しえないからである。
2つのものの闘争とは、つまり我々のこの惑星体自体の機能のプロセスと、それと並行する機能、すなわちこの惑星体の中に高次存在体を形成し、完成させるにつれて漸進的に生起する諸機能との間の闘争のことであり、これら後者の諸機能が全体として三センター生物の中のすべての理性を生み出すのである。
その結果、この地球上に生存する我々人間も含めて、われらが大宇宙のすべての三センター生物は、〈客観的良心〉という神聖なる衝動を生み出す目的で我々の中にも存在している因子があるために、我々の体内で発生し、進展する2つの全く対極的な機能と常にまた必然的に闘わねばならず、そしてこの闘いの結果生じるものは、常に〈貪欲〉もしくは〈無欲〉として感じられるのである。
そしてこの内的な闘いの過程に意識的に手を貸し、〈無欲〉が〈貪欲〉を支配するよう意識的に努める者のみが、われらが《普遍の父なる創造主御自身》の本質と調和しつつ正しい振る舞いをすることができるのである。逆に意識がそれと反対の状態を生み出すように手を貸す者は、《彼》の悲しみを増すだけであろう。』

こうした彼の話のおかげで、それから3年も経たないうちに、ジョールファパルの町やその周辺はもとより、その他多くのアジア大陸の国々においても、普通の住民は、自分たちの内には〈真正なる良心〉という神聖な衝動があり、そればかりかその衝動は彼らの通常の〈目覚めた意識〉の機能に働きかけることができることを知り、また、偉大なる予言者アシアタ・シーマッシュを師と仰ぐ友愛団が数多く設立されていること、そしてそこでは秘儀参入者や僧侶たちが、この通常の意識の中でこの神聖なる衝動が起こるようにするには何をどのようにしたらよいかを明瞭に説明し、指導しているということを知るようになった。いやそればかりか、ほとんどすべての人間たちは、この時期にアジア大陸諸国にかなりの数の支部ができ、それぞれ独立して機能していたヒーチトヴォリ友愛団の僧侶になろうと一所懸命努力し始めたのだ。
これほど多くの独立した友愛団ができた経緯は次のようなものであった。
ジョールファパルの町に創立された友愛団の毎日の仕事が最終的に軌道にのると、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュは先ほど話した傑出した秘儀参入者たちにそれぞれ指示を与えてアジア大陸の諸国、諸都市に送り出し、各地に同様の友愛団を組織させようとした。その間彼自身はジョールファパルの町に留まり、送り出した者たちのやるべき仕事について指示を出していた。
この計画がどのように進展したかはともかくとして、おまえのお気に入りのあの奇妙な三脳生物はほとんど全員、彼らの中の霊化された部分をすべて働かせて、通常の目覚めた意識の中にこの神聖なる真に客観的な良心を呼びさまそうと望み、そして努力し始めた。その結果、当時アジアに生息していた人間のほとんどがヒーチトヴォリ友愛団の秘儀参入者や僧侶たちの指導のもとに修練を始めたのだが、その修練の目的は次のようなものであった。
すなわち、本物の神聖なる良心という衝動を生み出すべく、彼らの潜在意識の中にひそんでいるデータが生み出す結果を通常の意識の中に運びこみ、そうすることによって、一
器官クンダバファーの特性から生じる悪しき諸結果(個人的に生じたものも遺伝によって受け継いだものも)を恐らくは永久かつ完全に彼らの内から駆逐する可能性を獲得し、また一方では《われらが共通なる永遠の父》の悲しみを少しでも軽減することに意識的に参与する能力を獲得するというものであった。
こういったことのおかげで、この当時おまえのお気に入りの生物、とりわけアジア大陸に生息する者たちの間では、通常の生存期間中、いわゆる目覚めた意識の状態でも、また〈受動的・本能的〉状態においても、この良心という問題は非常に大きな関心事になっていた。
当時の三脳生物の中でも、体内にいまだにこの神聖なる衝動が肉化していなかった者、つまり彼らの中にも存在しうるこの衝動に関して彼ら固有の奇妙な意識がぼんやりとした情報しかつかんでいなかった者たちでさえ、この情報を基にして自分たちのあらゆる行動を律そうと努力したのだ。
それはともかく、こうしたことの結果、地球暦でいう10年の間に、我々の目から見れば異常としかいえない彼らの通常の生存様式の中の2つの主要な形態がひとりでに消滅した。この2つの形態こそが地球の諸悪の大部分の根源であり、そしてこれらの諸悪が一致協力して、おまえのお気に入りの哀れなる生物が最小限の正常な外的生存を送れるような状態を確立するのを妨げる、様々な取るに足りない因子を生み出していたのだ。
この自然に消滅した2つの形態とは、一つは、外的にも内的にも様々な組織形態をもったおびただしい数の共同体、すなわち彼らが〈国家〉と呼んでいたものであり、いま一つは、それらの共同体の中で遙か昔に形成された様々な〈カースト〉とか〈階級〉とか呼ばれていたものであった
いずれはきっとおまえにも理解できるだろうが、わしの意見では、彼らの通常の生存状態の中で異常な形で形成されたこの2つの形態のうちのまさに後者、すなわち互いを別々の階級やカーストに押しこむことこそが、おまえのお気に入りのあの哀れな生物たちの体内で徐々にある特殊な精神的特性、つまり宇宙広しといえどもこの三脳生物の体内にしか受け継がれていないという実に特殊な特性が結晶化されるに至った土台であったと思うのだ。
この極めて珍しい特性は、
第二トランサパルニアン大変動の直後に彼らの中で形成されたもので、次第に増大して強力になり、しかも遺伝によって代々伝えられ、現在生存している者たちにも、正統的で分離できない精神の一部として受け継がれている。
この特殊な精神構造を、彼らは〈エゴイズム〉と呼んでおる。
この惑星地球に生存している三脳生物についてのこれからの話の中で、適当な時が来たら、おまえのお気に入りたちがそもそもどうして、つまり自分たちが生み出した外的な生存状態がどう作用して、お互いを様々に異なるカーストに押しこみはじめたのか? そしてまた、その結果生じる同様の異常さゆえに、相互の関係におけるこの有害な形態がどのように現在に至るまで引き続き存在しているのか?についても詳しく話してあげよう。しかしとりあえず、このエゴイズムと呼ばれる極めて特殊な彼らの精神構造に関しては、次のことを知っておくだけで十分だろう。すなわち、この奇妙な特性が彼らの中に生じる可能性を生み出した原因は、やはりあの
第二次トランサパルニアン大変動の直後に形成され始めた異常な事態、すなわち彼らの精神全体が二元的になってしまったことにあるのだ。
このことが完全にはっきりしたのは、この惑星に最後に滞在した際、すでに話した『恐るべき現状』と題された、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの熟考を伝えるレゴミニズムに強く興味をもつようになった時であった。彼の非常に聖なる活動とその結果について詳しく調査・研究していく中で、わしは、客観的良心というあの神聖なる衝動を実現するために《われらが共通の父なる創造主》の悲しみが放射する粒子から得られる因子が、どのようにして、またなぜ彼らの体内で、もっとはっきりいえば彼らの潜在意識の中で結晶化し、そしてその結果、信仰、愛、希望という衝動を生み出すために彼らの体内に組み入れられたすべてのデータが(当然そうなる運命にあったにもかかわらず)最終的な衰退を回避することができたのか? その原因を探りはじめたのだ。その結果わしは、この奇妙な変則的事態は、われらが深く尊敬する、かけがえのない、また誉れ高いムラー・ナスレッディンの数ある智恵の言葉の一つを完全に証明していることを確信した。その言葉というのはこうだ。

『人間に-とっての-あらゆる-真の-幸福は-彼らが-すでに-経験した-これもまた-真である-不幸-から-のみ-生じる-ことが-できる』

今言った彼らの精神全体の二元性は次の2つのことが原因となって生じた。一つは、いわゆる〈独立した主導性〉と呼ばれるものが、彼らの体内で形成されてきたある部位から生じ始めたことだ。この部位はこの生物が目覚めている間は常に支配的であるが、これは実は、その異常な環境が生み出す外部の印象を偶然に知覚することから生じる結果以外の何ものでもない。そして彼らはこの知覚を一括して〈意識〉と呼んでおる。もう一つの原因は、同様の独立した主導性が、彼らにとっては適切なことだが、あらゆる生物の体内にある正常な部位、すなわち潜在意識と呼ばれている部位からも流れ出してきたことだ。
そして彼らが目覚めて生存している間は、この独立した主導性が今言った2つの全く異なる部位から出てくるために、彼ら一人一人は日常生活においてはちょうど2つの独立した人格に引き裂かれているも同然なのだ

ここで言っておかなくてはならんことは、まさにこの二元性こそが、三脳生物になくてはならない衝動、すなわち〈誠実〉と呼ばれる衝動が次第に彼らから失われていることの原因でもあるということだ。
もっと後になると、この誠実と呼ばれる衝動を意図的に破壊しようとする習慣すら彼らの間に根をおろすようになり、そして今や、彼らの生成した日、つまり彼らの言い方によれば〈誕生〉した日から、これらの三脳生物はその生産者(彼らは〈両親〉と呼んでいる)によってこれとは全く逆の衝動、すなわち〈欺瞞〉というものに慣らされるようになってしまったのだ。
そればかりか、他人に対して不誠実で、何事につけても欺瞞的であることを子供たちに教えこむことは、現在の惑星地球の人間たちの中にあまりに深く染みこんでいるために、親のほうではそれを子供に対する義務だとさえ思いこんでおり、そして子供たちに対するこのような行為を、彼らは〈教育〉という有名な言葉で呼んでおる。
親は子供たちを、彼らの中に潜在している良心が本能的に命ずるところに従って行動することができないように、またあえてそうする勇気をもつことさえできないように〈教育〉する。いやそれどころか逆に、様々な〈
ハスナムス〉候補生が作り上げた〈お上品な躾〉の手引き書に書いてあることに従って〈教育〉しているのだ。
だから当然のことながら、こういった子供たちが成長して責任ある存在になっても、彼らは相変わらず機械的に、まさに〈教えられ〉〈示唆され〉〈巻き上げられた〉とおりに、つまり一言でいえば〈教育された〉とおりにものを言い、行動するのだ。
こういったことすべてのおかげで、この惑星の生物の中にあるべきはずの良心は、生まれて間もない頃から徐々に〈退行沈下〉し、成長した頃には潜在意識と呼ばれるものの中にしか見いだせなくなっている。
そしてその結果、彼らの体内にこの良心という神聖なる衝動を生み出すデータの働きは、すでにずっと以前から徐々に、彼らの目覚めている生存を司る意識に参与することを停止してしまったのだ。
そしてこれこそが、彼らの中にこの聖なる衝動を生み出すためのデータとして天から発せられた神聖なる働きが、すでに彼らの日常の普通の生存プロセスに参与することをやめている潜在意識の中でしか結晶化しなかった理由であり、これはまた同時に、今言ったデータが、他のすべての聖なる衝動、つまり彼らが当然体内に持っていなくてはならない衝動がその中に飲み込まれてしまった〈衰退〉を免れた理由でもあった。その衝動とは、信仰、愛、そして希望である。
いやもっとひどいことには、何かの拍子にもし、この良心という衝動を生むために彼らの体内に結晶化している神聖なるデータが彼らの潜在意識の中から顔を出し、歪んで形成された彼らの通常の〈意識〉の働きに顔を突っこもうとすれば、彼らはそれに気づくが早いか間髪を入れずにこれを抹殺する手段を講じる。それというのも、すでにここまで歪んでしまった生存状態では、いかなる人間も、真の客観的良心という神聖なる衝動を体内で働かせながら生存することは、もはや不可能になっているからだ。
前に話したエゴイズムがおまえのお気に入りたちの体内に完全に〈植えつけられた〉時以来、この独特な属性は、これよりも遙かに特殊ないくつかの衝動を生み出すデータが彼らの精神全体の中で徐々に結晶化するのを助ける基本的要因になったが、これらの衝動は〈狡猾〉〈羨望〉〈憎悪〉〈偽善〉〈軽蔑〉〈高慢〉〈卑屈〉〈ずるさ〉〈功名心〉〈二枚舌〉等々と呼ばれておる。
今言ったような彼らの精神の極めて特殊な属性は三脳生物には全くそぐわないものだが、ともかく惑星地球ではこれらは、おまえのお気に入りたちのほとんどの者の体内で完全に結晶化しているばかりか、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの時代以前にすでに彼らの精神に必然的に付随する特性となっておった。しかしアシアタ・シーマッシュ自身が意図的に彼らの間に植えつけた新たな生存形態が彼らの生存のプロセスに定着し、自動的に進行するようになると、彼らの精神の内にあったこの奇妙な特性は、そこに住むほとんどの三脳生物の体内から完全に消えてしまった。ところが時を経るうちに、彼ら自身がこの本質を愛するアシアタ・シーマッシュの非常に聖なる努力の結実を破壊してしまい、その結果、彼ら自身にとって有害なもとの精神的特性が徐々にまた彼らの中に芽生えはじめ、そしてとうとう、現在そこに生存しておる三脳生物の中では、これらの特性はすでに彼らの本質全体の基盤となってしまったのだ。
そういうわけでだな、坊や。この生物の体内にエゴイズムという〈極めて特殊な〉衝動を引き起こすデータが生じ、そしてそれが徐々に増大して、今はまだ副次的ではあるが同様に特殊で奇妙な衝動を引き起こす因子がエゴイズムから生じるのを手助けするようになると、この〈極めて特殊な特性〉であるエゴイズムは、彼らの組織全体の中の〈唯一の全権独裁者〉の地位を奪い取ってしまった。そうなると、神聖なる衝動の活動ばかりか、それを〈生み出そうとする欲求〉と呼ばれるものさえもが、この〈全権独裁者〉の活動の邪魔になってきた。その結果おまえのお気に入りたちは、意識的にも無意識的にも、常に、またあらゆることおいて、彼らの意識の働きに(この働きをコントロールすることによって通常の目覚めた生存を営むというのが彼らに固有のことなのだが)この神聖なる衝動が関与してくるのを阻止するようになり、そしてその時以来、この神聖なるデータの活動は次第に彼らの通常の〈意識〉からいわば引き離され、そして前にも言ったように、彼らの潜在意識の働きにだけ加わるようになったのだ。
彼らがなぜ、自分たちに害になるような様々な階級やカーストを生み出し、またなぜそれが現在まで存続しているのか、その理由がわかったのは、緻密な調査・研究の結果これまで述べたことがすべてはっきりしてからのことだ。
事実、後に行った詳細な調査・研究の結果極めて明瞭になったのだが、現在生存している人間たちでも、彼らが潜在意識と呼んでいる意識の中には、あの良心という基本的かつ神聖なる衝動がいまだに結晶化し続けており、したがって彼らの生存期間全体を通じて存在し続けているのだ。
そしてこのこと、つまりこの神聖なる衝動を生むデータが彼らの中でいまだに結晶化し続け、しかもその生存プロセスの中で自らを現し続けているということは、今話した調査からだけでなく、わしが火星から彼らを観察していた時にそのせいでひどい苦労をしたという事実からも確証された。
つまりどういうことかというと、この太陽系の他の惑星の表面に生存している生物であれば、わしはいつでも簡単に
テスコーアノを使って観察することができたのだが、おまえのお気に入りの惑星上の生物の生存状態を観察するのは、そこの大気圏に特殊な色がついていたために全くもって大変な難儀だったということだ。
後になって確認したのだが、そもそもこんな特殊な色がついたのは、ある特殊な内的衝動ゆえにおまえのお気に入りたちの身体から巨大な量の結晶体が頻繁に放出され、それが時おりこの大気圏内に現れるからなのだが、彼ら自身はこの内的衝動を〈良心の呵責〉と呼んでおる。
なぜこんなことが起きるかというと、彼らのうちのある者が、いわゆる〈有機的廉恥心に対するショック〉と呼ばれるものをたまたま受けると、彼らの体内ではそれ以前に受けた様々な印象から生じていた諸連想が(この諸連想は、前にも言ったように、ほとんどがいわゆる〈ガラクタ〉なのだ)ほとんど必ずといっていいほど変化あるいは沈静化し、また時にはしばらくの間完全に消滅してしまうからだ。
その結果、地球の三脳生物の中では、良心という神聖なる衝動が活動できるように、潜在意識の中に潜んでいるデータが一時的に解放され、それが通常の意識の働きに関与するということが同時に起こる。そしてその結果、今言った良心の呵責が彼らの中に生じるのだ。
そしてこの良心の呵責が、さっき話したように、他の放射物に混じって彼らの身体から奇妙な結晶体を放出させ、その結果、これらの放射物全体が時としておまえの惑星の大気に変な色をつけ、視覚器官が自由にその中を見通すのを妨げるのだ。
ここで言っておかなければならんが、おまえのお気に入りたち、とりわけ現在生存している者たちは、この良心の呵責と呼ばれる内的衝動が自分の体内にいつまでもグズグズ残っているのを許さないことにかけては全く達人の域に達しておる。
この衝動が自分の中で作用し始めるのを感じると、いや、その〈ほんのかすかな前兆〉でも感じたならば、彼らはたちまちそれをいわば〈踏みつぶして〉しまい、そのためこの衝動は、ちゃんと形成される前にたちどころに静まってしまうのだ。
彼らはいかなる良心の呵責でも、感じ始めるやいなやすぐに〈踏みつぶして〉しまえるように、効果絶大なる特殊な方法を発明した。これらの方法は地球では〈アルコール中毒〉とか〈コカイン中毒〉〈モルヒネ中毒〉〈ニコチン中毒〉〈オナニー中毒〉〈坊主主義〉〈アテネ主義〉、その他すべて〈中毒〉や〈主義〉で終わる名称で呼ばれている。
適当な時が来たら、惑星地球の普通の生物の間に定着した異常な状態から生じたこれらの結果についても詳しく話すつもりだが、これらの結果こそが、様々なカーストに分裂するという彼らにとって極めて有害な事態を引き起こし、またそれが恒久的に存在する要因となったのだ。
このことは必ず説明するつもりだ。なぜかというと、この異常性を説明する情報は、おまえの興味を引いている三脳生物の精神の奇妙さをよりよく理解するための論理的比較をさらに進める上で格好の材料になると思うからだ。
とりあえずは次のことをしっかりつかんでおきなさい。おまえのお気に入りたちの体内には、今話した〈エゴイズム〉という精神的特性が完全に形成され、そして後には、これもすでに話したが、目覚めている時の意識に聖なる衝動である良心が全く働きかけないために、この〈エゴイズム〉から様々な副次的衝動が派生的に形成されていった。その時以来、この惑星地球に誕生し、生存している三脳生物は、アシアタ・シーマッシュの非常に聖なる活動の期間の以前も以後も、通常の生存プロセスが続く期間中は常に変わらず、全く自分だけのために、自分の幸福だけを必死に追求してきたのだ。
一般的にいって、我々の大宇宙のいかなる惑星といえども、〈客観的長所〉と呼ばれているものに関係なくすべての者が均等な外面的幸福を得るのに必要なすべてのものが十分に存在しているところなど一つもないし、またそんなことはそもそも不可能だ。その結果、地球では当然ながら、ある者の繁栄は常に多数の者の苦難の上に成り立っておる
わしが、例えば〈ずるさ〉とか〈軽蔑心〉とか〈憎悪〉〈奴隷根性〉〈嘘つき〉〈へつらい〉等々と呼んでいる、彼らの精神の中の全く前例のない奇妙な特性が彼らの内部で徐々に結晶化してきた原因は、まさにこの自分自身の幸福にしか注意を払わないという態度にあるのだ
。これらの特性は、三脳生物にふさわしからぬ外的な行動を生む要因であると同時に、また一方では、〈思慮分別ある全一体〉という巨大なものの一部分になれる彼ら自身の内的可能性(これは大自然が彼らの中に植えつけたものだが)全体が徐々に崩壊していく原因ともなっているのだ
さてそれでだな、坊や。本質を愛するアシアタ・シーマッシュの非常に聖なる活動の結果が彼らのいわゆる〈内的〉および〈外的〉生存と呼ばれるプロセスと融合しはじめ、そしてまた、そのおかげで、彼らの潜在意識の中に生き残っていた良心という神聖なる衝動のデータが徐々に彼らの〈目覚めている時の意識〉の働きに参与しはじめるようになると、我々の大宇宙の三脳生物が生存している他の惑星上におけるのとほとんど同じように、個人的生存と互助的生存の両方がこの惑星上でも進行しはじめた。
これと同時におまえのお気に入りたちは、《唯一の共通なる創造主》の顕現(その程度は様々だが)に対してのみ持つような関係を互いに対しても持ち始め、そして〈
パートクドルグ義務〉を通して、つまり個人的な意識的努力と意図的苦悩を通して自分で獲得した能力に対して互いに敬意を払い合うようになった。
そしてまさにこのゆえに、すでに話した彼らの通常の生存における2つの主要な悪しき形態、つまりバラバラに独立した多くの共同体と、またその中での様々なカーストや階級への分裂とが、この時期に消滅したのだ。
この時期にはまた、この惑星の三脳生物はみな、自分たちや自分たちに似た生物は、単にわれらが《共通の父なる創造主》の悲しみから放射される粒子を体内に宿す存在にすぎないと考えるようになった。
こういったことが起こった理由は次のようなものだ。神聖なる衝動を生むデータが活動して彼らの通常の目覚めた意識の働きに参与しはじめ、そしてこの三脳生物が互いに対して、純粋に良心にのみ従って自己を表現しはじめるようになると、その結果、主人たちは奴隷たちを収奪しなくなり、また様々な権力者たちも、功なくして得たあれこれの権利をそれぞれの形で放棄するようになった。それというのも、彼らは良心のおかげで、自分たちはこれらの権利や地位を公共の福祉のためにではなく、例えば〈虚栄心〉とか〈自己愛〉とか〈自己慰安〉といった様々な個人的弱みを満足させるためにのみ所有し、また行使していることに気づき、認識したからなのだ。
とはいえもちろんこの時代にも、あらゆる種類の首領だとか指導者とか〈助言専門家たち〉は存在していた。しかしながらこういった者たちは、この宇宙のいたるところ、つまり程度の差はあれ自己を完成している三脳生物が存在する惑星ではどこでもそうであるように、主としてその年齢と、またいわゆる〈本質の力〉と呼ばれるものとによってそういう者になっていたのであって、決して世襲や選挙によってなったのではない。ところがこの祝福されたアシアタ時代の以前はもちろん、それ以後も、いやそれどころか今日に至るまで、彼らはすべて世襲や選挙によってそういう地位についているのだ。
しかしこの時代には、これらの首領や指導者や助言者たちは、まさに自分で獲得した客観的能力によってその地位についたのであり、しかもまわりにいる者もすべてその能力を心底感じることができた
では次にこの状況がどう進んでいったかを話してみよう。
それ以後、この惑星の人間たちはみな、自分の意識の中に真の良心という神聖なる機能を生み出すべく努力を始め、そしてこの目的のために、宇宙の他のあらゆる場所でと同様、〈
オブリゴルニアン努力〉と呼ばれるものを自分たちの内部で実行し始めた。
これは次の5つのものから成っておる。

第一の努力-通常の生存において、彼らの惑星体に必要なものすべてを手に入れるための努力。
第二の努力-存在という意味における自己完成への本能的欲求を絶えずもち続けようとする努力。
第三の努力-世界創造と世界維持の法則を深く知ろうとする意識的努力。
第四の努力-生存の初期から、自己の誕生と個人性に対する責務をできる限り早く果たし、そうすることによって、後にわれらが《共通なる父》の悲しみをできるだけ軽減することに進んで手を貸すことができるようになるための努力。
第五の努力-自分と同類のものも別のものも含めて、他の生物が最も早く自己完成を達成し、聖なる〈モートフォタイ〉の段階、すなわち自己、個人性の段階に至るのを絶えず援助する努力。


地球上のすべての三脳生物がこの5つの目標に向かって意識的に自己修練していた時代には、そのおかげで多くの者が、他の者にもはっきりわかるような客観的成果を迅速に達成していた。
そして当然これらの客観的成果は彼らのまわりの者すべての、いうなれば〈注意を引き〉、そしてまわりの者たちはこの成果を達成した者たちの卓越性を直ちに認めて、あらゆる敬意を払った。そして彼ら自身も卓越した者たちの注意を引くに値する人間になろうと喜び勇んで精励刻苦し、いかにすれば自分たちも同じ完成度に到達できるかについて助言や忠告を受けたのだ。
そしてこの時代、これら卓越した者たちは自分たちの中からとりわけ完成度の高い者を一人選び出し、そしてこの選ばれた者はこれによって自動的に、世襲にもその他いかなる権利にもよらずに彼らの指導者になった。そして彼を指導者と認めることで、彼の指令は各地に広まり、そうして彼は、単に近隣の地域のみならず、まわりの大陸や島々でも指導者として認められるに至ったのだ。
この時代には、これら代々の指導者の助言や指導、いや一般的に彼らの言葉一つ一つがそこに住むすべての三脳生物にとっての法律となり、また彼らも非常な熱意と喜びをもってこれを遵守した。しかもその遵守の仕方は、アシアタ・シーマッシュの非常に聖なる努力によって達成された成果が現れる以前のそれとも、また彼ら自身が彼の非常に聖なる努力の成果を破壊して以来現在まで行われているようなやり方とも異なっていた。
言いかえると、おまえのお気に入りの現代の奇妙な三脳生物が、彼らの〈指導者〉や国王と呼ばれている者たちの様々な要求や命令を遂行しているのは、ただこういった者たちがごっそりもっている〈銃剣〉とか〈シラミだらけの独房〉とか呼ばれているものが怖いからにすぎないのだ。
当時、アシアタ・シーマッシュの非常に聖なる努力の結果は、おまえのお気に入りたちの精神の極めて風変わりな表出、つまり〈周期的に他の者たちの生存を破壊せずにはおられない強い欲求〉に対して非常に明瞭な影響を与えた。
つまり当時、彼らの精神の極めて風変わりな特性から生じてその地で定着したこの相互破壊というプロセスは、アジア大陸では完全に消滅してしまい、アジア大陸から遠く離れた大小様々な地域で不定期的に発生するだけになっていた。これらの地域でこれが継続したのは、ただ単に距離的に離れているために秘儀参入者や僧侶たちの影響がここまで及ばず、したがってその影響がこれらの地域に生存する人間たちの体内で肉化し、根づくことができなかったからだ
しかし何といっても、アシアタ・シーマッシュの非常に聖なる努力の成果の中で最も驚異的かつ重要なものは、この時期、この不幸な生物の生存期間が少しばかり正常に近くなった、つまり延びはじめたことと、彼らが〈死亡率〉と呼んでいるものが減少したこと、しかもそれに加えて、彼らが世代継続のために行う行為の結果、すなわち彼らが〈出生率〉と呼ぶものも同時に、少なくとも五分の一に減少したことだ
これによって宇宙法則の一つが実際に示されたことになる。この法則は〈振動の均衡化の法則〉と呼ばれるもので、言いかえると、最も偉大なる
汎宇宙的トロゴオートエゴクラットが必要とする宇宙物質の進展と退縮から発生する振動に関する法則だ。
今言った死亡率と出生率の低下は、彼らが三センター生物として正常な生存状態に近づいてきたために起こったのだ。同時に彼らは、大自然の要求に遙かによく適合した振動を自分たちから発散し始め、そのおかげで自然は、通常は生物の破壊から得ているこれらの振動を以前ほど必要としなくなったのだ。
もう何度も約束してきたが、適当な時が来て根源的な汎宇宙的法則を詳しく説明すれば、おまえもこの〈振動の均衡化〉という宇宙法則を十分理解できるようになるだろう。
この時代には、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュの意識的努力のおかげで、おまえのお気に入りたちにとっては全く前例のない幸福が徐々に築かれていったが、それは実にこのような方法、このような経緯によってであった。しかしながら、理性のいかなる段階にあろうと多少とも意識的に考える個人にとってこの上なく悲しいことには、非常に聖なるアシアタ・シーマッシュがこの惑星を離れるとすぐに、これら哀れなる者たちは、以前彼ら固有のものとして広く広まっていたやり方で、彼らの祖先が獲得したすべての善きものを完全に破壊しつくしてしまった。つまりこの幸福をすべて破壊し、この惑星の表面からぬぐい去ってしまったのは彼ら自身だったのであり、まさにそれゆえに、かつてはそんな至福が存在したという噂すら現代の人間たちには伝わっていないのだ。
ただ、そのような破壊を免れて、この惑星の現代の人間たちに伝わっているある碑文の中には、かつてこの惑星上に特殊な〈国家組織〉と呼ばれるものが存在し、そしてそれらの国家の指導者たちはみな、最高の完成度に到達した者たちであったという情報が記されている。
この情報に基づいて、現代の人間たちはこの国家組織につける名称だけを考え出した。つまり彼らはこれを〈僧侶組織〉と名づけ、そしてそれで満足してしまったのだ。
この僧侶組織とはどんな構成なのか? なぜ、またどのように存在していたのか?
………この惑星地球の現代の人間たちにとっては、古代の野蛮人がやったことなどは、みな同じというわけか!!!」

第28章 アシアタ・シーマッシュの非常に神聖なる仕事がすべて壊滅したことの元凶

ベルゼバブ「前に言ったことを覚えておるかな? つまり、非常に神聖なるアシアタ・シーマッシュがおまえのお気に入りたちの次の世代のために行なった意識的努力の有益な成果のうち、かろうじて生き延びていたものさえも完全に破壊される原因となった要因が生じたそもそもの土台は、当時地上のほとんど全地域からバビロンに召集されていた知識人連中から出てきたのではないということだ。こういった連中は(もうすでに久しい以前から地上の新型の知識人はみなそうなっていたのだが)、単なる〈伝染性の病原菌〉にすぎなかった。つまり、自分自身にとっても次の世代にとっても害になる、当時存在していたあらゆる悪を無意識のうちにまき散らしていただけなのだ。
本質を愛するアシアタ・シーマッシュの非常に神聖なる意識的努力が達成した成果は、そこの三脳生物にとって有益なものだったが、その最後に残った部分さえも破壊されたことに関して、この時代の知識人連中のやった大小様々の悪しき行為や無意識の行動の土台となったのは(これは実はわしが後になってこれらの非常に神聖な行動を詳細に調査した結果わかったことなのだが)、新しく形成された知識人連中の一団に属していた、当時は非常に有名だったレントロハムサニンという知識人の〈創案したもの〉であった。
彼の内的な生存が、いわゆる〈二重の重力センターをもつ〉ものであったために、地球上に住むこの三脳生物の体内の〈最も高次の部分〉の客観理性は要求された段階にまで完成され、そして後になると、この〈最高次の部分〉は、すでに話したように、〈永遠なるハスナムス個人〉と呼ばれる313の〈最高次存在体〉の一員となって、〈永遠の懲罰〉と名づけられた小さな惑星に生存の場所を与えられた。
さて、この地球上の三脳生物であるレントロハムサニンについて厳密に話そうとすれば、わしは前の約束を守って、おまえに
ハスナムスという言葉を詳しく説明しておかねばならんのだが、しかし話の都合上それは後回しにしようと思う。
さっき話した有害なる〈創案〉、あるいは彼ら、すなわち現在の地球上の知識人連中が作文とか、さらには〈創作〉とまで呼んでいるものは、前にも話したように、わしの5度目の地球滞在中に初めてバビロンという都市に行った、その2、3世紀前にできあがったものだ。このバビロンには、強制的にであれ自発的にであれ、地球上のほとんど全地域から知識人が集まってきていた。
以前の時代の知識人の手になるこの出来の悪い作文は、〈カシレイトレール〉と呼ばれるものを使ってこのバビロニア時代にまで伝えられていた。つまり学識あるレントロハムサニンその人が、この〈カシレイトレール〉の上に自分の創案を書きとめていたのだ。
ここでおまえに、このレントロハムサニンの生い立ちについて、つまり彼の環境の偶発的な状況のために、後になっていかにして彼が偉大なる知識人となり、地球上のほとんど全地域の現在の人間たちにとって権威となったかをもう少し詳しく話しておく必要があるだろう。
彼の経歴はそれ自体極めて特異なものだが、そればかりか、これはおまえのお気に入りの三脳生物の生存プロセスの中にずっと昔にしっかりと組みこまれたある習慣的行為の非常に明瞭な一例となるだろう。この行為の結果、最初彼らのうち何人かが他の新型の知識人に対していわば権威となり、そのため後にはその地の不幸な普通の人間すべてにとっても権威となったのだ。
このレントロハムサニンの誕生と、成人に至る経歴についての詳細は、全く偶然に、つまりわしが、おまえのお気に入りたちの奇妙な精神のいったいどの部分が土台となって、彼らの生存プロセスにおける有益なる特別の様式や慣習が徐々に変化していき、ついには完全に消滅したのかを調査している過程で明らかになったのだ。これら有益な様式や慣習は、今では汎宇宙的至高の聖者となっているアシアタ・シーマッシュが、全宇宙におけるその地位に到達する準備期間中に、理想的な先見の明のある理性をもって彼らの生存プロセスの中に導入し、しっかりと組みこんでやったものなのだ。
この調査をやっている時にわしは、アジア大陸のニエヴィアの首都、クロンブーコンでレントロハムサニンが生起した、つまり彼ら流にいえば〈誕生〉したことを知った。
彼の受胎は、その地に住む2人の、すでに初老に達した三脳の
ケスチャプマルトニアン生物の中で形成された2つの異質なエクシオエハリーの結合から生じた。
彼の生産者、あるいは地球流にいえば〈両親〉は、彼らの永住の地をニエヴィアの首都と決め、やがては
宇宙的ハスナムスになる者が誕生する、地球でいう3年前にこの地に移ってきた。
この極めて裕福な初老の両親にとって、彼はいわゆる〈長男〉であった。しかし実は、彼の以前にも彼らの
エキシオエハリーは何度も結合しておったのだが、わしの調査によると、彼らは富を獲得する事業に深く関わっていて、その障害になることは何一つ望んでいなかった。そこで、この聖なる結合が成就するたびに、〈トゥーシー〉と呼ばれる手段、つまり現在のおまえのお気に入りたちが〈人工中絶〉と呼んでいる手段をとったのだ。
富を獲得する活動も終結に向かう頃、〈彼の誕生における能動的原理の源泉〉、つまり地球流にいえば彼の父は、〈キャラバン〉と呼ばれるものをいくつかと、それにニエヴィアの諸都市で行われる商品交換のための特別な〈キャラバンサライ〉を所有しておった。
また、〈彼の誕生における受動的原理の源泉〉、つまり彼の母は、最初は〈トゥーシジ〉と呼ばれる職に就いておったが、後には、小さな山の上に〈聖地〉と呼ばれるものを作り上げ、そしてその場所のもつすばらしい効き目に関する情報を人間たちの間に広くばらまいた。その情報というのは、子供のいない女性でも、この地を訪れれば子供を授かる可能性が得られるというものであった。
〈人生の衰退期〉と呼ばれる時期に入っていたこの2人は、非常に裕福になった後、自分たちの楽しみだけを目的として、永住すべく首都クロンブーコンヘとやってきた。
しかしすぐに彼らは、本物の〈結実〉をもっていなければ、つまり地球で〈子無し〉と呼ばれている状態では十分な楽しみを得ることはできないと感じ、それからは、〈お金〉と呼ばれているものを惜しまず、その結実を得るためにありとあらゆることをやった。
この目的のために彼らは、それに効能があるとされる様々な聖地を訪ねた。無論のこと彼ら自身がでっちあげた〈聖なる山〉は別だったが。そしてまた、異質の
エキシオエハリーの結合を助けるとされているあらゆる〈医学的手段〉と呼ばれるものにも頼ってみた。そして、偶然によって、ついにこの結合は成就され、一定期間の後、待ちに待った彼らの結果、つまり後にレントロハムサニンと呼ばれることになる者が誕生したのだ。
彼の誕生のまさにその日から、彼の両親は、彼らが〈神の遣わされた結実〉と呼んだ息子に夢中になった。そして彼らの楽しみのほとんどを、彼の〈教育〉と呼ばれるものに注ぎこんだ。
そして自分たちの息子に、地球が提供しうる最高の〈躾〉と〈教育〉を与えることが、彼らの(そこでの言い方を借りれば)〈理想〉となったのだ。
この目的のために、彼らはニエヴィア国内だけでなく遠隔の地からも、様々な〈指導者〉とか〈教師〉とか呼ばれる者を連れてきては彼につけてやった。
彼らは、遠隔地の中でも特に、現在〈エジプト〉と呼ばれている地から主としてこれらの〈指導者〉や〈教師〉を招いた。
この地球上の〈パパとママのかわいこちゃん〉が責任をもつべき年齢に近づきつつある頃、既に彼は、地球での呼び方によれば、大変素晴らしい〈指導〉と〈教育〉を受けておった。ということはつまり、彼はその体内にあらゆる種類の〈
エゴプラスティクーリ〉用の材料を大量にためこんでいたということだ。この〈エゴプラスティクーリ〉は、彼らの異常に歪んでしまった生存状態においては普通のことだが、様々な空想的であやしげな情報から成っていて、後に彼が責任ある存在になった時には、偶発的ショックに従って自動的に自分を表現するようになっていた。
やがては偉大な知識人となる彼が責任ある年齢に達する頃には、すでに多量の情報、つまり彼らの言葉によれば〈知識〉を所有していたが、それにもかかわらず彼は、手に入れた情報あるいは知識にふさわしい存在は全くもっていなかった。
さて、先に言ったパパとママのかわいこちゃんがいわゆる新しいタイプの知識人になった時、一つには彼の体内に存在が完全に欠如していたために、また一つには、すでにこの時までに彼の内部で、〈虚栄〉とか〈自己愛〉とか〈高慢〉といった名で存在している、
器官クンダバファーの特性から生じる諸結果が完全に結晶化してしまっていたために、彼の中では、ニエヴィア国内だけではなく、地球上の全地域に知れ渡るような有名な知識人になりたいという野望が湧き上がってきた。
そこで彼は、いかにしたらこれを達成できるかを全身全霊を傾けて夢想し、熟考した。
長い間彼は真剣に考え抜き、ついにこう決心した。まず、彼以前には誰もふれたことのない問題に関する理論をひねり出し、そして次に、この〈創案〉をあのカシレイトレールの上に、それまでに誰もしたことがなく、またそれ以後もできないような形で刻みつけようとしたのだ。
そしてその日からこの決意の実現のために準備を始めた。
たくさんの奴隷を使って、彼はまず、それまで存在したこともないようなカシレイトレールを用意した。
地球上ではこの時代には、カシレイトレールは普通〈野牛〉と呼ばれる四足生物の皮のいろいろな部分から作られておった。しかしレントロハムサニンは、なんと野牛の皮100枚をつなぎ合わせたカシレイトレールを作ったのだ。このカシレイトレールは後になると〈羊皮紙〉と呼ばれるものにとってかわられた。
さて、この前代未聞のカシレイトレールが用意できると、後の偉大なるレントロハムサニンは、実際それ以前には議論しようなどとは考えもしなかったし、また事実、そんなことが起こるべき理由は何ひとつないような問題に関する彼の創案をこの上に刻みつけた。つまり、彼はこの賢人気取りのでっちあげの中で、当時の人間の集合的生存状態を完膚なきまでに批判したのだ。
このカシレイトレールの冒頭はこうだ。

『人間の最大の幸福は、他のいかなる人格にも依存しないこと、そしてまた他のいかなる人間の影響からも自由であることに存する!』

適当な時が来たらわしは、この地球という惑星に住んでいるおまえのお気に入りの奇妙な三脳生物が、一般的に自由というものをどんなふうに理解しているか説明してあげよう。
このやがては
普遍的ハスナムスになる者は、続けて次のように刻みつけた。

『現在の国家組織の下での生活が以前のそれよりもはるかに良いものであることは疑いを入れない。しかし、では、我々の幸福がそれに依存している真の自由はいったいどこにあるのだろうか?
我々は以前のあらゆる国家組織におけると同様に一所懸命働いてはいないだろうか?
鎖につながれた犬のごとく、飢死しないように、生きるために必要なギリギリの穀物を手に入れるために額に汗して働かなくてはならないのだろうか?
我々の首長や指導者、それに分別ある助言者たちはいつも我々に別の世界のことを話す。
そこは恐らくは我々が生きているこの地上の世界よりも遙かに素晴らしい世界で、この地上で立派に生きた人々の魂にとってのそこでの生はあらゆる面で幸福に満ち満ちている、と彼らは言う。
我々は、ここ地上で、今現在、(立派に〉生きているだろうか?
我々は日々のパンのために、いつも額に汗して働いているだけではないのか?
もし我々の首長や完徳の勧告者たちの言うことがすべて真実で、彼ら自身の生き方が、魂が別の世界に住むために要求されていることに本当に応えているのであれば、無論のこと神は、この世界においても、我々普通の死すべき者どもに与える以上の可能性を彼らに与えるべきだ。いや、与えなくてはならない。
もし首長や助言者たちが話し、我々に信じさせようとしていることがすべて真実なのであれば、事実によってそのことを我々普通の死すべき者どもに証明してみせてもらおうではないか。
例えば少なくとも、我々が額に汗して日々の糧を育てている普通の土をパンに変えるくらいのことは実演してほしいものだ。
もし現在の首長や助言者たちがそれをやれば、私自身が真っ先に彼らのところに走って行ってひれ伏し、彼らの足に接吻するであろう。
しかしもしそういうことが起こらないならば、我々は自ら精励刻苦して幸福と真の自由を見つけ、そして額に汗する必要性から自分たちを解放しなくてはならない。
たしかに今では、一年のうち8ヵ月間は何の苦労もなく日々のパンを得ることができる。しかし夏の4ヵ月間は、必要な糧を手に入れるために、なんと我々は懸命に働いて疲れ果てなければならないことだろう!
種をまいて麦を刈り取る人だけが労働の厳しさを知っているのだ。
たしかに8ヵ月間我々は自由だ。しかしまさにこの肉体労働ゆえに、我々の意識、つまり我々の最も愛すべき最高次の部分は、昼も夜も、首長や助言者たちからいつも頭に叩き込まれているあの幻想的な考えの奴隷でいなくてはならないのだ。
いやいや、もうたくさんだ。我々の同意も得ずに今のような地位についた首長や完徳の勧告者なしで、我々は自分たちの真の自由と幸福を求めて闘わねばならない。
我々はみなで団結して行動しないかぎり、この真の自由と幸福を手に入れることはできない。つまり、全員は一人のために、一人は全員のために働かなくてはならないのだ。しかしそのためにはまず、すべての古きものを破壊しなくてはならない。
この破壊は、我々に真の自由と幸福をもたらす新しい生活を始めるための余地を作り出すために必要なのだ。
他者への依存を断固やめよ。
我々の同意もなく、いや我々に知らせさえせずに我々の生活を支配しているやつらではなく、我々自身が自分の環境の主人となるのだ。
我々の生活は、我々自身の中から選んだ者、すなわち自ら日々の糧のために闘っている人々の中から選ばれた者の手で治められなくてはならない。
我々は平等の権利の上に立って、性別や年齢に関係なく、全国的、直接的で平等な公開投票によってこういった指導者や顧問を選出しなくてはならないのだ。』

この有名なカシレイトレールはこのように終わっておる。
後に
普遍的ハスナムスとなるレントロハムサニンは、この前例のないカシレイトレールを刻み終えると、豪華絢爛たる宴会を催して、旅行費用まで負担して全ニエヴィアからすべての知識人を招いた。そして宴会の最後にこのカシレイトレールを披露したというわけだ。
全ニエヴィアからこの無料の宴会に集まってきた知識人たちは、このまさに前代未聞のカシレイトレールを見た途端、仰天してしまった。あまりにびっくりしたものだから、地球流にいえば〈石のようになって〉しまい、しばらく時間が経ってからようやくのこと、お互い唖然とした面持ちで見つめ合い、ひそひそ声で意見を交わし合った。
彼らが不思議に思った最大のことは、いったいどうしてただの一人の知識人も、また普通の人間も、これほどの知識をもった者が自国に存在していることを知りもしなければ推測さえできなかったか?ということであった。
突然一人の高い名声を博していた最年長の者が、子供のようにテーブルの上に飛び上がり、すでにこの新型知識人に特有のものになっていた、そして現在の知識人連中にまで連綿と続いている一種独特のかん高い声と仰揚でもって、こんなことを言い出した。

『みんなよく聴いてくれ。ここに集まった我々地上の生物の代表者は、自らの偉大なる学識ゆえにすでに独立した個人性を獲得しているが、その我々が、宇宙の真理を我々に啓示するために天から遣わされた神智をもった救世主の誕生をこの目で見る最初の人間になるという幸運にあずかったのだ。』

この言葉で、〈相互扇動〉と呼ばれる悪しき行為が始まった。これは新型の知識人の間では既に久しく行われてきたことで、まさにこれゆえに、彼らにたまたま届くこともある真の知識も、宇宙の他のあらゆるところでとは違って、いくら時間が経っても決して発展することができなかったのだ。それどころか逆に、ひとたび獲得された知識でさえ叩き壊され、それを所有していた者は常に、ますます浅薄になっていったのだ。
それで残りの知識人たちもみんな大声を発し、何とかレントロハムサニンに近づこうと押し合いを始めた。そして〈待望久しき救世主様〉と呼びかけながら、尊敬の眼差しで彼を見つめ、いわゆる〈快いくすぐり〉なるものを彼に送ったのだ。
ここで一番おもしろいのは、この知識人連中がこんなにびっくりして〈学者ぶった鼻声〉なるものをこれほどあからさまに発したその理由は、例によってあの異常に形成された彼らの通常の生存状態ゆえにおまえのお気に入りたちの精神の中に形成された極度に奇妙なある確信があったからだということで、その確信というのは、もし誰かがすでに有名で偉くなっている人間の信奉者になると、そのことによって彼自身も、他の人々には同様に有名で偉い人間のように見えてくる、というものであった。
というわけで、この当時のニエヴィア国の知識人連中がみな直ちにレントロハムサニンを承認する旨を表明したのは、彼が非常に金持ちで、またそれ以上に、すでに非常に有名だったことに主な原因があったのだ。
さてさて、この宴会が終わってニエヴィアの知識人たちはみな故郷に帰った。そしてすぐさま、この全く前例のないカシレイトレールについてまず近所で、それからそこいらじゅうで話し始めた。口角泡を飛ばして、あの偉大なるレントロハムサニンがカシレイトレールに刻みこんだ〈啓示〉がいかに真実であるかについてみんなを説得し始めたのだ。
その結果、クロンブーコンの町はもとより、ニエヴィア国全体がこの〈啓示〉の話でもちきりになった。
しかし地球ではよくあることだが、ここの住人は次第に敵対する2つのグループに分かれていった。一つは後の
宇宙的ハスナムスのこの〈創案〉に好意的な者たちのグループ、もう一つはすでに厳然として存在している生存形態を支持する者たちのグループであった。
こんな状態が地球暦の一年近く続いている間に、論争し合っているそれぞれのグループの支持者はあちこちで増え続け、そして互いに対して、彼ら固有の属性の一つ、すなわち〈憎悪〉と呼ばれるものが増大していった。その結果ある日、クロンブーコンの町で、この2つの敵対的な考え方のそれぞれの信奉者たちの間で〈市民戦争〉と呼ばれるプロセスが突如として始まった。
〈市民戦争〉と〈戦争〉とは同じものだ。違うのは、普通の戦争ではある共同体の住民が別の共同体の住民を破壊するのに対して、市民戦争では一つの共同体の中でこの相互破壊のプロセスが進行するという点だ。例えば兄が弟を殺し、父が息子を、叔父が甥を殺すというふうにな。
これが始まってから4日目には、クロンブーコンでのこの恐ろしいプロセスは最高潮に達し、ニエヴィアの全住民の注意を引きつけた。その間、他の町は全体としてまだ平穏を保っていたが、そのうちにあちこちで〈小競り合い〉と呼ばれるものが起こるようになった。4日目の終わりに、レントロハムサニンの〈創案〉を支持する者たち、すなわち知識人連中の側が勝利をおさめ、その後ニエヴィア全土の大小様々の町でも同様のことが起こった。
この恐るべき出来事はどんどん広がり、ついに、いわば〈足元に堅固な大地を感じている〉知識人連中が現れて、生き残っている者たちにレントロハムサニンの考えを受け入れることを強要し、それまでの生存形態をすべて打ち壊してしまうまで続いた。そしてこの後、ニエヴィアのすべての三脳生物はレントロハムサニンの〈創案〉の信奉者となり、またこの直後、この共同体内に〈共和国〉と呼ばれる特殊なものができあがったのだ。
その後しばらくして、当時巨大で〈強力〉と称されていたこの共同体ニエヴィアは、近隣の共同体にも自分のところにできた新しい国家組織を押しつけるために〈戦争〉を始めた。これもまあ地球ではよくあることだ
この時以来、この惑星で最大の大陸では、以前のようにこの奇妙な三脳生物の間で相互破壊のプロセスが進行し始めた。そして同時に、今ではこの上なく神聖なアシアタ・シーマッシュであられる方の素晴らしく先見の明のある理性のおかげで彼らの通常の生存の中に定着していた様々な有益な形態は、しだいに変化し、ついには破壊されてしまったのだ。
それからさっそくこの惑星上に、様々な〈内的な国家組織の形態〉をもった別々の共同体が数えきれんほどできあがった。どうせそのうち破壊されて別のものに席を譲るだけなのだがな
今では
宇宙的ハスナムスになっているレントロハムサニンのこの悪しき創案の直接の影響の結果、あちこちの共同体のおまえのお気に入りたちの間で古い慣習が復活し、彼らはまた定期的に相互破壊をやり始めた。しかしながら、アジア大陸に新たに生まれた個々の共同体では、多くの者が日々の生活の中で、非常に神聖なるアシアタ・シーマッシュの前例のない賢明で先見の明のある慣習にいまだに従っていた。実際これらの慣習はすでに、日常生活という機械的に流れていくプロセスと分かち難く融合していたのだ。
いくつかの共同体内にいまだに残っていたこれらの慣習や慣行を最終的に破壊した張本人は、当時バビロンに集まっていた知識人連中であった。
彼らは次のような理由で責めを負うべきだ。
後に彼らが、あの有名な来世についての問題を解決すべくあらゆる知識人から成る〈全惑星会議〉を開催した時、集まってきた知識人の中には自発的にバビロンにやってきた者もおり、その中に誰あろう、やはり学者になっていたレントロハムサニンその人の曾孫が混じっていたのだ。
彼はこのバビロンの都へ、あのカシレイトレールの正確な写しをもってきていたが、それはパピルスに写されたものであった。彼は曾祖父が刻みこんだ原本を遺産相続によって所有していたのだ。知識人たちの最後の全体会議の席で、〈魂の問題〉に関する〈熱狂〉が最高潮に達した時、彼は曾祖父の悪しき〈創案〉の内容を読み上げた。すると彼らは(奇妙な理性のために、これもこの〈哀れな知識人連中〉に固有の特性になっていたのだが)熱中していた問題からすぐさま全く別のものに、すなわち〈魂〉の問題から〈政治〉と呼ばれる問題へと移っていったのだ。
それからというもの、バビロンの都では、様々な既存の国家組織や、彼らが理想的と考える組織形態に関する会合や討論があちこちで行われるようになった。
こういった議論の前提は、もちろんのこと、レントロハムサニンの創案の中に示されている〈真理〉であった。今度の場合、これは彼の曾孫がもってきたパピルスと呼ばれるものに書かれていたのだが、もっとも当時バビロンにいた知識人のほとんどはすでにその写しをポケットに入れて持ち歩いていたのだ。
数ヵ月の間彼らは議論を重ね、その結果、今度は〈分裂〉が起こった。つまり、バビロンの都にいた知識人連中はみな、次のような名前の2つの独立した〈派〉と呼ばれるものに分裂してしまったのだ。
一つは〈ネオモシスト派〉、もう一つは(パレオモシスト派〉だ。
どちらもすぐにバビロンの都の普通の住民の中から支持者を得た。だから、もしペルシアの国王がこの出来事を聞いて直ちにこの〈学識のつまったおつむ〉を〈ぴしゃりと叩か〉なければ、またしても〈市民戦争〉になっておっただろう。
彼はこの知識人連中の大部分を処刑し、ある者はシラミだらけの監獄に入れ、またある者は、ムラー・ナスレッディンの言葉によれば、いまだに〈フランスのシャンペン〉も飲めないところに流刑した。そしてほんの少数の、地球の言葉でいえば〈気違い〉であるためにこの騒動に加わっただけだとはっきり証明された者だけが自国に帰ることを許された。また、この〈政治問題〉騒ぎに一切加わらなかった者たちは、ただ故郷に帰ることを許されたばかりでなく、このペルシア王直々の命令で、様々な栄誉が与えられたのだ。
さてさて、このバビロンの知識人連中はあれこれの理由で生き延び、そして地上のほとんどあらゆるところに散らばっていったが、惰性で相変わらず知ったかぶりの大ぼらを吹き続けた。そしてその主要なテーマとして、彼らはあのバビロンでの出来事の最中にもちあがって〈最重要問題〉となった2つの主要な問題、すなわち、人間の〈魂〉と、そして〈内的な共同体組織〉に関する問題を(もちろん意識的にではなく単に機械的にだが)取り上げたのだ。
彼らの知ったかぶりのおかげで、アジア全土のあちこちの共同体でまたしても市民戦争が始まり、ついでこれらの共同体の間で大量の相互破壊のプロセスが始まった。
非常に神聖なるアシアタ・シーマッシュの意識的努力の成果の残存物は次々に破壊されていき、その破壊はアジア大陸では約一世紀半の間続いた。しかしそれにもかかわらず、ある地域では、アシアタ・シーマッシュが彼らの実り多い生存のために創り出した形態が惰性によってではあるが保存され、かつ実践され続けたのだ。
しかし、現在ヨーロッパと呼ばれている隣の大陸に誕生し、生存していた三脳生物がこのアジアでの戦争に加わり始め、そして〈マケドニアのアレキサンダー〉と呼ばれるひどく自惚れの強いギリシア人を首領とする〈大群〉がアジア大陸のほとんど全地域に進出した時、彼らは、その地で成立し、保存され、そして実践されていたすべてのものを、この不幸な惑星の表面から、彼らの言葉によれば、〈一掃〉してしまったのだ。この一掃は徹底的なものだったので、さっき言った理性によって彼らの生存のために特別に意図的に創造された〈至福〉が、かつては彼らの惑星上にも存在していたという記憶の痕跡すら残らなかった。この理性の所有者は、今ではわれらが《七人のこの上なく神聖なる汎宇宙的個人》の中の一人であり、この方の援助なくしては、われらが《単一存在である共通の父》でさえ何一つ実現することはできないのだ。
さて坊や。このレントロハムサニンの話でおまえは、地球の三脳生物の間から生まれた永遠の
ハスナムス個人の典型ともいうべき者の活動から必然的に出てきた次の世代に対する影響について、ある程度は概括的に理解したと思うが、ここで、前にも約束したとおり、ハスナムスという言葉の意味についてもう少し詳しく話しておくほうがいいだろう。
一般に
ハスナムスと呼ばれ、またその言葉で定義されているのは、次のような個人、すなわち、〈個人的衝動〉と呼ばれているもののうちの〈あるもの〉が体内に生じ、それが、最高度の完成に達した者も単に惑星体だけから成る者も含めた三脳生物の体内で、独立した個人性が〈完全なる形成〉を遂げるプロセスに働きかけている、そういう独立した個人なのだ。
この〈あるもの〉は個々の宇宙個人の中に生まれ、そして彼らの中の物質の変化のプロセスの中で、〈
ナルー・オスニアン衝動〉と呼ばれるものの全〈スペクトル〉の活動の結果生じた結晶体と混じり合う。
この〈
ナルー・オスニアン衝動のスペクトル〉は、〈自分の誕生の源泉に対する認知あるいは態度〉および〈その結果自分の中に生じたもの〉という点に関してこのスペクトルの本質を生み出したものに従い、主要な宇宙法則である聖ヘプタパラパーシノクを土台として、7つの異なる相から成り立っておる。
もし
ナルー・オスニアン衝動の全〈スペクトル〉の諸相を、おまえのお気に入りたちの概念に従って、彼らの言葉で表現するならば、次のようなものになるだろう。

⑴意識的、無意識的を問わず、あらゆる種類の堕落。
⑵他人を迷わせることから生まれる満足感。
⑶呼吸をする他の生物の存在を破壊しようとする抵抗し難い性向。
⑷自然が要求する努力を遂行する義務から逃れようとする欲求。
⑸自分で自分の欠陥と思いこんでいるものを、あらゆる人工的な手を使って他人の目から隠そうとする試み。
⑹自分が持つに値しないものを自分のものと思いこむことからくる心穏やかな自己満足。
⑺自分自身でないものになろうとする必死の努力。

今列挙した
ナルー・オスニアン衝動によってある特定の個人の体内に生じた〈あるもの〉は、彼ら自身にとって〈深刻な因果応報〉と呼ばれるものの原因となるばかりでなく、次のような特性も持っておる。すなわち、彼らの一人の中で、いわゆる〈ものすごい努力〉と呼ばれる活動が停止するとたちまち、この〈あるもの〉が外に表れた時の様々な側面に固有な放射物が放出され、それが彼のまわりの者に大きな影響を与え、そして彼らの中にも同様のものを呼び起こす大きな要因となるのだ。
あらゆる種類の三脳生物の体内には、その生存期間中に4種類の独立した
ハスナムス個人の現れる可能性がある。
ハスナムス個人の最初のものは、体内でこのあるものが生じつつあるがいまだに惑星体しかもっておらず、また、聖なるラスコーアルノのプロセスを通過する間、このあるものがもつ特性から生まれるものに支配され、そのため現在あるがままの状態で永久に破壊されてしまう、そのような三脳生物だ。
第二の種類の
ハスナムス個人は三脳生物のケスジャン体であり、これは彼の体内でこのあるものが関与することによって形成され、しかもそれは(このような宇宙生成物に固有のことだが)〈トーリノーリノ〉という特性、すなわち彼の生まれた惑星のいかなる圏内においても解体されないという特性を獲得しているがゆえに、繰り返しある方法で形成されながら、体内からこのあるものが取り除かれる時まで、現在の彼の状態で生存し続けなくてはならない。
第三種の
ハスナムス個人は、最高次存在体、もしくは魂であり、これが三脳生物の体内で形成されている間に今言ったあるものが生まれて活動を始める。彼もトーリノーリノの特性を獲得しているが、彼の場合にはこの最高次存在体にふさわしい特性だ。つまりこの生成物はもはや、彼の生まれた惑星圏内のみならず、大宇宙のいかなる圏内においても解体することはないのだ。
第四番目の
ハスナムス個人は三番目のものと似ているが、ただ次の点が違う。つまり三番目のハスナムスはいつかこのあるものから、いわば〈洗い清められる〉ことに成功する可能性を持っているが、この第四番目のものはその可能性を永久に失ってしまっているのだ。
そういうわけでこの第四番目の
ハスナムスは〈
永遠のハスナムス個人〉と呼ばれておる。
これら四種の
ハスナムス個人は、体内にこのあるものを持っているがために、さっき話した因果応報的な苦悩の結果を必然的にもっており、そしてそれは種類ごとの性質に応じて様々で、同時に、これらの宇宙生成物に対してわれらが《共通なる父》が当初に抱かれた摂理と希望と期待から生ずる〈客観的責任〉と呼ばれるものとも呼応しておるのだ。
一番目の
ハスナムス、すなわち惑星体だけから成る生物がこのあるものを獲得した場合、彼の惑星体の解体は一般的法則に従っては進まない。言いかえれば、彼の有機体中の、ありとあらゆる感覚刺激に対する機能の停止は、〈聖ラスコーアルノ〉、すなわち死の接近と同時的には進行しないということだ。
つまり実際には、この
聖ラスコーアルノのプロセスは、彼がまだ惑星体を持っている間に彼の内部で始まって局部的に進行するのだ。ということは、それぞれに独立した霊的〈部位〉の諸機能が、徐々に、一つ一つ彼の体内で働きを停止してしまうということだ。あるいはおまえのお気に入りたち流にいえば、この種の生物の中では、まず最初に彼の脳の一つがそれに付随する機能とともに死滅する。その後、2つ目の脳が死に、そしてその後で初めてその生物全体の最終的な死がやってくるということになる。
それに加えて、この最終的な死の後に、彼らの惑星体を構成している〈全能動的要素の解体〉が始まる。これは最初のうちは通常よりもずっとゆっくり進み、続いて彼が生前に経験し、彼の中に消えずに残っている〈感覚刺激〉の活動によって進行するが、その強度は彼の中の能動的要素の解体に比例して減少していく。
2番目の
ハスナムス個人の場合、すなわち三脳生物のケスジャン体がハスナムス個人になった場合には、それに続いて次のようなことが起こる。つまり、この本当に哀れな形成物は、三脳生物の惑星体から解放されても、惑星体という覆いから独立してそれなしで自己を完成する可能性を持っておらず、そのため彼は、この有害なあるもの(これは常に、そして宇宙のあらゆるものにおいて、遍在する宇宙的トロゴオートエゴクラティック・プロセスの正しい流れを邪魔する障害物であり、それが彼の中にあるのは必ずしも彼の責任ばかりではないのだが)を体内から除去することができないのだ。一方では、彼の中のトーリノーリノの特性、すなわち彼が形成された太陽系のいかなる圏内でも解体されないという特性のために、彼は必然的にもう一度惑星体を身にまとわねばならず、その上ほとんどの場合、一脳ないしは二脳の生物の外形をとることになる。しかもこれらの惑星体をもつ生物の存在時間は全般的にきわめて短く、したがって彼は一つの外形に適応するのに十分な時間をもっていないために、彼は常時、次はどんな外形をとるかについて深い不安を抱きながらも、この惑星上の他の生物の形をとりつつ何度も何度も初めからやり直さなくてはならないのだ。
3番目の
ハスナムス個人の場合、つまり三脳生物の最高次存在体がハスナムス個人となり、そしてこのあるものが彼の形成に関与して、彼がこの何かから自分を解放する可能性を決して失っていないという状態を生み出した場合、事態はますますもって恐ろしいことになる。というのは、高次の宇宙生命体として彼は、予知能力のある《存在するあらゆるものの第一源泉から生まれた原理》によると、拡大しつつある全世界の統治を助けるという目的に仕えるようあらかじめ定められており、また彼には、彼の形成が完成した瞬間から、そして理性が完全なものになっていない時でさえすでに、あらゆる主観的な意志的、無意識的な表現行為に対する責任が負わされているのだが、その彼は自分の体内からこの何かを取り除くのに成功する可能性を持ってはいるものの、それは唯一、意図的に形成されたパートクドルグ義務、すなわち〈意識的努力と意図的苦悩〉の結果生まれる行為によってのみ可能であるからだ。
だからこのような高次存在体は、〈自己の個人性を認知する段階〉と呼ばれるものにすでに達しているので、それに相応して、このあるものが彼の体内から完全に根絶されるまで必然的に絶えず苦しまなければならないのだ。
このような高次の
ハスナムス個人が苦しみながら生存する場所として、《より高次の神聖個人》は、巨大な宇宙凝集体すべての中から意図的に、我々の大宇宙の一番辺鄙な場所に位置している、主観的機能の調和が乱れた4つの惑星を選び出した。
調和のとれていないこの4つの惑星の一つは〈永遠の報復〉と呼ばれているが、この惑星は〈
永遠のハスナムス個人〉のために特別に用意されたもので、残りの3つは、〈いつの日にか〉あの悪しき何かを自分から取り去る可能性を体内に秘めているハスナムスの中の〈高次存在体〉のために用意されたのだ。
この3つの小さな惑星は、
⑴〈良心の呵責〉
⑵〈悔い改め〉
⑶〈自己叱責〉
という名称で呼ばれている。
ここでおもしろいのは、あらゆる外観をもった三脳生物の体内で完全に形成された〈最高次存在体〉の中でも、全宇宙からこの〈報復〉と呼ばれる惑星にやって来たのは今のところたったの313で、そのうち2つはおまえのお気に入りの惑星で誕生しており、そしてその中の一つがこのレントロハムサニンの〈最高次存在体〉なのだ。
この惑星〈報復〉では、これらの永遠の
ハスナムス個人は、常に〈インキラヌーデル〉と呼ばれる信じ難いほどの苦痛を耐え忍ばねばならない。この苦痛は良心の呵責と呼ばれる苦痛に似ているが、ただもっともっと激しいのだ。
これら〈最高次存在体〉の置かれた状況における最大の苦痛は、この恐るべき痛みが、止まる可能性は全くないことを十分に知りながらずっと耐えていかなければならないということなのだ。」
第一章終わり